おきつねさまと私の奇妙な生活

美汐

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第一話 おきつねさまと雨女

おきつねさまと雨女6

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「それなら、とりあえず話だけは聞くわ。まず、弥太郎くんのことだけど……」

 言いながら、私はその願いは叶わないかもしれないことに気付いた。

「弥太郎、そこの雨女のいなくなった子供の名前だな」

 雨女。それがあの女妖怪の名前らしい。

「生身の子供に会わせることは不可能だ」

「そう、ですよね。どういう事情であの女性が妖怪になったのか、くわしいことはわかりませんけど、もうあの女性は人間ではない。着ている服装がかなり古い着物であることから、彼女が人間として生きていた時代はずっと昔のことだったと予想されます。だとしたら、行方不明になってからどれだけの年月が過ぎたのかはわかりませんけど、もしかしたら弥太郎くんはもうすでに……」

「ああ、その予想は正しい。おぬしの考えた通り、弥太郎はもうとっくの昔にこの人間の世に生きる存在ではなくなった。どんなに捜したところで雨女が生身の弥太郎と会うことは不可能なことだ」

 ふと、向こうにいる雨女に視線をやると、もう抵抗するのをあきらめたのか、おとなしくその場でうなだれていた。その様子は、恐ろしい妖怪であるはずなのに、なんだか憐れな存在に見えた。

「そっか。会わせてはあげられないんですね……」

 私は雨女が子供を求めていたあの真に迫る様子を思い出し、少しばかり可哀想に思った。さんざん雨の中を走り回らされた挙げ句、最後は襲わされそうになったことに憤りは感じる。そんな妖怪はやはり嫌いだ。けれど、それでも。そんなふうになってしまった彼女の事情を思うと、気の毒でしかない。
 しかし。悄然と肩を落とす私に、今度は意外な言葉がかけられた。

「人間の女よ。そう悲嘆するのは早計じゃぞ。儂が言っているのは、生身の弥太郎には会わせられんということじゃ」

「え……?」

 私がはっと空孤のほうに顔を向けるのと同時に、視界の端で雨女も顔を上げた。

「弥太郎は昔、ある雨の日に神隠しにでも遭ったように突如いなくなってしまった。この憐れな女は、雨の中、悲嘆に暮れて弥太郎を捜し回っていた。しかしどんなに捜し回っても子供は見つからない。それでもあきらめられず、何日も何日も女は子供を求めて彷徨い歩いた。そうしているうちに、いつの間にか妖怪に化生して雨女という妖怪になったのじゃ。そのうち、子供に会えぬ寂しさのあまり、他の人間にも悪さを働くようになってしまった。おぬしが標的にされたのも、そういうところからきておる。そうじゃろう雨女」

 投げかけられた質問にこくりとうなずく雨女。それにうなずき返した空孤は、彼女に向けてこう続けた。

「じゃが、そんな悲しい放浪も、今日でおしまいじゃ。この儂が会わせてやろう。おぬしの子供、弥太郎に」

 そう言って、空孤は右手を空にかざすと、目を閉じて何事かを呟いた。

「弥太郎の霊魂よ。そなたを捜し求める母、ここにあり。迷い惑いて憐れな姿となりし母を正しきところへ導くために、ここに姿を現すべし」

 と、空の一部が一瞬歪んだような気がした。そこからなにか薄い影のようなものが出てきたかと思っていると、いつの間にか目の前に着物姿の少年が現れていた。

「や、弥太郎……?」

 雨女が驚きに目を瞠り、よろりと立ちあがる。

「お母さん?」

 少年はなにが起きたのかわからないと言った様子で、きょとんとそこに立っていた。

「弥太郎! 弥太郎ーっ!」

 矢が弓弦から放たれたかのように、雨女はもの凄い勢いで弥太郎に抱きついていた。

「会いたかった! 会いたかったぞよ、弥太郎ー!」

 母の熱き抱擁に、少年は困りつつもまんざらでもない様子で彼女の体に手を添える。

 美しい光景だった。
 雨女の顔は、今は妖怪のそれではなく、ただの優しい母の顔となっていた。長い年月、あやかしのものとなってもなお、ひたすらに捜し求めていたのだ。そんな我が子にやっと会えた。愛しい愛しい我が子は今、ようやく彼女の腕の中に戻ったのだ。

 込み上げてきた熱いものが、頬を伝う。
 いつの間にか雨は止み、夕焼けに染まった空が辺りを満たしていた。
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