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第三話 旧校舎トイレの怪
旧校舎トイレの怪5
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「樋口さん!」
異変に気付いた乾くんも、非常時ということもあって、女子トイレ内に足を踏み入れてきた。
私も慌てて亜矢子の元に駆け寄り、彼女の様子を見る。
「亜矢子、亜矢子しっかりして!」
軽く肩を揺するが、亜矢子は気を失ったままだった。私の隣に乾くんがしゃがみ込み、亜矢子の腕を取る。
「乾くん、どうしよう。亜矢子、大丈夫かな?」
「脈も呼吸も正常だ。たぶん一時的に気を失ってしまっただけだと思うが、このままにはしておけない。俺が保健室まで運ぶよ」
半ばパニックの私とは対照的に、乾刀馬は冷静だった。すぐさま気を失った亜矢子を背中におんぶすると、そのままその場をあとにした。
しばらく呆然としたあと、自分も保健室までついていけばよかったと思ったが、なんだか力が抜けてすぐに動くことができなかった。
「妖気に当てられたようだな」
私の斜め上からそんな声がした。おきつねさまだ。
「妖気に?」
「そうだ。大抵の妖怪は、自覚がないとしてもある程度の妖気というものを有しておる。妖怪に耐性のあるおぬしのようなものならば、そんなものを浴びてもたいして影響はないのだが、耐性の低いものが妖気をまともに浴びると、ああして気を失うことがある」
「それって、さっき亜矢子の足を掴んでいた手の持ち主が原因?」
「まあ、そうだろうな」
私は先ほどスマホ画面に見えた映像を思い出し、三番目のドアのあるほうに目をやった。
開け放されたままのトイレのドア。恐ろしくてすぐにそちらに近づくことはできなかった。
「安心せい。今はどこかに身を隠しているようじゃぞ」
おきつねさまの言葉にほっと胸を撫で下ろす。
「じゃが、今度は違うのが出てきたようではあるがのう」
その言葉に、はっとして顔をあげると、トイレの奥にそれまではいなかったはずの少女の姿が見えた。おかっぱ頭で赤いスカートを履いた、十歳くらいの女の子である。
「え、誰……?」
呟いて、亜矢子の言っていた噂の中に、おかっぱ頭の女の子の姿を見たというのがあったことを思い出した。
「私は花子」
目の前の少女が名乗ったことで、私は彼女の正体を理解する。
「まさか、あなた、あのトイレの花子さん……?」
「あの?」
花子さんは小首を傾げ、こちらを不思議そうに見つめる。なんだろう。思っていたより怖くない……かもしれない。
「都市伝説とか、学校の七不思議で有名な……って言ってもわかんないかな?」
花子さんは、今度は反対方向に首を傾げてみせる。う、うん。幽霊なのか妖怪なのかわからないけど、思ってたよりも可愛いかも。
「帰る場所を見失った少女の幽霊、というところか。特にこの娘に関しては強い悪意は感じられない。この娘と先ほどの妖気とは無関係じゃろう」
「そうなんだ。でも、なんでここに? てゆうか、なんで私たちの前に姿を現したの?」
「私はこのトイレに住んでたの。だけど、最近今までみたいに住めなくなってしまって困ってて。誰かに助けてもらいたくて、ときどきここに来る生徒に声をかけたりしてたんだけど、みんな花子の姿を見ると、悲鳴をあげて逃げていっちゃうんだ」
それはそうだろう。突然ここにいるはずのない少女から声をかけられたら、大抵の人はびっくりしてしまう。それに、この噂を知っている人だったらなおさら驚くことだろう。
しかし、私はしょっちゅう妖怪と接しているうちに、どうやらかなりの耐性がついてしまったようで、ただの幽霊程度のものならば、それほど驚くこともなくなっていた。
「お姉さんたちは私の姿を見ても逃げていかないんだね」
