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35. 不思議な感情

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 白梅は、また新しい記憶を思い出していた。


 その日の朝、ふたりは街に来ていた。

 朔夜の正体が判明したその後、白梅が朔夜を引き止めて、結局同じ家に住むことになった。
 そのため、近くの街の店で、食料や布などの生活に必要なものを揃えることにした。

 朔夜は、自分が何者かに狙われている身であるため、白梅を案じて住むことに反対したが、白梅が駄々をこねると、強くは出てこなかった。

 白梅は、街の中では朔夜に布を借りて頭に巻き、大きな猫耳を隠している。
 ふたりは大通りを歩き、大きな立派な梅の木を通り過ぎて露店の前を通りかかると、近くから声があがった。

「そこの綺麗なお兄さん、よければ見て行かない? おまけするわよ」

 朔夜は道中、よく女性の客引きに声をかけられていた。
 今の朔夜は、目を布で覆っているとはいえ、それでも容姿から美しさは損なわれていなかった。

(朔夜を見てる……)

 白梅は、どうして今日は、こんなにも女性たちの目線や声がわずらわしいと思うのか、自分でも理解ができなかった。

 ちなみに実際には、白梅も男性たちの注目の的になっていた訳だが、本人は全く気づいていなかった。


 ふたりは街で昼餉を食べることにした。

 白梅が、朔夜に何を食べたいか聞いたところ、特に希望が無かったので、街の中で人気がありそうな定食屋に入り、白梅の好物の白身魚定食をふたり分頼んだ。

(人が沢山いる……)

 その店は非常に混んでいて人が多く、白梅は少しだけお店選びを後悔していた。

「美味しい!」

 しかし、久しぶりに食べた焼き魚の定食は、とても美味しかった。

 白梅は、ご飯が美味しかったので機嫌が良くなり、朔夜に今までに食べた美味しかったものの話をした。
 朔夜はそれを静かに聞き、たまに食材や味についての質問をした。

 性別が変わっても、中身はいつも通りの朔夜だったので、白梅はすっかり安心していた。

 ふと店内を見わたすと、朔夜の容姿を見た女性客たちから、ヒソヒソと何かをささやいている声が、其処彼処で聞こえてきた。

(また朔夜を見てる……)

 白梅は、なんだか面白くない気分になって、徐々に口数が減り、ひとり物思いに耽ってしまう。
 そして、気付いた時には、昼餉の会計は全て、朔夜が支払ってくれていた。

「お昼代まで……悪いよ」
「気にする必要はない」
「ありがとう……」

 朔夜は気にするなと言っていたが、今日の買い出しは、ほとんどの会計を朔夜が払ってくれていたので、白梅は何かお礼がしたいと考えていた。


(あ、あれは……!)

 店を出て、少し歩いたところで、白梅はとある露店の品物に目が止まった。

 そこには、番紅花の茶葉が売っていた。

 番紅花の茶葉は、珍しい上に高級だが、とても身体によいので、女性に大人気のお茶だ。
 白梅も、過去に飲んだことはあるものの、滅多に飲めない贅沢品である。

(後で朔夜に淹れてあげよう)

 白梅はそれを一つ買うことにした。
 その茶葉は先ほど店に卸したばかりらしいが、すでに最後の一つとなってしまい、やはり人気なのだそうだ。
 店主と茶の種類について話していると、なぜか朔夜から冷たい視線を感じた。

 白梅が会計をしている最中、朔夜は一人の女性客引きに付きまとわれていた。

「ねぇ、お兄さん、うちで休んで行かない?」

 その女性は、厚い化粧をしており、露出の高い服を着ている。

 ふたりは気付かないうちに、花街に入っていたらしい。
 どうりで、番紅花の茶葉が売っている訳だ。

 女性が豊満な体を見せつけ、朔夜の体に触れそうになると、朔夜はするりとそれをかわす。

「……」

 その様子を見て、白梅は言いようもない感情が沸々と湧き上がってくるのを感じた。

 朔夜の隣を歩いているのは、自分がいい。
 朔夜の視界には、自分だけが入っていたい。
 他の女になど、朔夜の子を孕ませたくはない。
 もし彼の子を産むのが、自分であったなら……

 白梅はそこまで考えると、はたと我に返って、先ほどまでの自分の思考に、唖然とした。

(私……一体どうしちゃったの?)

 自分の中に、このような仄暗く浅ましい気持ちが、勝手に湧いてくることに混乱した。
 本当に、今日の自分はどうしてしまったのだろう。

 白梅が固まっていると、その様子を見た朔夜は、白梅の手を引いて、元来た道に向かって歩きはじめた。
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