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48. はじまりの場所

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 白梅がすこし落ち着いた頃、ふたりは村長の家の中にあがった。
 今晩の夕食は、早少女村にいた時のように、調理場で作って、家の広間で食べることにしたのだ。

 今夜の食材も、朔夜がひとりで取りに行くと言うので、白梅は、その間に調理場の掃除を行い、布を縫うことにした。 
 久しぶりの家の掃除に、白梅は懐かしく思いながら、気合を入れて綺麗に片付けた。

(またここを掃除して、使うことができる日が来るなんて……)

 調理場は、今でも問題なく使える状態で残っていた。

「よし、とりあえず綺麗になった」

 掃除が終わった白梅は、朔夜がまだ戻っていないことを確認すると、今度は布を取り出して縫いはじめた。
 光沢のある手触りのよい布は、この数日、白梅の手によって徐々に綺麗な正方形に縫われていた。

(このあたりに付けようかな?)

 綺麗に整った布を見ながら、白い糸を使って、白梅はとある刺繍を施しはじめた。
 この数日間、朔夜と過ごした日々を、懐かしく思い出しながら、丁寧にその形を縫った。

「うん、似てるはず……!」

 しばらく経って、白梅は、完成した小さな刺繍を眺めた。

(あとで朔夜に渡そう)

 そう考えながら、布を丁寧に折りたたんで、懐に仕舞った。


 ***


 間も無くして、朔夜が戻ってきた。
 その手には、いくつかの食材を抱えている。

「量は足りるだろうか」
「沢山持ってきてくれたんだね、ありがとう!」

 夕食は、村の皆の分も含めて、沢山の量の鍋料理を作った。

 ふたりは料理を食べ終わると、残った分は中央広場にお供えするために、大きな器にうつして運んだ。
 そして広場に着くと、料理を置いて、墓石に向かって手を合わせた。

(皆、どうぞ、召し上がって……)

 お参りを終えて、白梅は立ち上がった。
 そして、後ろで待っていた朔夜に声をかけた。

「朔夜……これ、手拭いなのだけど、よければ受け取ってほしいの」

 白梅は、黒い光沢のある布を手渡した。
 朔夜が手拭いを受け取り、布を広げると、白猫を模した刺繍が出てきた。

「これは、あなたが?」
「朔夜にもらった白猫の置物を模して、刺繍してみたの……これまで、色々なことをしてくれたお礼を渡したくて」
「有り難くいただくことにする」

 朔夜はしばらく手拭いを眺めると、丁寧に折りたたんで懐に仕舞った。
 白梅は、今度は空いた手元をもじもじとさせはじめる。

「あと……その……ひとつ、朔夜に謝りたいことがあって」
「謝る? 心当たりがないが」

 朔夜は、居心地悪そうにしはじめた白梅を、静かに見下ろした。
 白梅は、その視線に耐えきれず、意を決して口を開いた。

「前にお茶を出して、朔夜が寝てしまった時に……色々と質問してしまったの」
「……一体何を」

 朔夜はそう言いかけたが、口元を押さえて、すぐにかぶりを振った。

「構わないが、可能であれば、意識がある時に聞いてほしい」
「そ、そうだよね……本当にごめんなさい」

 白梅は大いに反省して、しゅんと俯いてしまった。
 その瞬間、風が強く吹いて、白梅の耳を鋭く掠めた。

「あなたとの会話は、覚えておきたい」

 朔夜が風を追うように空を見上げながら、独り言のように小さく呟いた。
 その言葉は、風に吹かれて俯いた白梅には、届いていなかった。


 ***


 村長の家で寝泊まりしたふたりは、次の日、白梅が最初に目覚めた小屋を目指して、さらに進んだ。

「確か、この辺りだったと思うんだけど……あっ」

 白梅は見覚えのある道に辿り着いた。
 最初に出会った男が二人、歩いていた道だ。

 道なりに進むと、古びたとても小さな小屋が現れた。
 その戸口は歪み、たくさんの瓦礫に埋もれている。

「少し離れて」

 朔夜が白梅にそう言うと、自身は小屋に近づき、瓦礫を取り除きはじめた。
 やがて戸口が完全に現れると、朔夜はゆっくりと戸を開いた。
 朝日が差し込んだその小屋は、以前に訪れた時よりも中の様子がよく見えた。