「まあね。あなたは見た目可愛い女の子だし。それほど害がないような感じだし?」
「わ、可愛いなんて言われたの、いつぶりだろう。嬉しい……!」
そう言って笑顔を浮かべる花子さん。なんだ。トイレの花子さんって実は普通の可愛い女の子なんじゃん。
「でも、なに? 困ってることって。どうしてこのトイレに住めなくなってしまったの?」
私が訊ねると、花子さんは唇を噛んで、悔しげな様子を見せた。
「さっきまでここにいたやつ。あいつが私の住み処にあとから来て、奪ってしまったの」
それを聞いた私は、思わずおきつねさまと顔を見合わせた。
「なるほど。そういうことか。それであの亜矢子とかいう娘が申しておった怪異がここで起きておったんじゃのう」
おきつねさまは、納得したように、白く立派な尾を一度大きく上下に振った。その振動で、おきつねさまが身につけているらしい鈴の音が、どこからかチリンと響いた。
「で、その花子ちゃんの住み処を奪ったのって、どんなやつなの?」
「うん。なんか、ちょんまげのお侍さんみたいな格好をしたおじさん」
「ちょんまげのお侍さん」
確かに亜矢子もそんな噂の話をしていた。
「首が斬れちゃってるみたいで、よく体からころん、って首を落としてるの」
うげ。その光景、絶対見たくない。
「首のとれた侍か。きっと昔この辺りで斬首された霊が妖怪となったものじゃろうな。じゃが、なにゆえこの学校のトイレに住みつくようになったのか」
「ねえ、お姉さんと白い狐の妖怪さん。どうにかそいつをここから追い出してくれない? お礼はきっとするから」
なんと、妖怪からこんなふうに依頼をされるとは。まあ、前回の河童のこともあるし、初めてのことではないのだけれど。
私がおきつねさまのほうを見ると、白い狐の大妖怪は、嫌なものでも見るような目つきになった。
「儂になんとかせよと?」
「また私がお揚げを用意します!」
私が手を合わせて頼み込むと、仕方ないというようにおきつねさまはうなずいた。
「上等のやつじゃないと、納得せぬからの」
異変に気付いた乾くんも、非常時ということもあって、女子トイレ内に足を踏み入れてきた。
私も慌てて亜矢子の元に駆け寄り、彼女の様子を見る。
「亜矢子、亜矢子しっかりして!」
軽く肩を揺するが、亜矢子は気を失ったままだった。私の隣に乾くんがしゃがみ込み、亜矢子の腕を取る。
「乾くん、どうしよう。亜矢子、大丈夫かな?」
「脈も呼吸も正常だ。たぶん一時的に気を失ってしまっただけだと思うが、このままにはしておけない。俺が保健室まで運ぶよ」
半ばパニックの私とは対照的に、乾刀馬は冷静だった。すぐさま気を失った亜矢子を背中におんぶすると、そのままその場をあとにした。
しばらく呆然としたあと、自分も保健室までついていけばよかったと思ったが、なんだか力が抜けてすぐに動くことができなかった。
「妖気に当てられたようだな」
私の斜め上からそんな声がした。おきつねさまだ。
「妖気に?」
「そうだ。大抵の妖怪は、自覚がないとしてもある程度の妖気というものを有しておる。妖怪に耐性のあるおぬしのようなものならば、そんなものを浴びてもたいして影響はないのだが、耐性の低いものが妖気をまともに浴びると、ああして気を失うことがある」
「それって、さっき亜矢子の足を掴んでいた手の持ち主が原因?」
「まあ、そうだろうな」
私は先ほどスマホ画面に見えた映像を思い出し、三番目のドアのあるほうに目をやった。
開け放されたままのトイレのドア。恐ろしくてすぐにそちらに近づくことはできなかった。
「安心せい。今はどこかに身を隠しているようじゃぞ」
おきつねさまの言葉にほっと胸を撫で下ろす。
「じゃが、今度は違うのが出てきたようではあるがのう」
その言葉に、はっとして顔をあげると、トイレの奥にそれまではいなかったはずの少女の姿が見えた。おかっぱ頭で赤いスカートを履いた、十歳くらいの女の子である。
