人形の輪舞曲(ロンド)

美汐

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第五章 葬礼

葬礼6

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 ミナミのナビの助けもあり、やがて目的の葬儀場にたどり着いた。ちょうど出棺のようで、霊柩車に向かって会葬者が並んでいた。黒や中学校の夏の制服の白がずらりと並んでいる様は、弔事特有の緊張感を感じさせた。
 僕たちは自転車を駐車場の端の方に停めて、さりげなく会葬者の後ろのほうに紛れ込んだ。合掌して頭を下げ、霊柩車が出ていくのを見送る。
 やがて、一般の会葬者がそれぞれ帰り支度をし始めたのを見て、僕たちは行動を開始した。
 来る途中、ミナミから指示されたのは、生徒たちの様子を探ること。そして佐伯百合子に接触し、話を訊くことだった。
 僕は僕、ミナミはミナミで、それぞれ違う場所で生徒たちをさりげなく観察することにした。僕はミナミから離れ、傘で顔を隠しながら周囲を窺った。
 建物の中に見えるのは、親族や学校の教師たちだろう大人の姿がほとんどだった。その中には青山先生の姿も見えた。泣き崩れるようにしているのは池沢くんの母親だろうか。痛々しくて見ているのがつらかった。
 目を背けるように外に目を向ける。周囲でたむろする生徒たちの様子は、一様に暗く、どこか不安げだった。
「なんで飛び降りなんて……」
「ありえないよな……」
 見ると、そこかしこで傘を差しながら、ひそひそと声をひそめて話し合う生徒たちの姿があった。やはり池沢くんの死は事故ではなく、自殺だと考えている生徒も多いようだ。
「私怖いよ」
「やっぱいじめが原因?」
「でもそこまで酷いいじめじゃなかったって」
「やっぱり呪いなのかな」
「このクラス変なことばっかり」
 不吉な台詞が雨音の隙間から聞こえてくる。
「もう嫌だ。学校行くの」
「またきっと誰かが不幸な目に遭う」
「見たらしいよ、例のやつ」
「例のやつってアレ?」
「うん。人形」
 どこからか聞こえてきたその言葉に、鳥肌が立った。
 誰だ? 今言ったの?
「あれ? 間木田さん?」
 顔を上げると、目の前に美鈴ちゃんの姿があった。
「来てたんですか?」
「ああ、うん。さっきね」
 愛想笑いを浮かべようとするが、顔は強張ったままで上手く表情が作れなかった。
「それ、うちの制服ですよね。さては潜入捜査ですか?」
「まあ、そんなところ」
「ミナミさんも来てるんですか?」
「うん。そこに」
 ミナミは建物の玄関付近で、目立たないように立っていた。幸い今のところ誰も部外者とは気付いていないようだ。
「じゃああたし、ちょっと挨拶してきますね」
「あっ。美鈴ちゃん」
 行こうとする美鈴ちゃんを慌てて引き留めたが、そのあとの言葉をなかなか言うことができなかった。
「間木田さん?」
「あ、ごめん。その……佐伯さんて来てた?」
 訊くのをためらったのは、やはり会うのが怖いからだ。
「来てましたよ。まだ近くにいると思うんですけど」
 どこかで来ていないことを期待していた僕は、それを聞いて緊張に身を固くした。なにを怖がっているのだ、僕は。
「あ、そこです」
 美鈴ちゃんの示した先に、彼女はいた。
 傘を差し、雨の向こうの遠くを見つめていた。
 その姿はどこか透明で儚くて。
 それでいてとても悲しげに見えた。
「一緒に行きましょうか」
「あ……うん」
 僕は彼女の姿から目が離せなくて、曖昧に返事をした。
 なんだか彼女がそこにいるということに、現実感が湧かない。あの日見た光景が、夢想の中の出来事のようだったから。幻だと思っていたものが、実際に実体を伴って存在している。そんな不思議な感覚。例えれば、テレビの中の憧れの芸能人が、すぐ目の前にいるみたいな。
