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第一話 おきつねさまと雨女
おきつねさまと雨女2
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チュンチュン。ピロロロロ。
外から聞こえる小鳥の鳴き声に、爽やかな朝の訪れを知る。
五月下旬。新緑の緑がまぶしい季節。少しずつ初夏の陽気となってきた今日この頃。
「うーん。よく寝たぞっと」
伸びをして軽く体のストレッチ。
朝は好きだ。
なぜなら、妖怪の姿を見ることがほとんどないから。
「お、ほこりんもどこかに行ってるな」
私のなかで癒し系妖怪に属されているほこりんも妖怪ではあるが、いなければいないでちょっぴり寂しいような気もする。けれど、やはり妖怪のいない朝は、やはり嬉しい。
「やっぱり普通の女子高生の朝はこうだよね~」
妖怪から解放されてるんるん気分の私は、スキップ混じりに食卓のある一階へとおりていった。
「おはよー。パパ、ママ」
先に食卓にきていた両親に挨拶する。
「おはよう。結月」
「おはよう。昨日は勉強頑張ってたみたいだな。珍しく」
「だって来週から期末テストだもん。ってか、なんだよ、珍しくって」
「本当失礼よね。パパったら。それよりほら、結月。今日はあなたの好きな前田ベーカリーのチョコクロワッサンよ」
「あ、本当だ! やった。前田ベーカリーのチョコクロワッサン超好きなんだよね」
「そう思って多めに買っておいたわよ。もう少しで売り切れるところだったけど、早めに買いに出かけたから間に合ったのよ」
ママは得意げに両拳を胸の前に上げてみせた。
「さっすがママ! サンキュー」
私は自分の席にさっそく座ると、目の前に置いてあったチョコクロワッサンを手にとってぱくついた。
うん。これこれ。間違いない。
サクサクの食感とチョコのほどよい甘さが口のなかに広がり、とても幸せな気分になる。
ミルク多めのカフェオレとの相性がまたたまらないのだ。
珍しく優雅な朝を過ごせている気がする。
今日は朝から運が良い。きっといい一日になるに違いない。
しかし、まさか今日がとんでもない一日になるとは、このときの私は露ほども思っていなかったのだった。
学校へ行くと、教室に入った途端、視界がなにかで塞がれた。
「んなっ?」
私がすわ、妖怪の仕業かと身構えていると、こんな声が聞こえてきた。
「来たれ新聞部! 共に青春の一ページを作ろうぞ!」
その声を聞いて、視界を塞いでいたものの正体に見当がつく。
「あー、作ったわけね。ポスター」
私は顔の前に突きつけられていたその紙を見て、安堵とも呆れともつかないため息を漏らした。ポスターには、でかでかと先程読み上げられた台詞がそのまま書かれている。字がそのまま飛び出してくるようなデザインは、インパクトとしてはなかなかのものである。勢いだけは認めてもいい。
「どう? どう? なかなかいいだろ?」
自信満々な笑顔を浮かべて私に擦りよってきたのは、友人で新聞部部長の樋口亜矢子だ。くせ毛でショートヘアの私とは対照的に、長くて綺麗な黒髪とそこそこの身長を持っている。黒縁眼鏡は少々野暮ったいけれど、私的にはいろいろと羨ましい。
「まあまあだね。誘い文句がちょっと時代劇かかってるのが気にはなるけど。で、部員あれから少しは増えたの?」
「え? それ訊いちゃうわけ? このポスターを一番に見た結月が」
じと目になった亜矢子の様子に、これは訊くタイミングを間違えたなと思った私は、早々に亜矢子の口に手をかざしてその後の言葉を止めた。
「ああ、わかったわかった。現状維持だよね。そして、前から言っているように、私は協力できないから! 部活とかやってる暇ないんだ。ごめん!」
途端に悲しそうな顔をする亜矢子。そんな顔したって私は情に流されたりしないってば。
とりあえず亜矢子には健闘を祈るとだけ伝え、私は自分の席に向かった。
授業を終えると、いつものように私は早々に帰宅の途についた。
私は基本的に帰宅部だ。それは高校に入った当初から変わらない。二学期になり、クラスのほとんどの生徒はどこかしらの部活に所属するようになっていた。けれど、私は断固としてどこの部活にも入るつもりはなかった。
なぜかといえば、やはりその理由の所在は私の特殊体質にある。
妖怪が見えるという厄介な特技を持っている私は、出来る限りそいつらに会いたくない。それゆえに、もっとも妖怪と遭遇しやすい夕方になる前に、一刻も早く自宅に着かなければならないのである。ならば夕刻を過ぎるまで学校で過ごし、夜になってから帰宅すればいいかというと、それはもっと危険極まりない。
妖怪たちは、妖怪が見える特異体質の私に近づいてくる。それゆえ、学校などという他の生徒たちが多くいる場所にいようものなら、私以外の人間にも妖怪の被害が及ぶことになるのだ。それに、夜になってしまったら、そこはもうあやかしの世界。その世界に魅入られ、戻ってこられなくなる危険もあるらしいと、なにかの本で読んだ記憶がある。
だからとにかく、私は学校が終わったら出来るだけ早く家に帰りたいのだ。
靴とかかとの間に指を入れて靴に足を突っ込み、急いで昇降口を出た、そのときだった。
ぬっと、突然私の前に大きな影が立ち塞がった。
塗り壁!?
