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第五話 消えたおきつねさまと烏天狗
消えたおきつねさまと烏天狗6
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烏野ニュータウン。
山を切り拓いて広い土地をなだらかな平面にするために、何台もの工事車両が辺りに停まっていた。入り口には、『この先工事中。関係者以外立入禁止』の看板が立っていたものの、辺りには現在のところ人はおらず、荒涼とした静けさが漂っていた。
「とりあえずなんとなくここまで来ちゃったけど、これからどうしよう」
おきつねさまが北に向かったという情報を頼りにここまでやってきたものの、それからどうするのかという指針が決まっていないという状態の私たちは、立入禁止の看板を前にしてしばし足を止めていた。
「そうだな。こっちの方角に空孤が向かったという情報だったが、この先に本当に行ったかどうかという確証はまだないというのが二の足を踏むところだな」
顎に手を当てながら、看板の文字を見つめる乾くん。しかし、すぐにその手を下ろしたかと思うと、スタスタとそちらの方向へと歩き始めた。
「え、乾くん?」
私が驚いて呼び止めると、乾くんはくるりと振り返ってこう口にした。
「考えていても埒があかない。幸い今ここに俺たちを止める人間はいない。誰かがここにやってくる前に中に入ってしまったほうがいいだろう」
にやりと口角を上げる乾くんは、楽しいいたずらを思いついた少年のような顔をしていた。
山を削る工事車両の動作音が周囲に鳴り響いていた。舗装されていない剥き出しの地面には、何台もの車両が往復したであろう轍が続いている。見れば工事はまだ半ばといったところで、平地部分がかなりできてきているものの、まだまだこれから山を大きく削っていかなければならないようだった。
「こうして見ると、すごい大規模な工事なんだね。なんかちょっとびっくりしちゃった」
「工事はまだまだこれからみたいだな。計画ではもっと進んでいないといけない時期だと思っていたんだが」
工事現場の人に見咎められないよう、私たちは端のほうにあったプレハブ小屋の陰に身を隠していた。まあ、そこまで用心しなくても、遠くの工事車両の人たちがこちらに気付くとも思えなかったが。
「とりあえず、ここにおきつねさまが来たという手がかりがあるか調べないと」
と、なんとなく後方に目をやったときだった。
突然、ばさばさという音とともに、視界が黒く覆われた。
「きゃあっ! なに!?」
訳もわからず両腕で顔付近を護るようにする。
「東雲さん! 下がって!」
と、強く腕を引かれてそちらに移動したあと、先程の羽ばたくような音が遠ざかった。反射的に閉じた目を恐る恐る開くと、視線の先には乾くんの後ろ姿と、その頭上には黒い鳥が旋回するように飛び回っていた。
「え? なにあれ。烏……?」
乾くんが霊刀で烏を追い払うと、そのうち烏は敵わないと判断したのか、そこから去っていった。
「乾くん、大丈夫?」
私を護ってくれた乾くんをねぎらうように声をかける。乾くんは難しい顔つきのまま、烏の去っていった方向を睨むように見つめていた。
「まぁた来やがったか! あんの烏野郎」
突然プレハブ小屋のドアが開き、そんな濁声が後方から響いてきた。
振り向くと、茶髪で顎髭を生やした中年の男が立っていた。服装は作業服で、例のダボダボのズボン……ニッカボッカというのだろうか、を履いている。いかにも工事現場にいそうな人である。
「まったくここらの烏どもときたら、凶暴でどうしようもねえったら」
「あ、あの……っ!」
「ん、なんだ? あんたら」
気になる台詞を聞いて、思わず状況も忘れて話しかけてしまった。すぐに後悔したものの、話しかけてしまったものは仕方ない。なんとかうまく言い繕わなければ。
「あ、あの……ええと」
私がなんとかうまい言葉を探していると、すっと隣で人影が動いた。
「実は俺たち、ここで起きている異変について調査しにきたものなんです」
前に進み出た乾くんが発した言葉に、私はかなり面食らった。
異変の調査?
