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40. 再会
しおりを挟む「全部思い出した……」
白梅は、目をゆっくりと開きながら、唖然とそう言った。
朔夜は、少し離れた場所で、腕を組みながら、梅の木に背を預けて立ち、白梅の様子を伺っていた。
その周りでは、数名の女性が声をかけたそうに、彼の姿を遠巻きに見ていた。
成体となった朔夜は、瞳を隠す必要が無いようで、その見目麗しい姿は、惜しげもなく公の場に晒されている。
夜の薄暗さの中とはいえ、月の光に照らされた秀麗さは、黙って立っているだけでも、周囲の気を引いた。
そして、月明かりを浴びた白梅も、ひときわ輝きを放っていたのは言うまでもない。
「朔夜……!」
白梅が、今にも泣きそうな声をあげると、朔夜は、木に預けていた背を離した。
白梅は、朔夜に向かって、小走りで近づいた。
白梅のその、息を切らしてせっぱくした、只事ではなさそうな様子を見て、周囲の女性たちは、名残惜しそうに退散した。
「私が矢に打たれてから……あれから、どのくらいの月日が経ったの?」
白梅は、何かがこぼれ落ちそうになりながら、かろうじて言葉を紡いだ。
「あなたが目覚めた日で、ちょうど10年の歳月が経った」
静かに答えるその声を聞いて、白梅は信じられない気持ちで、朔夜を見た。
震える指先は、無意識に口元を押さえた。
自分の意識がないうちに、10年も歳月が経っていたなんて。
驚くと同時に、とても言葉では言い表すことのできない、形にならない感情が、次々とあふれてくる。
白梅には、彼に対してのこの激情が、一体何であるのかが分からなかった。
色々な感情のような、そうでないようなものが混ざり合い、濁流のように、一気に押し寄せて来た。
それらの全てが受け止めきれずに、この場で倒れてしまいそうだった。
あの時、私のせいで、関係のないあなたまで巻き込んでしまった。
そして、目が覚めた時に、あなたのことを覚えていなくて。
「ごめんなさい……」
私の体を大事に保管してくれて。
10年もの間、私を探してくれて。
私のことを覚えていてくれて。
「ありがとう……」
白梅は、なんとかその言葉だけを紡ぐと、一筋の雫が頬を伝い、落ちてゆくのを感じた。
涙の感覚は、続いていくつもあふれて、次々に白い頬を濡らしていく。
朔夜は、何かを堪えるように目を閉じ、顔を僅かに左右に振ると、白梅の髪を、ゆっくりと撫でた。
「……っ」
白梅は、朔夜に優しくされればされるほど、その場に立っていることができなくなり、足の力が抜けてうずくまった。
朔夜は、視線を合わせるように、地面に片膝をつく。
しかし白梅は、両手で目元を押さえて、子供のように泣きじゃくった。
涙のように次々と込み上げる、この感情の正体が、一体何なのかが分からず、居ても立っても居られなかった。
しばらくの後、朔夜は、白梅に近寄ると、少し躊躇いがちに、涙に濡れた左手を取り、その甲にそっと口付けをした。
「朔夜……?」
朔夜の行動に気づいた白梅は驚いて、その光景を唖然と見ていた。
白くて長いまつ毛には、沢山の虹の雫を湛えている。
「あなたに泣かれてしまうと、どうしたらよいか分からない」
朔夜は、白梅の横顔を覗き込みながら、低い声で呟く。
そして、わずかに首を傾げたので、黒い髪がサラサラと、白い頬の上を滑り落ちた。
白梅は、嗚咽を上げながら、自分もどうしたらよいか分からないといった様子で、左右に首を振りながら、朔夜に尋ねた。
「朔夜、私はどうしたらあなたに償える? どうしたら御礼ができるの?」
その悲痛な泣き声を聞いた朔夜は、白梅を慰めるように、穏やかな瞳で見つめて答えた。
「何もしなくていい。私はただ、あなたが笑った顔を見ていたかっただけ」
月明かりの中、澄み渡った春宵の風にとらわれて、春告げの白い花びらは軽やかに舞い上がり、蒼い光に溶けながらこぼれていった。
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