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44. 互いの髪結い
しおりを挟む白梅はその後、早少女村に向かって歩きながら、珍しい薬草を探した。
糸と針を買うために銭が必要だったが、白梅は無一文なので、換金用にするためだ。
薬草を見つけ、いくらか集まってきたところで、運良く、旅の行商人が通りかかった。
「これはこれは、珍しい薬草ばかりだ。よく手に入りましたね」
「全部買い取ってほしいのだけど……このお店で買うための資金にしたいんだ」
「もちろんですとも」
そう言うと、行商人は薬草の状態を見て、白梅に銭を渡してきた。
薬草は、白梅が思っていたよりも、高値で売れたようだ。
「私自身がちょうど欲しいと思っていた薬草ばかりで、助かりましたよ」
行商人は、白梅にお礼を言った。
白梅は貰ったお金を元手に、今度は行商人の品物を見せてもらった。
その行商人の品揃えはとてもよく、ふたりは、いくつかの必要そうなものを、それぞれ購入した。
「髪紐を直すための糸と針と……あ、そうだ」
白梅は、早少女村までの道中に、朔夜へ何かお礼がしたいと考えていた。
そのような中、豊富な品揃えを見ていると、だんだんと、お礼をするのに良い案が思いついてきた。
(美味しいご飯を作ってあげたいな)
早少女村までは、まだ距離があるため、何度か料理をする機会があるはずだ。
「これとこれと……これもください」
白梅は、さらに調味料と、調理器具や食器をいくつか購入した。
「それと、もう一つ……」
白梅は、追加で、綺麗な光沢のある黒い布も購入した。
その布を使って、とある贈り物を作ろうと思ったためだった。
***
ふたりは、早少女村に向けて歩いていたが、日が暮れてきたので、一旦足を止めた。
そして、休める場所を探し、野宿の準備をはじめた。
朔夜はその場で火を起こし、白梅は手近な食用の野草をいくつか摘んだ。
白梅は、朔夜にお礼の料理を作りたかったので、本当は、食材探しから全てをひとりでやりたかった。
しかし朔夜は、食材探しには、ひとりで行くと言う。
「それなら私も一緒に行くよ!」
「私ひとりだけで問題ない。日が暮れて危険だから、あなたは火の近くで待っていて」
「でも……」
「では、この髪紐を直してほしい」
朔夜はそう言って、髪紐を白梅に手渡した。
白梅はそれを受け取って、しぶしぶと答えた。
「それじゃあ、お湯を沸かして待ってるね」
朔夜は頷くと、森の中に入っていった。
白梅は、川の水を汲んでお湯を沸かしながら、先ほど購入した糸と針を使って、手早く髪紐を直した。
そして、まだ朔夜が戻ってくるまでには時間がありそうだったので、追加で購入した黒い布を縫いはじめた。
しばらく時間が経ち、白梅が布を縫っている途中で、朔夜が戻ってきた。
その手には、ニ匹の鮭と、いくつかの貝や木の実が入った袋、香草などが抱えられていた。
「ありがとう!」
白梅は食材を受け取ると、早速、調理をはじめた。
***
「いただきます」
ふたりは火を囲んで、白梅が作った鮭の香草焼きと、鍋料理を食べた。
白梅の、今晩の力作の料理は、朔夜の評判もよかった。
その後、ふたりは料理を食べ終えると、白梅が淹れた、野草と香草の茶を飲んでいた。
「あ、そういえば、髪紐を直したよ」
「感謝する」
白梅は、髪紐を朔夜に渡そうとしたところで、ふと動きを止める。
ひとつ、思いついたことがあったのだ。
「ねぇ、私が髪の毛を結ってもいいかな?」
「構わないが……」
その答えを聞くと、白梅は早速、地面に座っている朔夜の後ろにまわり、髪に触れた。
濡羽色の髪は、白梅の白い指の上を、さらさらと流れていく。
(綺麗な髪の毛……羨ましい……!)
白梅のふわふわと柔らかく少し癖のある毛とは違った、滑らかな絹糸のような感触に、ずっと触っていたいと思った。
白梅は、昔によく、紗代の髪の毛を結ってあげていたことを思い出した。
そのことを懐かしく感じながら、朔夜の髪を丁寧に結った。
***
(なかなかよい出来なのでは?)
朔夜の髪をひとしきりいじり終えた白梅は、出来上がった傑作をまじまじと眺めた。
そして、朔夜の横に立って、その顔を覗き込んだ。
「あれ……?」
白梅は混乱していた。
なぜか白梅の手によって、絶世の美女が爆誕してしまったためだ。
「朔……!」
白梅は思わず声をあげた。
そこには、少し歳を経て、お姉さんになったような、昔よりも凛々しく……わずかに色気を増した朔がいた。
(あ、朔は朔夜なんだった……)
朔夜の後ろにいた時は気づかなかったが、白梅の傑作の髪型は似合いすぎており、その破壊力は凄まじかった。
さらに、白梅は、その顔を見ようとすればするほど、なぜか直視できずにいた。
白梅のおかしな様子に、朔夜は怪訝そうな目線を向けた。
(傾国……)
白梅の頭の中には、なぜかその二文字が過ぎった。
白梅は急いで朔夜の後ろに立つと、髪紐をほどきはじめた。
朔夜が振り向いて、白梅を見あげた。
「なぜ?」
突然の破壊力が視界に入った白梅は、両手で目を防御しながら答えた。
「ご、ごめんなさい。とても似合ってたんだけど、ちょっと……女の子の結い方をしてしまったの」
白梅は、少し残念に思いながら、髪をほどき、いつも通りの髪型に結いはじめた。
「とても似合ってたんだけど……」
(私の心臓が持たないの……!)
白梅は、いつもの姿に戻った朔夜の様子を眺めた。
幾分か、男性らしさを取り戻した気がする。
白梅はその様子に、ほっと息を吐いた。
朔夜が徐に口を開いた。
「私も、結っても良いだろうか」
「え、私の髪を?」
白梅が首を傾げると、朔夜は至って真面目に頷いた。
どうやら、本気のようだ。
「良いけど……お願いしてもいいの?」
白梅は少しとまどいがちに、自身の髪紐を朔夜に渡した。
朔夜は髪紐を受け取ると、白梅の背後にまわり、白銀の髪に指を通した。
優しいその手つきに、どこか心地よさを感じ、白梅は目を細めていた。
しばらくの後、朔夜は手を止めた。
そして、白梅の正面に来ると、わずかに目を見張った。
さらに、なぜか一歩、二歩と後ずさった。
「朔夜?」
朔夜はしばらくその場から動かずに、白梅を凝視していた。
「とても似合っている」
朔夜は、瞬きをせずにそう言い切ると、再度、白梅の背後にまわった。
「似合っているが、機会を間違えた」
「え……?」
(どういうこと?)
朔夜は白梅の髪に触れて、結われた髪の毛をほどきはじめた。
(私、なんか変だったのかな……?)
白梅は不安になり、朔夜の真意を聞き出すことができなかった。
最終的にふたりは、いつも通りの髪型に落ち着いていた。
***
白梅と朔夜は、交代で川で水浴びをした後、焚き火の近くで眠ることにした。
朔夜が枯れ葉を集めてくれたので、白梅はそこに布を敷いて横たわった。
火の番は交代で行うことにしており、朔夜が白梅を起こしてくれることになっている。
白梅は、今日一日の疲れを癒すために、眠りについた。
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