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第二話 河童の落とし物
河童の落とし物7
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川沿いを再び上流のほうへと向かって移動し、果樹園のあるところまで私たちは戻ってきた。
「それで、その妖怪はどこに? 人間が戦っているというが」
自力で移動する力がないという河童を仕方なく脇にかかえながら、おきつねさまは周囲に視線をやる。
「えっと、ここの果樹園の奥にある井戸のところで乾くんたちがいるはず……」
言いながら、あれからどうなったのかと不安が募る。彼の言うとおりその場は逃げたものの、彼を置いていってしまったという負い目が私の胸をチクチクと刺した。
どうか無事でいて……! 乾くん!
願いながら、問題の場所に近づいていくと、そこには先程とはまた違った意味での驚きの光景が待ち構えていた。
「乾くん!」
思わず叫び、彼の元へと駆けつける。
先程まで戦っていたはずの乾刀馬とお菊さんは、それぞれ力尽きたように、互いに間合いを取って地面に片膝をついていた。
「しの、のめさん……? なんでまたここに……」
荒く肩で息をしながら、乾くんはこちらに顔を向けた。その表情には濃い疲労の色が見える。
「だって、きみだけをほっとくわけにいかないでしょ。とりあえず、助っ人を連れてきたから、もう大丈夫だと思う。ここはそっちに任せて、乾くんは休んでて」
そう伝え終わると、すぐに後ろを振り返る。そちらには、三体の妖怪が対峙している様子が見えた。
「随分横暴な真似を働いたようじゃな。お菊」
冷水を浴びせられたかのような、冷たい声。
おきつねさまは、視線の先でうなだれている皿かぞえを上から見下すようにして見つめていた。
「なんじゃ……? そなたは」
皿かぞえ――お菊は、乾刀馬との戦いで、かなり疲労困憊の様子だった。目の前にいるのが三千年も生きている大妖怪とは知らない様子で、ぼんやりとそんなことを口にする。
「儂は空孤。おぬしのような小物妖怪でも名前くらいは聞いたことがあろう」
「クウコ……。空孤……? まさかあのものすごい妖力を持つという大妖怪の白狐?」
お菊は目の前の白い狐の容貌を見て、細く伏せられていた目を大きく見開いた。
「そうじゃ。儂がその大妖怪の空孤様じゃ。どうも儂がしばらく眠っていたのをいいことに、近頃の妖怪どもは好き勝手に悪さをしておるようで、少しばかり儂も妖怪の風紀を取り締まらねばと思っておるところじゃ」
「そ、そうでしたか。これはこれは、失礼致しました」
水戸黄門で言うところの印籠を突きつけられた悪人よろしく、お菊さんは慌てて平身低頭する。
「時にお菊よ。おぬし、その辺りの川縁で皿を拾ったそうじゃな」
「は、はい」
「それはおぬしのものか?」
「はあ。わたくしめが探していたものでございます」
「ふうむ、それはおかしいのう。もう一匹、その皿を無くして探しているというものがいるのじゃが」
そうしておきつねさまは、一緒に連れてきていた河童に視線を送った。
「のう、河童。おぬしは最近そこの川沿い付近で自分の頭の皿を無くしたのじゃったな」
頭の皿を無くした河童は、おどおどしながらもその問いかけにこくりとうなずく。
「は、はい。おいら、自分の大事な皿を無くしてしまって、本当に困ってたんだぁ。もしおいらの皿を持っているのなら、返して欲しいんだなぁ」
「河童の皿? そんなものあたしは知らぬ。あたしの持っている皿とは別物ではないのか?」
「いやぁ、でも、おいらが頭の皿を落とした辺りであんたが見つけたっていうなら、それはおいらの皿のような気がする。だから見せておくれ」
「だから、あたしはお前の頭の皿など知らぬと言うておるではないか。それに、おぬしのような小汚い河童などに大事な皿を見せるわけにはいかぬ」
