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第五章 葬礼
葬礼4
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突然のことに、ミナミも熊田も美鈴ちゃんも唖然とした様子でこちらを見つめていた。
「……どうしたの? 急に大きな声出して」
「あ……、いや、その」
僕は、自分でもどうしてこんなにうろたえているのかわからなかった。けれど、どうしても受け入れたくなかった。認めたくなかった。そのことを考えると、胸は苦しいくらいに締め付けられた。
そんな僕を見て、ミナミは意味深な吐息をついた。
「誠二くん。これは仮定の話なの。それが真実かどうかはまだわからない。でもそれが真実であろうとなかろうと、事実は明らかにしなければいけないと思う。……亡くなった池沢くんのためにもね」
ミナミは僕の心を見抜いていた。そして諭してくれた。
そう。ミナミは正しい。
いつだって、どこまでも正しい。
けれど。
正論だからといって、承服できないことだってある。知りたくない事実を、聞きたくもない話を、そうすることが正しいからと、どうして聞かなければいけない?
腹の奥底から湧いてくる拒絶感。
堪えきれずに迫ってくる嘔吐感。
やめてくれ。
聞きたくない。
聴きたくない。
そんなこと、あるわけがないんだ。
彼女が人形を川に投げ落としていただなんて――。
「……さん。間木田さん!」
気が付くと、美鈴ちゃんが横で心配そうに僕の顔をのぞき込んでいた。
「大丈夫ですか? 顔色真っ青ですよ」
「あ……うん。ごめん。大丈夫」
本当はちっとも大丈夫じゃなかった。ムカムカする吐き気でたまらなく酷い気分だった。だが、それ以上に今自分が考えたことに、眩暈がしそうなほどの衝撃を受けていた。
彼女が人形を川に投げ落としていた?
ありえない。
どう考えてもありえない。
一度見ただけの彼女に、なぜこうも断定的にそう思えてしまうのか、自分でもよくわからない。だがどうしても信じられない。
しかし、ミナミの言うとおりそれが可能性としてあるのなら、事実は明らかにしなければならないだろう。
「ミナミさん。中断してすみません。……さっきの続きお願いします」
僕は目を伏せたままそう言った。まるでこれから死刑宣告を受けるような気持ちで、僕はミナミの台詞を待った。
「……じゃあ、言うわよ。これはあくまで仮定の話だと前置きしておくわね。そう、これは仮定の話。誠二くんが見たというその彼女。彼女は橋の上からなにかを投げ落としていた。そのなにかというのが、熊田くんの見た人形と同じものじゃないかって話。それはつまり加奈子ちゃんの見た人形とも同じという意味でね」
ミナミの言葉は、想像していたものと寸分の狂いもなかった。認めるわけじゃない。けれどやはり言葉に出されるとショックだった。
「嘘でしょう……!」
美鈴ちゃんは両手で口を覆い、信じられないというように首を左右に振った。熊田も目を見開いて、驚いた表情をしている。
美鈴ちゃんもすぐに察したのだろう。つまりその事実の意味するところは、加奈子ちゃんを自殺に追いやろうとした人形の持ち主が、その彼女かもしれないということだ。
「あくまでこれは仮定の話よ。ただ、状況だけを見ると、奇妙に一致してしまうの」
「そんな……そんなはずないです! 百合子ちゃんがそんなことするはずない。絶対になにかの間違いです!」
美鈴ちゃんは捲し立てるようにそう言った。まるで、僕の心を代弁してくれているようだった。
「美鈴ちゃん。この世に絶対ってことはないのよ」
幼子に優しく諭すように、ミナミは言う。
沈黙が部屋に漂い、重いなにかが僕らにのしかかっているようだった。
「気持ちはわかるけど、調べる必要があると思う。調べて関係なかったら、それでいいじゃない?」
「……でも、もし本当にそうだったら……」
「そのときは、私が正しいと思うことをするだけよ」
ミナミは静かにそう口にした。誰からともなくその言葉にうなずき、ミナミの顔を見つめていた。その表情は凛として、迷いがなかった。そして惚れ惚れするほどに美しかった。
どんなことになっても、ミナミについていこう。
それがきっと正しい道なのだから――。
「……どうしたの? 急に大きな声出して」
「あ……、いや、その」
僕は、自分でもどうしてこんなにうろたえているのかわからなかった。けれど、どうしても受け入れたくなかった。認めたくなかった。そのことを考えると、胸は苦しいくらいに締め付けられた。
そんな僕を見て、ミナミは意味深な吐息をついた。
「誠二くん。これは仮定の話なの。それが真実かどうかはまだわからない。でもそれが真実であろうとなかろうと、事実は明らかにしなければいけないと思う。……亡くなった池沢くんのためにもね」
ミナミは僕の心を見抜いていた。そして諭してくれた。
そう。ミナミは正しい。
いつだって、どこまでも正しい。
けれど。
正論だからといって、承服できないことだってある。知りたくない事実を、聞きたくもない話を、そうすることが正しいからと、どうして聞かなければいけない?
