上 下
24 / 55
第三話 旧校舎トイレの怪

旧校舎トイレの怪9

しおりを挟む
 外に出ると、昇降口前には乾刀馬が立っていて、なぜかその周囲には何匹もの狸がいた。そして彼の手には、先日も目にした青く光る一振りの日本刀があった。

「乾くん!」

 花子さんと一緒に彼のもとへと近づくと、彼は私たちをその広い背中で護るように狸たちと私たちの間に立った。

「あまり近づかないほうがいい。この狸たちは妖怪の類だ。普通の狸ではない」

「狸の妖怪……?」

「さっきトイレにいた落ち武者の妖怪に力を与えた狸がいたが、そいつがこいつらの親玉だろう。追いかけたがそいつには逃げられ、代わりに手下らしきこの狸たちが俺の邪魔をするように現れたんだ」

「な、なにそれ? わけがわかんないんだけど」

「俺もまだはっきりとしたことは言えないが、とりあえずこいつらは危険だ。東雲さんたちは手出しをしないほうがいい」

 確かに、この狸たちの様子は尋常ではない。なにかに操られてでもいるような、そんな雰囲気を感じる。

「なんなのよ。新太郎さんといい、この狸たちといい……」

 ふと空を見上げると、すでに太陽は西の山の峰に飲み込まれようとしていた。夕陽の朱と夜の紺が少しずつ溶け合って、美しく幻想的な世界を作りだしている。

 逢魔時。
 妖怪と人間の世界が交わる時。

 と、一匹の狸がこちらに向かって飛び出してきた。
 それに応じるように、乾刀馬が青い刀を持ち直す。

 ザン!
 乾刀馬の刀が一匹の狸を薙ぎ払ったのを皮切りに、その他の狸たちも次から次へと彼に襲いかかっていった。
 緊張が走り、思わず目を瞑りそうになる。けれど、想像とは違って、乾刀馬の斬撃は、血を流すことはなかった。打ち払われた狸たちは、地面に伏してはいるものの、その体には傷ひとつなかった。

「乾くん、その刀はいったい……」

 ずっと疑問に思っていたことを口にしてみる。
 乾くんは少しだけ沈黙していたが、最後に向かってきた狸を薙ぎ払ったところで言葉を返してきた。

童子切安綱どうじぎりやすつな。その昔、源頼光が妖怪酒呑童子の首を斬ったときに使われた刀。その刀が霊刀となり、今は俺の身に宿っている。いわばこの刀は妖怪退治の刀であり、俺はその刀の使い手なんだ」

 思ってもみなかった答えに唖然となり、返す言葉を失う。
 妖怪退治の刀……? そしてその使い手が乾くん?

「霊刀であるがため、生身は斬れない。だから、この狸たちも妖気だけを打ち払ったのみで、その身を傷つけてはいない。だからそろそろこいつらも起きあがってくるはずだ」

 乾くんの言うとおり、先ほど彼の持っていた刀で斬られたはずの狸たちは、のそりとのそりと起きあがり、動き出した。しかし、先程とは様子が違い、こちらに敵意を向けることなくそそくさとどこかへと逃げていく。

「やはり、何者かに操られていただけだったようだな。ああなれば、もう大丈夫だろう」

 乾くんはそう言うと、持っていた刀から手を離す。しかしその刀は彼の手から落ちることはなく、代わりに朧に輪郭をなくしながら、やがて姿を消していった。
 それから彼は私と向かい合うようにこちらに体を返した。そして、驚きと衝撃とで言葉を失っている私に、さらなる驚愕の言葉を放ったのだった。

「ずっと秘密にしていたんだが……東雲さん。俺は」

 言うべき言葉を探すように、最初視線を泳がせていた彼だったが、心が決まったのか、乾くんは定まらなかった視線を私の顔に向けた。そして低いけれどはっきりとした言葉で、こう口にしたのだった。

「俺は、きみを護る刀だ。きみを妖怪から護る役目を背負っている」

 きっと私は目が点になっている。
 乾くんの言っている言葉の意味がよくわからない。

「え……? なに……?」

「俺もその役目に目覚めたのが割と最近で、まだ受け止めきれていない部分もあるが、もうここまできたら、秘密裏に護衛をしている意味も、その利点もないようだ。これからは堂々と、きみの護衛の任に就かせてもらいたいと思う」

 乾くんの表情は真剣そのものだ。けれど、私には彼の言動の意味がまったく理解できず、戸惑うよりなかった。

「ご、ごめん。乾くん。あなたの言っていることの意味が全然理解できない。あなたがその童子切ナントカとかいう刀の使い手であるのは、よくわからないけど受け止めるとして、それがなんで私の護衛役になるの? 乾くんと私は単なる他人でしょ」

