上 下
29 / 55
第四話 狸捕獲大作戦

狸捕獲大作戦2

しおりを挟む
 三浦部長の説明によると、今年から新設された部活動であるダンス部と軽音部の部室が旧校舎に割り振られたことで、元々旧校舎の教室で部活動していた将棋部や囲碁部が迷惑をしているということだった。

「今まであった静寂で平穏な空間が、野蛮でくだらない騒音と振動に侵犯され、僕たちの部活動は支障をきたしてしまっている。囲碁部の白石しらいし部長とこのことについて抗議しにきたら、ダンス部と軽音部はまるきり話を聞く耳を持たないと、こういうわけだ」

「聞く耳を持たないとかそういう問題じゃなく、静かに部活なんかできるわけないでしょ! ダンスは音楽に合わせて踊るもの。静かにちまちま駒を並べてる将棋部や囲碁部とは全然違うんだから」

「そうだそうだ! 俺たちのビートは奏でるためにあるんだ。ハートを激しく揺さぶる音楽を作るには、思い切り派手に! かっこよく! 大音量で! 活動するしかないのさ!」

 ダンス部部長の谷繁由利亜たにしげゆりあと軽音部部長である林田道はやしだみちは、三浦の発言にさっそく猛抗議を始めた。
 いけない。このまま彼らの言い分を聞いていただけではいたちごっこになってしまうのは目に見えている。どうにかこの場を穏便に収めるにはどうしたら……。
 そんなことを考えながらふと廊下の窓の外に目を向けたときだった。思わぬ存在と私は目が合ってしまった。
 くりくりとしたつぶらなそれは、人のそれではなく。

「え……!?」

 私が思わず声を上げた途端、それははっとしたように慌てて逃げていった。

「どうしたんだ?」

 三浦部長が突然声を上げた私を訝しんだようにこちらを見つめていた。他の言い争っていた部長たちも私の異変に気付いたのか、言い争いをやめてこちらに注目していた。

「あ、ええと。今窓の外にたぶん……狸、が……」

「え? 狸ってあの狸?」

「はい。その狸だと思います」

 私の言葉に、先程まで言い争っていた彼らは、先を争うように廊下の窓に駆け寄り、それぞれ外に顔を出して周囲を見回していた。しかし目的のものは見つからなかったようで、心なしかがっかりした様子でこちらに戻ってきた。

「残念。もう姿は見えなくなっていた」

「あーもう、狸見たかったなぁ」

「ちっ、逃げ足はえーな」

「学校に狸なんて出るんですねぇ」

 なぜか各部長の反応が、そのときだけは共通していたのが不思議だったが、幸か不幸かそれがきっかけで部長たちの意気がそがれたようで、先程までの剣幕が少し落ち着いたようだった。

「えっと……、とりあえず狸のことはともかく、それぞれの部の言い分は理解しました。それで、まあどうしましょうかね……?」

 私がそう言って同部員の亜矢子のほうを振り向くと、彼女は目をキラキラと輝かせていた。

「あ、亜矢子……?」

「スクープ! スクープだ! これは! 突如学校に現れた狸。昔から動物捕り物騒動はおもしろおかしく愛されてきているネタ! 是非これは我が新聞部が捕獲して、センセーショナルを巻き起こさねば!」

「え、ちょっと待って。まさか亜矢子、さっきの狸を……?」

「ご明察! 狸捕獲大作戦を今から実行に移すんだ!」

「え? だってこの部長たちの争いはどうやって解決すれば? こっちの取材のはずじゃなかったの!?」

「うん? あ、彼らの争いのことか。それならそれぞれの言い分をかけて対決すればいいではないか」

「た、対決?」

「それぞれの部で対決したらいい。そうだな。それならちょうどいいじゃないか。対決のお題は、先に先程の狸を捕獲すること。それができたほうに、それぞれの言うところの優先権を与えるというのはどうだろう」

 狸の捕獲対決!? 突然なにを言い出すのだ。この部長は!
 私が呆れて口をぽかんと開けていると、横から耳を疑う言葉が飛び込んできた。

「いいではないか。その方法!」

「そうね。いつまでもこんな言い争いをしているよりそうしたほうがよさそうだわ」

「狸を捕まえりゃいいんだろ! そんなの簡単だぜ」

「うふふ。可愛い狸さんを捕まえてこればいいんですね」

 なんてことだろう。亜矢子の馬鹿げた提案を、四人の部長たちは受け入れてしまった。

「この四つの部以外の人間が狸を捕まえた場合はどうするんだ?」

 そう指摘したのは乾くんだ。

「あー。例えばあたしら新聞部がってこと? その場合はもちろん新聞部の提案をみんなに飲んでもらうってことでどう?」

 亜矢子の発言に、四人の部長は渋々ながらもうなずいていた。
 えー、それも受け入れるの!?
 内心の私の驚きをよそに、トントン拍子に話は決まってしまった。

「よし。そうと決まればこんなところでのんびりしている場合じゃない。さ、結月、乾くん。今から外に出てさっきの狸を見つけて捕獲するよ!」

「え、えええ~?」

「さっきの狸を捕獲……」

 さすがにいつもは沈着冷静な乾くんも、亜矢子のこの発言にかなり戸惑っているようだった。うんうん。そうだよね。変な部長の変な提案を、いきなり受け入れるのは難しいよね。

「……了解」

 って、えー!? 乾くんまで受け入れちゃうの!?
 乾くんがそっち側に行っちゃったら、私どうやって止めればいいわけ?

