人形の輪舞曲(ロンド)

美汐

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番外編

熊田兄の独り言

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 早朝の空気はひんやりと冷たく、走る俺の顔をさらりと撫でていった。
 近所の川沿いの土手に作られた歩道は、この界隈に住む人たちのジョギングコースとしてよく使われる、風光明媚なところだった。
 春は桜並木が美しく、秋には銀杏の樹が鮮やかに黄色く色づいて、通る人の目を楽しませてくれる。
 今は夏休みも終わった九月の上旬。この歩道では、葉桜の緑が今のところの主役である。
 夏休み、という単語に今年の夏の出来事を思い出していた。
 人形の目撃談と加奈子ちゃんの自殺未遂から始まった一連の事件。
 深く悲しい、痛ましい事件だった。
 特に池沢くんのことについては、もっと早くなにかができていたらと思わざるをえない。自分よりも若い命が絶たれてしまったことに、哀惜の念がやまない。
 俺はそんな感傷に耐えきれなくなり、走るスピードをあげた。
 走る。走る。
 息を弾ませ、なにも考えられないくらいに。
 そうして橋の下をくぐって出たところまで来たとき、ふとミナミさんの顔が頭をよぎった。
『ちょっと自転車借りるわよ。熊田くんは引き続きこの辺捜しててくれる?』
 あの日の夜、ミナミさんと俺は二人で加奈子ちゃんを捜索しに駅周辺のほうを回っていた。未成年が夜、外をうろつくのは褒められたことではないが、あのときは仕方なかった。そんなことよりも、第一に加奈子ちゃんの身が心配だったのだ。
 しかし、その捜索の途中でミナミさんは俺を置いて自転車で去っていってしまった。
 残された俺は、一人ぽつんと弁当屋の灯りの前で立ち尽くしていた。
 一瞬、置いていかれたと思ったが、すぐにそうではないと俺は思い直した。
 ミナミさんは俺にこの辺りの捜索を任せてくれたのだ。ということは、俺は頼りにされているということであり、決して放置されたわけではないはずだ。
 というわけで、俺は懸命に近くのやっている店などを回り、聞き込みをしていった。
 結局、加奈子ちゃんは学校のほうで見つかったらしいが、とにもかくにも彼女が無事だったということで、俺も安心した。
 俺のほうは無駄足に終わったわけだが、結果加奈子ちゃんが無事だったという事実が一番の朗報である。なんだかよくわからないうちに、そのほかのもろもろの事件も解決したようで、まったく俺には事情がよくわからないままだが、とにかくよかった。
 なんとなくミナミさんと間木田くんの仲が親密になっていたような気もしなくもないが、きっとそれも気のせいなのだ。
 とにもかくにも、そんな感じで俺たちのひと夏の事件は幕を閉じた。
「すぅーーーっ、はーーーっ」
 大きく深呼吸をする。
 さわやかな朝の空気が肺の奥まで染み渡る。
 新鮮な空気を体中に満たすことで、新しい自分に生まれ変われたかのようだ。
 そして、俺は再び走りだしたのだった。

 その日の午後、休日だったこともあり、俺の家にオカルト研究同好会のメンバーが集まっていた。
「今年の夏はなんだかいろいろとあって行けなかったから、今度またいろんなところの心霊スポットめぐりを企画してみようと思うのよね」
 ソファで優雅にくつろぎながらそう話すのはミナミさん。今日は艶やかな黒髪をポニーテールにして、さわやかな水色のロングワンピースに身を包んでいる。相変わらずお美しい。
「えー。勘弁してくださいよ。そういうの、僕苦手なんですから」
 渋く顔を歪めて抗議するのは、目下の俺のライバルであるかもしれない間木田くん。彼はいつものようにTシャツに綿パンツといった格好だ。相変わらず冴えない風采をしている。
 そんな冴えない彼は、なぜかいつもミナミさんの意見にあらがおうとするのだが、俺だったらそんなことはしない。
「なら、俺がミナミさんを手伝いますよ! いつでも呼んでください。お供します」
 俺がそう言うと、ミナミさんはにこりと笑顔で返してくれた。
「あら、やっぱり熊田くんのが頼りになるわね。そろそろ誠二くんは部員から降格して見習いにでもさせておくのが妥当かしら」
「ミ、ミナミさん~っ」
 恨めしそうな声を放つ彼を、下目遣いに見下ろすミナミさんは、なぜか満足げである。
「あ、みなさん。麦茶持ってきましたよー」
 みんなの集まるテーブルに、妹の美鈴がグラスの乗ったお盆を両手で持ってやってきた。
「ありがとう。美鈴ちゃん」
「わあ、ちょうど僕、喉が渇いていたんだよ」
 俺も美鈴に礼を言う。
「ありがとう。美鈴」
「どういたしまして」
 にこりと微笑む美鈴。いろいろあったが、元気になってきたようでよかった。兄としてそう思う。
 そうして美鈴も加わり、心霊スポットめぐりの話し合いが本格的に始まった。オカ研の今後の活動も、またなかなか充実していきそうだ。
 なんか、こういうのっていいもんだな。
 俺はグラスに入った氷の奏でる高い音を聞きながら、そんなことを思っていたのだった。

