僕たちは星空の夢をみる

美汐

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エピローグ

僕たちは星空の夢をみる

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 その日、わたしは朝からクッキーを焼いていた。合宿中に、みんなにお世話になったことのお礼がしたいと思ったのだ。今日はゆかりちゃんの発案で、二学期が始まる前にG組のみんなでまた集まることになっていた。

「朝から頑張るわね。沙耶ちゃんも」

 お母さんが起きてきて、鼻をひくつかせながらわたしのいるキッチンのほうへとやってきた。

「ハートのクッキーはちょっとまずいかな?」

 わたしは、ハートの形に焼きあがったクッキーをひとつ手に摘んで言った。ついなんの気なしにうちにある型を使って伸ばした生地をくりぬいていたが、ふと気づくとハートの型ばかりを使ってしまっていた。もうひとつ星の型もあったが、星の形は角が多くて少しやりにくかった。自然とハートの形が増えてしまったが、よく考えたらあげるのは、ゆかりちゃんを除いて男の子ばかりだったことを思い出した。

「誰にあげるの? かなりの量焼いてるみたいだけど」

「クラスメイトみんなに焼いてるの。でも、よく考えたら男の子にハートはあげちゃまずいよね?」

「えー。いいんじゃない? みんなにあげるんでしょ。それに、今からまた作り直すにしても、材料もうないでしょ」

 お母さんは冷蔵庫の中を開いて、中身を確かめるように見ていた。お母さんの言うとおり、バターは全部使ってしまった。作り直しはもうできない。

「いいよね。みんなに同じの配るんだから」

「そうそう。お腹に入っちゃえば一緒なんだから」

 お母さんはあくびをしながらそう言った。食器棚から皿を取り出している。朝食の準備に取りかかるつもりだ。
 まあ、いいか。わたしはそう考えて、クッキーを人数分ラッピングしていった。





 集合場所である駅前に着くと、すでにそこには小太郎ちゃんと美周くんの姿があった。しかし、なぜか二人とも少し離れた位置でお互いにそっぽを向いている。また、喧嘩でもしたのだろうか。

「おはよう。小太郎ちゃん。美周くん」

 わたしがそう声をかけると、二人はほぼ同時にこちらを振り向いた。

「おはよう。沙耶ちゃん」

「おはよう。沙耶くん」

 その挨拶も声が揃っていた。なんだかんだで、実は二人とも気が合っているようにわたしは思う。

「今日の服装もまた、とてもよく似合っているね」

「あ、本当? 美周くん、ありがとう」

「僕もそれ、言おうと思ってたんだ。休みの日に会うと、なんか新鮮だよね」

 小太郎ちゃんも美周くんも、とても機嫌が良さそうだった。二人の笑顔に、わたしも自然と笑みがこぼれる。

「ゆかりちゃんたち遅いね」

「相田と小林はともかくとして、寮にいる幸彦は美周が責任持って連れてこればよかったんじゃないのか?」

「僕は幸彦の保護者ではない。あいつに関わっていたら、僕までもが遅刻してしまう。そうなることは僕の中では許されないことだ」

「まあ、確かに幸彦に関わってると無条件に遅刻しそうだな。学校も万年遅刻魔だし」

「でも、桐生くんもたまには遅刻しない日もあるよ」

「沙耶ちゃん。それ、フォローになってないよ」

 そんなことを話していると、やがてゆかりちゃんがやってきた。そのすぐあとに小林くんもきて、桐生くんはやっぱり一番最後にやってきた。
 カラオケに行き、みなが食べ物の注文をし終わったところで、わたしは持ってきていたクッキーを全員に配った。

「え? これ、もしかして沙耶ちゃんの手作りクッキー?」

「うん。みんなにあげようと思って、今朝焼いてきたんだ。ほら、合宿中はいろいろみんなに迷惑かけちゃったし、そのお礼」

 わたしがそう言うと、小太郎ちゃんははにかんだような笑顔を見せた。

「ありがとう。すっごく嬉しいよ!」

 他のみなも口々にお礼を言ってくれた。

「でも、そういうことなら俺はもらうわけにはいかないよ。合宿では俺、なんの役にも立ってないから」

 小林くんがそう言って、返そうとしてきたのでわたしは強引に押し返した。

「いいよ。そんなの気にしなくて。それに日頃お世話になってるし、そのお礼だよ。だからできれば受け取ってほしいな」

「そうだぞ。沙耶のクッキーを受け取らないなんて、あとが怖いんだからな」

 ゆかりちゃんがそんなことを言ってみなを笑わせた。小林くんも「じゃあ、それなら」と受け取ってくれた。

「じゃあ、さっそく俺は食べちゃおうかな」

 桐生くんがそう言って、クッキーの包みを開けようとしたのを見て、わたしは思わずそれを止めてしまった。

「ちょっと待って。やっぱりそれは帰ってから食べてもらいたいかな」

「え? なんで」

 理由がハート型のクッキーだからと言うこともできず、わたしは曖昧に笑顔でごまかした。特別な意味はないのだけれど、この場でそれを広げられることが、なんだか恥ずかしいような気がしてしまったからだ。

