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49. 対面

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 その階段は、地下に向かって深く深く続いていた。
 ふたりは、階段を注意深く進んだ。

 やがて長い階段を降りきると、今度は、硬い岩盤を掘られて作られた、一本道の洞窟に出た。
 ふたりはそのまま、洞窟を道なりに進むことにした。

(もし天井が落ちてきたら、このままぺしゃんこになってしまうのかな……その時は、朔夜だけでも先に逃げてもらわないと)

 白梅は、洞窟を見渡しながら、そうぼんやりと考えていた。
 しかし、白梅の考えた、洞窟の天井が落ちるといったような恐ろしいことは、起こらなかった。
 道中、ふたりは始終無言だったが、その手はしっかりとお互いを握っていた。

 遠くまで先が見えない闇の中、ふたりの足音だけが鳴り響いている。
 一言声をあげれば、洞窟中に響き渡りそうだった。
 このような状況でも、白梅は、朔夜がいるから怖くはなかった。

(この道は……現王が作ったのかな)

 とてもひとりで作れる代物だとは、思えなかった。
 何人かの作業員を使って、掘り進めたのだろう。

 この先は、一体どこに繋がっているのだろうか。

 しばらく暗闇が続いていたが、やがて前方に、明るい光が見えはじめた。
 さらに進むと、上へと続く階段が現れた。

 朔夜は、白梅の手を強く握った。

(この先に……いるんだね)

 白梅はその手を強く握り返して、目の前の階段を、警戒しながら進んだ。


 ***


 朔夜を先頭に、階段をさらに進むと、明るい部屋に辿り着いた。

 ふたりは、大理石の白い壁や柱で覆われた、厳かな広い空間に出ていた。

 白梅は、光に目を慣らしながら、周囲を注意深く観察した。
 その部屋はとても広く、質の良い敷物に加え、装飾品や旗などで贅を尽くされた場所だった。
 自分たちからは遠く離れた場所に、さらに上に続く段差があり、その壇上の中央には、大きな煌びやかな椅子が一つ置かれている。

(あの立派な椅子は……もしかして、玉座? ここは、王城なの?)

 白梅が歩いてきた洞窟は、なんと、人間の王城へと繋がっていたようだ。

 玉座には、ひとつの人影が座っていた。

 そして、その後ろには、かつて白梅の体が入っていた、黒曜石の結晶とよく似た大きな結晶が浮かんでいた。
 結晶の真下には、長方形の美しい硝子の祭壇のようなものがある。

(あのひとは……?)

 白梅は、よく目を凝らして、玉座に座る者の姿を見た。

 そしてその姿を捉えた瞬間、白梅は息を飲んだ。

 玉座には、頭が布で覆われた男が、足を組んで座っていた。
 その男の顔には、白梅がつい最近、目にしたばかりの狐面が付いている。

(あの、占い師……!)

 玉座には、街で白梅たちに声をかけてきた占い師が、座っていたのだ。
 白梅の記憶と違ったのは、その体に、煌びやかな衣を纏っていることだった。

「あなたが……現王なの?」

 白梅がそう声を上げると、その男は、狐の面を取り外した。
 白い肌と、怪しい光を湛えた紫色の瞳が現れる。

「いかにも……俺は人間を統べる王だ」

 そう言いながら、男は、自身の頭を覆う質の良い布を、ゆっくりと外した。
 現れた男の姿を見て、白梅は思わず息を飲んだ。

「そして俺は、白梅……お前の父親でもある」

 白銀色の髪に覆われた頭の上には、白い大きな三角耳が生えていた。
 その大きな耳は、白梅がとても見覚えがある……自分の猫耳と、非常によく似ていた。

「私の、お父さん……?」

 現王は、なんと白猫の妖獣だった。
 そしてその正体は、白梅の父親でもあった。

 現王が前王を操って、龍族の城を攻め滅ぼしたのであれば……妖獣の長である龍族たちは、本来は味方になるはずの、妖獣の手によって、滅ぼされたことになる。

 朔夜は、男に向かって鋭い瞳を向けている。
 白梅は、唖然と男を見上げて、口を開いた。

「あなたが……龍族の城と、あの村を……」

 そう言いながら、目頭が熱くなってきた白梅は、目を閉じた。
 早少女村の人々が微笑む姿と、苦しんで横たわる姿が、同時に目に浮かんだ。

「どうして、こんなことを?」

「あの女は……最後の瞬間まで、俺のことを見なかった」

 男は背後を振り返り、上を見上げた。
 そこには、大きな黒曜石のような結晶がある。
 その結晶の中には、ひとりの女性の体が入っているのが見えた。

 白梅の頭の中、先ほどの小屋の中の様子がよぎった。
 切り刻まれた布団と、杭に繋がる縄たち……

「あなたがお母さんを……あの小屋に閉じ込めていたの!?」

 男は結晶に近づき触れると、その結晶は弾けて、跡形もなく消えた。
 割れた結晶の中から、一人の女性の体が、宙に舞った。
 中から出てきたのは、金色の髪の毛と、ふさふさの尻尾が九つ生えた、容姿の綺麗な女性だった。

