世界の終わり、茜色の空

美汐

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第四章 思い出と星空と戸惑いと

思い出と星空と戸惑いと3

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 行かなければいけないクラブを親に黙ってさぼるということの罪悪感は、しかし京が一緒に付き合ってくれたことで、半分くらいに軽くなったように感じていた。
「ブランコ漕ぐのなんて、久しぶりだ」
 近所の公園にやってきた私たちは、二人でブランコに乗っていた。京は脇に竹刀を置いて、先程から一生懸命にブランコを立ち漕ぎしている。
「ちょっ、危ないよ。そんなに高く漕いだら」
「茜もやれば? たまには気持ちいいもんだぜ」
 京がそう言うので、私は一瞬だけ迷ったが、同じようにブランコの座面の上に立ち、勢いよく漕ぎ始めた。
 キィキィとブランコの接続部分が擦れあう音が響く。それとともに、景色が大きく揺れた。
「よし。どっちが高く漕げるか競争だ」
 京の提案に、私は今度は素直に従った。京に負けないように、高く大きくブランコを漕ぐ。勢いつけて足を曲げたり伸ばしたりして、次第にブランコは高くまであがるようになった。
「私のが高い!」
「いいや、僕のほうが高い!」
 馬鹿みたいに一生懸命私たちはブランコを漕いでいた。
 風が気持ちよかった。知らないうちに心のわだかまりがどこかへと消え去っていた。ただ、こうして二人で一緒にブランコを漕いでいるのが楽しくて仕方なく思えた。
 ひとしきりブランコを漕ぎ終えると、私たちは、はあはあと荒い息を吐きながら、笑い合っていた。
「こんなにブランコを漕いだのって実は初めてかも」
「意外に汗掻いたよな」
「京、全然あきらめないから」
「茜もだろ」
 他愛ない会話。けれど、その心安さがとても心地よかった。
 美弥子とのことで悩んでいたのが、馬鹿みたいに思えた。
「元気、出たみたいだな」
 ぽつりと突然発された京の言葉に、私は驚いて彼の顔を振り向いた。
「なんかつまんなそうな顔してたから」
 京は優しそうに笑っていた。私はそんな京の顔を見て、なにを言えばいいのかわからなかった。ただ、ちょっと泣きたいような、心に温かなものが流れ込んできたような気持ちがしていた。
「……ありがとう」
 ようやく発した言葉は、なにに対してのものかよくわからないものだったけれど、京はこくりとうなずいていた。
 それ以上私たちはそのことについて話すことはなかった。私も美弥子とのことを京にくわしく話すつもりはなかった。
 これは私が解決すべき問題だ。一人で戦うのは勇気がいるけれど。
 でもきっと大丈夫。
 私はまだ笑える元気がある。それを京に教えてもらった。
 それだけで充分。
 私は、青く澄んだ空を見つめて目を細めた。

 週明けの月曜日。教室に入ると、私を見たクラスメイトの誰もが、驚いたような表情を浮かべていた。ざわめく教室内を泰然として自分の席へと向かう。なんともいえず、新鮮な気分だ。
 やがて、美弥子が登校してくると、私の姿を見て、ぽかんと大口を開けていた。
 私はそんな美弥子の馬鹿っぽい表情がおかしくて、ついくすりと笑ってしまった。それに気づいたらしい美弥子が眉間に皺を寄せ、こちらへとずかずか近づいてくるのを、私は黙って待っていた。
「なんなの? その髪の毛!」
 美弥子が自分の混乱を隠そうともしないで私に詰め寄る。
「当てつけかなにか? なんか魂胆でもあるの?」
「なんにも? ただイメチェンしたかっただけだけど」
 私は短くなった自分の髪の毛をうなじからさらりと撫で上げた。いつにない軽さと切り立ての髪の毛の感触にまだ馴れてはいなかったけれど、気分は悪くなかった。
「あのリボン、確かに私にはあんまり似合ってなかったかもね。もうこの髪には必要ないし。よかったらあげようか?」
 私がそう言うと、美弥子はかっと顔を赤らめてわなわなと唇を震わせた。
「い、いるわけないでしょ! そんなもの」
「そう? この間私には似合わないって散々言ってたのを聞いたから、もしかして欲しいのかと思って」
 それを聞いた美弥子は、今度は顔を青くさせて周囲を見回した。クラスメイトたちは私たちのやりとりを見て、怪訝そうに眉をひそめている。
「私を仲間はずれにしたいなら、これからもすればいい。でも、もう私はそのことで心を煩わせられるのはまっぴらなの。だから、あなたと友達でいることはもうやめる」
 それを聞いた美弥子は、驚きに目を見開いて私の顔を凝視してきた。そして醜く顔を歪めたと思うと、たまりかねた様子でそこから離れ、教室を飛び出していった。美弥子の取り巻きの女の子たちはこの状況にどうしたらいいかわからず、その場でまごまごと互いの顔を見つめ合っていた。
 私はすっと胸のつかえが取れた気持ちとは裏腹に、酷い緊張でぐったりと肩を落とした。一人の友達を失ってしまったのは悲しいことではあるが、今回は仕方がない。いずれ彼女と仲直りをするときが来るかもしれないが、それはまたそのときの話だ。
 ふと教室の外を見ると、廊下を通りかかったらしい京と目が合った。
 軽く口角を上げて笑う京を見て、私はようやく安堵したのだった。

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