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第一話 おきつねさまと雨女
おきつねさまと雨女7
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雨女は願いが成就したことで本来の彼女の姿を取り戻した。そして、弥太郎と一緒に霊魂となってあの世へと旅立っていったのだった。
「くしゅん! やばい……風邪ひいたー」
ようやく家路に就いた私だったが、長く雨に打たれてしまったことで、風邪をひいてしまったらしい。早々に家に帰ってすぐにお風呂に浸かったが、やはり対処が遅れてしまったのが痛かった。夕飯もそこそこにして自分の部屋の布団に入ったが、鼻水とくしゃみが止まらず、ついでに悪寒まで出てきてしまった。
「最悪ー。乾くんが気を付けろって言ってたのって、このことだったのかなぁ?」
しかし、彼が私が雨に打たれて風邪を引いてしまうなんてことを予想できたとは思えない。やはりなにかの偶然だろう。
「あんな程度の雨で体調を崩すとは、人間というのは脆弱な生き物じゃのう」
「うるさい。てゆーか、なんであなたついてきてるの? もう、家でまで妖怪と付き合うのとか、本当勘弁して欲しいんですけど」
私のベッドの横には、あの狐の妖怪、空孤が立っていた。どうでもいいけど、高圧的で居丈高な態度と口調は、この妖怪の持ち味なのだろうか。
「儂を眠りから起こしたのはおぬしじゃ。そして儂は目覚めとともにおぬしの願いを聞いた。久々に目覚めた小手調べに、おぬしの願いを叶えてやるのも面白いかと思うての」
「確かに弥太郎くんのことはあなたのお陰でお母さんと会わせてあげられたけど……」
あのとき、この妖怪は確かに私の願いを叶えてくれると言っていた。そして、本当に願い事のひとつを叶えてくれた。
「私のもうひとつの願い事、本当に叶えてくれるの……?」
「おぬしの特異体質を治す。じゃったかの?」
「うん」
この空孤の力でそれができるのであれば、願ってもないことである。期待のまなざしを向ける私に、空孤は美しい顔に妖しげな笑みを見せていた。
「おぬしの特異体質、つまり妖怪を引き寄せてしまう体質。どうも儂が見る限りでは、それはおぬしの前世からきた呪いのようじゃな。しかもこれはかなりの重い呪い。容易に治すことはできぬじゃろうな」
ガンッ、と石で頭を殴られたような気がした。
「呪い? なにソレ? なんで私が?」
「さあ。それは調べてみぬことには儂にもわからぬ。まあ、生まれ変わった現世でも薄れぬ呪いじゃ。かなりのことをおぬしは前世でしでかしたとみえる。その呪いを解く方法もなにかあったはずじゃが、なにせ久方ぶりの眠りから覚めて記憶が斑になっておってのう。まあ、死ぬほどの呪いというわけでもなさそうじゃし、今すぐどうこうせんでもよかろう。ま、とりあえず恨むならおぬしの前世を恨むのじゃな」
まるきり他人事のように、軽い口調で説明する空孤。しかし、当事者である私にとってはとんでもない事実である。
自分のこの悲劇的な運命が、己の前世によってもたらされているという事実にショックを隠しきれなかった私は、しばし呆然としたのち、あまりのことに頭から布団を被った。
前世の呪い? 容易に治すことはできないって?
