僕たちは星空の夢をみる

美汐

文字の大きさ
上 下
60 / 64
Chapter.9 衝動と静観と

8 合宿の終わり

しおりを挟む
「あーもう終わっちゃうのかー」

 相田が合宿所を見あげてそう言った。帰りのバスに乗り込もうと、みな続々と合宿所から荷物を持って出てきていた。沙耶ちゃんも、相田の隣に立って合宿所を眺めていた。

「なんか、いろいろあったね」

 沙耶ちゃんはそう言って、少し笑った。笑顔を見せてくれたことに、僕は少し安心した。沙耶ちゃんのいろいろというのは、本当にいろいろなことなのだろう。
 二泊三日という短い間だったのに、なんだかとても長かったように感じた。いろいろなことがその間に起きた。だけど、どうにか無事に済んだことに安堵する。

「小太郎ちゃん。合宿中はいろいろ迷惑かけてごめんね」

 沙耶ちゃんが急にあらたまってそんなことを言うので、心の準備ができていなかった僕は驚いてしまった。

「や、いいよ。そんな謝らなくても」

「あと、ありがとう」

 そっちの台詞は、正直に嬉しかった。僕は少し照れながら、頷いた。

「美周くんたちは?」

「もうそろそろ来るんじゃないかな」

 あのあと美周を部屋へ連れていき、帰りの時間まで休むように言っておいた。美周は熱がぶり返して結構つらそうだった。よくそんな状態で、佐々木先輩を背負って合宿所まで歩けたものだと、呆れるとともに感心してしまった。

 佐々木先輩と大野先輩は、もう意識が戻ったようで、さっき少しぼーっとしながら、バスに乗り込んでいくのが見えた。あのときの記憶はなくなっているのは確かなようで、二人の様子はいつものように自然に見えた。ただし、記憶が一部抜けていることについての疑問は噴出しているようで、その不思議体験を周りの人に話しているようだった。
 今はそのことで頭がいっぱいのようだが、大野先輩の中のくすぶっている思いは、まだ消えてはいないはずだ。今後トラブルが起きる可能性はないとは言い切れないが、今はそっとしておいたほうがいいのかもしれない。

「篠宮。そういえばあのあと、美周からなにか聞いた? あの男の人のこと。話途中だったし、気になってるんだよね」

 相田にそう訊かれたが、テレパシーうんぬんのことは言うつもりはなかった。それは、今の僕たちにはどうすることもできないことだ。余計な苦しみを増やさないためにも、美周の言うように、他の誰にも話してはいけないだろう。

「いいや。美周もそんなにいろいろ知ってるわけじゃないみたいだったよ」

「……ふーん。なんかいろいろ知ってるふうみたいに見えたけど。まさか、なにか隠してるんじゃないよな」

「別になにも隠してなんかないよ」

 訝しむような目を向けられたが、僕は素知らぬふりをした。相田は意外と鋭くて困る。
 やがて、バレー部や他の部の連中もぞろぞろと外に出てきていた。小林の顔を見ると、こころなしかやつれて見える。合宿の間中、相当バレー部でしごかれていたのに違いない。僕たちのほうを見て力なく手を振ると、さっさとバスに乗り込んでいった。こちらから見える窓側の座席に倒れ込むように座る姿を見て、僕は思わずお疲れと心でつぶやいた。

 美周と幸彦も姿を現した。美周はひと休みして、少しは状態も良くなったようだ。あとはバスで帰るだけだし、なんとかなるだろう。沙耶ちゃんは先程と同じように、美周と幸彦にも感謝の言葉をかけていた。美周はその言葉ひとつで、幸せそうだった。
 幸彦は、なんだか知らないが、沙耶ちゃんのこととは関係なく、ずっと上機嫌だった。

「どうしたんだ? なにかいいことでもあったのか?」

 僕がそう訊ねると、幸彦は「へっへっへ」と不気味に笑っていた。美周が横目で冷たい視線を投げかけている。

「ああ、さては例の報酬のことだろ」

 報酬なのかどうかはわからないが、美周と幸彦の間でなんらかの取引があったことだけは知っている。今回の合宿が終わったことで、その権利を手に入れたのだろう。
 幸彦に訊いても答える気がないようなので、目を盗んで美周にこっそり訊いてみた。

