おきつねさまと私の奇妙な生活

美汐

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第四話 狸捕獲大作戦

狸捕獲大作戦6

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 私たちが山頂にたどり着くと、前方では誰かがひたすらなにかと戦っている様子が見えた。

「乾くん!」

 近くまで駆けつけると、鋭い声が返ってきた。

「あまり近づいてはいけない! この狸たちは危険だ!」

 乾くんは、己に向かい襲いかかってくる狸たちを、その手に持った刀でバサバサと斬り伏せている。
 それは異様な光景だった。
 辺りには乾くんの他に立っている人の姿はなく、みな地面に倒れ伏していた。そしてその周辺には数えきれぬほどの狸たちが集まっており、そのうちの何匹かはただ一人だけ倒れずに残っている乾くんに襲いかかっていた。

「なんなの!? こいつら……!」

 明らかに普通の狸ではない。やはりおきつねさまが言っていたように、ここにいる狸たちはあやかしの息のかかったものたちなのだろう。

「やはりよからぬことになっておったようじゃの」

 おきつねさまが、私の横に立って周囲の狸たちを睥睨する。さすがに狸たちも、おきつねさまの持つ妖気を感じ取ったようで、彼が睨みをきかせると、たちまち後方へと退いていった。  

「やっぱりこの狸たち、隠神刑部の手先なのね? その妖怪がまた悪いことを企んでるって、そういうことなんだよね?」

「じゃろうな。まずは、その元凶である狸をこの場に引きずり出すとしよう」

 そう言うと、おきつねさまは一人戦っている乾くんの隣に行き、彼に加勢するような形で狸たちに攻撃を始めた。
 おきつねさまは静かに両手を左右に広げると、深く息を吸ったあと、気勢を発した。すると、彼の周囲にぽつぽつと火の粉のようなものが生まれ、彼を取り囲んだ。そしてさっと片手を向かってくる狸に向けると、その火の粉はそちらに飛んでいって、狸に襲いかかったのだった。

「きつね火、か」

 乾くんがそれを見て呟くように言う。
 おきつねさまは次々と己の周りに生まれたきつね火を飛ばし、たちまち狸たちを撃退していく。さしもの狸もこれにはかなわず、あっという間にその勢いをなくしていったのである。

「さすがおきつねさま!」

 私が賛辞の言葉を投げかけると、おきつねさまもまんざらでもない様子でちらりとこちらを振り向く。伊達に三千年も生きた化け狐ではないようだ。
 しかし、そんな勝利の喜びも束の間。正面にそびえ立っていた木の向こう側から、不敵な声が響いてきた。

「やれやれ。またあんたとこんなにすぐに再会することになるなんてね」

 木の後ろから現れたのは、先日学校の校庭で出会った黒い外套を羽織った茶髪の男。今日もまたその目は濃い隈で覆われていた。そんな男の赤い唇には怪しげな笑みが浮かんでいる。

「やはりこの騒ぎはお前の仕業か。こんなふうに人間たちをおびき寄せていったいなにを企んでおったのじゃ」

 白い狐は黒い狸にありありとした敵意を向け、鋭い目つきで睨みつける。

「おびき寄せるなんて人聞きの悪い。勝手にこの山にやってきて、僕ら狸を追いかけ回してきたのは人間のほうじゃないか。それをこっちがなにかしたみたいに言われてもねぇ」

「だが、実際にこの山の狸たちはここに倒れている人間たちになにかをした。だからこんな異常な事態になっている」

 乾くんが怒気を含んだ声を上げた。

「だからそれは、僕ら狸たちを追いかけ回した人間たちをちょっと懲らしめただけのこと。安心しなよ。そこら辺に倒れている人間たちからはすこーし精気をもらいはしたけど、命に関わるほどは吸い取ってはないはずだから。ま、間違って部下の狸が余分に精気を吸いすぎてたらわかんないけどさ」

 隠神刑部は、なにがおかしいのかくつくつと含み笑いをしながら話している。私は彼の言葉を聞くうちに、腹の底に嫌なものが湧いてくるような、きゅっと内蔵を締め付けられているような思いがしていた。

「精気を吸い取るって、なんでそんな酷いことを……!」

「なぜ?」

 隠神刑部がもったいぶった言い方をしながらこちらに視線を向ける。

「それは、ある目的のため、とだけ言っておこうか」

 ある目的?
 それがなんなのか気にはなったが、とりあえず今はそれよりもこの男にこれ以上人間に危害を加えさせないように説得することのが先決だ。

「隠神刑部。おぬしら狸が人間を懲らしめたくなる気持ちもわからぬでもないが、この状況はちとやり過ぎじゃ。おぬしら狸も儂らとの戦いで少なからず痛手を被ったはず。これ以上儂とやり合う気がないのであれば、さっさとこの場から退散するのがよかろう。それとも、まだ戦い足りぬか?」

 隠神刑部は、おきつねさまの言葉にふと真顔になり、そちらに視線を向けた。

「ふん。別に僕はあんたなんか怖いとは思わないが、確かにこちらの戦力もかなりの数やられてしまっている。これ以上争ってもメリットもないだろうし、あんたの言うとおり、ここは退散することにするよ」

 それを聞いて、私は心底ほっとした。これ以上このわけのわからない状況を続けてもらいたくはない。
 しかし、ほっとしたのも束の間、思わぬところからこんな台詞が聞こえてきた。

「待て! 隠神刑部! 俺と勝負しろ!」

 乾刀馬だった。

「え? なに言ってるの。乾くん!」

「東雲さん。止めないでくれ。言っただろう。あいつはちづさんの仇かもしれないと」

「で、でも駄目だって! 勝負とか、危ないからっ」

 しかし、私の制止などまるで彼は聞く様子がない。
 私がどうしたらいいのかと周囲に助けを求めるように視線をめぐらすと、ばちりとおきつねさまと目が合った。瞬間ものすごく嫌そうな顔をされたが、必死の目力で訴えると、おきつねさまは至極めんどくさそうに乾刀馬の背後に立った。

「ここは休戦だと言っておろう。おとなしく寝ておれ」

 乾くんの背後から手を彼の顔の前にかざしたかと思うと、次の瞬間、乾くんはがくりと崩れ落ちた。それを支えながら、おきつねさまは私に言う。

「まったく、儂を便利屋のように思っておらんか。おぬし」

「え、そんなことないよ~! ってか、助かりました! ありがとう、おきつねさま!」

 ぎくりとしつつ、愛想笑いでごまかす私。

「また今度、桔梗屋特製高級油揚げを買っておくから!」

 それを聞いたおきつねさまは、途端に機嫌を良くしてうなずいていた。
 そうこうしているうちに、隠神刑部はすでにこちらと距離を取りつつあった。おきつねさまが呼び止めると、彼はこちらを振り向いた。

「それじゃ、今日はこのくらいにしておいて僕はもう行くよ」

 けれど、隠神刑部は立ち去り際、ふとこんな気になる言葉を残していった。

「今日のところは、だけどね」

 そう言ったあと、ふっ、と隠神刑部はその場から姿を消した。驚いて彼の去った方向に駆けつけてみると、視線の先には一匹の狸が駆けていく姿が見えていた。
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