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第四話 生命の木
生命の木6
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「私は、遠くへ行ってしまったあの子のことを探していたのかもしれません。そして、自分も同じところへ行こうとしているのかもしれない」
語り終え、私は長い息をついた。誰にも言えなかった。私の胸の中だけで眠らせてしまおうと思っていたことを、どうしてこの男に話したのか、自分自身理解できなかった。
男はふいに私の隣から立ち上がったかと思うと、すっと私に手を差し出してきた。
「この木の上に登ってみませんか?」
なにを言い出したのだろうと、目を丸くしていると、男は私の手を取った。すると、ふわりと体が浮いたような気がした。下を見ると、本当に浮いていた。
私は言葉を失ったまま、どんどん離れていく地面を見つめた。やがて木の上のほうまで来ると、太く伸びた枝に男は私を下ろした。その隣に男も座った。
「こうして木の枝の上に座っていると、この木の命そのものになったような気がしませんか?」
これは幻覚だ。そう思っていたが、なんて素敵な幻覚なのだろうか。目の前にこの木の命がさざめいている。たくさんの葉が美しい音楽を奏でてでもいるかのようだった。
「たくさんの美しい命がここにはあります。懸命に命を燃やしているのです」
男の声が、大気に溶けるように広がっていく。
あの子はもしかすると、すでに新しい命に生まれ変わっているのかもしれない。この木の生命力に満ちた姿を見ると、そんな気がしてくる。
さざめくたくさんの命たち。
輝くような美しさで、ただひたすらに生きている。
ねえ。
君はもしかしてそこにいるの?
私を一度はお母さんにしてくれたこと、覚えてるかな?
ほんの少しの間しか一緒にはいられなかったけれど、私はあなたのことを愛していたんだよ。
目の前の緑がぼんやりと滲みだして、やがてぽたぽたと雫になって流れていった。固まってしまった心が解きほぐされていくようだった。苦しみが私の中から涙となって流れ落ちていっているのだと思った。
「私……今、君のために泣くことができた……。やっと、泣くことができた……」
どこともわからない森の中で、こんな気持ちになれるなんて思わなかった。木の上で私は今、あの子に会うことができたのだ。もう私の中にはいないけれど、きっとどこかでまた新しい命になって輝いている。そう思った。
「命の輝きは、失われることなく続いている。そんなふうに森の木々たちは教えてくれている。その輝きは本当に美しい」
ざっと風が吹いた。それとともに、眩しい太陽の光が私の目に照りつけてきた。私は思わず目を閉じた。耳に木の葉の擦れ合う音だけが聞こえる。
ばいばい。
木の葉がさざめいている遠くのほうで、そんな声を聞いた気がした。
私が再び目を開くと、そこにはあの大木も、あの不思議な男の姿もなかった。目の前には整備された登山道があり、私は元の世界に戻れることを知った。
山を下りていくと、街並みが一望できる場所があった。私はしばしそれを眺めた。私はまたあそこに戻っていくのだ。日々の暮らしの中を、生き抜いていかなければならないのだ。
あの子が、私を元の世界へと送り出してくれたように思った。
私が行かなければならないのは、あそこだと。
「さて。とりあえず、ここどこだろう? お金もないし、帰れるかな?」
そんなことを口に出して言うと、急におかしくなってきた。身なりもぼろぼろで、今の私はどこをどう見ても不審者に違いないだろう。
どこかで電話を借りて、赤池に迎えに来てもらおうか。
彼は怒るだろうか。笑うだろうか。
謝らなければならないな。
そんなことを考えながら、私はゆっくりと下山していった。
語り終え、私は長い息をついた。誰にも言えなかった。私の胸の中だけで眠らせてしまおうと思っていたことを、どうしてこの男に話したのか、自分自身理解できなかった。
男はふいに私の隣から立ち上がったかと思うと、すっと私に手を差し出してきた。
「この木の上に登ってみませんか?」
なにを言い出したのだろうと、目を丸くしていると、男は私の手を取った。すると、ふわりと体が浮いたような気がした。下を見ると、本当に浮いていた。
私は言葉を失ったまま、どんどん離れていく地面を見つめた。やがて木の上のほうまで来ると、太く伸びた枝に男は私を下ろした。その隣に男も座った。
「こうして木の枝の上に座っていると、この木の命そのものになったような気がしませんか?」
これは幻覚だ。そう思っていたが、なんて素敵な幻覚なのだろうか。目の前にこの木の命がさざめいている。たくさんの葉が美しい音楽を奏でてでもいるかのようだった。
「たくさんの美しい命がここにはあります。懸命に命を燃やしているのです」
男の声が、大気に溶けるように広がっていく。
あの子はもしかすると、すでに新しい命に生まれ変わっているのかもしれない。この木の生命力に満ちた姿を見ると、そんな気がしてくる。
さざめくたくさんの命たち。
輝くような美しさで、ただひたすらに生きている。
ねえ。
君はもしかしてそこにいるの?
私を一度はお母さんにしてくれたこと、覚えてるかな?
ほんの少しの間しか一緒にはいられなかったけれど、私はあなたのことを愛していたんだよ。
目の前の緑がぼんやりと滲みだして、やがてぽたぽたと雫になって流れていった。固まってしまった心が解きほぐされていくようだった。苦しみが私の中から涙となって流れ落ちていっているのだと思った。
「私……今、君のために泣くことができた……。やっと、泣くことができた……」
どこともわからない森の中で、こんな気持ちになれるなんて思わなかった。木の上で私は今、あの子に会うことができたのだ。もう私の中にはいないけれど、きっとどこかでまた新しい命になって輝いている。そう思った。
「命の輝きは、失われることなく続いている。そんなふうに森の木々たちは教えてくれている。その輝きは本当に美しい」
ざっと風が吹いた。それとともに、眩しい太陽の光が私の目に照りつけてきた。私は思わず目を閉じた。耳に木の葉の擦れ合う音だけが聞こえる。
ばいばい。
木の葉がさざめいている遠くのほうで、そんな声を聞いた気がした。
私が再び目を開くと、そこにはあの大木も、あの不思議な男の姿もなかった。目の前には整備された登山道があり、私は元の世界に戻れることを知った。
山を下りていくと、街並みが一望できる場所があった。私はしばしそれを眺めた。私はまたあそこに戻っていくのだ。日々の暮らしの中を、生き抜いていかなければならないのだ。
あの子が、私を元の世界へと送り出してくれたように思った。
私が行かなければならないのは、あそこだと。
「さて。とりあえず、ここどこだろう? お金もないし、帰れるかな?」
そんなことを口に出して言うと、急におかしくなってきた。身なりもぼろぼろで、今の私はどこをどう見ても不審者に違いないだろう。
どこかで電話を借りて、赤池に迎えに来てもらおうか。
彼は怒るだろうか。笑うだろうか。
謝らなければならないな。
そんなことを考えながら、私はゆっくりと下山していった。
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