「まあ、沙耶ちゃんがそう言うなら、これは帰ってからのお楽しみにしておくか」

 幸い、桐生くんもそれ以上追求してくることもなく、クッキーの包みからは手を離してくれた。それを見て、別に止めることでもなかったかと思ったが、またわざわざやっぱり食べてもいいよと言うのも変な気がしたので、結局それ以上なにも言わずにおくことにした。

「それにしても、沙耶くんのクッキーが食べられるとは、幸せにも程があるな」

 美周くんがなんだかとても嬉しそうな顔をして、手に持ったクッキーの包みを眺めていた。

「美周くん、おおげさだよ。ホント普通のクッキーだし」

「いや、これは食べるのももったいない。僕は部屋の神棚にでも飾っておこうかな」

「えー。食べてよー」

 わたしたちがそんな話をしていると、割って入るように、鋭い声が飛んできた。

「ちょっと待て! 沙耶ちゃんも、普通にスルーしてるけど、今聞き捨てならないことを聞いた気がする」小太郎ちゃんだ。

「え? なに、小太郎ちゃん」

「ごめん。沙耶ちゃん。ちょっと確認させて。美周、お前の部屋には神棚があるのか?」

「ああ。それがどうした?」

「寮の自分の部屋に?」

「そうだが」

「おかしい! 絶対におかしい!」

 小太郎ちゃんはなんだか興奮したように、そう叫んでいた。みんな、それを見て爆笑している。わたしもおかしくて、つい笑ってしまった。

「こいつ、謎過ぎるんだよ。寮の部屋、絶対に他のやつに見せないし、怪しいことでもやってんじゃないかって、俺は他の寮生と話してるんだぜ」

 桐生くんがそう言うと、美周くんが反論した。

「怪しいというなら、お前のほうだろう。僕は知っているぞ。壁に貼ったポスター見てにやにやしてるの」

「わーっ。黙れ正宗! それは言うなって言ったはずだろ」

 美周くんと桐生くんのやりとりも、相変わらずでおもしろかった。それからみんなカラオケを歌ったり、運ばれてきた食事を食べたりフリードリンクを何度も往復したりして、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
 外に出ると、もう太陽はかなり西に傾いていた。しかし、まだまだ日差しは夏そのものといった主張を崩す気はなさそうで、ぎらぎらと地表を照りつけていた。

「もうすぐ夏休みも終わりだね」

「そうだね。終わっちゃうね」

 わたしの言葉に、小太郎ちゃんがそう返してくれた。

「はー。朝寝し放題の生活が終わるかと思うとつらいぜ」

 そんな台詞が聞こえたかと思うと、誰かが並んでいるわたしたちの後ろに近づいてきて、小太郎ちゃんの頭に肘を置いてきた。桐生くんだ。

「幸彦っ。てめえ、やめろって!」

 小太郎ちゃんは、すかさずその肘を思い切り振り払った。そうして振り返り、桐生くんのほうを狂犬のような目で睨みつけていた。

「おお。わりぃ。ちょうどいいところに肘置きがあったと思ったら」

「お前、次やったらわかってんだろうな」

「だから、わりぃって言ってんじゃん」と言う桐生くんの顔は笑いっぱなしだ。
 この二人のやりとりも、一学期で見慣れてしまった。相変わらず仲が良くて羨ましいと思う。
 駅までみんなで歩いていく道のりも、みんなでわいわいしながら歩いていたので、とても楽しかった。
 駅前に到着すると、ゆかりちゃんが近づいてきて耳打ちをしてきた。

「ね、このあとどうする? もう解散にする?」

「あ、うん。そうだね。わたしは夕飯の買い物とかもしてかないといけないから、これで帰ることにするよ。みんなはまだ時間あるんだったら、もう少し遊んでったらいいんじゃない?」

「そっか。でも小林もそろそろ帰るって言ってたから、やっぱりこれで解散かな」

「じゃあみんなと今度会うのは、新学期が始まってからだね」

「そうなるな」

 みんなと過ごす時間は、とても楽しくて楽しくて、いつまでも終わらないで欲しいと思ってしまう。だけどそんな時間はいつまでも続くわけもなく、すぐに過去の出来事へと移り変わっていってしまう。
 楽しい時間は、楽しければ楽しいほど、終わってしまったときは寂しい。
 予定表に楽しいイベントを書き込むと、その日がくるのが待ち遠しくて仕方ない。けれど、いざその日になってしまうと、急にその気持ちはどこかへ消え去ってしまう。それは、きっとその時が長くは続かないということを、心のどこかでわかっているから。楽しいことが終わってしまうことがわかっているから。