「おお、さっすが乾くん。理解が早い! 入部一週間にして新聞部の頼もしいホープだ」

 もう完全にノリノリの亜矢子。この状態の彼女を止めることなど、暴走した牛を止めるよりも難しいに違いない。

「で、でもさぁ。もうあの狸も遠くまで行っちゃったかもしれないし、だいたい素人の私たちで野生の狸なんか捕まえられるかなぁ? まあ、野生かどうかはわからないけど」

 せめて自分だけは冷静さを忘れないためにも、控えめだけれど抑止力としての発言を入れる。

「なにを弱気なことを言っているんだ。結月。捕まえられるかなぁ、じゃない。捕まえるんだよ。なんとしてでも! そのくらいの勢いじゃないとスクープはものにできないのだ。わかるか?」

 亜矢子の目には、すでに狸を捕まえて喜んでいる自分の姿が映っているらしい。ああもう、こんな状態の彼女を私だけで止められるわけがない。
 恨みがましく乾くんを見つめると、彼はきょとんとした表情で小首を傾げていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天鬼ざくろのフリースタイル

ふみのあや
キャラ文芸
かつてディスで一世を風靡した元ラッパーの独身教師、小鳥遊空。 ヒップホップと決別してしまったその男がディスをこよなく愛するJKラッパー天鬼ざくろと出会った時、止まっていたビートが彼の人生に再び鳴り響き始めた──。 ※カクヨムの方に新キャラと設定を追加して微調整した加筆修正版を掲載しています。 もし宜しければそちらも是非。

学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~

トベ・イツキ
キャラ文芸
 三国志×学園群像劇!  平凡な少年・リュービは高校に入学する。  彼が入学したのは、一万人もの生徒が通うマンモス校・後漢学園。そして、その生徒会長は絶大な権力を持つという。  しかし、平凡な高校生・リュービには生徒会なんて無縁な話。そう思っていたはずが、ひょんなことから黒髪ロングの清楚系な美女とお団子ヘアーのお転婆な美少女の二人に助けられ、さらには二人が自分の妹になったことから運命は大きく動き出す。  妹になった二人の美少女の後押しを受け、リュービは謀略渦巻く生徒会の選挙戦に巻き込まれていくのであった。  学園を舞台に繰り広げられる新三国志物語ここに開幕!  このお話は、三国志を知らない人も楽しめる。三国志を知ってる人はより楽しめる。そんな作品を目指して書いてます。 今後の予定 第一章 黄巾の乱編 第二章 反トータク連合編 第三章 群雄割拠編 第四章 カント決戦編 第五章 赤壁大戦編 第六章 西校舎攻略編←今ココ 第七章 リュービ会長編 第八章 最終章 作者のtwitterアカウント↓ https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09 ※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。 ※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。

失恋少女と狐の見廻り

紺乃未色(こんのみいろ)
キャラ文芸
失恋中の高校生、彩羽(いろは)の前にあらわれたのは、神の遣いである「千影之狐(ちかげのきつね)」だった。「協力すれば恋の願いを神へ届ける」という約束のもと、彩羽はとある旅館にスタッフとして潜り込み、「魂を盗る、人ならざる者」の調査を手伝うことに。 人生初のアルバイトにあたふたしながらも、奮闘する彩羽。そんな彼女に対して「面白い」と興味を抱く千影之狐。 一人と一匹は無事に奇妙な事件を解決できるのか? 不可思議でどこか妖しい「失恋からはじまる和風ファンタジー」

シャ・ベ クル

うてな
キャラ文芸
これは昭和後期を舞台にしたフィクション。  異端な五人が織り成す、依頼サークルの物語…  夢を追う若者達が集う学園『夢の島学園』。その学園に通う学園主席のロディオン。彼は人々の幸福の為に、悩みや依頼を承るサークル『シャ・ベ クル』を結成する。受ける依頼はボランティアから、大事件まで…!?  主席、神様、お坊ちゃん、シスター、893? 部員の成長を描いたコメディタッチの物語。 シャ・ベ クルは、あなたの幸せを応援します。  ※※※ この作品は、毎週月~金の17時に投稿されます。 2023年05月01日   一章『人間ドール開放編』  ~2023年06月27日            二章 … 未定

望月何某の憂鬱(完結)

有住葉月
キャラ文芸
今連載中の夢は職業婦人のスピンオフです。望月が執筆と戦う姿を描く、大正ロマンのお話です。少し、個性派の小説家を遊ばせてみます。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

呂色高校対ゾン部!

益巣ハリ
キャラ文芸
この物語の主人公、風綿絹人は平凡な高校生。だが彼の片思いの相手、梔倉天は何もかも異次元なチート美少女だ。ある日2人は高校で、顔を失くした化け物たちに襲われる。逃げる2人の前に国語教師が現れ、告げる。「あいつらは、ゾンビだ」 その日から絹人の日常は一変する。実は中二病すぎる梔倉、多重人格メルヘン少女、ストーカー美少女に謎のおっさんまで、ありとあらゆる奇人変人が絹人の常識をぶち壊していく。 常識外れ、なんでもありの異能力バトル、ここに開幕!

処理中です...