「でもなぁ」
このままでは埒があかない。皿がここにない以上、いくらそれがこちらのものだと主張したところで、それは机上の空論。実際に見てみなければわからない。どうにかしてお菊さんにその皿をここに出してもらわないことには、話が進まない。
どうすればいいのかしばらく考えてみると、いいことを思いついた。けれどもすぐに、自分一人では失敗するかもしれないと思い直す。と、ふと視線の先に白い水干を身に纏った妖怪の姿が見えた。そして次の瞬間、ぱちりと目が合った。
その妖怪は、私の表情を見ると、すぐになにかを察したように、にんまりと笑みを浮かべて見せる。その笑みの意味がなんなのかはわからなかったが、私には彼がこう言ったように思えた。
――任せろ。
ならば、私はそれに従うまで。次の瞬間、私はこう口にしていた。
「お菊さん、そういえばあなたの皿、本当に十枚揃ってるのかしら? 数え間違えてたりしてない?」
「なに? 数え間違いじゃと?」
突然の私の言に、お菊はぴくりと反応を示す。
「そうそう。うっかり間違って数えている可能性もあるから、もう一度数え直したほうがいいんじゃないかな?」
「そ、そうか。そうじゃな。確かに数え間違えているのはまずい。数え直しておいたほうがいいかもしれぬ」
明らかに動揺を隠せない様子で、お菊さんはそわそわと後方の井戸のほうをちらちらと見る。
「そうそう。井戸から少し離れてたりしてたから、その隙に誰かがあなたの皿を盗んでいったりしてるかもしれないし」
「ぬ……盗む……!?」
もはや完全に術中に嵌ったお菊さんは、後方の井戸に向き直り、中に隠してあったらしい皿を取り出し、枚数を数え始めた。
「いちま~い、にま~い、さんま~い」
妖怪皿かぞえは、恨めしそうな声色で皿の枚数を数えていく。
「よんま~い、ごま~い、ろくま~い」
じっとその声を聴く私たち。緊張しているのは、きっと私だけではないはずだ。
「ななま~い、はちま~い、きゅうま~い」
そして、皿かぞえは最後にそれを井戸から取り出してみせた。
「じゅうま……」
言い終える前に、彼女の手から、忽然とそれは消えた。
「い、え、えええええ!?」
慌てふためくお菊だったが、どんなに狼狽してみせたところで、彼女の手にそれが戻ることはもうない。
「これはどう見ても、おぬしが持っている他の皿とは種類の違うものじゃな」
いつの間にか上空にその身を浮かばせたおきつねさまが、その手に持った一枚の皿をしげしげと見つめていた。
「い、いつの間に! 返せ! それはあたしの皿じゃ!」
騒ぎ立てるお菊さんを氷のような視線でちらりと見やったおきつねさまは、次の瞬間、さらに彼女を震撼させる行動に出た。
「き、きゃあああああ!!」
彼女が持っていた残りの皿が、次々と空中に飛び上がり、おきつねさまの周りへと移動する。
「ひい、ふう、みい、こちらの九枚。そしておぬしが己のものじゃと申したこの一枚。こうして見れば一目瞭然。両者はまったくの別の種類の皿。それを自分がなくしたものじゃと言い張るのは、おぬしの強情な我が儘でしかないのう」
皿の枚数を数えながら、おきつねさまは自分の周りを回っている皿を、それぞれくるくると手で回したり、カチカチと爪で弾いたりと雑に扱っている。
「やめろ! それはとても貴重な皿なのじゃ。そんなふうに扱って割れでもしたら……」
「割れでもしたら?」
おきつねさまは、そう言ったかと思うと、そのうちの一枚を手に取り、ぽいっと投げて見せる。
「ぎゃあああああ!!」
悲鳴とも怒声ともつかない声を出して、恐怖に目を見開くお菊さん。おきつねさまはというと、そんなことなどまったく気にも留めず、次々に手に取った皿を空中に投げては遊んでいる。
「……かった」
小さくそんな声が聞こえ、皿をもてあそんでいたおきつねさまの動きが止まった。
「ん? なにか申したか?」