「じゃあ、みんなここで解散だから! 新学期、全員ちゃんと登校してこいよ!」

 ゆかりちゃんの号令のもと、一年G組のメンバーはそれぞれ帰宅の途についた。小太郎ちゃんも電車なので、ホームの途中まで一緒に歩いた。

「今日、楽しかったね」

「うん。沙耶ちゃんが元気そうで安心した。あの合宿のあと、会うの初めてだったからちょっと心配してたんだ」

「そういえば、小太郎ちゃんこの前部活休んでたよね」

「うん。ちょっと用事があってね」

 そう話す小太郎ちゃんの横顔は、なんだか以前より大人びて見えた。どこがどう違うのか、よくはわからなかったけれど、少し前の小太郎ちゃんとはなんとなく違って見えた。

「この前、夢を見たんだ」

 ふいに小太郎ちゃんがそんなことを言った。

「夢?」

「そう、星空の夢。星空の中を僕は浮かんでいるんだ」

 そのとき、わたしの乗る二番線のホームに電車が入ってくるというアナウンスが流れた。そのアナウンスのせいで、その夢の話は途切れてしまった。

「そういえば、また明日も部活だったね。その話はまたそのときにするよ。明日はちゃんと行くからさ」

「うん。じゃあ、待ってるね」

 わたしがそう言うと、小太郎ちゃんはにこりと笑った。
 わたしは小太郎ちゃんに小さく手を振ってから、急いで向こうのホームへと渡る階段をのぼっていった。二番線のホームにたどり着くと、すぐに電車が入ってきて、この駅に降りる人たちと入れ替わるように、わたしはその電車に乗り込んだ。その電車の車窓から、向こうのホームに小太郎ちゃんがいるのが見えた。しかしこちらには気づいていないようで、先程からずっと自分の手元を見つめていた。
 その手元にはわたしのあげたクッキーの包みがあり、小太郎ちゃんはそれを見て、なんだか嬉しそうに微笑んでいた。
 扉が閉まり、電車が動き始めた。小太郎ちゃんの姿が遠ざかっていき、やがて見えなくなった。窓の外の景色は、駅周辺に建つビルや建物のそれに変わっていく。

 今日が終わらなければいいのに。
 窓の外の景色を眺めながらそう思う。楽しくて素敵な一日。ずっとそんな日が続けばいいのにと、そう思う。
 けれど、この流れていく景色のように、今日は昨日へと流れていってしまうのだろう。一週間、一ヶ月とどんどん過ぎていってしまうのだろう。

 そんなにすぐに遠くへいかないで欲しい。今日という楽しい日を忘れたくない。明日や未
来のことなんて、見えなくてもかまわないから。
 どうか、今日という日が遠くへ行ってしまわないようにと、わたしは目を閉じて願った。





 畳の上に敷かれた布団の上に置いてあるタオルケットに、そっと足を入れた。隣ではお母さんがすでに寝息をたてている。仕事で疲れたのだろう。ついさっきまで起きていたと思っていたのに。
 八月の夜は暑く、タイマーでエアコンをかけて寝ている。ひんやりとした冷気が気持ちいい。

 夏休みがもうすぐ終わる。
 寝転がり、そんなことを思う。そして、あの合宿でのことが脳裏に蘇ってきた。
 わたしの予知夢が人を救えたという事実は、わたしの中で大きな意味を持った。
 為す術もなく、ただそのときが過ぎていくのを、じっと我慢して待つしかなかった今までとはまるで違う。それこそ、あのときからわたしの世界が変わった。わたしがわたしとしている意味が、やっとわかったような気がする。
 みんなにどんなにお礼を言っても言い足りない。こんなわたしの言うことを信じて、あそこまで真剣に考えてくれたこと、絶対に忘れない。
 予知夢を見るのはやっぱり今でも怖いけど、それでも今までよりは怖いとは思わなくなった。

 今日帰り際、小太郎ちゃんがちらりと話してくれた夢の話のことを思い出した。
 星空の夢を見たのだという。
 それを聞いたわたしがどんなに驚いたか。小太郎ちゃんには想像がつかないだろう。
 本当のことを言ったら、小太郎ちゃんはどんな反応をするだろうか。もしかしたら、呆れて笑っちゃうかもしれない。

 それは、本当にわたしがずっと幼かったころのこと。
 小太郎ちゃんに会うより、もう少し前のことだ。

 夢を見たんだ。
 星空の中にわたしは浮かんでいて、泳いだり、くるくると回ったりして遊んでいた。
 ふいに、遠くからわたしの名前を誰かが呼んでいるような気がして、そちらを振り向いた。
 それはとても素敵な光で、どこまでも温かくて、どこか懐かしいような感じがした。
 その光に応えるように、わたしは手を伸ばした。それが届いたのかどうなのか、わからない。ただ、その夢から覚めたとき、とても幸せだったことを覚えている。

 その夢はずっとわたしの宝物として、胸の奥にしまっていたものだった。
 あれは、小太郎ちゃんだったんだね。
 今、ようやくわかった。そして今、わたしはとても幸せな気持ちで眠りにつこうとしている。
 タオルケットを肩まで被り、目を閉じた。

 また、あの夢が見られるといいな。
 懐かしさと温かさのつまった、あの宝物のような。
 幸せな、あの星空の夢を。                                       



                           了
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