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第三話 旧校舎トイレの怪
旧校舎トイレの怪9
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外に出ると、昇降口前には乾刀馬が立っていて、なぜかその周囲には何匹もの狸がいた。そして彼の手には、先日も目にした青く光る一振りの日本刀があった。
「乾くん!」
花子さんと一緒に彼のもとへと近づくと、彼は私たちをその広い背中で護るように狸たちと私たちの間に立った。
「あまり近づかないほうがいい。この狸たちは妖怪の類だ。普通の狸ではない」
「狸の妖怪……?」
「さっきトイレにいた落ち武者の妖怪に力を与えた狸がいたが、そいつがこいつらの親玉だろう。追いかけたがそいつには逃げられ、代わりに手下らしきこの狸たちが俺の邪魔をするように現れたんだ」
「な、なにそれ? わけがわかんないんだけど」
「俺もまだはっきりとしたことは言えないが、とりあえずこいつらは危険だ。東雲さんたちは手出しをしないほうがいい」
確かに、この狸たちの様子は尋常ではない。なにかに操られてでもいるような、そんな雰囲気を感じる。
「なんなのよ。新太郎さんといい、この狸たちといい……」
ふと空を見上げると、すでに太陽は西の山の峰に飲み込まれようとしていた。夕陽の朱と夜の紺が少しずつ溶け合って、美しく幻想的な世界を作りだしている。
逢魔時。
妖怪と人間の世界が交わる時。
と、一匹の狸がこちらに向かって飛び出してきた。
それに応じるように、乾刀馬が青い刀を持ち直す。
ザン!
乾刀馬の刀が一匹の狸を薙ぎ払ったのを皮切りに、その他の狸たちも次から次へと彼に襲いかかっていった。
緊張が走り、思わず目を瞑りそうになる。けれど、想像とは違って、乾刀馬の斬撃は、血を流すことはなかった。打ち払われた狸たちは、地面に伏してはいるものの、その体には傷ひとつなかった。
「乾くん、その刀はいったい……」
ずっと疑問に思っていたことを口にしてみる。
乾くんは少しだけ沈黙していたが、最後に向かってきた狸を薙ぎ払ったところで言葉を返してきた。
「童子切安綱。その昔、源頼光が妖怪酒呑童子の首を斬ったときに使われた刀。その刀が霊刀となり、今は俺の身に宿っている。いわばこの刀は妖怪退治の刀であり、俺はその刀の使い手なんだ」
思ってもみなかった答えに唖然となり、返す言葉を失う。
妖怪退治の刀……? そしてその使い手が乾くん?
「霊刀であるがため、生身は斬れない。だから、この狸たちも妖気だけを打ち払ったのみで、その身を傷つけてはいない。だからそろそろこいつらも起きあがってくるはずだ」
乾くんの言うとおり、先ほど彼の持っていた刀で斬られたはずの狸たちは、のそりとのそりと起きあがり、動き出した。しかし、先程とは様子が違い、こちらに敵意を向けることなくそそくさとどこかへと逃げていく。
「やはり、何者かに操られていただけだったようだな。ああなれば、もう大丈夫だろう」
乾くんはそう言うと、持っていた刀から手を離す。しかしその刀は彼の手から落ちることはなく、代わりに朧に輪郭をなくしながら、やがて姿を消していった。
それから彼は私と向かい合うようにこちらに体を返した。そして、驚きと衝撃とで言葉を失っている私に、さらなる驚愕の言葉を放ったのだった。
「ずっと秘密にしていたんだが……東雲さん。俺は」
言うべき言葉を探すように、最初視線を泳がせていた彼だったが、心が決まったのか、乾くんは定まらなかった視線を私の顔に向けた。そして低いけれどはっきりとした言葉で、こう口にしたのだった。
「俺は、きみを護る刀だ。きみを妖怪から護る役目を背負っている」
きっと私は目が点になっている。
乾くんの言っている言葉の意味がよくわからない。
「え……? なに……?」
「俺もその役目に目覚めたのが割と最近で、まだ受け止めきれていない部分もあるが、もうここまできたら、秘密裏に護衛をしている意味も、その利点もないようだ。これからは堂々と、きみの護衛の任に就かせてもらいたいと思う」
乾くんの表情は真剣そのものだ。けれど、私には彼の言動の意味がまったく理解できず、戸惑うよりなかった。
「ご、ごめん。乾くん。あなたの言っていることの意味が全然理解できない。あなたがその童子切ナントカとかいう刀の使い手であるのは、よくわからないけど受け止めるとして、それがなんで私の護衛役になるの? 乾くんと私は単なる他人でしょ」
私の疑問に、乾くんは説明する言葉を探しているのか、眉間に皺を寄せ、少しの間考え込んだ。そしてぽつり、ぽつりと言葉を紡いでいった。
「きみには前世に受けた呪いがかかっている。妖怪を引き寄せるという呪いが」
「それは、確かにそうだけど……。え、なんで乾くんがそれを知っているの?」
「それはまあ……」
また口ごもってしまう。
しまった。あまり乾くんは話し上手じゃないのだろう。一度にたくさんの質問をすると、困ってしまうようだ。
「あ、ごめん。その説明はまたあとでいいよ。えっと、乾くんが私の護衛役なのは、私の前世に理由があるんだよね」
「ああ。東雲さん。きみは自分の前世がどんな人だったか知っているか?」
「私の? 知らない知らない。だいたいついこの間まで、前世とか信じてなかったくらいだし」
「そうか。それなら、まずはきみの前世がどんな人だったかについて説明しないといけないようだな」
乾くんの口ぶりからして、彼は私の前世についてなにか知っているらしい。思わずごくりと喉を鳴らす。
「きみの前世は、ちづという美しい巫女だった」
「乾くん!」
花子さんと一緒に彼のもとへと近づくと、彼は私たちをその広い背中で護るように狸たちと私たちの間に立った。
「あまり近づかないほうがいい。この狸たちは妖怪の類だ。普通の狸ではない」
「狸の妖怪……?」
「さっきトイレにいた落ち武者の妖怪に力を与えた狸がいたが、そいつがこいつらの親玉だろう。追いかけたがそいつには逃げられ、代わりに手下らしきこの狸たちが俺の邪魔をするように現れたんだ」
「な、なにそれ? わけがわかんないんだけど」
「俺もまだはっきりとしたことは言えないが、とりあえずこいつらは危険だ。東雲さんたちは手出しをしないほうがいい」
確かに、この狸たちの様子は尋常ではない。なにかに操られてでもいるような、そんな雰囲気を感じる。
「なんなのよ。新太郎さんといい、この狸たちといい……」
ふと空を見上げると、すでに太陽は西の山の峰に飲み込まれようとしていた。夕陽の朱と夜の紺が少しずつ溶け合って、美しく幻想的な世界を作りだしている。
逢魔時。
妖怪と人間の世界が交わる時。
と、一匹の狸がこちらに向かって飛び出してきた。
それに応じるように、乾刀馬が青い刀を持ち直す。
ザン!