「わかった! 拾った一枚はあたしの持っていた皿ではない! だから、残りの皿は早う返しておくれ! このとおりじゃ!」
泣き叫びながら、皿かぞえ――お菊さんは、その場で土下座して謝ったのだった。
「それで、その妖怪はどこに? 人間が戦っているというが」
自力で移動する力がないという河童を仕方なく脇にかかえながら、おきつねさまは周囲に視線をやる。
「えっと、ここの果樹園の奥にある井戸のところで乾くんたちがいるはず……」
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願いながら、問題の場所に近づいていくと、そこには先程とはまた違った意味での驚きの光景が待ち構えていた。
「乾くん!」
思わず叫び、彼の元へと駆けつける。
先程まで戦っていたはずの乾刀馬とお菊さんは、それぞれ力尽きたように、互いに間合いを取って地面に片膝をついていた。
「しの、のめさん……? なんでまたここに……」
荒く肩で息をしながら、乾くんはこちらに顔を向けた。その表情には濃い疲労の色が見える。
「だって、きみだけをほっとくわけにいかないでしょ。とりあえず、助っ人を連れてきたから、もう大丈夫だと思う。ここはそっちに任せて、乾くんは休んでて」
そう伝え終わると、すぐに後ろを振り返る。そちらには、三体の妖怪が対峙している様子が見えた。
「随分横暴な真似を働いたようじゃな。お菊」
冷水を浴びせられたかのような、冷たい声。
おきつねさまは、視線の先でうなだれている皿かぞえを上から見下すようにして見つめていた。
「なんじゃ……? そなたは」
皿かぞえ――お菊は、乾刀馬との戦いで、かなり疲労困憊の様子だった。目の前にいるのが三千年も生きている大妖怪とは知らない様子で、ぼんやりとそんなことを口にする。
「儂は空孤。おぬしのような小物妖怪でも名前くらいは聞いたことがあろう」
「クウコ……。空孤……? まさかあのものすごい妖力を持つという大妖怪の白狐?」
お菊は目の前の白い狐の容貌を見て、細く伏せられていた目を大きく見開いた。
「そうじゃ。儂がその大妖怪の空孤様じゃ。どうも儂がしばらく眠っていたのをいいことに、近頃の妖怪どもは好き勝手に悪さをしておるようで、少しばかり儂も妖怪の風紀を取り締まらねばと思っておるところじゃ」
「そ、そうでしたか。これはこれは、失礼致しました」
水戸黄門で言うところの印籠を突きつけられた悪人よろしく、お菊さんは慌てて平身低頭する。
「時にお菊よ。おぬし、その辺りの川縁で皿を拾ったそうじゃな」
「は、はい」
「それはおぬしのものか?」
「はあ。わたくしめが探していたものでございます」
「ふうむ、それはおかしいのう。もう一匹、その皿を無くして探しているというものがいるのじゃが」
そうしておきつねさまは、一緒に連れてきていた河童に視線を送った。
「のう、河童。おぬしは最近そこの川沿い付近で自分の頭の皿を無くしたのじゃったな」
頭の皿を無くした河童は、おどおどしながらもその問いかけにこくりとうなずく。
「は、はい。おいら、自分の大事な皿を無くしてしまって、本当に困ってたんだぁ。もしおいらの皿を持っているのなら、返して欲しいんだなぁ」
「河童の皿? そんなものあたしは知らぬ。あたしの持っている皿とは別物ではないのか?」
「いやぁ、でも、おいらが頭の皿を落とした辺りであんたが見つけたっていうなら、それはおいらの皿のような気がする。だから見せておくれ」
「だから、あたしはお前の頭の皿など知らぬと言うておるではないか。それに、おぬしのような小汚い河童などに大事な皿を見せるわけにはいかぬ」
「でもなぁ」
このままでは埒があかない。皿がここにない以上、いくらそれがこちらのものだと主張したところで、それは机上の空論。実際に見てみなければわからない。どうにかしてお菊さんにその皿をここに出してもらわないことには、話が進まない。