腹の奥底から湧いてくる拒絶感。
堪えきれずに迫ってくる嘔吐感。
やめてくれ。
聞きたくない。
聴きたくない。
そんなこと、あるわけがないんだ。
彼女が人形を川に投げ落としていただなんて――。
「……さん。間木田さん!」
気が付くと、美鈴ちゃんが横で心配そうに僕の顔をのぞき込んでいた。
「大丈夫ですか? 顔色真っ青ですよ」
「あ……うん。ごめん。大丈夫」
本当はちっとも大丈夫じゃなかった。ムカムカする吐き気でたまらなく酷い気分だった。だが、それ以上に今自分が考えたことに、眩暈がしそうなほどの衝撃を受けていた。
彼女が人形を川に投げ落としていた?
ありえない。
どう考えてもありえない。
一度見ただけの彼女に、なぜこうも断定的にそう思えてしまうのか、自分でもよくわからない。だがどうしても信じられない。
しかし、ミナミの言うとおりそれが可能性としてあるのなら、事実は明らかにしなければならないだろう。
「ミナミさん。中断してすみません。……さっきの続きお願いします」
僕は目を伏せたままそう言った。まるでこれから死刑宣告を受けるような気持ちで、僕はミナミの台詞を待った。
「……じゃあ、言うわよ。これはあくまで仮定の話だと前置きしておくわね。そう、これは仮定の話。誠二くんが見たというその彼女。彼女は橋の上からなにかを投げ落としていた。そのなにかというのが、熊田くんの見た人形と同じものじゃないかって話。それはつまり加奈子ちゃんの見た人形とも同じという意味でね」
ミナミの言葉は、想像していたものと寸分の狂いもなかった。認めるわけじゃない。けれどやはり言葉に出されるとショックだった。
「嘘でしょう……!」
美鈴ちゃんは両手で口を覆い、信じられないというように首を左右に振った。熊田も目を見開いて、驚いた表情をしている。
美鈴ちゃんもすぐに察したのだろう。つまりその事実の意味するところは、加奈子ちゃんを自殺に追いやろうとした人形の持ち主が、その彼女かもしれないということだ。
「あくまでこれは仮定の話よ。ただ、状況だけを見ると、奇妙に一致してしまうの」
「そんな……そんなはずないです! 百合子ちゃんがそんなことするはずない。絶対になにかの間違いです!」
美鈴ちゃんは捲し立てるようにそう言った。まるで、僕の心を代弁してくれているようだった。
「美鈴ちゃん。この世に絶対ってことはないのよ」
幼子に優しく諭すように、ミナミは言う。
沈黙が部屋に漂い、重いなにかが僕らにのしかかっているようだった。
「気持ちはわかるけど、調べる必要があると思う。調べて関係なかったら、それでいいじゃない?」
「……でも、もし本当にそうだったら……」
「そのときは、私が正しいと思うことをするだけよ」
ミナミは静かにそう口にした。誰からともなくその言葉にうなずき、ミナミの顔を見つめていた。その表情は凛として、迷いがなかった。そして惚れ惚れするほどに美しかった。
どんなことになっても、ミナミについていこう。
それがきっと正しい道なのだから――。
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