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18. 妖力枯渇症状
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妖獣は、妖力が枯渇しかけた時に、回復しようとする働きが、体に備わっている。
『妖力枯渇症状』と呼ばれるそれは、生存本能として出る症状で、食欲、睡眠欲、性欲のうち、いずれかの強い生理的欲求が起こる。
飢餓、睡魔、発情……
この三つのうち、どれか一つの欲求不満が起こり、さらにその欲望を満たすことで、妖力の回復を図る。
三つの欲求のうち、どの症状が起こるかついては、個人差がある。
白梅は、妖力枯渇症状を起こしていた。
症状を起こしてからの記憶は、あまりない。
少しだけ意識を取り戻した時、白梅の身体は横になっており、頭は、枕に乗せられているようだった。
その枕は暖かく、弾力があって、柔らかかった。
白梅は、朧げながらも、身体のとある一点が、徐々に焼けるように熱くなってゆくのを感じる。
身じろぐと、かすかに、澄んだ可憐な花のような香りを嗅いだ気がした。
「……っ」
白梅は、熱に浮かされているうちに、腰のあたりから、心地よい波が、全身に行き渡っていくのを感じた。
そして、その快感を追い求めているうちに、頭が真っ白になり、再度意識を失った。
次の日の朝、白梅は、小屋の寝床に横たわった状態で、目が覚めた。
しかし、朔の姿はどこにも無かった。
***
「俺は、この子の母親の幼馴染です……」
男性の話し声が聞こえてきたので、白梅は、少し意識が覚醒した。
(そうだ、私はさっき火事の中に飛び込んで……朔夜に助けられたんだった)
白梅は目を覚ますと、左目をこすりながら、上半身を起こした。
「この子はもともと孤立しがちだったのですが、先日、母親をなくして、さらに塞いでいたようです。俺はこの子が無事なのか、とても気がかりだったので、娼館が焼けたと聞いて、急いで駆けつけたのです」
聞き覚えのない男性の声が、そう続けたので、白梅は顔を上げた。
(誰……?)
目の前には、朔夜が腕を組んで、半分白梅に身体を向けて立っており、見知らぬ若い男を見ていた。
先ほどまでの態度とは異なる、少し無愛想なその様子に、白梅は、内心首を傾げる。
朔夜の前に立つ男は、小綺麗な身なりをしており、その表情は、快活で朗らかな印象を受けた。
「この子は俺が引き取ります」
男が、はつらつとそう言うなり、すぐに朔夜は寝かせていた子どもを抱き上げて、男の前に差し出した。
男が、子どもを抱きあげながら、白梅を見て言った。
「あなたは、先ほどニ階の窓へ飛び込んだ白猫さんでしょう。己を顧みないあなたの勇気に、俺は感銘しました」
「あ、えっと……」
白梅は、先ほどの火事の現場には、沢山の人が居合わせていたことを思い出した。
咄嗟の判断とはいえ、沢山の人の前で、獣化してしまった事を思い出し、顔が徐々に熱くなっていくのを感じた。
男を見ていた朔夜の視線が、さらに冷たくなっていた。
「白猫の妖獣にも、あなたのような良い方がいるんですね。この子の代わりにお礼を言います。本当にありがとうございました」
「いや、そんな……」
男は、朔夜の視線には気付いておらず、はきはきとそう言った。
白梅は、羞恥の中、さらにお礼を言われた事に、固まっていた。
(私も、朔夜がいなかったら、今頃どうなっていたことか……)
先ほどの出来事を思い出して、白梅は身震いをした。
しかし、助けた子どもを、男が抱える姿を見ていると、その胸の内に、喜びが沸々と込みあげてきていた。
「ところで、おふたりは今夜泊まる場所はありますか? うちは民宿をしているので、部屋をお貸ししますよ」
男がそう言うと、朔夜はわずかに目を細めた。
白梅は、今夜の寝床がないことに気がつき、二つ返事でお願いをした。