「間木田さん?」
 美鈴ちゃんが再び呼びかけてくれたお陰で我に返った。
「ごめん。ちょっとぼーっとしちゃって」
「可愛いからって見惚れてるんじゃないわよ」
 そう言って靴の上から僕の足を踏みつけてきたのは、いつの間にかこちらに近付いてきていたミナミだった。
「痛い! そ、そんなんじゃないんですって!」
 ミナミが足を退けた隙に、慌てて足を引っ込めた。油断禁物。
「ミナミさん、こんにちは。やっぱりセーラー服も似合いますね!」
「ありがとう、美鈴ちゃん。今日は形としては同級生ってことになるわね」
 見た目は同級生でも、中身はライオンとウサギくらいの差がある。なんとも恐ろしい限りだ。
「で、佐伯百合子さんというのはあの子ね」
 ミナミは既に彼女の姿を見つけていた。これから彼女に問い糾さなくてはならないことを思い出して、体が緊張で強張る。
 ミナミは躊躇しないだろう。迷わず彼女に訊くだろう。
 もしその答えが、ミナミの推理した通りだったら。
 もしも彼女の口から、肯定の言葉が出てきたとしたら。
 僕はどう反応すればいいのだろうか。
「これから彼女も誘ってファミレスにでも行きましょうか」
 ミナミのその言葉に拍子抜けして、僕の緊張は一気に解けた。
「ファ、ファミレスですか?」
「だって昼ご飯まだでしょ。すぐそこにあったからそこにしましょう。誠二くん、財布くらい持ってきてるわよね」
「は、はあ……」
 なんとなくポケットの中の財布に危機を感じて、手で確かめた。
「美鈴ちゃんも行ける?」
「あ、はい。適当に済ませるつもりだったんで、大丈夫です。あと友達のところの車相乗りさせてもらうつもりだったんで、それだけ断ってきます。あとからうちの親に電話して車出してもらえばいいですし。ついでに百合子ちゃんも送るように頼んでおきます」
 美鈴ちゃんはきょろきょろと辺りを見回すと、目的の友達の姿を見つけてそこへ走っていった。そして事情を説明し終わると、すぐにこちらへ戻ってきた。
「もうこれで大丈夫です」
「じゃあ決まりね」
 ミナミは明るくそう言った。まあ、ミナミに任せるつもりなのだから、僕はそれについていけばいいか。
「ひとまずお二人はあたしの知り合いということで、彼女には紹介しますね」
 そして美鈴ちゃんは百合子ちゃんのもとへと歩いていった。二言三言言葉を交わしたかと思うと、こちらを振り返る。それにつられるかのように、百合子ちゃんがこちらに視線を向けた。目が合い、どきりとして僕は視線を外してしまった。
「百合子ちゃん。こちらが十倉ミナミさんと間木田誠二さん」
 気付くと、目の前には美鈴ちゃんと百合子ちゃんが立っていた。百合子ちゃんはおずおずとお辞儀をして、自己紹介をしてくれた。
「初めまして。私、佐伯百合子と言います。どうぞよろしくお願いします」
 少し恥じらうような仕草がなんとも可愛らしい。色白で端正に整った顔をしている。紛うことなく、正真正銘の美少女だった。
「よろしくね。百合子ちゃん」
 ミナミはすっと彼女に手を差し出した。百合子ちゃんはその手をおずおずと握る。
 タイプこそ違え、これだけの美少女二人が並ぶとなんというかすごいものがある。近寄りがたいというか、無言の不可侵空間が漂っている。
 更には、ミナミのようなお姉様タイプの横に、こんな可愛らしい少女が並んだりしたらもう。
「あのー。間木田さん?」
 美鈴ちゃんの呼びかけで我に返ると、ミナミと百合子ちゃんは既に先に歩いていってしまっていた。結局僕は彼女とちゃんとした挨拶を交わしそびれてしまった。
「あ、ごめん。行こうか」
 そんな僕に、美鈴ちゃんは不思議そうに首を傾げてみせていた。
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