もう妖怪が現れたか驚いたが、よくよく見てみるとその壁が人間の形を取っていることに気付き、ゆっくりと視線をあげる。
「あ、乾くん」
隣のクラスの乾刀馬。短髪でどことなく硬派な印象のある男の子。一年のなかでも抜きんでて背が高いことで有名だ。だけどバスケ部やバレー部の勧誘をことごとく蹴って、私と同じように帰宅部に甘んじている。ちなみになかなかのイケメンだ。
「ごめん、そこどいて。私急いでいるから。それともなにか用だった?」
「ああ、いや。……用というほどでは」
なぜか彼とはよくこうして出くわすのだが、特になにか用事があるのかというわけでもないようで、いつもこんなやりとりになる。不審に思いつつも、どいてくれた彼の横をそのまま通り過ぎようとする。
そのまま校門へさっさと向かおうと歩き出すと、今日はいつもは無言のままのはずの乾刀馬が再びこちらに声をかけてきた。
「東雲さん!」
驚いて振り返ると、一瞬乾くんの周囲になにか妖しげなオーラのようなものが見えた気がした。
「え、んん?」
目を擦ってもう一度彼を見たが、すでにそのようなオーラはなくなっていた。
見間違い? それとも気のせい?
「えっと……なに? 乾くん」
とりあえず呼び止められた理由を問い糾してみる。すると、乾くんは少し口ごもりながら、こんなことを言ってきた。
「気を付けたほうがいい。特に今日は」
それだけ言うと、乾くんは再びきつく口を結んだ。
「え? それ、どういう意味……?」
しかし、乾くんはそれ以上口を開くことはなかった。口べた……なのかな?
私は不審に思いながらも、早く帰らなくてはならないことを思い出し、そこから足早に去っていった。
外から聞こえる小鳥の鳴き声に、爽やかな朝の訪れを知る。
五月下旬。新緑の緑がまぶしい季節。少しずつ初夏の陽気となってきた今日この頃。
「うーん。よく寝たぞっと」
伸びをして軽く体のストレッチ。
朝は好きだ。
なぜなら、妖怪の姿を見ることがほとんどないから。
「お、ほこりんもどこかに行ってるな」
私のなかで癒し系妖怪に属されているほこりんも妖怪ではあるが、いなければいないでちょっぴり寂しいような気もする。けれど、やはり妖怪のいない朝は、やはり嬉しい。
「やっぱり普通の女子高生の朝はこうだよね~」
妖怪から解放されてるんるん気分の私は、スキップ混じりに食卓のある一階へとおりていった。
「おはよー。パパ、ママ」
先に食卓にきていた両親に挨拶する。
「おはよう。結月」
「おはよう。昨日は勉強頑張ってたみたいだな。珍しく」
「だって来週から期末テストだもん。ってか、なんだよ、珍しくって」
「本当失礼よね。パパったら。それよりほら、結月。今日はあなたの好きな前田ベーカリーのチョコクロワッサンよ」
「あ、本当だ! やった。前田ベーカリーのチョコクロワッサン超好きなんだよね」
「そう思って多めに買っておいたわよ。もう少しで売り切れるところだったけど、早めに買いに出かけたから間に合ったのよ」
ママは得意げに両拳を胸の前に上げてみせた。
「さっすがママ! サンキュー」
私は自分の席にさっそく座ると、目の前に置いてあったチョコクロワッサンを手にとってぱくついた。
うん。これこれ。間違いない。
サクサクの食感とチョコのほどよい甘さが口のなかに広がり、とても幸せな気分になる。
ミルク多めのカフェオレとの相性がまたたまらないのだ。
珍しく優雅な朝を過ごせている気がする。
今日は朝から運が良い。きっといい一日になるに違いない。
しかし、まさか今日がとんでもない一日になるとは、このときの私は露ほども思っていなかったのだった。
学校へ行くと、教室に入った途端、視界がなにかで塞がれた。
「んなっ?」
私がすわ、妖怪の仕業かと身構えていると、こんな声が聞こえてきた。
「来たれ新聞部! 共に青春の一ページを作ろうぞ!」
その声を聞いて、視界を塞いでいたものの正体に見当がつく。
「あー、作ったわけね。ポスター」
私は顔の前に突きつけられていたその紙を見て、安堵とも呆れともつかないため息を漏らした。ポスターには、でかでかと先程読み上げられた台詞がそのまま書かれている。字がそのまま飛び出してくるようなデザインは、インパクトとしてはなかなかのものである。勢いだけは認めてもいい。
