人形の輪舞曲(ロンド)

美汐

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第九章 人形と少女

人形と少女4

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「きっかけは百合子ちゃん。転校してきた百合子ちゃんは、才色兼備、性格も良く、美鈴ちゃんもすぐに好きになったという。人の好い美鈴ちゃんは、転校してきた百合子ちゃんの面倒も見て、いろいろ親切にしたんでしょうね。だから加奈子ちゃんは焼きもちを焼いた。今までは親友で自分が一番だったはずなのに、百合子ちゃんが現れてから状況が変わってしまった。
 そこで考えたのが、人形の呪い。自分が人形に狙われていると言えば、美鈴ちゃんは必ず心配して自分に振り向いてくれる。そうしたところ、本当に人形はあなたのところにやってきた。そしてその人形は、あなたの望みを叶える手伝いをしてくれた。人形に呪われているあなたのことを、美鈴ちゃんは本当に心配してくれたはずよ。
 でも、それでもまだあなたは気に入らなかった。相変わらず美鈴ちゃんと百合子ちゃんは仲が良い。
 そこで思い付いたのが、自殺未遂。もうこの辺りになると歯止めが効かない状態になっていたんでしょうね。常軌を逸していたと言ってもいいわ。それはもう、美鈴ちゃんもこれ以上ないくらい心配してくれたことでしょう。
 だけどそれだけじゃ気が済まなかった。美鈴ちゃんが百合子ちゃんを徹底的に嫌うようにしたかった。そこで思い付いたのが、自分を呪っていた犯人を百合子ちゃんに仕立て上げようというもの。そこで、人形を百合子ちゃんのもとに送りつけておいたんじゃないかしら。ねえ、そうなんじゃない? 百合子ちゃん」
 話しかけられた百合子ちゃんは静かにこくりとうなずいた。
「そう、です。家の前に置いてあって。学校でも人形の呪いの噂とか聞いていたし、私怖くなって、それを橋の上から捨てたんです」
「でもこの前は知らないって……」
 僕がそう言うと、答えはミナミから返ってきた。
「言えなかったのよ。自分が人形の持ち主だと思われたくなかったから」
 百合子ちゃんは同意するようにうなずき返す。僕の見たのはやはり間違いではなかった。あのとき橋の上でなにかを捨てていたのは百合子ちゃん。そしてそのなにかはやはり人形だった。
 しかし、それは加奈子ちゃんによって仕組まれたことだったのだ。
「そして仕上げは今晩だったというわけ。うまい具合に美鈴ちゃんは学校まで自分を捜しにやってきた。なかなか来ないようなら、頃合いを見てラインのメッセージで学校にいることを知らせたんでしょうけど。そして呼び出された百合子ちゃんもここへやってくる。自分が襲われているのは百合子ちゃんのせいだと美鈴ちゃんの目の前で見せれば、美鈴ちゃんは必ず百合子ちゃんを嫌いになる。それで万事終わる。そのはずだったんでしょう? 加奈子ちゃん」
 加奈子ちゃんは嗚咽を繰り返すばかりで、なにも答えることができないようだった。あまりのことに、僕もかける言葉が見つからなかった。
 しかしそんな中で、加奈子ちゃんの背中に手を回したのは、他でもない美鈴ちゃんだった。
 加奈子ちゃんはその感触にびくりと反応し、恐る恐る顔を覆っていた手をずらし、のぞき込んできたその人の顔を見た。
「馬鹿だなぁ。加奈子。どうしてそんな馬鹿なことしたのよ。百合子ちゃんがいたからって、加奈子があたしの親友だっていうことにはなにも変わりはないじゃない。言いたいことがあったなら、相談してくれたらよかったじゃない。あたしたち親友なんだよ?」
 美鈴ちゃんは涙で顔を濡らしながら、加奈子ちゃんに微笑みかけた。
「っ……許して……くれるの……? 私……酷いことしたのに……」
「許すも許さないもないよ。でも悪いことをしたんだから謝らなくちゃ駄目。それからもう絶対こんなことを繰り返さないって約束して」
 美鈴ちゃんは真剣な眼差しで言った。そして、そんな彼女の言葉は加奈子ちゃんの暗く凍っていた心を溶かしたようだった。
「……うん、うん……っ。約束する……っ。みなさん。ごめんなさい! 本当に、ごめんなさい……!」
 加奈子ちゃんは地面に伏せって謝り続けた。月明かりの中、謝り続ける彼女の姿を、僕は一生忘れることができないだろう。
「もういいわよ、加奈子ちゃん。それよりも訊きたいことがあるから顔を上げてくれる?」
 ミナミは先程よりも和らいだ口調で言った。加奈子ちゃんの謝罪の言葉で、少し怒りが治まったようだった。
「あの人形のことなんだけど。どうやって操っていたの? そもそも、どうしてあなたがそんな人形を持っていたの? それはいつごろから?」
 そう。それは僕もすごく訊きたいことだった。
「あれは……知らないうちに私のところにあったの。初めは気持ち悪いと思ったわ。でもいつの間にか私はその人形の虜になってしまった。人形は私の気持ちがわかるみたいだった。私の不満や願いをすごくわかってくれてた。まるで生きてるみたいだった。ううん、あの人形は生きていた。人間の心を持った人形だったのよ。人形は私の言うことをよく聞いてくれたわ。その人の家にも、私が願ったから人形が行ったのよ」
 そう話す加奈子ちゃんの目は、どこか恍惚としていた。それは他の言葉で言い換えるとしたら、取り憑かれていると言ったほうがいいか。そんな彼女の話は、僕の背筋を次第に冷たくしていった。
「手首を切ったときも怖くなかったの。人形がそうしたほうがいいからって言っていたから。あのときは、本当に死んでしまっても構わないとすら思ったの。今考えたら恐ろしいと思うんだけど」
 その台詞に、違和感を感じた。
 違う。
 僕たちは大きな勘違いをしている。
 人形がそうしたほうがいいから?
 死んでしまっても構わない?
 そういえば、あの人形はどこへ行った?
 人形の持ち主は加奈子ちゃんのはずじゃなかったのか?
 くっくっく。
 どこからかくぐもった笑い声が聞こえる。
 あはははは!
 なんだ? この声。人の声みたいだけどどこか違う。
「誠二くん。手出して!」
 すぐ横でミナミの声。
 ミナミが僕の右手を強く握った。
 見たくなかった。
 だけど、ミナミが隣にいたから。
 ミナミが手を握っていたから。
 大丈夫。
 覚悟は決まった。
 そして、笑い声の主に振り返った。

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