急に熱が上がってきたような気がしてうんうんと呻く。
そうだよね。願い事をただで叶えてくれるなんて、世の中にそんなにうまい話があるわけない。たまたますごい神通力を持った妖怪に会ったからといって、過度な期待をするほうが馬鹿だ。だいたい妖怪なんて……。
「おい。話はまだ終わってないぞ。儂はおぬしの特異体質を治すことは容易にはできぬと言っただけじゃ。それに、呪いを解くことはすぐにはできぬとしても、おぬしを妖怪の被害から遠ざけることなら今すぐからできるぞ」
それを聞いた私は、そうっと被っていた布団から顔を出す。
「呪いを解くことができるの?」
「だから、それは今はまだ無理じゃ。じゃが、とりあえずおぬしが困っておるのは、その辺りの妖怪が仕掛けてくるいたずらなんじゃろう? そいつを遠ざけてやるのは簡単じゃと言うておるのじゃ」
「妖怪の被害から遠ざける……?」
「そうじゃ。儂の偉大なる神通力をもってすれば、そこいらの小物妖怪なんぞ気だけで逃げていくじゃろうて。案ずることなどない」
自信満々な空孤の言葉に、引っかかりを覚え、私は眉間に皺を寄せて考え込む。
「え、えーとぉ。ちょっと待って。それってつまり……」
なんとなく嫌な予感がしつつ、答えを待っていると、空孤はにんまりと鋭い目を細めてこう言い放った。
「儂がおぬしの傍についててやろう。そうすればおのずと妖怪の被害は減るであろう。ありがたく思え」
カッカッカと高笑いする空孤の姿を見て、私は先程よりも熱が高くなったような気がした。
違う。その解決法はまったくもって違う!
だってそれじゃあ、小物妖怪が近づかなくなった代わりにとんでもない大妖怪が私に取り憑くことになっちゃうってことじゃないの!
そう叫びたいのに熱のせいでその気力も出ず、私は再び布団を頭まで引き寄せて寝入る努力をするしかなかった。
「それに、おぬしの呪いを解く方法も、そのうち思い出すじゃろう。気を大きく持っておれ」
それがこの大妖怪の単なる気まぐれに違いないということは、すぐに察した。
絶対にただの暇つぶしかなんかだと思ってるんだ。私の呪いを解いてくれるなんて保証はどこにもない。
だけど、もしかしたら――。
少しの期待と大きな不安を抱きながら、私は空孤を見つめる。
美しき白い狐の妖怪。
どうか神様。
この選択が吉と出ますように。
こうして私はこのとんでもない大妖怪、空孤――おきつねさまと暮らすことになったのである。
<第一話 終わり>
「くしゅん! やばい……風邪ひいたー」
ようやく家路に就いた私だったが、長く雨に打たれてしまったことで、風邪をひいてしまったらしい。早々に家に帰ってすぐにお風呂に浸かったが、やはり対処が遅れてしまったのが痛かった。夕飯もそこそこにして自分の部屋の布団に入ったが、鼻水とくしゃみが止まらず、ついでに悪寒まで出てきてしまった。
「最悪ー。乾くんが気を付けろって言ってたのって、このことだったのかなぁ?」
しかし、彼が私が雨に打たれて風邪を引いてしまうなんてことを予想できたとは思えない。やはりなにかの偶然だろう。
「あんな程度の雨で体調を崩すとは、人間というのは脆弱な生き物じゃのう」
「うるさい。てゆーか、なんであなたついてきてるの? もう、家でまで妖怪と付き合うのとか、本当勘弁して欲しいんですけど」
私のベッドの横には、あの狐の妖怪、空孤が立っていた。どうでもいいけど、高圧的で居丈高な態度と口調は、この妖怪の持ち味なのだろうか。
「儂を眠りから起こしたのはおぬしじゃ。そして儂は目覚めとともにおぬしの願いを聞いた。久々に目覚めた小手調べに、おぬしの願いを叶えてやるのも面白いかと思うての」
「確かに弥太郎くんのことはあなたのお陰でお母さんと会わせてあげられたけど……」
あのとき、この妖怪は確かに私の願いを叶えてくれると言っていた。そして、本当に願い事のひとつを叶えてくれた。
「私のもうひとつの願い事、本当に叶えてくれるの……?」
