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第二話 河童の落とし物

河童の落とし物2

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 雨女の一件から、おきつねさまと知り合いになって一週間が経った。
 当初はとんでもない大妖怪が取り憑いてとんでもないことになってしまったと思ったが、本人が自分の存在は妖怪避けになると言っていたように、これまでしょっちゅう私にちょっかいをかけてきていた唐傘おばけやひとつ目小僧といった小物妖怪たちが、おきつねさまの姿を見た途端逃げ出していた。

 その様子を見た私は、高飛車な大妖怪と暮らすのと、いたずら好きの小物妖怪に日々苦労させられるのとを天秤にかけ、とりあえず前者を選んだのが今の現状なのである。
 まあ、テスト期間が終わるまではおきつねさまに頼るのもアリだよね。
 私のそんな損得勘定を知ってか知らずか、おきつねさまは久しぶりの人間世界での生活をそれなりに楽しんでいる様子である。

 家族はそんな大妖怪が私と一緒にいるとも気付かず、いつものように過ごしているのだが、時々おきつねさまがいたずらをして、ママの髪の毛の先を持ちあげたり、パパが読んでいる新聞を先にめくったりするので、結構こっちは冷や汗ものだ。
 両親は私の特異体質のことを多少は理解してくれているのだが、やはり実際に見える私と見えない両親とでは話が噛み合わないこともしばしばあるので、最近はあまり妖怪のことについて二人の前では話さないようにしている。それに、以前私のことで近所で変な噂が立ったこともあり、両親を困らせてはいけないと私も子供ながら理解したわけだ。

「まあ、いい大人が妖怪とか信じないもんね」

 高校生にもなる娘が、妖怪が見えると騒いでいるなんて、通常の感覚からしたら、この子大丈夫か?と心配される類の話なのだろう。
 日曜日の午後、私はママから頼まれたおつかいに出かけようと、近くのスーパーに向かって自転車を走らせていた。ついでにスーパーの隣にある本屋にも行きたかったので、私は素直にママの頼みを聞いたのである。
 おきつねさまは私に取り憑いているといっても、四六時中姿を見せているわけではなく、気が向いたら姿を現したりどこかへと姿を消したりしていた。久しぶりの人間界が物珍しいのか、自由気ままに街を見物したりしているようだ。

 おきつねさまの姿がないことにある意味ほっとしつつ、私は貴重な一人の自由時間を満喫していた。まだ夕刻には早いこともあり、周囲に妖怪の気配はない。
 平和だ。
 そんなことを思いながら、スーパーへ行くまでの田んぼ沿いののどかな通りを走る。やがて、田んぼゾーンが終わると、少し向こうに目的のスーパーが見えてきた。ここまで来ればあともう少しだ。そのまま真っ直ぐの道の突きあたりまで来ると、T字路になっている。道の先を川が横切っているのだ。突きあたりまでくると、下方から水のせせらぎが聞こえてきた。

 幅にして三メートルほどの川は、南に向かってゆったりとした流れを見せていた。川辺には、よくいろんな鳥が遊びにきていたりもする。そんな様子を見るのもまた楽しいものだ。今日もそんな川の様子をなんとはなしに見つめながら、いつものように自転車を漕いでいた。

 そんな時だった。
 川縁で、なにかがぱちゃんとはねたような気がした。不審に思って自転車を止め、そちらを見つめる。と、ぬっとなにかが水底から頭を出した。
 まずい、と思ったときにはもう遅かった。私はソレと目が合ってしまったのだった。

「困ったなぁ~。困ったなぁ~」

 目を逸らし、知らぬ振りをして通り過ぎようとする私に、ソレはものすごく恨めしそうな声を出す。
 私はしばらく悩んだ末、もう一度ソレのいる川辺に目をやった。
 その妖怪――河童かっぱは、なにやら悲しそうな顔を浮かべてこちらを見上げていた。

「困ったなぁ~。アレがないと、どこにも行けない。ああ、困ったなぁ~」

 緑色の体に、背中には甲羅。手には水かきがあって、その顔は見ればそれとわかる異形のものだった。
 とにかく、なにかとても困っている様子の河童。このまま見て見ぬ振りをしたいのはやまやまだが、そうするとあとが怖い。(以前目が合った妖怪の訴えを放置していたら、あとでしつこく嫌がらせを受けたことがあるのだ)
 それに、なんとなく憐れな声の河童をほうっておくこともためらわれた。
 仕方ない。訊ねてみるか。
 私は意を決して河童に声をかけた。

「えっと~、そこの河童さん。なにか困りごと?」

 すると、河童はぱっと表情を明るくした。そしてバシャバシャと音を立てながら、私のいる川岸近くまで移動してきた。

「そこのお嬢さん! おいらの頼みを聞いておくれよぅ。すごく困っているんだよぅ~」

 うわぁ、すごい食いつき。
 すぐに声をかけたことを後悔した私だったが、もうやってしまったことはどうしようもない。

「な、なあに? なにを困っているのかな?」

「おお、聞いておくれよぅ。おいら、大切なものをどこかに落っことしちまったんだよう。そいつがないとおいら、力がでねえんだよお」

「大切なもの? それはなに?」

「頭の上の皿だよぅ。アレがないと、オイラそのうち死んじまうんだぁ」

 確かに言われてみれば、この河童の頭の上にはそのようなものは見当たらない。しかし、そんなものをいったいどこで落としたというのだろう。

「頭のお皿ねぇ。それがないときみは死んでしまうわけだ」

 私は腕を組み、天を見上げて考えてみた。
 このままこの河童を見捨てれば、そのうち河童は力尽きて死んでしまう。妖怪なんていないほうがいいと思っている側からすれば、そのほうが都合がいい。

 だけど、それってどうなんだろう?
 妖怪とはいえ、このまま見殺しにするほうが人道に反しているのではないだろうか。ここまで事情を訊いておいて、ほうっておくなんて、そっちのがずっと酷いんじゃないだろうか。
 私は再び顔を下に戻すと、河童に向けてうなずいてみせた。

「わかった。きみの頭のお皿、探してあげるよ」
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