どうすればいいのかしばらく考えてみると、いいことを思いついた。けれどもすぐに、自分一人では失敗するかもしれないと思い直す。と、ふと視線の先に白い水干を身に纏った妖怪の姿が見えた。そして次の瞬間、ぱちりと目が合った。
その妖怪は、私の表情を見ると、すぐになにかを察したように、にんまりと笑みを浮かべて見せる。その笑みの意味がなんなのかはわからなかったが、私には彼がこう言ったように思えた。
――任せろ。
ならば、私はそれに従うまで。次の瞬間、私はこう口にしていた。
「お菊さん、そういえばあなたの皿、本当に十枚揃ってるのかしら? 数え間違えてたりしてない?」
「なに? 数え間違いじゃと?」
突然の私の言に、お菊はぴくりと反応を示す。
「そうそう。うっかり間違って数えている可能性もあるから、もう一度数え直したほうがいいんじゃないかな?」
「そ、そうか。そうじゃな。確かに数え間違えているのはまずい。数え直しておいたほうがいいかもしれぬ」
明らかに動揺を隠せない様子で、お菊さんはそわそわと後方の井戸のほうをちらちらと見る。
「そうそう。井戸から少し離れてたりしてたから、その隙に誰かがあなたの皿を盗んでいったりしてるかもしれないし」
「ぬ……盗む……!?」
もはや完全に術中に嵌ったお菊さんは、後方の井戸に向き直り、中に隠してあったらしい皿を取り出し、枚数を数え始めた。
「いちま~い、にま~い、さんま~い」
妖怪皿かぞえは、恨めしそうな声色で皿の枚数を数えていく。
「よんま~い、ごま~い、ろくま~い」
じっとその声を聴く私たち。緊張しているのは、きっと私だけではないはずだ。
「ななま~い、はちま~い、きゅうま~い」
そして、皿かぞえは最後にそれを井戸から取り出してみせた。
「じゅうま……」
言い終える前に、彼女の手から、忽然とそれは消えた。
「い、え、えええええ!?」
慌てふためくお菊だったが、どんなに狼狽してみせたところで、彼女の手にそれが戻ることはもうない。
「これはどう見ても、おぬしが持っている他の皿とは種類の違うものじゃな」
いつの間にか上空にその身を浮かばせたおきつねさまが、その手に持った一枚の皿をしげしげと見つめていた。
「い、いつの間に! 返せ! それはあたしの皿じゃ!」
騒ぎ立てるお菊さんを氷のような視線でちらりと見やったおきつねさまは、次の瞬間、さらに彼女を震撼させる行動に出た。
「き、きゃあああああ!!」
彼女が持っていた残りの皿が、次々と空中に飛び上がり、おきつねさまの周りへと移動する。
「ひい、ふう、みい、こちらの九枚。そしておぬしが己のものじゃと申したこの一枚。こうして見れば一目瞭然。両者はまったくの別の種類の皿。それを自分がなくしたものじゃと言い張るのは、おぬしの強情な我が儘でしかないのう」
皿の枚数を数えながら、おきつねさまは自分の周りを回っている皿を、それぞれくるくると手で回したり、カチカチと爪で弾いたりと雑に扱っている。
「やめろ! それはとても貴重な皿なのじゃ。そんなふうに扱って割れでもしたら……」
「割れでもしたら?」
おきつねさまは、そう言ったかと思うと、そのうちの一枚を手に取り、ぽいっと投げて見せる。
「ぎゃあああああ!!」
悲鳴とも怒声ともつかない声を出して、恐怖に目を見開くお菊さん。おきつねさまはというと、そんなことなどまったく気にも留めず、次々に手に取った皿を空中に投げては遊んでいる。
「……かった」
小さくそんな声が聞こえ、皿をもてあそんでいたおきつねさまの動きが止まった。
「ん? なにか申したか?」
「わかった! 拾った一枚はあたしの持っていた皿ではない! だから、残りの皿は早う返しておくれ! このとおりじゃ!」
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