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第一話 おきつねさまと雨女
おきつねさまと雨女3
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帰り道の途中で、先程まで晴れていたはずの空が突然暗い雲に覆われると、辺りの景色は妖しい雰囲気を醸し出した。いつもは自転車通学なのだが、その日はたまたま自転車のタイヤがパンクしていて、私は歩いて学校にやってきていた。
「うわ、傘持ってきてないし、このまま降ってきたらやばいな~」
そんなことを言っていると、本当にぽつぽつと雨粒が地面を濡らし始めた。
近くの建物の軒先に駆け込むと、雨は勢いを増し、辺りは一瞬で驟雨に飲み込まれた。
「はあ~。ついてない。これじゃしばらくここから動けないよ」
仕方なくそこで雨宿りをしていると、どこからともなくひやりとした冷気を感じた。
雨のせいで周囲の気温が一気に下がったのだろうか。そう思いながら、なんとなしに雨の描く無数の直線に視線をやる。すると、その雨の中になにかの姿が見えてきた。
雨の中に佇んでいたのは、ずぶ濡れになった女性の姿。気の毒に、彼女も傘を持ってきていなかったのだろう。
ふと視線が合い、私はふと声をかけてみた。
「あの、大丈夫ですか? まだ雨やみそうにないですし、あなたもここで一緒に雨宿りしていったらどうですか?」
すると、女性は静かにうなずき、しとしととした足どりで私の隣にやってきたのだった。
「大変でしたね。急に雨に降られてしまって」
隣にやってきた女性にそう声をかけたとき、彼女が着物姿だということに私は初めて気付いた。
女性は顔を俯けたまま、肩を落としている。濡れた着物の裾からは、雨水がとめどなく流れ落ちていた。
「着物……残念でしたね。あの、今日はどこかにお出かけでも……?」
着付け教室とかの帰りだったのかもしれないとそう訊ねてみると、そのとき女性は初めて口を開いた。
「子供を、捜していたんです」
「子供を? あなたの?」
「ええ。私の子供」
子供が迷子にでもなってしまったのだろうか。それは大変だ。この雨の中、捜すのも一苦労だろう。
「それ、心配ですね。早く捜してあげないと」
「そう。早く捜さなくちゃいけないの。だから」
女性は次の瞬間、俯けていた顔をこちらに向けた。
「一緒に捜してくれませんか……?」
迷子の子供を捜しているという女性をほうっておくこともできず、私は雨の降り続ける中、子供の姿を求めて辺りを捜し回っていた。
「おーい、弥太郎くーん」
子供の名前は弥太郎、というらしい。随分古風な名前だなと思ったが、最近は古風な名前が逆に新しいと人気だというネットニュースを以前見た記憶があり、そんなものかと思った。
しかし、近くの公園や路地裏などを女性と一緒に見て廻るが、それらしき子供の姿はない。
「どこに行ってしまったんでしょうね。弥太郎くん」
後ろにいた女性に話しかけると、彼女は大粒の涙を流しながら、「私の子供……私の子供……」とうわごとのように呟き続けている。
早く帰りたいのは山々だけれど、こんな気の毒な人をこのままほうっておくわけにもいかない。
「大丈夫ですよ。きっと弥太郎くんは無事です」
私はどうにか彼女を慰めようと、優しく声をかけ、彼女の肩に手を置いた。すると、その彼女の体のあまりの冷たさに、思わずすぐにその手を引っ込めた。
「あ、ごめんなさい。あんまり冷たかったから。でも、このままじゃあなた風邪を引いてし
まいますよ。弥太郎くんのことは私に任せて、あなたは少し休んでいてください。私もそろそろ傘が欲しいですし、確かこの近くにコンビニがあったと思うんで、ついでに傘も買ってきますね」
私はそうして、彼女を近くの軒下に移動させると、自分はコンビニに向かい走っていった。
しかし、どうしたことか、いくら探せどこの辺りにあったはずのコンビニの店舗がどこにも見当たらない。
「あっれー? おかしいな。確かにこの辺り、途中にコンビニがあったはずだと思ったのに。それに……」
私は周辺の町並みを見て、眉間に皺を寄せた。
「いつの間にかなんだか知らないところに来ちゃったみたい……」
先程まで私は確かに通い慣れた通学路を歩いていたはずだった。なのに、なぜか今は知らない場所に来てしまっている。
「雨のせいで道に迷ったのかな? ああもう、弥太郎くんも捜さないといけないのに」
私は仕方なく、コンビニと弥太郎くんを捜すためにとぼとぼと知らない道を歩いていった。
しばらく行くと、ふいに雨がやんだ。
「あ、雨やんだ。よかった」
すでに濡れ鼠と化していたものの、ひとまず傘の必要がなくなったことで、私の気持ちは少しだけ楽になった。
「でも、まだ弥太郎くんは見つかっていないし、見つからないと家に帰るにも帰れないし……」
持っていたスマホで時刻を確かめると、時刻はすでに夕方の五時を過ぎていた。
「乾くんが気を付けろって言ってたのってこのことだったのかな……」
同級生の残した意味深な言葉が、ふと思い出された。けれど、彼が私の体質のことを知っているはずがない。
「まさかね」
私が独りごちていると、視線の先に森が見えた。森の中には上に向かって続いている石段が見える。その先にお寺か神社でもあるのだろうか。
