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第二話 河童の落とし物
河童の落とし物5
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気を失う直前に、誰かに助けを求めたような気がする。
それが誰で、どうしてその人だったのかは覚えていない。
だけどそれももう、どうでもいいことだ。
遅かれ早かれ、私はこうして妖怪によって殺される運命にあったんだ。
妖怪というのは、本来人間とは相容れぬ恐ろしいもの。妖怪に対して少しでも親切心を抱いたり、油断して付け入る隙を見せてしまってはいけなかったのだ。
そう。妖怪なんかと関わった私が大馬鹿だった。
自業自得。
因果応報。
だけど、やっぱりまだ死にたくないなぁ。
おいしいものもまだまだいっぱい食べたいし。
インスタとかも始めてみたかったし。
友達ともっといろいろ遊びに行きたかったし。
好きなドラマの続きも気になるし。
勉強はちょっと苦手だったけど。
でももうちょっと、あともう少しだけ。
生きていたかった。
青春をもっと味わってみたかった。
だってまだ十六歳なんだよ。
人生これからなんだよ。
だから。
ねえ。
――誰か。
助けて。
お願いだから。
――助けてよ!
遠くで鈴の音が聞こえた気がした。
*****
気がついたとき、すでに空の色は夕暮れ色に染まりつつあった。目の前には空があり、背中に地面の感触があることから、どうやら自分は地面の上で寝そべっているらしいことがわかった。ゆっくりと身を起こすと、全身がとても重く、強い倦怠感を覚えた。
軽く頭を振り、気怠さを散らす。そして、己の今の状況を思い起こした。
確か私はあのとき、お菊さんに襲われて……。
そのときの状況を思い出し、ぞっと寒気を覚える。しかし、気を失ってはいたものの、我が身の無事を確認して少しだけ安堵した。
ふとそのとき、なにかの気配を近くで感じ、その気配の方向に顔を動かす。するとその視線の先に、見覚えのある誰かの後ろ姿があった。
「え……? 乾、くん……?」
背の高さから、後ろ姿だけでわかる。隣のクラスのにいる短髪の男の子。
乾刀馬。
なぜ彼がここにいるのかわからないが、とりあえず声をかけようと喉から息を吐き出す。
「どうして、ここ、に……」
言いかけて、彼の後ろ姿の向こうに、なにかが立っていることに気がついた。
「おのれ、小僧! なぜあたしの邪魔をする! そこをどけ!」
キィン! と甲高い金属音のような音がして、辺りにスパークが飛び散った。
先程の声の主は、妖怪皿かぞえであるお菊。そのお菊と対峙するように、彼は私の前に立っていた。
見れば、乾くんの手には、不思議な青いオーラのようなものに包まれた日本刀があった。
なぜ彼がそんなものを持っているのか。どういうわけでここにいるのか。
そして、なぜ彼が妖怪と戦っているのか。
まったくわけがわからなかったけれど、とにかく今が非常事態であることは理解した。
「乾くん!」
呼びかけると、ちらりと彼がこちらに目を向けた。
「東雲さん! ここは俺がなんとかするから、きみは早く逃げろ!」
「え、でも……っ」
「いいから、早く!」
事情がまったく飲み込めないが、乾くんの迫力に押され、私はそれ以上彼のほうへ近づくことができなかった。仕方なく彼の言葉に従って、そのままその場から後ずさる。
