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27. 本当の名前
しおりを挟む白梅は、先に戸口から家に入り、中を見渡した。
朔はまだ外におり、家の中には、白梅しかいない。
白梅は、自分が立っている場所の、すぐ隣の壁に、洗濯桶が立てかけられていることに気づいた。
そして、自分がもう何日も、衣を洗っていないことに思い至った。
(もしかして、今の私はちょっと汚い……?)
せっかく朔と一緒にいられるのだから、汚い身なりで彼女に嫌われたくはなかった。
白梅は、迷った挙句、女同士だから少しの間ならばよいかと思い、もぞもぞと衣を脱いで肌着姿になった。
その後、戸口から入って来た朔は、白梅の姿を捉えるなり、すぐに目を背け、鋭く言った。
「衣を着て」
「ねぇ、洗濯桶を借りても良い? この衣、何日も洗えてないの」
それを聞くと、朔は自分の衣を脱いで、白梅の方へ押し付けてきた。
白梅は衣を受け取り、お礼を言いながらそれを着る。
衣からは、先ほど嗅いだ、少女の香りがほんのりとした。
「あなたは着ないの? 他の衣はないの?」
白梅がそう聞くと、朔は
「私はいい」
そういい残して、さっさと調理場へ向かってしまった。
白梅は、洗濯桶を借りて、白い衣を洗いはじめた。
その後、白梅が洗濯を終えて、衣を干していると、朔が調理場から戻ってきた。
その手には、ふたり分の夕餉が乗った盆を持っている。
その姿を見るなり、白梅は嬉しくなって朔にまとわりつき、沢山お礼を言った。
(朔の手料理だ……!)
朔の料理は、食材があまり無かったためか、質素ではあるが、味は美味しかった。
白梅は、朔の手料理が食べられるだけで、とても嬉しいのだった。
「すごく美味しかったよ!」
白梅は料理を食べ終わると、満面の笑みで、そう伝えた。
***
その夜、白梅は朔に、色々な話をした。
「朔は、梅の花を見たことはある?」
「ない」
「とても綺麗な花なんだよ。実は、私と同じ名前なの……いつか、一緒に見れたらいいね!」
白梅が微笑みかけると、朔は頷いた。
他にも白梅は、昔の思い出や、先日朔と別れた後に見たものなど、面白いと思った話を、全部聞かせた。
朔は静かにそれを聞きながら、時折、相槌を打ったり、質問を投げかけていた。
家の中は、白梅の鈴を転がしたような、くすくすとした小さな笑い声であふれていた。
白梅が一通り話し終わると、珍しく、朔が少し言いづらそうに口を開いた。
「あなたに、まだ伝えられていないことがある」
白梅が、不思議そうに首を傾げていると、朔は言葉を続ける。
「私の本当の名は、朔夜と言う」
「……さく、や……」
「事情があり、今まで伝えられていなかった」
「朔夜……」
白梅は考え込むように、噛み締めるように、呟いた。
朔夜は、少し眉根を寄せて、白梅を見ている。
「大丈夫だよ。教えてくれてありがとう、朔夜」
白梅は、笑顔で返した。
彼女のことをさらに知れて、嬉しかった。
朔夜の言う、事情というのは少し気になったが、自分から教えてくれるまでは、聞かないことにした。
その後も、長いこと話して、夜になったので、ふたりはそろそろ寝ることにした。
「寝床を使って」
朔夜はそう言って立ち上がると、寝床から少し離れた壁に寄りかかって座り、寝ようとした。
「待って! 一緒に寝ようよ」
白梅は、慌てて朔夜を追いかけ、腕を引っ張って、無理やり立たせようとする。
しかし、朔夜がなかなか立ち上がらなかったので、白梅は隣に座り込んで、言った。
「じゃあ、私もここで寝る」
「それは駄目」
朔夜が頑ななので、白梅も頑なになって、
「それなら、朔夜も一緒に寝てくれるなら寝床に行く……!」
と言うと、朔夜が諦めた様子で、ふらりと立ち上がった。
ふたりは、一つの寝床に収まった。
朔夜は、白梅とは反対を向いて、横になっていたが、就寝の挨拶には応えてくれた。
そういえば、先ほども、家に泊まりたいと白梅が駄々をこねた時、朔夜は拒絶した後に、譲ってくれたことを思い出した。
白梅は内心、朔夜にとても感謝していたが、同時に、嫌われていないかと、心配になった。
朔夜と仲良くなりたいと思っているのは、白梅だけで、実は朔夜の方は、自分のことを迷惑だと思ってはいないだろうか……
(朔夜にちゃんと謝って……お礼を言わないと……)
いつしか白梅の金色の瞳は、心地よい疲労でとろんと潤んだ。
そして、長い睫毛に覆われた瞼が、徐々に降りていき、小さな寝息を立て始めた。
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