「こんなところに神社なんてあったっけ?」
そう思いつつ、神社の境内というのも、子供の遊び場になることがあると思い出し、私はその場所へ行ってみることにしてみた。
「うわ、傘持ってきてないし、このまま降ってきたらやばいな~」
そんなことを言っていると、本当にぽつぽつと雨粒が地面を濡らし始めた。
近くの建物の軒先に駆け込むと、雨は勢いを増し、辺りは一瞬で驟雨に飲み込まれた。
「はあ~。ついてない。これじゃしばらくここから動けないよ」
仕方なくそこで雨宿りをしていると、どこからともなくひやりとした冷気を感じた。
雨のせいで周囲の気温が一気に下がったのだろうか。そう思いながら、なんとなしに雨の描く無数の直線に視線をやる。すると、その雨の中になにかの姿が見えてきた。
雨の中に佇んでいたのは、ずぶ濡れになった女性の姿。気の毒に、彼女も傘を持ってきていなかったのだろう。
ふと視線が合い、私はふと声をかけてみた。
「あの、大丈夫ですか? まだ雨やみそうにないですし、あなたもここで一緒に雨宿りしていったらどうですか?」
すると、女性は静かにうなずき、しとしととした足どりで私の隣にやってきたのだった。
「大変でしたね。急に雨に降られてしまって」
隣にやってきた女性にそう声をかけたとき、彼女が着物姿だということに私は初めて気付いた。
女性は顔を俯けたまま、肩を落としている。濡れた着物の裾からは、雨水がとめどなく流れ落ちていた。
「着物……残念でしたね。あの、今日はどこかにお出かけでも……?」
着付け教室とかの帰りだったのかもしれないとそう訊ねてみると、そのとき女性は初めて口を開いた。
「子供を、捜していたんです」
「子供を? あなたの?」
「ええ。私の子供」
子供が迷子にでもなってしまったのだろうか。それは大変だ。この雨の中、捜すのも一苦労だろう。
「それ、心配ですね。早く捜してあげないと」
「そう。早く捜さなくちゃいけないの。だから」
女性は次の瞬間、俯けていた顔をこちらに向けた。
「一緒に捜してくれませんか……?」
迷子の子供を捜しているという女性をほうっておくこともできず、私は雨の降り続ける中、子供の姿を求めて辺りを捜し回っていた。
「おーい、弥太郎くーん」
子供の名前は弥太郎、というらしい。随分古風な名前だなと思ったが、最近は古風な名前が逆に新しいと人気だというネットニュースを以前見た記憶があり、そんなものかと思った。
しかし、近くの公園や路地裏などを女性と一緒に見て廻るが、それらしき子供の姿はない。
「どこに行ってしまったんでしょうね。弥太郎くん」
後ろにいた女性に話しかけると、彼女は大粒の涙を流しながら、「私の子供……私の子供……」とうわごとのように呟き続けている。
早く帰りたいのは山々だけれど、こんな気の毒な人をこのままほうっておくわけにもいかない。
「大丈夫ですよ。きっと弥太郎くんは無事です」
私はどうにか彼女を慰めようと、優しく声をかけ、彼女の肩に手を置いた。すると、その彼女の体のあまりの冷たさに、思わずすぐにその手を引っ込めた。
「あ、ごめんなさい。あんまり冷たかったから。でも、このままじゃあなた風邪を引いてし
まいますよ。弥太郎くんのことは私に任せて、あなたは少し休んでいてください。私もそろそろ傘が欲しいですし、確かこの近くにコンビニがあったと思うんで、ついでに傘も買ってきますね」
私はそうして、彼女を近くの軒下に移動させると、自分はコンビニに向かい走っていった。
しかし、どうしたことか、いくら探せどこの辺りにあったはずのコンビニの店舗がどこにも見当たらない。
「あっれー? おかしいな。確かにこの辺り、途中にコンビニがあったはずだと思ったのに。それに……」
私は周辺の町並みを見て、眉間に皺を寄せた。
「いつの間にかなんだか知らないところに来ちゃったみたい……」
先程まで私は確かに通い慣れた通学路を歩いていたはずだった。なのに、なぜか今は知らない場所に来てしまっている。
「雨のせいで道に迷ったのかな? ああもう、弥太郎くんも捜さないといけないのに」
私は仕方なく、コンビニと弥太郎くんを捜すためにとぼとぼと知らない道を歩いていった。
しばらく行くと、ふいに雨がやんだ。
「あ、雨やんだ。よかった」
すでに濡れ鼠と化していたものの、ひとまず傘の必要がなくなったことで、私の気持ちは少しだけ楽になった。
「でも、まだ弥太郎くんは見つかっていないし、見つからないと家に帰るにも帰れないし……」
持っていたスマホで時刻を確かめると、時刻はすでに夕方の五時を過ぎていた。
「乾くんが気を付けろって言ってたのってこのことだったのかな……」
同級生の残した意味深な言葉が、ふと思い出された。けれど、彼が私の体質のことを知っているはずがない。
「まさかね」
私が独りごちていると、視線の先に森が見えた。森の中には上に向かって続いている石段が見える。その先にお寺か神社でもあるのだろうか。
「こんなところに神社なんてあったっけ?」
そう思いつつ、神社の境内というのも、子供の遊び場になることがあると思い出し、私はその場所へ行ってみることにしてみた。
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