夜風の紳士と恥じらう純白乙女 〜春告げ唄〜

黒鳥 静漣

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47. 早少女村

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 ふたりは休憩を終えたあと、再び早少女村に向かって歩きはじめた。

 竹林を抜けて少し進んだ場所で、朔夜が声をかけた。

「夜になると思うが、今日中には、早少女村へ辿り着くはず」
「そうなんだ。朔夜のおかげで、思っていたよりも早く来れたよ。案内してくれてありがとう」

 ふたりは早少女村に向かう途中で、以前に立ち寄った、少し大きな村に辿り着いた。

「道具屋で買いたいものがある」

 朔夜がそう言ったので、ふたりは村の中に入ることにした。
 白梅は耳を布で覆って、あまり人に見つからないように、村の様子を少し眺めることにした。

 朔夜は、道具屋に向かい、手燭を一つ手に持って戻ってきた。

「あ、そうか……もうすぐ夜になるから、灯りが必要だね。私も買った方がいいかな?」
「一つあれば問題ない」

 朔夜がそう言ったので、白梅は頷いた。


 その後ふたりは、以前にお世話になった民宿の前に向かった。

「あっ、あの子……!」

 民宿の前に着くと、戸口の前に、白梅と朔夜が火事から助けだした男の子がいた。
 子どもは、宿の前を箒で掃いている。
 やがて白梅に気づくと、慌てて深々と会釈した。

「こんにちは! そんな、頭を下げなくても……普通にしてていいよ」

 白梅が声をかけたが、子どもは顔を上げなかった。
 白梅が困っていると、さらに家の中から、以前に子どもを引き取った青年が出てきた。
 白梅は青年に気がつくと、声をかけた。
 
「こんにちは! この間は、宿とおにぎりをありがとう」
「あぁ、あなた方でしたか!お役に立ったなら良かったです」

 ふたりのやりとりを見て、子どもは白梅に声をかけた。

「この間は、傷をつけてごめんなさい」

 そしてもう一度、白梅に向かって深々と頭を下げる。
 白梅は一瞬、なぜ謝られたのかが分からなかったが、この子どもは、以前に白梅の手に傷をつけたことを詫びているのだと思い至った。

「気にしていないから、大丈夫だよ! あなたは今、ここで暮らしているのね」
「うん」

 子どもが答えると、青年が続けた。

「この子は、毎日よく手伝ってくれて、助かっています」
「そうなの、偉いね!」

 白梅が微笑むと、子どもは頬を少し赤らめた。

 朔夜は、白梅たちの様子を静かに見守っていたが、徐に頭を下げて一礼すると、村の外へ向かって移動しはじめてしまった。

(朔夜は、あまり人と関わりたくないのかな?)

 白梅は、慌てて朔夜を追いかけることにした。

「また来るね。お元気で!」

 ふたりは村を出ると、いよいよ早少女村へと繋がっている道を、歩きはじめた。


 ***


 ふたりが早少女村の入り口に辿り着いた頃、辺りはすっかり夜になっていた。

 朔夜は、先ほど購入した松明に、明かりを灯した。

(とうとう、ここまで来てしまった……)

 白梅は、明かりの灯っていない真っ暗な村を見て、あの日の悲劇を思い出してしまった。

 あの日も、こんな風に暗い村が広がっていたのだ。
 村に足を踏み入れると、よく見知った人たちが、血まみれになって倒れていて……

「……」

 白梅は、先に進みたいのに、ここにきて足がすくんでしまい、なかなか前へ踏み出せずにいる。

 その様子を見ていた朔夜が、静かに白梅へ手を差し伸べた。
 白梅は、朔夜の手をそっと取った。

「ありがとう。行こう……」

 そう言いながら、白梅は一歩、前へと踏み出すことができた。



 村の中は、白梅が思っていたほどの荒れ具合ではなかった。
 建物は崩れて朽ち果てかけているが、道にはごみ一つ落ちておらず、綺麗な状態が続いていた。

 それでもやはり、全く人の気配を感じさせない村は、悲壮感と哀愁を漂わせていた。
 白梅の瞳からは、自然と涙がこぼれ落ちていた。

「この村は……私のせいで……」
「あなたのせいではない」

 朔夜は、大きな耳が垂れ下がった白梅の頭を、優しく撫でた。

 白梅は、朔夜と一緒にこの村に訪れたことを、とても感謝した。
 白梅ひとりだけであったなら、今頃ひとり、村の入り口で泣き崩れたまま、動けなかったのだろう。

「朔夜のおかげで、村に帰って来れたよ……」

 白梅がそう伝えると、朔夜は優しく手を握り返してきた。


 白梅たちは、村長の家に向かった。

 明かりの灯らない大きなその家を見て、白梅は寂しく感じた。
 しかし、戸口から中に入ると、家の中は多少荒れ果てているものの、想像していたよりも酷い有様ではなかった。
 それどころか。