「水玉クールズのコンサートチケットを渡した。ああみえて、あいつアイドルのファンなんだ」

 思わずずっこけるところだった。幸彦がアイドル? 水玉クールズは可愛さとクールさを売りにした、現在大人気の三人組アイドルユニットだ。コンサートのチケットも、発売と同時に完売してしまうという人気ぶりなのは、僕でも知っていた。

「なかなか手に入れるのには苦労したが、そうでもしないとあいつを動かせないからな」

 美周はそう言って嘆息した。なるほど、やはり従兄弟だけあって、美周は幸彦のことをよくわかっている。
 しかし、あの幸彦がそのアイドルにそこまで熱をあげていたとは、意外としか言いようがない。そう思ったら、急におかしさがこみあげてきて、笑いを堪えきれなくなった。

「どうしたの? 小太郎ちゃん」

 沙耶ちゃんが、突然のことに驚いたようにそう声をかけてきた。

「いや、ごめ。なんでもないよ」

 と言いながらも、つい笑ってしまう。
 大丈夫だ。こんなくだらないことで笑えてしまうくらいだ。いろいろな問題や悩みも、きっと笑い流せる日がくる。

「そろそろバスに乗ろうか」

 僕たちがバスに乗り込んでしばらくすると、バスは動き出した。それとともに、窓の外には緑が流れ始めた。そして、すぐに合宿所も見えなくなった。あっという間に、すべては後ろへと流れていく。

 僕はすぐに眠気に襲われた。
 眠ってしまおう。今はただ、心地よいまどろみの中に身を委ねよう。
 僕の意識は、バスの振動に乗って、ふわりふわりと消えていった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

悪魔公爵鷲頭獅子丸の場合

岡智 みみか
キャラ文芸
悪魔公爵ウァプラの最後にして最愛の息子と称される獅子丸は、人間界への修行を命じられる。『聖人』の魂を持つ涼介と悪魔の契約を交わし、その魂を魔界に持って帰らなければ、獅子丸は真の息子として認められない。人間界で知り合った下級妖魔の沼女、スヱと共に、涼介の魂をめぐる争いが始まった。

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。

あの世とこの世の狭間にて!

みーやん
キャラ文芸
「狭間店」というカフェがあるのをご存知でしょうか。 そのカフェではあの世とこの世どちらの悩み相談を受け付けているという… 時には彷徨う霊、ある時にはこの世の人、 またある時には動物… そのカフェには悩みを持つものにしか辿り着けないという。 このお話はそんなカフェの物語である…

御神楽《怪奇》探偵事務所

姫宮未調
キャラ文芸
女探偵?・御神楽菖蒲と助手にされた男子高校生・咲良優多のハチャメチャ怪奇コメディ ※変態イケメン執事がもれなくついてきます※ 怪奇×ホラー×コメディ×16禁×ラブコメ 主人公は優多(* ̄∇ ̄)ノ

9(ノナ)! TACTIC部!!

k_i
キャラ文芸
マナシキ学園。世界と世界ならざるところとの狭間に立つこの学園には、特殊な技能を持つ少女達が集められてくる。 その中でも《TACTIC部(タクティック部)》と呼ばれる戦闘に特化した少女たちの集う部。世界ならざるところから現世に具現化しようと溢れてくる、名付け得ぬもの達を撃退する彼女らに与えられる使命である。多感なリビドーを秘めたこの年代の少女の中でも選ばれた者だけがこの使命に立ち向かうことができる。 ……彼女達を、その独自の戦術方式から《9芒星(ノナグラム)の少女達》と呼ぶ―― * 過去、ゲームの企画として考えていた作品です。小説形式とは違いゲームシナリオの形式になります。実際にはバトルパート用に考えていた会話(第1話等)もあるため、その辺は実際のゲーム画面やシステム抜きだと少々わかりにくいかもしれません(ある程度・最小限の補足を加えています)。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

横浜で空に一番近いカフェ

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 大卒二年目のシステムエンジニア千晴が出会ったのは、千年を生きる妖狐。  転職を決意した千晴の転職先は、ランドマークタワー高層にあるカフェだった。  最高の展望で働く千晴は、新しい仕事を通じて自分の人生を考える。  新しい職場は高層カフェ! 接客業は忙しいけど、眺めは最高です!

処理中です...