 私の疑問に、乾くんは説明する言葉を探しているのか、眉間に皺を寄せ、少しの間考え込んだ。そしてぽつり、ぽつりと言葉を紡いでいった。

「きみには前世に受けた呪いがかかっている。妖怪を引き寄せるという呪いが」

「それは、確かにそうだけど……。え、なんで乾くんがそれを知っているの?」

「それはまあ……」

 また口ごもってしまう。
 しまった。あまり乾くんは話し上手じゃないのだろう。一度にたくさんの質問をすると、困ってしまうようだ。

「あ、ごめん。その説明はまたあとでいいよ。えっと、乾くんが私の護衛役なのは、私の前世に理由があるんだよね」

「ああ。東雲さん。きみは自分の前世がどんな人だったか知っているか?」

「私の? 知らない知らない。だいたいついこの間まで、前世とか信じてなかったくらいだし」

「そうか。それなら、まずはきみの前世がどんな人だったかについて説明しないといけないようだな」

 乾くんの口ぶりからして、彼は私の前世についてなにか知っているらしい。思わずごくりと喉を鳴らす。

「きみの前世は、ちづという美しい巫女だった」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天鬼ざくろのフリースタイル

ふみのあや
キャラ文芸
かつてディスで一世を風靡した元ラッパーの独身教師、小鳥遊空。 ヒップホップと決別してしまったその男がディスをこよなく愛するJKラッパー天鬼ざくろと出会った時、止まっていたビートが彼の人生に再び鳴り響き始めた──。 ※カクヨムの方に新キャラと設定を追加して微調整した加筆修正版を掲載しています。 もし宜しければそちらも是非。

学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~

トベ・イツキ
キャラ文芸
 三国志×学園群像劇!  平凡な少年・リュービは高校に入学する。  彼が入学したのは、一万人もの生徒が通うマンモス校・後漢学園。そして、その生徒会長は絶大な権力を持つという。  しかし、平凡な高校生・リュービには生徒会なんて無縁な話。そう思っていたはずが、ひょんなことから黒髪ロングの清楚系な美女とお団子ヘアーのお転婆な美少女の二人に助けられ、さらには二人が自分の妹になったことから運命は大きく動き出す。  妹になった二人の美少女の後押しを受け、リュービは謀略渦巻く生徒会の選挙戦に巻き込まれていくのであった。  学園を舞台に繰り広げられる新三国志物語ここに開幕!  このお話は、三国志を知らない人も楽しめる。三国志を知ってる人はより楽しめる。そんな作品を目指して書いてます。 今後の予定 第一章 黄巾の乱編 第二章 反トータク連合編 第三章 群雄割拠編 第四章 カント決戦編 第五章 赤壁大戦編 第六章 西校舎攻略編←今ココ 第七章 リュービ会長編 第八章 最終章 作者のtwitterアカウント↓ https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09 ※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。 ※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。

失恋少女と狐の見廻り

紺乃未色(こんのみいろ)
キャラ文芸
失恋中の高校生、彩羽(いろは)の前にあらわれたのは、神の遣いである「千影之狐(ちかげのきつね)」だった。「協力すれば恋の願いを神へ届ける」という約束のもと、彩羽はとある旅館にスタッフとして潜り込み、「魂を盗る、人ならざる者」の調査を手伝うことに。 人生初のアルバイトにあたふたしながらも、奮闘する彩羽。そんな彼女に対して「面白い」と興味を抱く千影之狐。 一人と一匹は無事に奇妙な事件を解決できるのか? 不可思議でどこか妖しい「失恋からはじまる和風ファンタジー」

シャ・ベ クル

うてな
キャラ文芸
これは昭和後期を舞台にしたフィクション。  異端な五人が織り成す、依頼サークルの物語…  夢を追う若者達が集う学園『夢の島学園』。その学園に通う学園主席のロディオン。彼は人々の幸福の為に、悩みや依頼を承るサークル『シャ・ベ クル』を結成する。受ける依頼はボランティアから、大事件まで…!?  主席、神様、お坊ちゃん、シスター、893? 部員の成長を描いたコメディタッチの物語。 シャ・ベ クルは、あなたの幸せを応援します。  ※※※ この作品は、毎週月~金の17時に投稿されます。 2023年05月01日   一章『人間ドール開放編』  ~2023年06月27日            二章 … 未定

望月何某の憂鬱(完結)

有住葉月
キャラ文芸
今連載中の夢は職業婦人のスピンオフです。望月が執筆と戦う姿を描く、大正ロマンのお話です。少し、個性派の小説家を遊ばせてみます。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

呂色高校対ゾン部!

益巣ハリ
キャラ文芸
この物語の主人公、風綿絹人は平凡な高校生。だが彼の片思いの相手、梔倉天は何もかも異次元なチート美少女だ。ある日2人は高校で、顔を失くした化け物たちに襲われる。逃げる2人の前に国語教師が現れ、告げる。「あいつらは、ゾンビだ」 その日から絹人の日常は一変する。実は中二病すぎる梔倉、多重人格メルヘン少女、ストーカー美少女に謎のおっさんまで、ありとあらゆる奇人変人が絹人の常識をぶち壊していく。 常識外れ、なんでもありの異能力バトル、ここに開幕!

処理中です...