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39. 宝玉の記憶
しおりを挟む白梅の記憶は、ここまでだったが、不思議と続きの記憶が入り込んできた。
なぜだか胸元のあたりが、暖かく感じはじめる。
***
白梅の小さな身体が、吹き矢に貫かれて、地面に倒れた。
朔夜が目を見張った瞬間、そのわずかな隙を突かれた。
何らかの見えない力に縛られ、体が自由に動かなくなっていたのだ。
(これは、朔夜の記憶なの……?)
朔夜は、地面に浮き出た幾何学模様のような図の陣によって、身体を拘束されているようだった。
このような力を、朔夜と白梅は、初めて目にした。
とても、普通の者に扱えるとは思えない代物だった。
相手は、まるで、朔夜たちのすべてを知り尽くしているかのように、確実に攻撃を重ねていく。
その様子からも、只者ではないことがはっきりと伝わってきた。
朔夜の目の前に、白い猫の体が倒れている。
その小さな体は矢に貫かれ、赤い血を流していた。
寸刻の後、さらに複数の人影が、戸口から入ってきた。
それは、数名の吹き矢隊と、煌びやかな衣をまとった一人の男だった。
「やっと……この時が」
そう言って、煌びやかな男は、白梅の身体に手を当て、その魂を抜き取ろうとした。
しかしその瞬間、手を当てた場所から、眩い光が放たれ、白梅の魂は砕けた。
そして、砕けた魂の欠片たちが、八方に散った。
男の手には、急いで掴んだ、一つの欠片だけが残っていた。
「クソ……また彼女が邪魔をしたのか!」
そう言うと、煌びやかな男は、腰の刀を抜いて、隣に立っていた吹き矢隊の男の首をはねた。
朔夜は拘束されたまま、かろうじて声を絞り出した。
「なぜ……このようなことを……」
「この妖術を受けて、まだ口が利けるのか。流石は最高峰の妖力を持つ龍族だ」
煌びやかな男は、その瞳に紫色の怪しい光を湛えて、朔夜を見下ろした。
「俺の目的は、最初からお前ではなく、白梅だ。この娘の魂は、母親である九尾の狐の魂と混ざり合っている」
男は、白梅の体を足で踏むと、軽く蹴り飛ばした。
それを見た朔夜の目が、血走った。
体がわずかに揺れたが、拘束は解けなかった。
「娘の魂を消滅させ、狐の魂を蘇らせる。それが俺の目的だ」
そう続けた煌びやかな男は、その瞳に、狂気の炎を燃やしている。
「もう誰にも邪魔はさせない」
男の瞳とは対象的に、朔夜の瞳は、氷のように鋭く冷えていった。
「早少女村を滅ぼしたのも……」
「ああ、そうだ。この娘を確実に手に入れるために、病を流行らせ、閉村という名目で兵を送った」
朔夜の口元から、血が溢れた。
口内を噛み締めて、傷ができたのだろう。
「あの時は、九尾の狐に邪魔されたがな」
「なぜ、龍族の棲家まで……」
朔夜がそう問うと、煌びやかな男は、眉をひそめて答えた。
「俺は、狐の女を愛していた。しかし、その女は青龍の男を愛していた。だから殺した」
青龍は、幼少期より、朔夜の面倒をよく見てくれた、兄同然の、気立ての良い龍であった。
朔夜は絶句していた。
しばらく経って、煌びやかな男の瞳から、怪しい光が消えた。
すると、男は先ほどまでの会話など無かったかのように、
「こいつを牢に連れて行け。他の妖獣達への見せしめにする」
と、その場にいる者たちへ、指示を出した。
***
朔夜は、王城に連れていかれ、地下牢に閉じ込められた。
すぐさま人間たちは、砕け散った白梅の魂の行方についての手掛かりを吐かせるために、生き残った妖獣たちへの見せしめにするために、朔夜に対して、様々な拷問を行った。
白梅は、流れ込んでくる記憶のその惨状に、思わず目と耳をふさいだ。
どんな仕打ちに対しても、全く声をあげない朔夜を見て、人々は得体の知れない恐れと焦りに駆られ、躍起になった。
朝になると、すぐに拷問が始まり、完全に気を失うまでその体は痛めつけられ、人々が去ったあと、意識を取り戻した夜には、ひとり牢の中で何度も血を吐いて、痛み苦しんでいた。
生死を彷徨うほどの酷い暴行が続き、その体は、外側も内側も傷だらけになり、歩くことはおろか、自分の意思で動かすことすら難しい状態だった。
朔夜は、身体も精神も擦り減り、何度も事切れそうになる意識を、かろうじて繋いでいた。
彼の胸の内を突き動かしていたのは、たった一つの想いだった。
「白梅……」
朔夜は、その後も、様々な質問を受けながら拷問され、痛みと苦しみの日々が数日続いたが、沈黙を守りぬいた。
しかし、ある日突然、その凄惨な日々は、終わりを告げた。
その日は、朝から地下牢に、誰一人として訪れなかったのだ。
朔夜は、瞑想をして妖力を回復すると、牢を破壊して脱出した。
そして、別の牢屋にうち捨てられていた白梅の身体と、血に濡れた二本の小刀を探しだし、護るように、両腕で抱え込んで走った。
「っ……」
朔夜は、外傷のみでなく、内臓までもが傷ついているようで、時折前屈みになり、血を吐きながら駆けていた。
全身の傷口からは、鮮血があふれていたが、それでも、荒い息を苦しげに押しこんで、進み続ける。
世界が無情にも、彼女のことを忘れさろうとしている只中、何があっても倒れる訳にはいかないとでも言うように、傷だらけの身魂を奮い立たせていた。
城の中を、身を隠しながら進むと、どうやら城中では騒ぎが起こっている様子だった。
朔夜は、真っ先に王の元へ向かった。
しかし、探していた人物を見つけた時には、その者は、玉座と煌びやかな衣を、真っ赤な血で染めあげ、既に何者かに殺された後だった。
大勢の人間に取り囲まれたその異様な光景は、まるで蜂の巣を突いたような惨状である。
朔夜は、身を潜めて、遠巻きにそれを確認すると、白梅の身体を、強く抱きかかえ直した。
吹き抜けから春嵐が舞い込み、艶やかな濡羽色の髪が打ちなびく。
激しい雨は、血と涙を洗い流した。
純白の猫を抱えこんだ黒衣の男は、疾風に紛れて力強く駆けだすと、城を後にした。
その日、巷では『前王が崩御し、新しい王が誕生した』という噂が流れていた。
朔夜は、誰も寄りつかない岩場の洞窟に、白梅の身体を隠した。
そして、虹色の玉がついた首飾りを白梅にかけ、身体を封印すると、その場所を拠点に、白梅の魂を探し続けた。
しかし、何処を探しても、一向に見つけることができず、歳月が過ぎていった。
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