上 下
26 / 55
第三話 旧校舎トイレの怪

旧校舎トイレの怪11

しおりを挟む
 長いおとぎ話を聞いていたような気分だった。けれどもそれは、単なるおとぎ話ではなく、己の身に深く関わる話であり、私にとってはかなり深刻な事情だったのである。

「つまり、それが今私が妖怪に困らされている原因ってこと……?」

「そういうことだ」

 口下手な彼がこんなに長い話をするのは、相当に疲れることだったのだろう。案の定、疲労困憊といった態の乾刀馬の姿がそこにはあった。

「えっと、私の前世と呪いのことはなんとなくわかったけど、乾くんのことは? あなたが私を護るわけって?」

「俺の前世はなかなかに腕のある侍だった。だが、とある妖刀に魅入られ、命の危機を迎えることとなった。その際に、ちづの祈祷によって救われたらしい。それからそいつはちづへの恩を返すために、彼女の護衛役に就くことになった。だが、例の妖怪との戦いの際、ちづを助けるのに間に合わず、彼女は妖怪の呪いを浴び、結局儚い最後を迎えることになってしまった。それを激しく悔いて悲しんだ彼だったが、そのまま絶望することなく、彼女が死したのちも、さらに妖怪退治の旅を続けた。そしてついに旅の果てに、侍はとある刀との出会いを果たすことになる」

「もしかしてそれが……」

「そう。それが妖怪退治の刀である童子切安綱。その刀を手にした侍は、来世こそその刀で彼女を護ると誓ったんだ」

 そして今、彼はその刀を持って、私の前に現れた。
 そんな馬鹿げた話、信じられるわけがない。
 そう言えればどんなに楽だろう。だけど、これまで見てきた様々な出来事が、それが真実であることを告げていた。

「そんな……。でもそれは……」

「前世のことだと、そんなことは自分とは関係ないことだと、俺も最初は思おうとした。だけど、戻ってきた前世の記憶と、己の体から現れた刀の存在が、それを為せと告げてくるんだ」

 ――俺の意志に関係なく。
 言外に、そんな台詞が聞こえた気がした。
 私は困惑して、彼に対し、どう言葉をかければいいのかわからなかった。

 前世からの呪い。
 妖怪退治の刀。
 どういう運命なのか、こうして出会った私たち。
 彼が私の護り手となるのは必然だとしか思えないこの状況。
 だけど。

「……なんとなく、事情はわかったよ。乾くんがどうして私のことを気にかけてくれていたのか。どうして助けてくれたのかってことは」

 乾刀馬の瞳に視線を向ける。漆黒の、澄んだ瞳。秘めた強さを感じさせる。

「でも、それは前世の事情であって、今の乾くんにとってはなんの関係もないことなんだよね。私の呪いのせいで乾くんが面倒に巻き込まれる必要性はないはずだよね」

 乾くんの目蓋がぴくりとした。みるみるうちに眉間に皺を寄せ、難しい顔つきになっていく。

「呪いとか前世とか、私もなんだかわけわかんないんだけど、それに対して乾くんが責任を感じて私の護衛とかをしてるんだったら、そんなことしなくていいから。前世の私と今の私は別人だし、そんなわけのわかんないことで乾くんが危険に巻き込まれることなんてないから」

 だって、そうじゃないか。
 皿かぞえのときも、そして今も。
 無事だったから良かったものの、一歩間違えていたら、乾くんは大怪我をしていたかもしれない。

「私のせいで乾くんが危険に晒されるのは嫌なんだ」

 彼にそう伝えた。
 乾くんが難しい表情をしたまま、しばらくなにかを言いあぐねていた。そして、ようやく彼の口から声が発せられた。

「東雲さん。俺は……」

 そのときだった。

「結月! 伏せろ!」

 ごうん、と。
 空気がわなないた。

 咄嗟に地面に頭を伏せ、目を閉じる。同時に、不吉な気配を近くから感じた。
 ゆっくりと目を開けると、私の目の前には白い装束を身につけたおきつねさまが、その背をこちらに向けて立っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語

瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。 長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH! 途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

人形学級

杏樹まじゅ
キャラ文芸
灰島月子は都内の教育実習生で、同性愛者であり、小児性愛者である。小学五年生の頃のある少女との出会いが、彼女の人生を歪にした。そしてたどり着いたのは、屋上からの飛び降り自殺という結末。終わったかに思えた人生。ところが、彼女は目が覚めると小学校のクラスに教育実習生として立っていた。そして見知らぬ四人の少女達は言った。 「世界で一番優しくて世界で一番平和な学級、『人形学級』へようこそ」

処理中です...