置いてあった自転車のところまで戻ると、また乾くんの声が聞こえた。
「俺がこいつを抑えている間に、できるだけ遠くに逃げるんだ!」
赤い太陽が、ゆっくりと西の空に沈んでいく。
昼と夜の境目。
光と闇とが混ざり合う時間。
人間の世界と妖怪の世界とが出会う逢魔時。
相反するものが解け合い、融合する。美しくも恐ろしい、そんな時間がやってきた。
私は自転車を飛ばし、ある場所へと向かっていた。そしてあることを考えていた。
なぜ乾くんがお菊さんと戦っていたのか。どうしてあの場にいたのか。あの日本刀のようなものはなんだったのか。
疑問ばかりが浮かんでくる。
彼に逃げろと言われ逃げてはきたものの、彼の安否が心配でたまらない。あの事態を引き起こしたのは、他でもない私だ。このままなにもせず、家に帰ることなんてできるわけがない。
やがて、私の乗った自転車は目的地に到着した。川沿いに近寄り、下方へと向かって呼びかけてみる。
「河童さん!」
すると、しばらくして川の中からぬっとまるい頭が現れた。
「おや、お嬢さん。おいらの頭の皿、見つけてくれたのかい?」
「そう、そのお皿は見つかったんだけど、今手元にはなくって、えーとぉ、とにかくいろいろ大変なことになってるの!」
「大変なこと……?」
必死に話す私とは対照的に、事態の大変さがわかっていないのか、はたまた皿がないせいで力が出ないのか、ぼんやりとした返事をする河童。
「あなたのお皿を拾った、皿かぞえっていう妖怪があなたのお皿を返してくれないのよ。今それでトラブルになっちゃって、私の知り合いが大変なの! 事情を説明して、あなたから皿かぞえに返してくれるよう頼んでくれない?」
「おいらの皿を皿かぞえが……? そいつは困ったなぁ。でも、あの皿がないとおいらここから動く力が出ねえんだ。どうしたらいいべ……」
悄然とうなだれる河童に、私もどうしたらいいかと考え込む。確かに、とにかくなんとかしないとという思いでここまで来たが、あのお皿がないと、この河童も力が取り戻せないのだ。
しばらく考え、ふとある妖怪のことが頭をよぎった。しかし、そんな安易にあの妖怪に頼み事をしていいのかと不安になる。
「う~ん、でもこのまま悩んでいてもどうしようもないもんね」
なにより今は、乾刀馬のことが心配だ。
「しょーがない。文句言われるかもしれないけど、他に頼れる人がいないんだもん」
私はそう自分に言い聞かせ、その妖怪に賭けてみることにした。
それが誰で、どうしてその人だったのかは覚えていない。
だけどそれももう、どうでもいいことだ。
遅かれ早かれ、私はこうして妖怪によって殺される運命にあったんだ。
妖怪というのは、本来人間とは相容れぬ恐ろしいもの。妖怪に対して少しでも親切心を抱いたり、油断して付け入る隙を見せてしまってはいけなかったのだ。
そう。妖怪なんかと関わった私が大馬鹿だった。
自業自得。
因果応報。
だけど、やっぱりまだ死にたくないなぁ。
おいしいものもまだまだいっぱい食べたいし。
インスタとかも始めてみたかったし。
友達ともっといろいろ遊びに行きたかったし。
好きなドラマの続きも気になるし。
勉強はちょっと苦手だったけど。
でももうちょっと、あともう少しだけ。
生きていたかった。
青春をもっと味わってみたかった。
だってまだ十六歳なんだよ。
人生これからなんだよ。
だから。
ねえ。
――誰か。
助けて。
お願いだから。
――助けてよ!
