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33. 梅祭り

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 ふたりは宿の外に出た。
 街の中では、梅の花が咲き誇っている。

 大通りは、提灯の明かりにあふれ、大勢の人で賑わっていた。
 どこかから、祭り囃子の音が聞こえてくる。
 春の訪れを告げる、梅祭りが始まっていた。

 いつもは、人通りが多い場所が苦手な白梅も、祭りの日は、人々が思い思いに過ごす姿を見るのが好きだった。
 ふたりはしばらく、祭りの様子を見ていると、突然声をかけられた。

「おや、そこのお嬢さん」

 近くに立っていた男が、白梅に向かって声をかけていた。
 その男は頭を布で覆い、祭りの屋台で購入したと思われる、狐面を付けていた。

 白梅は驚いて、反射的に、朔夜の影に隠れそうになった。

「君の顔には不思議な層が出ていますね」
「か、顔? 層……?」
「どれ、一つ俺が占って差しあげよう」

 白梅は、突然知らない人に声をかけられ、その視線は、思わずどこか隠れる場所を探していた。
 朔夜は、占い師に冷たい視線を投げている。

「う、占い……?」
「失礼、俺はここいらで占い師をしている者です。よく当たりますよ」

 占い師は、懐からいくつかの紙を取り出して、手の中で混ぜ合わせていた。
 そして、一枚の紙を引き当てると、その紙を裏返した。

 紙には、幾何学模様のような図が描かれていた。
 その色は、紫色と桃色が混ざ合い、光り輝いているような、不思議な色をしている。

「ふむ……お嬢さんは一度、ご自分の起源についてちゃんと知った方がよい、と出ました」

 それを聞いた白梅が、ぱちくりと瞬きをしていたところ、占い師は続けた。

「あなたの左腕には、他の者とは少し様子が違う紋章がついているのではないですか?」
「え、どうしてそのことを……?」

 白梅が驚いてそう聞くと、占い師が両手をあげながら、答えた。

「俺は何も知りませんよ。占いの結果がそう告げているのです」
「私の起源……」

 起源というのは、先祖や両親のことだろうか?
 自分は獣体化すると猫になるので、種族はネコ族でほぼ間違いないと思っていたが、本当はイヌ族なのだろうか?

 さらに、白梅は実の両親のことを全く知らなかった。
 幼い頃に早少女村の近くで、ひとりでいたところを村長が見つけたと言っていたが……

 白梅は考え込みながら、こっそり朔夜の影に隠れた。
 そして、そっと視線をあげると、朔夜が眉間に深い皺を寄せ、鋭い眼光で占い師を睨みつけていた。
 その瞳は、わずかに赤く充血しているように見える。

(え……怖い…………)

 周囲の温度が20度くらい下がったように感じて、白梅は凍えながら両腕で身を抱え、朔夜からそっと距離を取った。

「お代は結構ですので、俺はこれにて失礼します」

 占い師は、慌てた様子でそう言うと、そそくさと去って行った。
 白梅はほっと胸を撫で下ろしていたが、朔夜はまだその後ろ姿に対して、強い眼差しを向けていた。


 緊張を解いた白梅は、少しお腹が空いてきたと感じた。
 白梅は覚えていないが、先ほど獣化して猫の姿になったため、妖力を少し消耗している。
 周りに立ち並ぶ露店には、珍しい料理が、沢山並んでいた。

(あの料理はなんだろう、美味しいのかな……)

 白梅は、目の前の露店の料理が気になって見ていたところ、朔夜が店主に近づいていった。
 そして、朔夜は何かを店主に伝えて、お代を払い、料理を二つ受け取った。

 朔夜は、白梅がいる場所に元に戻り、料理を一つ手渡してきた。
 表情はいつも通りに戻っていたので、白梅は安堵した。

「いいの? ありがとう!」

 白梅は目を丸くしながら、御礼を言って受け取った。
 初めて食べるその料理は、柔らかい饅頭の皮の中に肉料理が入ったもので、とても美味しかった。

 ふたりは料理を食べながら歩き、祭りを見て回ることにした。


 露店には、気になる食べ物が沢山あったので、思わずそれらを眺めていると、朔夜は必ず白梅が見ていたものを片っ端から二つずつ購入した。
 ふたりは料理を食べ歩き、特に美味しかった食べ物については、店主にどんな食材を使っているのかを聞いたりもした。

「こんなに沢山買ってもらっちゃって、本当にいいの……?」
「私が試したかった。気にする必要はない」

 そのさり気ない、気の利いた返しを聞いて、白梅は彼の心遣いを有難く受け取ることにした。


「これが梅干し……!」

 途中、白梅と朔夜は、梅干しなる食べ物に遭遇した。
 梅の木の中には、実を沢山実らせる品種があるらしい。
 白梅はその実について、噂では知っていたが、実物を見たり食べるのは初めてだった。

 白梅は、梅干しをそっとつまむと、香りを嗅いだ。
 甘く涼やかな花のような香りが、鼻腔を通り過ぎる。
 ゆっくりとその実を口に運ぶと、衝撃が走り、白梅は目を見開いた。

「酸っぱい!」

 その様子を見て、朔夜も梅干しを口に入れると、二度ほど瞬きをした。

「でも美味しい……!」

 白梅は、興奮したように声を上げた。
 塩味を感じる刺激的な酸っぱさが通り過ぎると、華やかな爽やかな香りが口いっぱいに広がり、続いて舌が包み込まれるような旨みが広がった。
 朔夜も気に入ったようで、白梅の言葉に頷いた。

 白梅は普段、食べる量はそこまで多くなく、どちらかというと少量な方だが、出された料理は食べ切ろうとするタイプだ。
 それは朔夜も同じのようで、ふたりはかなりの量の料理を購入していたが、ほとんどを完食していた。

 その日は、白梅のお腹がはち切れそうになるくらいの量の、料理を買って食べた。
 最終的には、白梅が少し苦しくなって、食べきれなくなってしまい、残りは朔夜が食べてくれた。

 白梅は、いつもより人通りが多い場所であることにも関わらず、今日に限っては大人しくなるどころか、とても上機嫌だった。
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