「どう? どう? なかなかいいだろ?」
自信満々な笑顔を浮かべて私に擦りよってきたのは、友人で新聞部部長の樋口亜矢子だ。くせ毛でショートヘアの私とは対照的に、長くて綺麗な黒髪とそこそこの身長を持っている。黒縁眼鏡は少々野暮ったいけれど、私的にはいろいろと羨ましい。
「まあまあだね。誘い文句がちょっと時代劇かかってるのが気にはなるけど。で、部員あれから少しは増えたの?」
「え? それ訊いちゃうわけ? このポスターを一番に見た結月が」
じと目になった亜矢子の様子に、これは訊くタイミングを間違えたなと思った私は、早々に亜矢子の口に手をかざしてその後の言葉を止めた。
「ああ、わかったわかった。現状維持だよね。そして、前から言っているように、私は協力できないから! 部活とかやってる暇ないんだ。ごめん!」
途端に悲しそうな顔をする亜矢子。そんな顔したって私は情に流されたりしないってば。
とりあえず亜矢子には健闘を祈るとだけ伝え、私は自分の席に向かった。
授業を終えると、いつものように私は早々に帰宅の途についた。
私は基本的に帰宅部だ。それは高校に入った当初から変わらない。二学期になり、クラスのほとんどの生徒はどこかしらの部活に所属するようになっていた。けれど、私は断固としてどこの部活にも入るつもりはなかった。
なぜかといえば、やはりその理由の所在は私の特殊体質にある。
妖怪が見えるという厄介な特技を持っている私は、出来る限りそいつらに会いたくない。それゆえに、もっとも妖怪と遭遇しやすい夕方になる前に、一刻も早く自宅に着かなければならないのである。ならば夕刻を過ぎるまで学校で過ごし、夜になってから帰宅すればいいかというと、それはもっと危険極まりない。
妖怪たちは、妖怪が見える特異体質の私に近づいてくる。それゆえ、学校などという他の生徒たちが多くいる場所にいようものなら、私以外の人間にも妖怪の被害が及ぶことになるのだ。それに、夜になってしまったら、そこはもうあやかしの世界。その世界に魅入られ、戻ってこられなくなる危険もあるらしいと、なにかの本で読んだ記憶がある。
だからとにかく、私は学校が終わったら出来るだけ早く家に帰りたいのだ。
靴とかかとの間に指を入れて靴に足を突っ込み、急いで昇降口を出た、そのときだった。
ぬっと、突然私の前に大きな影が立ち塞がった。
塗り壁!?
もう妖怪が現れたか驚いたが、よくよく見てみるとその壁が人間の形を取っていることに気付き、ゆっくりと視線をあげる。
「あ、乾くん」
隣のクラスの乾刀馬。短髪でどことなく硬派な印象のある男の子。一年のなかでも抜きんでて背が高いことで有名だ。だけどバスケ部やバレー部の勧誘をことごとく蹴って、私と同じように帰宅部に甘んじている。ちなみになかなかのイケメンだ。
「ごめん、そこどいて。私急いでいるから。それともなにか用だった?」
「ああ、いや。……用というほどでは」
なぜか彼とはよくこうして出くわすのだが、特になにか用事があるのかというわけでもないようで、いつもこんなやりとりになる。不審に思いつつも、どいてくれた彼の横をそのまま通り過ぎようとする。
そのまま校門へさっさと向かおうと歩き出すと、今日はいつもは無言のままのはずの乾刀馬が再びこちらに声をかけてきた。
「東雲さん!」
驚いて振り返ると、一瞬乾くんの周囲になにか妖しげなオーラのようなものが見えた気がした。
「え、んん?」
目を擦ってもう一度彼を見たが、すでにそのようなオーラはなくなっていた。
見間違い? それとも気のせい?
「えっと……なに? 乾くん」
とりあえず呼び止められた理由を問い糾してみる。すると、乾くんは少し口ごもりながら、こんなことを言ってきた。
「気を付けたほうがいい。特に今日は」
それだけ言うと、乾くんは再びきつく口を結んだ。
「え? それ、どういう意味……?」
しかし、乾くんはそれ以上口を開くことはなかった。口べた……なのかな?
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