世界の終わり、茜色の空

美汐

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第四章 思い出と星空と戸惑いと

思い出と星空と戸惑いと6

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 なにかの鳥の声が外で響いていた。明かり障子から優しい陽光が顔にかかって、朝が訪れたことを知る。
 世界が終わる一日前の朝。
 信じられないくらいに平凡で、平和な朝。
 ゆっくり身を起こして隣を見ると、すでに布団はたたまれていた。

「おばあちゃん、もう起きてるんだ。早いな」

 ふと、昨夜のことを思い出した。

 ――怖いんやね、茜ちゃんは。

 ずばり言い当てられたと思った。変化を恐れる自分の弱さが明るみに出て、恥ずかしかったけれど、大切ななにかを教えられた気がした。
 当たり前だと思っていたことが、突然なくなってしまうこと。このままの幸せが永遠であるはずがないということ。物事がいつまでも同じであるはずがないことなどわかっていたつもりなのに、私にはまだそれを受け止める用意がなかった。そのことに気づいたとき、おばあちゃんの言葉と、あの世界の終わりのビジョンが、私のなかで絡み合い、重く苦しい現実として迫ってきた。

 ずっとこんな朝が続いていくのだと、今までの私なら思っていただろう。今手の中にある幸せが、知らぬ間になくなってしまうことがあるなんて、頭のどこかでわかっていたとしても、それはもっとずっと遙か先のことで、今の自分に降りかかるなんて考えもしなかったはずだ。

 壊したくない。なくしたくない。
 そんな気持ちが私を極度に臆病にしている。
 世界が終わるかもしれない。だとしたら、なおさらなにかをしなければいけないというのに。怖がって怯えている場合じゃないのに。

 京は昨日、なにを私に伝えようとしたのだろう。朔となにを約束したのだろう。
 きっと京もなにかを変えようとしているのだ。
 明日、世界が終わってしまう前に。

 ぎゅっと布団を胸の方へとたぐり寄せる。現実の世界を自分の身にたぐり寄せるように。温かいまどろみの心地よさを忘れぬように。
 しばらくそうしたあと、私は布団から抜け出し、立ちあがった。

 ――世界の終わる一日前を過ごすために。





「ほんなら、来てくれてありがとうね。なんもないとこやけんど、またいつでも遊びに来やあよ」

「うん。ありがとう、おばあちゃん」

 私たちは、自宅へと帰るためにバス停へと向かうところだった。おばあちゃんは自分の家の畑の先まで見送りに出てきてくれていた。ほっかむりをした農作業のかっこうで、足には長靴を履いている。

「これからも元気にお野菜いっぱい作ってね」

「またいいのができたら、茜ちゃんの家のほうにも送ったげるでね」

 おばあちゃんと私は手を取り合い、別れを惜しんだ。
 また。いつでも。
 それがまたあるのかどうか、明日の次の日がまたやってくるのか。なにもわからなかったが、今の自分には、ただうなずくことしか出来なかった。





 バス停に着き、バスが来るまでの時間を三人で待っていた。

「なかなかいいところだったよな。すっげー田舎だけど」

「だから、朔は一言余計なんだって。いいところだった、で口を閉じておけばいいのに」

「俺は思ったことを正直に口にしているだけだ。なにが悪い」

「それ、ある意味問題だよ~。正直イコール素直で許されるのは子供のうちだけだってお母さんとかに教わらなかったの?」

「うるさいうるさい! どうせ俺は子供だよ」

「ついに認めたか」

「本当子供みたい」

 私と京がくつくつと笑っているのを見て、頬をぷくっと膨らませる朔。確かにまだこんな朔なら許されるのかもしれないな、なんて内心思ったりもする。
 そんな軽口を言い合っているうちに、遠くからバスがやってきた。プシューッと音を立てて停車したバスは、ウィーンとドアを開けて私たちを迎え入れてくれた。バスのステップをあがって、運転手さんに軽く会釈をしながら奥へと入っていった。車内には他に乗客の姿はない。どの席も空いていたが、私たちは一番後ろのほうで座席を取った。

 窓際の席に私が乗り込むと、反対の窓のほうに朔が座り、その一つ前の席に京が座った。しばらくしてバスの扉が閉まり、バスは動き始めた。
 目の前を田園風景が流れていった。車窓から見える景色は、一枚のガラスを隔てただけなのに、どこか遠くなってしまったように感じる。
 そんな光景を惜しむように見ながら、私は再び昨日のことを思い出していた。

 京とはあれからまだ、昨日のことについては話していなかった。やはり朔やおばあちゃんのいる席では話しにくいことなのだろう。
 私は窓の外を見るふりをしながら、窓に映る車内の風景へと意識を移行させた。そこに映る二人の男の子。
 朔と京。
 対照的な二人。なのにとても仲の良い彼ら。
 彼らと私は、なぜあのときからこの時間にタイムリープしたのだろう。
 世界の終末を止めるために私たちが今ここにいるのだとしたら、なにかを私たちは為さねばならないのかもしれない。そのなにかというのがなんなのかはわからないけれど、なにかを為すということは、なにかしらの変化を生み出すことでもある。
 もし、朔や京もそれを考えていたとしたら。京が話そうとしていたことが私たちのなにかを変えてしまうことだったとしたら。

 逃げてはいけない。
 たぶん、そういうことなんだと思う。
 ふと、窓ガラスに映っていた京がこちらに目を向けた。どきりと鼓動が大きく鳴る。
 京が私を見ている。
 その意味をどう考えればいい? 京が私に伝えたいこと。それを聞いたとき、私はなんて返事をすればいいんだろう。
 誰か教えて。
 ……朔。もしかしたらあなたなら。
 そう思ってガラスに映る朔のほうに視線をやったときだった。

「……え?」

 先程まで元気そうだった朔が、両手で頭を抱えるようにして座席で俯いている姿が見えた。

「朔?」

 振り向いて呼びかけると、突然のことに慌てたのか、朔は、はっとした様子で顔をあげた。

「どうしたの? なにか具合でも悪いの?」

 私の言葉に気づいた京も後ろを振り返り、心配そうに声をかけた。

「平気か? 朔」

 朔は少しの間気まずそうにしていたが、すぐにいつもの調子でこう答えた。

「なに二人してそんな心配そうな顔してんだよ。ただの軽い頭痛だって。しかももう治ったし」

「頭痛? 珍しいね。大丈夫?」

「よかったら頭痛薬持ってるぞ。飲むか?」

 私たちが矢継ぎ早にそう口にすると、朔は苦虫を噛みつぶしたような顔になった。

「だーかーらー。心配ないって言ってんだろ。てゆーか、どんだけ用意がいいんだよ。京」

 勢いよく自分の目の前の座席を叩く朔の様子にいつもの元気さを認めた私は、ほっと安堵した。京もいつものように朔に鋭い視線を投げて牽制している。
 よかった。ちゃんと元気そう。
 しかし、ほんの少しだけ、僅かな変化が私たちを包んでいるような、そんな気がしていた。
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