驚愕の表情を浮かべているであろう私に、乾くんは視線をこちらにちらりと向けてアイコンタクトしてきた。その顔を見て、すぐに私は彼の考えを読み取った。
――ここは俺に任せて。
「調査? 誰かが頼みでもしたのか?」
「はい。近頃ここの工事現場で変わったことが起こっているという話を聞きまして。それを解決するための調査にきました」
「ふうん。随分若い調査員だが……まあ、いいか」
少々胡散臭そうな表情を見せた男だったが、それよりも乾くんの調査にきたという言葉が気になるようで、瞳の奥にはそのことに対する興味が爛々と光って見えた。
「さっきの烏のことなんですけど」
案の定、乾くんがそう言葉を発した途端、男はすぐに食いついてきた。
「そうなんだ! あいつらときたら、どういうわけか俺たちが工事に入ろうとすると現れて邪魔をしやがるんだ。この前なんか数羽の烏に頭をつっつかれて大変だったぜ」
「工事をしようとすると、邪魔をしてくる?」
「なんか気味が悪くてよ。なにかの祟りなんじゃないかと仲間たちと噂してたところだ」
なにやら不穏な話でそちらのことが気がかりではあったが、乾くんはちゃんと本題を忘れてはいなかった。
「あの、ところでこちらのほうで白髪の青年を見かけたりはしませんでしたか? 割と美形で目立つ感じの」
「うん? いや、俺は見てないが」
「そうですか。他に、狐の姿を見たといった目撃情報などはありませんでしたか?」
「狐? ああ、そんな話もあったようななかったような」
「目撃談があったんですか?」
「いや、どうだったか。誰かがちらりと言ってたような気もするが……。ううん。俺の記憶違いかもしれん。それよりも今は烏騒動で話題はもちきりでなぁ」
確かにあんなことが続いているとなったら、他のことなど気にもとめないかもしれない。
その後いくつか質問をしたあと、乾くんは慇懃に男に挨拶をしてその場を離れていった。もちろん私も彼のあとに従う。
男の姿が見えなくなったところで、私は乾くんに声をかけた。
「乾くん。これって……」
乾くんは足を止め、くるりとこちらを振り向く。そして私と目を合わせると、こくりとうなずいて見せた。
「妖怪の仕業に間違いないだろうな」
予想通りの言葉に、私は思わず天を仰ぐ。おきつねさまを追いかけてたどり着いた先に待っていたのは、妖怪がらみの事件。これはなにを意味しているのか。
「まさか、おきつねさまがなにか関係している……なんてことは……」
ない、とはっきり言い切れたら、どんなにいいだろう。けれど、今の私にはそれを言葉にすることはできなかった。
「それは今のところなんとも言えないが、こちらのほうに空孤が向かったことは確かだ。はっきりとした目撃情報がないとはいえ、まったくの無関係と言い切るには、まだ時期尚早というところだな」
まっとうすぎるくらいにまっとうな意見に、私はそれ以上なにも言う言葉を見つけられなかった。
山を切り拓いて広い土地をなだらかな平面にするために、何台もの工事車両が辺りに停まっていた。入り口には、『この先工事中。関係者以外立入禁止』の看板が立っていたものの、辺りには現在のところ人はおらず、荒涼とした静けさが漂っていた。
「とりあえずなんとなくここまで来ちゃったけど、これからどうしよう」
おきつねさまが北に向かったという情報を頼りにここまでやってきたものの、それからどうするのかという指針が決まっていないという状態の私たちは、立入禁止の看板を前にしてしばし足を止めていた。
「そうだな。こっちの方角に空孤が向かったという情報だったが、この先に本当に行ったかどうかという確証はまだないというのが二の足を踏むところだな」
顎に手を当てながら、看板の文字を見つめる乾くん。しかし、すぐにその手を下ろしたかと思うと、スタスタとそちらの方向へと歩き始めた。
「え、乾くん?」
私が驚いて呼び止めると、乾くんはくるりと振り返ってこう口にした。
「考えていても埒があかない。幸い今ここに俺たちを止める人間はいない。誰かがここにやってくる前に中に入ってしまったほうがいいだろう」
にやりと口角を上げる乾くんは、楽しいいたずらを思いついた少年のような顔をしていた。
山を削る工事車両の動作音が周囲に鳴り響いていた。舗装されていない剥き出しの地面には、何台もの車両が往復したであろう轍が続いている。見れば工事はまだ半ばといったところで、平地部分がかなりできてきているものの、まだまだこれから山を大きく削っていかなければならないようだった。
「こうして見ると、すごい大規模な工事なんだね。なんかちょっとびっくりしちゃった」
「工事はまだまだこれからみたいだな。計画ではもっと進んでいないといけない時期だと思っていたんだが」
工事現場の人に見咎められないよう、私たちは端のほうにあったプレハブ小屋の陰に身を隠していた。まあ、そこまで用心しなくても、遠くの工事車両の人たちがこちらに気付くとも思えなかったが。