                                     〈END〉
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みんなの感想(3件)

有
2018.08.18

初めまして、自営業やってる普通の一般人の者です。趣味でふざけた小説書いてます(笑)

龍さんの小説を読ませてもらって、無料でこんな本格的で面白い小説がよめるんだ。と驚きました。

これから別作品も読ませてもらっていいですか?

やっぱり、この量でこの質、しかも無料てスゴいと思います。
ひょっとして、プロの方が名前をかくして腕試しみたいな感じで書かれたのですか?

変なことをいってすみません。
どうしても気になっものですから……

とにかく作品面白かったです。
失礼します

美汐
2018.08.19 美汐

>スギ㈲様
感想ありがとうございます!
お読みいただき、過分なお褒めの言葉をいただきまして恐縮です。
いえいえ、プロなどではありませんよ。
ですが、そんなふうに感じていただけて嬉しい限りです。
あと、下のコメントで勘違いをされてしまったかもしれませんが、龍さんは感想をくださったかたでして、私のほうは美汐というペンネームで書かせていただいておりますので、よろしくお願いします。
楽しんでいただけてよかったです。

解除
十六夜 龍
2018.06.29 十六夜 龍

美汐さん、面白い小説ありがとうございました。
この小説のタイトルを目にして何となく読んでみようと1話目へ開いてから最後の話まで、
ノンストップで読み切ってしまいました!

とても面白かったです。
ミナミさん、間木田君、美鈴さん……。
出てくる登場人物が作品の中で生き生きと存在していました。
(亡くなってしまうキャラもいましたがそれも含めてです。)

一介の読者として、また一介の小説作家として読むことが出来て良かったです。

今後も執筆頑張ってください。

美汐
2018.06.30 美汐

〉十六夜龍様
感想ありがとうございます!
最後まで一気読みしていただき、嬉しく思います。面白かったとの一言がなによりのご褒美です。
キャラクターが作中で生き生きとしていたと感じていただけて、生みの親としてとても嬉しく、彼らを書いてきて良かったと思います。

この作品を選んでお読みくださったことをとても光栄に思います。
十六夜さんも小説を書かれておられるとのことでお互いまた執筆頑張りましょう。

解除
しょこらあいす

最後まで読みました!
とても面白かったです。風景描写なんかもところどころに入っていて、退屈しませんでした。
小説なのに、人形や怨念の姿が頭の中に浮かび上がってきて、怖かったですw
ミナミの推理力はコ〇ンと同等かそれ以上ですね()
でもほんとにミナミも、もちろん誠二も、鋭いし強い。
ここまで書いてきましたが、書ききれないほど楽しく読ませていただきました。
これからも頑張ってください!
長文すみませんでした。

美汐
2018.06.23 美汐

>眺のゆっくりチャンネル!様
最後までお読みいただき、感想までありがとうございました!
とても楽しんで読んでいただけたようで、とても光栄です。
ホラー部分も推理部分も、そんなふうに感じてもらえてよかったです。
あの名探偵コ〇ンくんと並べていただけて恐縮な限りですが、ミナミは喜んでいるようです。
ミナミも誠二も大変でしたが、そんな彼らの苦労も一緒になって味わってくださった読者様のお陰で報われます。
感想、とても励みになりました。
これからも活動頑張りますね。

解除

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