(こんな場所だったんだ……この間は、ほとんど見えてなかったのね)

 中に足を踏み入れると、石や瓦礫だらけの部屋の中に、古びた布団や箪笥と思われる木片などが見つかった。
 生活感のある道具が揃っているので、この場所で、誰かが住んでいたことが想像できた。

 床には、幾何学模様のような図が描かれた紙が、其処彼処に散らばっていた。

「この紙……」

 まるで床を覆いつくさんばかりのその紙を、白梅は一つ拾いあげた。

「……!」

 白梅は、とあるものを見つけると、驚いてその紙を取り落とした。

 紙が落ちていた場所の下から、血痕のようなものがついた、千切れた縄が出てきたのだ。

 他にも落ちている紙をどかすと、床が見え、さらに同じような縄が出てきた。
この縄は、部屋の中のどこかに続いているようだった。

「な、なにこれ……」

 縄が伸びる先を辿ると、部屋の隅の地面に打たれた杭につながっており、杭には、幾何学模様のような図が描かれた紙が貼られている。

 白梅たちは、落ちている紙を拾いながら、他にも縄を見つけた。
 それを辿ると、さらに別の杭に辿り着いた。
 杭は、部屋の四隅と、中央にある布団の枕元に一つ、全部で五つ見つかった。

「どうしてこんなに……?」

 白梅は、部屋の中央にある布団が気になった。

 掛け布団をそっとはぐと、そこにはいくつもの血痕と刺し傷のついた敷布団、千切れた縄たちが出てきた。
 白梅は、口元を押さえた。

「こんなの……まるで……」

 まるで誰かが、布団の上で四肢と首を、縄で縛り付けられていたような……

「酷い……」

 白梅は、自分が今から対峙するであろう存在の、底知れぬ恐怖に触れて、思わず逃げ出しそうになった。
 しかし、自分がなぜここに来たのかを思い出して、なんとか踏みとどまった。

(? 布団の下に、何かある……)

 白梅は、恐る恐る、敷布団をめくった。
 すると、下から引き戸のようなものが現れた。

「こんなところに、どうして戸があるの?」

 その怪しいこと極まりない戸を、白梅は開けようと取っ手に触れた。
 しかし、このまま開けてしまってもよいのか、不安に思った。

 縋るように朔夜を見上げると、その顔はどこか複雑そうな面持ちだった。

(朔夜が止めないってことは、少なくともこの辺りには危険が無さそうなのかな)

 白梅はわずかに安心して、ゆっくりと戸を開けると、そこには、地下へと続く階段が現れた。
 階段は白い石が積まれてできており、下へ向かうにつれて、底が見えないほどに暗い。

 白梅は、ごくりと喉を鳴らした。
 足が震えそうだったが、腹に力を入れて耐えた。

「この下に降りてみようと思う。手燭を貸してほしいな」
「本当に、この先へ?」
「うん……行くよ」

 朔夜は、白梅がこの先に進むことを躊躇っているようだった。
 白梅は、朔夜の瞳を見つめながら、なんとか微笑んだ。

「大丈夫だよ。だって、朔夜が守ってくれるんでしょう?」
「無論」

 朔夜がため息をついて、かぶりを振った。

「私が先に行く」

 朔夜はそう言うと、手燭に火を灯し、階段を降りはじめる。
 そして、少し降りたところで、白梅を振り返り、手を差し伸べた。

「ありがとう」

 白梅はその手を取り、朔夜と一緒に階段を降りはじめた。
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