乾刀馬の刀が一匹の狸を薙ぎ払ったのを皮切りに、その他の狸たちも次から次へと彼に襲いかかっていった。
緊張が走り、思わず目を瞑りそうになる。けれど、想像とは違って、乾刀馬の斬撃は、血を流すことはなかった。打ち払われた狸たちは、地面に伏してはいるものの、その体には傷ひとつなかった。
「乾くん、その刀はいったい……」
ずっと疑問に思っていたことを口にしてみる。
乾くんは少しだけ沈黙していたが、最後に向かってきた狸を薙ぎ払ったところで言葉を返してきた。
「童子切安綱。その昔、源頼光が妖怪酒呑童子の首を斬ったときに使われた刀。その刀が霊刀となり、今は俺の身に宿っている。いわばこの刀は妖怪退治の刀であり、俺はその刀の使い手なんだ」
思ってもみなかった答えに唖然となり、返す言葉を失う。
妖怪退治の刀……? そしてその使い手が乾くん?
「霊刀であるがため、生身は斬れない。だから、この狸たちも妖気だけを打ち払ったのみで、その身を傷つけてはいない。だからそろそろこいつらも起きあがってくるはずだ」
乾くんの言うとおり、先ほど彼の持っていた刀で斬られたはずの狸たちは、のそりとのそりと起きあがり、動き出した。しかし、先程とは様子が違い、こちらに敵意を向けることなくそそくさとどこかへと逃げていく。
「やはり、何者かに操られていただけだったようだな。ああなれば、もう大丈夫だろう」
乾くんはそう言うと、持っていた刀から手を離す。しかしその刀は彼の手から落ちることはなく、代わりに朧に輪郭をなくしながら、やがて姿を消していった。
それから彼は私と向かい合うようにこちらに体を返した。そして、驚きと衝撃とで言葉を失っている私に、さらなる驚愕の言葉を放ったのだった。
「ずっと秘密にしていたんだが……東雲さん。俺は」
言うべき言葉を探すように、最初視線を泳がせていた彼だったが、心が決まったのか、乾くんは定まらなかった視線を私の顔に向けた。そして低いけれどはっきりとした言葉で、こう口にしたのだった。
「俺は、きみを護る刀だ。きみを妖怪から護る役目を背負っている」
きっと私は目が点になっている。
乾くんの言っている言葉の意味がよくわからない。
「え……? なに……?」
「俺もその役目に目覚めたのが割と最近で、まだ受け止めきれていない部分もあるが、もうここまできたら、秘密裏に護衛をしている意味も、その利点もないようだ。これからは堂々と、きみの護衛の任に就かせてもらいたいと思う」
乾くんの表情は真剣そのものだ。けれど、私には彼の言動の意味がまったく理解できず、戸惑うよりなかった。
「ご、ごめん。乾くん。あなたの言っていることの意味が全然理解できない。あなたがその童子切ナントカとかいう刀の使い手であるのは、よくわからないけど受け止めるとして、それがなんで私の護衛役になるの? 乾くんと私は単なる他人でしょ」
私の疑問に、乾くんは説明する言葉を探しているのか、眉間に皺を寄せ、少しの間考え込んだ。そしてぽつり、ぽつりと言葉を紡いでいった。
「きみには前世に受けた呪いがかかっている。妖怪を引き寄せるという呪いが」
「それは、確かにそうだけど……。え、なんで乾くんがそれを知っているの?」
「それはまあ……」
また口ごもってしまう。
しまった。あまり乾くんは話し上手じゃないのだろう。一度にたくさんの質問をすると、困ってしまうようだ。
「あ、ごめん。その説明はまたあとでいいよ。えっと、乾くんが私の護衛役なのは、私の前世に理由があるんだよね」
「ああ。東雲さん。きみは自分の前世がどんな人だったか知っているか?」
「私の? 知らない知らない。だいたいついこの間まで、前世とか信じてなかったくらいだし」
「そうか。それなら、まずはきみの前世がどんな人だったかについて説明しないといけないようだな」
乾くんの口ぶりからして、彼は私の前世についてなにか知っているらしい。思わずごくりと喉を鳴らす。
「きみの前世は、ちづという美しい巫女だった」
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