「綺麗になってる……」

 白梅の記憶にあった、人々の血痕などは、跡形も無くなっていた。
 10年も経っていれば、だいぶ様変わりしているだろうと思っていただけに、白梅が住んでいた頃とあまり変わらない様子に驚いた。

 白梅は疑問に思った。
 廃村になったこの村を、今も誰かが、綺麗に保ってくれていたのだろうか?
 白梅は、その人にこの村で出会うことがあったら、お礼を言おうと心に決めた。


 白梅は、家の中にあがり、懐かしく思いながら眺めた。

「ここでね、いつも村長たちとご飯を食べていたの」

 あの暖かな日々の光景が、心に浮かんだ。
 白梅の目からは、また涙が溢れて、頬を伝い落ちた。

「戸口からは、お腹が空いた人たちがやってきて、野菜やお肉やお魚を持ってきている人もいるの。だから、私が料理をして、皆でそれを食べたの」

 村長は、村の皆をいつでも穏やかに迎え入れていた。
 そして、白梅はその様子を見て、思わず笑みを浮かべていたのだ。

「そんなささやかな時間を、皆が楽しみにしていた……」

 白梅は、両手で口元を押さえた。
 嗚咽が溢れてきた。

「笑顔が絶えない、暖かな村だったの……」

 朔夜は、白梅の様子を静かに見守っていた。
 白梅は、溢れる涙を拭った。

「皆に挨拶しなきゃ……」

 白梅は、家の戸口を出て、村の中央広場に向かった。
 確か、あの場所に、村人たちが弔われていたはずだ。



 白梅は、広場に辿り着くと、驚きで目を見開いた。

 白梅が以前建てた墓石は、そのまま残っていた。
 しかし、白梅の記憶と違ったのは、墓石の近くに木が立っていたことだ。
 そして、その木には、沢山の白い梅の花が咲いている。

「梅の花が……こんなところに……」

 白梅が唖然としていると、朔夜が手慣れた様子で、木から少し離れた場所に建てられている灯籠に、明かりをつけた。
 その様子に、彼が初めてこの村に訪れた訳ではないことが、見てとれた。

 一段と明るくなったその場所は、星空の下、白い花びらがこぼれて、幻想的な美しさを醸し出していた。

「もしかして、朔夜がこの村を見ていてくれたの?」

 梅の木を植えて育てたのも、道や家が綺麗になっているのも、全部彼がしてくれたことなのだろうか?

 灯籠を見ていた朔夜は、振り向きながら、ゆっくりと頷いた。
 優しく吹いた夜風は、濡羽色の髪をゆるやかに靡かせ、白い花びらを散らした。
 白梅は唖然として、月光に照らされたその美しい姿を見上げると、自然と涙が溢れた。

「朔夜……」

 白梅が目を覚さない間も、彼のおかげで、きっと皆は寂しい思いをせずに済んでいたのだ。

「本当に、ありがとう……」

 朔夜には感謝をしてもしきれず、何かが溢れてはち切れそうだった。

「私が勝手にしたことだから、礼には及ばない。……皆に挨拶を」

 朔夜は静かにそう言うと、その場に片膝をついて身を低くし、両手を合わせた。
 白梅も墓石の前で両膝をつくと、両手を合わせて祈った。

(皆……もう知ってるかもしれないけれど、となりにいるひとは朔夜です。私は、このひとと、村の皆から、色々なものを沢山貰いました)

 白梅は目を瞑り、大きく息を吸うと、ゆっくりと静かに吐いた。

(みんな、ごめんなさい……そして、ありがとう……)

 白梅の瞳から、涙が溢れて、白い頬を伝った。

(私は明日、きっと、とあるひとに会います。どうか、どうか、見守っていてください)

 白梅の涙が、地面にこぼれ落ちた瞬間。
 ふいに強い風が吹きあがった。
 
 白梅が思わず顔をあげると、沢山の白い花びらが木から散り、そして地面からも舞いあがり、白梅と朔夜を包み込んだ。
 それはまるで、早少女村の人たちが、白梅と朔夜を勇気付けてくれているかのようだった。

(まさか、皆なの……?)

 白梅はその様子を、信じられない気持ちで見つめた。
 金色の両目からは、涙が溢れて止まらなかった。

 白い花びらたちは、しばらくふたりの体を包み込むと、名残惜しそうに、ゆるやかに静まっていった。
 その後も、夜風に乗って優しく白い梅はこぼれつづけた。
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