「とりあえず、ここにおきつねさまが来たという手がかりがあるか調べないと」
と、なんとなく後方に目をやったときだった。
突然、ばさばさという音とともに、視界が黒く覆われた。
「きゃあっ! なに!?」
訳もわからず両腕で顔付近を護るようにする。
「東雲さん! 下がって!」
と、強く腕を引かれてそちらに移動したあと、先程の羽ばたくような音が遠ざかった。反射的に閉じた目を恐る恐る開くと、視線の先には乾くんの後ろ姿と、その頭上には黒い鳥が旋回するように飛び回っていた。
「え? なにあれ。烏……?」
乾くんが霊刀で烏を追い払うと、そのうち烏は敵わないと判断したのか、そこから去っていった。
「乾くん、大丈夫?」
私を護ってくれた乾くんをねぎらうように声をかける。乾くんは難しい顔つきのまま、烏の去っていった方向を睨むように見つめていた。
「まぁた来やがったか! あんの烏野郎」
突然プレハブ小屋のドアが開き、そんな濁声が後方から響いてきた。
振り向くと、茶髪で顎髭を生やした中年の男が立っていた。服装は作業服で、例のダボダボのズボン……ニッカボッカというのだろうか、を履いている。いかにも工事現場にいそうな人である。
「まったくここらの烏どもときたら、凶暴でどうしようもねえったら」
「あ、あの……っ!」
「ん、なんだ? あんたら」
気になる台詞を聞いて、思わず状況も忘れて話しかけてしまった。すぐに後悔したものの、話しかけてしまったものは仕方ない。なんとかうまく言い繕わなければ。
「あ、あの……ええと」
私がなんとかうまい言葉を探していると、すっと隣で人影が動いた。
「実は俺たち、ここで起きている異変について調査しにきたものなんです」
前に進み出た乾くんが発した言葉に、私はかなり面食らった。
異変の調査?
驚愕の表情を浮かべているであろう私に、乾くんは視線をこちらにちらりと向けてアイコンタクトしてきた。その顔を見て、すぐに私は彼の考えを読み取った。
――ここは俺に任せて。
「調査? 誰かが頼みでもしたのか?」
「はい。近頃ここの工事現場で変わったことが起こっているという話を聞きまして。それを解決するための調査にきました」
「ふうん。随分若い調査員だが……まあ、いいか」
少々胡散臭そうな表情を見せた男だったが、それよりも乾くんの調査にきたという言葉が気になるようで、瞳の奥にはそのことに対する興味が爛々と光って見えた。
「さっきの烏のことなんですけど」
案の定、乾くんがそう言葉を発した途端、男はすぐに食いついてきた。
「そうなんだ! あいつらときたら、どういうわけか俺たちが工事に入ろうとすると現れて邪魔をしやがるんだ。この前なんか数羽の烏に頭をつっつかれて大変だったぜ」
「工事をしようとすると、邪魔をしてくる?」
「なんか気味が悪くてよ。なにかの祟りなんじゃないかと仲間たちと噂してたところだ」
なにやら不穏な話でそちらのことが気がかりではあったが、乾くんはちゃんと本題を忘れてはいなかった。
「あの、ところでこちらのほうで白髪の青年を見かけたりはしませんでしたか? 割と美形で目立つ感じの」
「うん? いや、俺は見てないが」
「そうですか。他に、狐の姿を見たといった目撃情報などはありませんでしたか?」
「狐? ああ、そんな話もあったようななかったような」
「目撃談があったんですか?」
「いや、どうだったか。誰かがちらりと言ってたような気もするが……。ううん。俺の記憶違いかもしれん。それよりも今は烏騒動で話題はもちきりでなぁ」
確かにあんなことが続いているとなったら、他のことなど気にもとめないかもしれない。
その後いくつか質問をしたあと、乾くんは慇懃に男に挨拶をしてその場を離れていった。もちろん私も彼のあとに従う。
男の姿が見えなくなったところで、私は乾くんに声をかけた。
「乾くん。これって……」
乾くんは足を止め、くるりとこちらを振り向く。そして私と目を合わせると、こくりとうなずいて見せた。
「妖怪の仕業に間違いないだろうな」
予想通りの言葉に、私は思わず天を仰ぐ。おきつねさまを追いかけてたどり着いた先に待っていたのは、妖怪がらみの事件。これはなにを意味しているのか。
「まさか、おきつねさまがなにか関係している……なんてことは……」
ない、とはっきり言い切れたら、どんなにいいだろう。けれど、今の私にはそれを言葉にすることはできなかった。
「それは今のところなんとも言えないが、こちらのほうに空孤が向かったことは確かだ。はっきりとした目撃情報がないとはいえ、まったくの無関係と言い切るには、まだ時期尚早というところだな」
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