「え、誰……?」
呟いて、亜矢子の言っていた噂の中に、おかっぱ頭の女の子の姿を見たというのがあったことを思い出した。
「私は花子」
目の前の少女が名乗ったことで、私は彼女の正体を理解する。
「まさか、あなた、あのトイレの花子さん……?」
「あの?」
花子さんは小首を傾げ、こちらを不思議そうに見つめる。なんだろう。思っていたより怖くない……かもしれない。
「都市伝説とか、学校の七不思議で有名な……って言ってもわかんないかな?」
花子さんは、今度は反対方向に首を傾げてみせる。う、うん。幽霊なのか妖怪なのかわからないけど、思ってたよりも可愛いかも。
「帰る場所を見失った少女の幽霊、というところか。特にこの娘に関しては強い悪意は感じられない。この娘と先ほどの妖気とは無関係じゃろう」
「そうなんだ。でも、なんでここに? てゆうか、なんで私たちの前に姿を現したの?」
「私はこのトイレに住んでたの。だけど、最近今までみたいに住めなくなってしまって困ってて。誰かに助けてもらいたくて、ときどきここに来る生徒に声をかけたりしてたんだけど、みんな花子の姿を見ると、悲鳴をあげて逃げていっちゃうんだ」
それはそうだろう。突然ここにいるはずのない少女から声をかけられたら、大抵の人はびっくりしてしまう。それに、この噂を知っている人だったらなおさら驚くことだろう。
しかし、私はしょっちゅう妖怪と接しているうちに、どうやらかなりの耐性がついてしまったようで、ただの幽霊程度のものならば、それほど驚くこともなくなっていた。
「お姉さんたちは私の姿を見ても逃げていかないんだね」
「まあね。あなたは見た目可愛い女の子だし。それほど害がないような感じだし?」
「わ、可愛いなんて言われたの、いつぶりだろう。嬉しい……!」
そう言って笑顔を浮かべる花子さん。なんだ。トイレの花子さんって実は普通の可愛い女の子なんじゃん。
「でも、なに? 困ってることって。どうしてこのトイレに住めなくなってしまったの?」
私が訊ねると、花子さんは唇を噛んで、悔しげな様子を見せた。
「さっきまでここにいたやつ。あいつが私の住み処にあとから来て、奪ってしまったの」
それを聞いた私は、思わずおきつねさまと顔を見合わせた。
「なるほど。そういうことか。それであの亜矢子とかいう娘が申しておった怪異がここで起きておったんじゃのう」
おきつねさまは、納得したように、白く立派な尾を一度大きく上下に振った。その振動で、おきつねさまが身につけているらしい鈴の音が、どこからかチリンと響いた。
「で、その花子ちゃんの住み処を奪ったのって、どんなやつなの?」
「うん。なんか、ちょんまげのお侍さんみたいな格好をしたおじさん」
「ちょんまげのお侍さん」
確かに亜矢子もそんな噂の話をしていた。
「首が斬れちゃってるみたいで、よく体からころん、って首を落としてるの」
うげ。その光景、絶対見たくない。
「首のとれた侍か。きっと昔この辺りで斬首された霊が妖怪となったものじゃろうな。じゃが、なにゆえこの学校のトイレに住みつくようになったのか」
「ねえ、お姉さんと白い狐の妖怪さん。どうにかそいつをここから追い出してくれない? お礼はきっとするから」
なんと、妖怪からこんなふうに依頼をされるとは。まあ、前回の河童のこともあるし、初めてのことではないのだけれど。
私がおきつねさまのほうを見ると、白い狐の大妖怪は、嫌なものでも見るような目つきになった。
「儂になんとかせよと?」
「また私がお揚げを用意します!」
私が手を合わせて頼み込むと、仕方ないというようにおきつねさまはうなずいた。
「上等のやつじゃないと、納得せぬからの」
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