 男はその体を受け止めると、ゆっくりと祭壇の上に寝かせる。

「俺はこの10年の間に、完璧にお前を手に入れる方法を考え、準備し続けた」

 王はそう言うと、不敵な笑みを浮かべながら、白梅に向かって歩き始めた。

「下がれ」

 朔夜が鋭く声をあげた。
 その声を聞いて、白梅は急いで後ろに下がると、直前まで白梅がいた場所に、お札のような紙が飛んできた。

「白梅……お前の魂を取り出し、そこの女の体に移す」

 王は、さらに紙を投げると、陣を起動した。
 地面から、幾何学模様のような図が、光を帯びて浮き上がってきた。
 しかしそれらが起動し終わる前に、朔夜は白梅を抱えると、すぐさま陣の外まで移動した。
 朔夜もどうやら、同じ手には二度かからないようだった。

「白梅、これからお前の魂は、消滅するか、もしくは今お前の中にいる母親のように、ごくわずかな意識を保つだけになるだろう」

 朔夜は、白梅を下ろし、腰の小刀を抜いて両手に構えると、王に向かって駆け出した。
 王は、幾何学模様の描かれた紙を、朔夜に投げつけて応戦した。

 朔夜が紙をすべて切り捨てる間に、王は、広間に飾られていた一本の薙刀を握りしめた。
 朔夜は、相手と距離を詰めると、懐に向かって刃を突き入れた。
 王はその素早い刃を、薙刀で受け止める。

 刃が鍔迫り合い、激しい攻防が続いた。

 白梅は、祭壇の元に向かって走っていた。
 走りながら、注意深く辺りの様子を伺っていると、やがて朔夜の死角の遠方から、一本の吹き矢が放たれるのを捉えた。

「朔夜、危ない……!」

(どうか、間に合って……!)

 白梅は咄嗟に、朔夜の前に出て、自身の体でその矢を受けようとした。

 白梅は、吹き矢に当たる痛みと衝撃が来るかと思ったが、白梅よりもさらに早く、矢と自分の間に現れた存在によって、その体をふわりと抱きしめられていた。

「朔夜……?」

 朔夜は白梅を抱きかかえながら、王と距離を取った。
 白梅を庇った朔夜は、背中に吹き矢を受け、血を流していた。

「ごめんなさい……大丈夫……?」

 朔夜は、白梅を抱いた腕をゆっくりほどき、体を離そうとしていた。
 しかし、突然目を見開くと、白梅の体を強く突き飛ばした。

「あっ!」

 白梅の体は、祭壇とは反対側の壁に向かって遠く放り出されたが、地面にぶつかる衝撃は、不思議とあまりなかった。
 朔夜はその場で崩れ落ちるように、両膝をついた。
 
「っ……」
「お前の体は、植物の成分がよく効くのだったな。その吹き矢には、毒が仕込んである」

 朔夜の体からは、徐々に黒い鱗が生え始め、その姿を龍に変えはじめていた。
 妖獣は、獣化が始まった場合、完了するまでの間は隙が生まれ、完全に無防備な状態となってしまう。

(もしかして……)

 確か、身体に取り込むと獣化が始まる草があったはずだ。
 それは、早少女村が襲われた夜に、朔夜が白梅を助けてくれた時のことだった。

『この草は、体内に取り込むとすぐに獣化が始まり、しばらくは元に戻れなくなる』

(私が昔に食べた、あの草……?)

 朔夜の体は、植物の成分が非常に効きやすいため、成分は身体中にすぐにまわり、その効果は何倍にもなって、朔夜に襲いかかる。
 すでにその姿のほとんどが、龍になりかけている朔夜は、苦しげに咆哮した。

「……!」

 徐々に現れていく、恐ろしくも美しいその姿に、白梅は目が離せなくなった。
 黒曜石のように黒光りする鱗、長くて大きな体、白妙の鋭い牙と爪……
 崇高さと威厳を兼ね備えた、妖獣の頂点に君臨するその存在の姿に、思わず戦慄が走る。

(黒い……龍……)

 黒龍が獣化する隙をついた王は、完全に獣体となる前に、その体を目掛けて、薙刀を振り下ろした。
 黒龍から雄叫びが上がり、赤い血飛沫が吹き上がった。
 さらに追い打ちをかけるかのように、その傷口に向かって、吹き矢が放たれた。

 「朔夜……!」

 白梅は獣化して猫の姿になり、朔夜の元へと必死に駆けたが、その距離はまだほど遠かった。
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