上 下
40 / 52

39. 宝玉の記憶

しおりを挟む

 白梅の記憶は、ここまでだったが、不思議と続きの記憶が入り込んできた。
 なぜだか胸元のあたりが、暖かく感じはじめる。


***

 白梅の小さな身体が、吹き矢に貫かれて、地面に倒れた。

 朔夜が目を見張った瞬間、そのわずかな隙を突かれた。
 何らかの見えない力に縛られ、体が自由に動かなくなっていたのだ。

(これは、朔夜の記憶なの……?)

 朔夜は、地面に浮き出た幾何学模様のような図の陣によって、身体を拘束されているようだった。
 このような力を、朔夜と白梅は、初めて目にした。
 とても、普通の者に扱えるとは思えない代物だった。

 相手は、まるで、朔夜たちのすべてを知り尽くしているかのように、確実に攻撃を重ねていく。
 その様子からも、只者ではないことがはっきりと伝わってきた。

 朔夜の目の前に、白い猫の体が倒れている。
 その小さな体は矢に貫かれ、赤い血を流していた。


 寸刻の後、さらに複数の人影が、戸口から入ってきた。

 それは、数名の吹き矢隊と、煌びやかな衣をまとった一人の男だった。

「やっと……この時が」

 そう言って、煌びやかな男は、白梅の身体に手を当て、その魂を抜き取ろうとした。

 しかしその瞬間、手を当てた場所から、眩い光が放たれ、白梅の魂は砕けた。
 そして、砕けた魂の欠片たちが、八方に散った。

 男の手には、急いで掴んだ、一つの欠片だけが残っていた。

「クソ……また彼女が邪魔をしたのか!」

 そう言うと、煌びやかな男は、腰の刀を抜いて、隣に立っていた吹き矢隊の男の首をはねた。

 朔夜は拘束されたまま、かろうじて声を絞り出した。

「なぜ……このようなことを……」
「この妖術を受けて、まだ口が利けるのか。流石は最高峰の妖力を持つ龍族だ」

 煌びやかな男は、その瞳に紫色の怪しい光を湛えて、朔夜を見下ろした。

「俺の目的は、最初からお前ではなく、白梅だ。この娘の魂は、母親である九尾の狐の魂と混ざり合っている」

 男は、白梅の体を足で踏むと、軽く蹴り飛ばした。
 それを見た朔夜の目が、血走った。
 体がわずかに揺れたが、拘束は解けなかった。

「娘の魂を消滅させ、狐の魂を蘇らせる。それが俺の目的だ」

 そう続けた煌びやかな男は、その瞳に、狂気の炎を燃やしている。

「もう誰にも邪魔はさせない」

 男の瞳とは対象的に、朔夜の瞳は、氷のように鋭く冷えていった。

「早少女村を滅ぼしたのも……」
「ああ、そうだ。この娘を確実に手に入れるために、病を流行らせ、閉村という名目で兵を送った」

 朔夜の口元から、血が溢れた。
 口内を噛み締めて、傷ができたのだろう。

「あの時は、九尾の狐に邪魔されたがな」
「なぜ、龍族の棲家まで……」

 朔夜がそう問うと、煌びやかな男は、眉をひそめて答えた。

「俺は、狐の女を愛していた。しかし、その女は青龍の男を愛していた。だから殺した」

 青龍は、幼少期より、朔夜の面倒をよく見てくれた、兄同然の、気立ての良い龍であった。
 朔夜は絶句していた。

 しばらく経って、煌びやかな男の瞳から、怪しい光が消えた。
 すると、男は先ほどまでの会話など無かったかのように、

「こいつを牢に連れて行け。他の妖獣達への見せしめにする」

 と、その場にいる者たちへ、指示を出した。


***

 朔夜は、王城に連れていかれ、地下牢に閉じ込められた。

 すぐさま人間たちは、砕け散った白梅の魂の行方についての手掛かりを吐かせるために、生き残った妖獣たちへの見せしめにするために、朔夜に対して、様々な拷問を行った。

 白梅は、流れ込んでくる記憶のその惨状に、思わず目と耳をふさいだ。

 どんな仕打ちに対しても、全く声をあげない朔夜を見て、人々は得体の知れない恐れと焦りに駆られ、躍起になった。

 朝になると、すぐに拷問が始まり、完全に気を失うまでその体は痛めつけられ、人々が去ったあと、意識を取り戻した夜には、ひとり牢の中で何度も血を吐いて、痛み苦しんでいた。
 生死を彷徨うほどの酷い暴行が続き、その体は、外側も内側も傷だらけになり、歩くことはおろか、自分の意思で動かすことすら難しい状態だった。

 朔夜は、身体も精神も擦り減り、何度も事切れそうになる意識を、かろうじて繋いでいた。
 彼の胸の内を突き動かしていたのは、たった一つの想いだった。

「白梅……」

 朔夜は、その後も、様々な質問を受けながら拷問され、痛みと苦しみの日々が数日続いたが、沈黙を守りぬいた。


 しかし、ある日突然、その凄惨な日々は、終わりを告げた。

 その日は、朝から地下牢に、誰一人として訪れなかったのだ。

 朔夜は、瞑想をして妖力を回復すると、牢を破壊して脱出した。
 そして、別の牢屋にうち捨てられていた白梅の身体と、血に濡れた二本の小刀を探しだし、護るように、両腕で抱え込んで走った。

「っ……」

 朔夜は、外傷のみでなく、内臓までもが傷ついているようで、時折前屈みになり、血を吐きながら駆けていた。
 全身の傷口からは、鮮血があふれていたが、それでも、荒い息を苦しげに押しこんで、進み続ける。

 世界が無情にも、彼女のことを忘れさろうとしている只中、何があっても倒れる訳にはいかないとでも言うように、傷だらけの身魂を奮い立たせていた。

 城の中を、身を隠しながら進むと、どうやら城中では騒ぎが起こっている様子だった。

 朔夜は、真っ先に王の元へ向かった。

 しかし、探していた人物を見つけた時には、その者は、玉座と煌びやかな衣を、真っ赤な血で染めあげ、既に何者かに殺された後だった。
 大勢の人間に取り囲まれたその異様な光景は、まるで蜂の巣を突いたような惨状である。

 朔夜は、身を潜めて、遠巻きにそれを確認すると、白梅の身体を、強く抱きかかえ直した。
 吹き抜けから春嵐が舞い込み、艶やかな濡羽色の髪が打ちなびく。
 激しい雨は、血と涙を洗い流した。

 純白の猫を抱えこんだ黒衣の男は、疾風に紛れて力強く駆けだすと、城を後にした。


 その日、巷では『前王が崩御し、新しい王が誕生した』という噂が流れていた。

 朔夜は、誰も寄りつかない岩場の洞窟に、白梅の身体を隠した。
 そして、虹色の玉がついた首飾りを白梅にかけ、身体を封印すると、その場所を拠点に、白梅の魂を探し続けた。

 しかし、何処を探しても、一向に見つけることができず、歳月が過ぎていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

処理中です...