世界の終わり、茜色の空

美汐

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第九章 終わりの終わり

終わりの終わり3

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「――――かね! 茜!」
 懐かしい声が耳に届いていた。私は急速に意識を取り戻した。と同時に、体中に痛みを感じた。
「いっつつつつ」
 ゆっくりと体を起こし、むず痒さから己の身に取り付けられていた奇妙な装置をぶちぶちと取り払った。
「よかった。気がついたな茜!」
 そこに立っていたのは京だった。なぜかものすごく懐かしく感じる。
「あ……私、戻ってきたんだ」
 さっきまで幽体離脱をしていたと思っていたのに。
 と、突然私の目の前に京の肩が押しつけられた。抱きすくめられている、と理解するのに数秒がかかる。
「え……、き、京……?」
「よかった……。本当によかった……っ」
 上から降ってくる声に熱いものが滲んでいるのを感じ、私もたちまち鼻の奥に痛みを覚えた。京の背中に手を回し、ぎゅっと力を込める。
「私たち、今度もなんとか無事だったんだね……」
 しばらくそうしていたあと、京はすっと私から離れ、背後を見た。
 そこには、二人の知らない人たちが立っていた。
「感動の再会、堪能したか?」
 くせっ毛の少年は、抑揚のない声で言った。どこかで会ったことのあるような気もするが、たぶん気のせいだろう。もう一人、ツインテールの少女もやはり見たことのない人物だ。
「約束通り、茜に会わせてくれたことには感謝する」
「だから、抵抗しないと言ったはずだ。もともとあんたたちに危害を加えようというつもりはないからな。彼女が車に轢かれそうになったあの瞬間に、きみたちをこちらの世界に移動させたのも俺たちだ。もちろんそれは、あそこで彼女に死なれては困るからに他ならない」
「よく言う。さっき僕に蹴りを入れたことをもう忘れたのか?」
「あれは自分でも抑えきれなかった。悪いな。結構短気なほうなんでね」
 京は二人とはどうやら面識があるようだ。今の状況がどういう状況なのかまるきりわからないが、ここは京に頼るのがよさそうだ。
「まあ、茜が無事だったことでその件については水に流してやるが、問題はこれからだ。次は僕たちをちゃんと元の世界に戻してもらわないといけないが、その前にサクヤ。きみに頼まなければならないことがある」
「頼み?」
「きみのなかにいるサクに、もう一度会わせてもらいたい」
 京がまた知らない人物の名前を言った。
 サク?
 誰だろう、それは。
「僕たちはサクともう一度会わなければならない。どうしても」
 京の言葉は真剣そのものだった。強い意志がそこから伝わってくる。
「……無理だな、それは」
 しかし、サクヤと呼ばれた少年の口から出てきたのは、すげない返答だった。
「あれは作り物の人格で、もともとこの世に存在しないものだ。一時は俺の体を使ってサクという人物として生きていたかもしれないが、それはすべてまがいもの。そんなものに会ってなにを話すというんだ。お前の思っているサクという友人との思い出は、偽者の人格が作り上げた偽物の思い出でしかない。そんなものはさっさと記憶から抹消するべき不要なもの。早いところ新しいナノマシンで記憶を修正してもらったほうがいい」
「駄目だ! この記憶は僕のものであり、勝手にお前たちが手を加えていい権利なんてない! サクが偽者だろうとなんだろうと、彼が僕たちの大切な友人であることには変わりがないんだ。そうだろう、茜?」
 突然話を振られた私は、きょとんと目を丸くした。先程から京がなんの話をしているのかさっぱりわからなかったというのに、私にいったいなにを話せというのだろう。
 私が沈黙したままでいると、京が不審そうに顔を見つめてきた。
「茜? どうしたんだ? きみもあんなにサクに会いたいと言っていたじゃないか」
「え……?」
「そうか。事情を知らないせいで驚いているんだな。このさっきサクヤと呼んでいた彼はサクと同じ顔をしているが、肉体こそ同じだが、サクとは違う別人で……」
 京の説明を聞きながらもぴんとこない私の様子に、段々京の表情も強張っていった。
「あ……もしかして、茜……。サクの記憶をなくしてしまったのか……? 僕たちの大切な友人のサクの記憶を……」
 京は口元を片手で覆い、苦悩の皺を眉間に刻んだ。その表情を見て、私はなにかとてつもなく大切なことを自分が忘れてしまったのだということを知った。
「サク……? 大切な友人? ごめん、京。私にはなんのことだか……」
 京はますます顔を歪めると、眼鏡を押し上げながら手で目を拭った。そして、サクヤと呼ばれた人物の方向に鋭い視線を向けた。
「貴様、もしかして茜の記憶を……?」
「その通り。さっき彼女が体につけていた装置は、記憶を書き換えるための装置だ。装置の針の先から記憶改ざん用のナノマシンが体内に送られる仕組みになっている。彼女の記憶からサクという修正すべき存在を消したのさ」
 その言葉を聞いた京は、サクヤと呼ばれた人物に掴みかかった。
「なんてことを……! なんてことをしてくれたんだ!! 元に……、早く彼女の記憶を元に戻してくれ!!」
 必死の形相で京は迫るが、その相手は冷徹な表情を変えることはなかった。
「無駄だ。一度ナノマシンで改ざんした記憶が元に戻ることなどありえない。だいたい、その記憶自体が間違っているものなのだ。いい加減真実を受け入れるんだな」
 サクヤは京の腕を振り払うと、うんざりしたように息を吐いた。
 京は自分の唇を噛み締めながら、再び私のほうに向き直る。私は彼がなぜそんなふうに悲しげな表情を浮かべているのか、理解ができずにいた。
「京……?」
 きっと私が原因なのだろう。さっきから京が言う、サクという人物のことを私が思い出せないからなのだろう。でも、どうしても思い出せない。そんな人、私は知らない。
 なぜ彼がその人のことでこんなに必死になっているのかも、まったく理解できなかった。
「ゴメン。京、私……」
 どうしたらいいのかわからず私が俯いていると、京は頭を何度か振り、静かに深呼吸を繰り返した。そして、決意を新たにしたように、一度うなずいてから顔をあげた。
「いや、茜はなにも悪くない。僕が焦ってしまっているだけなんだ」
「きっと私が思い出せないことがいけないんだよね。でも、どうしても私には思い出せないんだ。その、サクっていう人のこと。……そんなに、大切な人なの?」
 京がまた、悲しげな色を瞳に宿らせる。けれど、今度はその目を私から逸らさなかった。
「まだだ。まだあきらめるには早い。僕もさっき消えそうになる記憶を自分の意志で元に戻したんだ。僕ができたことならきっと茜にもできるはずだ」
 京がなにを決意したのかはわからなかったが、力を取り戻したかのような彼の表情を見て、心強く感じた。
「思い出そう。一緒に。僕たちの大切な友人のことを」

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