「おぬしの特異体質を治す。じゃったかの?」
「うん」
この空孤の力でそれができるのであれば、願ってもないことである。期待のまなざしを向ける私に、空孤は美しい顔に妖しげな笑みを見せていた。
「おぬしの特異体質、つまり妖怪を引き寄せてしまう体質。どうも儂が見る限りでは、それはおぬしの前世からきた呪いのようじゃな。しかもこれはかなりの重い呪い。容易に治すことはできぬじゃろうな」
ガンッ、と石で頭を殴られたような気がした。
「呪い? なにソレ? なんで私が?」
「さあ。それは調べてみぬことには儂にもわからぬ。まあ、生まれ変わった現世でも薄れぬ呪いじゃ。かなりのことをおぬしは前世でしでかしたとみえる。その呪いを解く方法もなにかあったはずじゃが、なにせ久方ぶりの眠りから覚めて記憶が斑になっておってのう。まあ、死ぬほどの呪いというわけでもなさそうじゃし、今すぐどうこうせんでもよかろう。ま、とりあえず恨むならおぬしの前世を恨むのじゃな」
まるきり他人事のように、軽い口調で説明する空孤。しかし、当事者である私にとってはとんでもない事実である。
自分のこの悲劇的な運命が、己の前世によってもたらされているという事実にショックを隠しきれなかった私は、しばし呆然としたのち、あまりのことに頭から布団を被った。
前世の呪い? 容易に治すことはできないって?
急に熱が上がってきたような気がしてうんうんと呻く。
そうだよね。願い事をただで叶えてくれるなんて、世の中にそんなにうまい話があるわけない。たまたますごい神通力を持った妖怪に会ったからといって、過度な期待をするほうが馬鹿だ。だいたい妖怪なんて……。
「おい。話はまだ終わってないぞ。儂はおぬしの特異体質を治すことは容易にはできぬと言っただけじゃ。それに、呪いを解くことはすぐにはできぬとしても、おぬしを妖怪の被害から遠ざけることなら今すぐからできるぞ」
それを聞いた私は、そうっと被っていた布団から顔を出す。
「呪いを解くことができるの?」
「だから、それは今はまだ無理じゃ。じゃが、とりあえずおぬしが困っておるのは、その辺りの妖怪が仕掛けてくるいたずらなんじゃろう? そいつを遠ざけてやるのは簡単じゃと言うておるのじゃ」
「妖怪の被害から遠ざける……?」
「そうじゃ。儂の偉大なる神通力をもってすれば、そこいらの小物妖怪なんぞ気だけで逃げていくじゃろうて。案ずることなどない」
自信満々な空孤の言葉に、引っかかりを覚え、私は眉間に皺を寄せて考え込む。
「え、えーとぉ。ちょっと待って。それってつまり……」
なんとなく嫌な予感がしつつ、答えを待っていると、空孤はにんまりと鋭い目を細めてこう言い放った。
「儂がおぬしの傍についててやろう。そうすればおのずと妖怪の被害は減るであろう。ありがたく思え」
カッカッカと高笑いする空孤の姿を見て、私は先程よりも熱が高くなったような気がした。
違う。その解決法はまったくもって違う!
だってそれじゃあ、小物妖怪が近づかなくなった代わりにとんでもない大妖怪が私に取り憑くことになっちゃうってことじゃないの!
そう叫びたいのに熱のせいでその気力も出ず、私は再び布団を頭まで引き寄せて寝入る努力をするしかなかった。
「それに、おぬしの呪いを解く方法も、そのうち思い出すじゃろう。気を大きく持っておれ」
それがこの大妖怪の単なる気まぐれに違いないということは、すぐに察した。
絶対にただの暇つぶしかなんかだと思ってるんだ。私の呪いを解いてくれるなんて保証はどこにもない。
だけど、もしかしたら――。
少しの期待と大きな不安を抱きながら、私は空孤を見つめる。
美しき白い狐の妖怪。
どうか神様。
この選択が吉と出ますように。
こうして私はこのとんでもない大妖怪、空孤――おきつねさまと暮らすことになったのである。
<第一話 終わり>
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