遠くで鈴の音が聞こえた気がした。
*****
気がついたとき、すでに空の色は夕暮れ色に染まりつつあった。目の前には空があり、背中に地面の感触があることから、どうやら自分は地面の上で寝そべっているらしいことがわかった。ゆっくりと身を起こすと、全身がとても重く、強い倦怠感を覚えた。
軽く頭を振り、気怠さを散らす。そして、己の今の状況を思い起こした。
確か私はあのとき、お菊さんに襲われて……。
そのときの状況を思い出し、ぞっと寒気を覚える。しかし、気を失ってはいたものの、我が身の無事を確認して少しだけ安堵した。
ふとそのとき、なにかの気配を近くで感じ、その気配の方向に顔を動かす。するとその視線の先に、見覚えのある誰かの後ろ姿があった。
「え……? 乾、くん……?」
背の高さから、後ろ姿だけでわかる。隣のクラスのにいる短髪の男の子。
乾刀馬。
なぜ彼がここにいるのかわからないが、とりあえず声をかけようと喉から息を吐き出す。
「どうして、ここ、に……」
言いかけて、彼の後ろ姿の向こうに、なにかが立っていることに気がついた。
「おのれ、小僧! なぜあたしの邪魔をする! そこをどけ!」
キィン! と甲高い金属音のような音がして、辺りにスパークが飛び散った。
先程の声の主は、妖怪皿かぞえであるお菊。そのお菊と対峙するように、彼は私の前に立っていた。
見れば、乾くんの手には、不思議な青いオーラのようなものに包まれた日本刀があった。
なぜ彼がそんなものを持っているのか。どういうわけでここにいるのか。
そして、なぜ彼が妖怪と戦っているのか。
まったくわけがわからなかったけれど、とにかく今が非常事態であることは理解した。
「乾くん!」
呼びかけると、ちらりと彼がこちらに目を向けた。
「東雲さん! ここは俺がなんとかするから、きみは早く逃げろ!」
「え、でも……っ」
「いいから、早く!」
事情がまったく飲み込めないが、乾くんの迫力に押され、私はそれ以上彼のほうへ近づくことができなかった。仕方なく彼の言葉に従って、そのままその場から後ずさる。
置いてあった自転車のところまで戻ると、また乾くんの声が聞こえた。
「俺がこいつを抑えている間に、できるだけ遠くに逃げるんだ!」
赤い太陽が、ゆっくりと西の空に沈んでいく。
昼と夜の境目。
光と闇とが混ざり合う時間。
人間の世界と妖怪の世界とが出会う逢魔時。
相反するものが解け合い、融合する。美しくも恐ろしい、そんな時間がやってきた。
私は自転車を飛ばし、ある場所へと向かっていた。そしてあることを考えていた。
なぜ乾くんがお菊さんと戦っていたのか。どうしてあの場にいたのか。あの日本刀のようなものはなんだったのか。
疑問ばかりが浮かんでくる。
彼に逃げろと言われ逃げてはきたものの、彼の安否が心配でたまらない。あの事態を引き起こしたのは、他でもない私だ。このままなにもせず、家に帰ることなんてできるわけがない。
やがて、私の乗った自転車は目的地に到着した。川沿いに近寄り、下方へと向かって呼びかけてみる。
「河童さん!」
すると、しばらくして川の中からぬっとまるい頭が現れた。
「おや、お嬢さん。おいらの頭の皿、見つけてくれたのかい?」
「そう、そのお皿は見つかったんだけど、今手元にはなくって、えーとぉ、とにかくいろいろ大変なことになってるの!」
「大変なこと……?」
必死に話す私とは対照的に、事態の大変さがわかっていないのか、はたまた皿がないせいで力が出ないのか、ぼんやりとした返事をする河童。
「あなたのお皿を拾った、皿かぞえっていう妖怪があなたのお皿を返してくれないのよ。今それでトラブルになっちゃって、私の知り合いが大変なの! 事情を説明して、あなたから皿かぞえに返してくれるよう頼んでくれない?」
「おいらの皿を皿かぞえが……? そいつは困ったなぁ。でも、あの皿がないとおいらここから動く力が出ねえんだ。どうしたらいいべ……」
悄然とうなだれる河童に、私もどうしたらいいかと考え込む。確かに、とにかくなんとかしないとという思いでここまで来たが、あのお皿がないと、この河童も力が取り戻せないのだ。
しばらく考え、ふとある妖怪のことが頭をよぎった。しかし、そんな安易にあの妖怪に頼み事をしていいのかと不安になる。
「う~ん、でもこのまま悩んでいてもどうしようもないもんね」
なにより今は、乾刀馬のことが心配だ。
「しょーがない。文句言われるかもしれないけど、他に頼れる人がいないんだもん」
私はそう自分に言い聞かせ、その妖怪に賭けてみることにした。
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