「本当? 部屋を借りれると有難いな。寝る場所だけがあればいいのだけれど」
「それでしたら、部屋を二つ用意しますよ。お代も結構です」
しかし、白梅は、一つ気がかりなことがあった。
「でも、私は白猫だから、この村では歓迎されてないみたい。迷惑にならないかな?」
「明日もこの村に長く滞在される予定ですか?」
「ううん、朝すぐに出ていくよ」
「であれば、早朝の誰もいない時間に、この村を出ていかれれば問題はないと思います。勿論、俺は誰にも言いません」
それを聞くと、ふたりは、子どもを抱えた男に案内されて、民宿に泊まった。
次の日の早朝、民宿を出発しようとしたところ、部屋の前に、おにぎりが二つ用意されていた。
そのおにぎりを有り難く頂戴して、ふたりは宿を後にした。
『妖力枯渇症状』と呼ばれるそれは、生存本能として出る症状で、食欲、睡眠欲、性欲のうち、いずれかの強い生理的欲求が起こる。
飢餓、睡魔、発情……
この三つのうち、どれか一つの欲求不満が起こり、さらにその欲望を満たすことで、妖力の回復を図る。
三つの欲求のうち、どの症状が起こるかついては、個人差がある。
白梅は、妖力枯渇症状を起こしていた。
症状を起こしてからの記憶は、あまりない。
少しだけ意識を取り戻した時、白梅の身体は横になっており、頭は、枕に乗せられているようだった。
その枕は暖かく、弾力があって、柔らかかった。
白梅は、朧げながらも、身体のとある一点が、徐々に焼けるように熱くなってゆくのを感じる。
身じろぐと、かすかに、澄んだ可憐な花のような香りを嗅いだ気がした。
「……っ」
白梅は、熱に浮かされているうちに、腰のあたりから、心地よい波が、全身に行き渡っていくのを感じた。
そして、その快感を追い求めているうちに、頭が真っ白になり、再度意識を失った。
次の日の朝、白梅は、小屋の寝床に横たわった状態で、目が覚めた。
しかし、朔の姿はどこにも無かった。
***
「俺は、この子の母親の幼馴染です……」
男性の話し声が聞こえてきたので、白梅は、少し意識が覚醒した。
(そうだ、私はさっき火事の中に飛び込んで……朔夜に助けられたんだった)
白梅は目を覚ますと、左目をこすりながら、上半身を起こした。
「この子はもともと孤立しがちだったのですが、先日、母親をなくして、さらに塞いでいたようです。俺はこの子が無事なのか、とても気がかりだったので、娼館が焼けたと聞いて、急いで駆けつけたのです」
聞き覚えのない男性の声が、そう続けたので、白梅は顔を上げた。
(誰……?)
目の前には、朔夜が腕を組んで、半分白梅に身体を向けて立っており、見知らぬ若い男を見ていた。
先ほどまでの態度とは異なる、少し無愛想なその様子に、白梅は、内心首を傾げる。
朔夜の前に立つ男は、小綺麗な身なりをしており、その表情は、快活で朗らかな印象を受けた。
「この子は俺が引き取ります」
男が、はつらつとそう言うなり、すぐに朔夜は寝かせていた子どもを抱き上げて、男の前に差し出した。
男が、子どもを抱きあげながら、白梅を見て言った。
「あなたは、先ほどニ階の窓へ飛び込んだ白猫さんでしょう。己を顧みないあなたの勇気に、俺は感銘しました」
「あ、えっと……」
白梅は、先ほどの火事の現場には、沢山の人が居合わせていたことを思い出した。
咄嗟の判断とはいえ、沢山の人の前で、獣化してしまった事を思い出し、顔が徐々に熱くなっていくのを感じた。
男を見ていた朔夜の視線が、さらに冷たくなっていた。
「白猫の妖獣にも、あなたのような良い方がいるんですね。この子の代わりにお礼を言います。本当にありがとうございました」
「いや、そんな……」
男は、朔夜の視線には気付いておらず、はきはきとそう言った。
白梅は、羞恥の中、さらにお礼を言われた事に、固まっていた。
(私も、朔夜がいなかったら、今頃どうなっていたことか……)
先ほどの出来事を思い出して、白梅は身震いをした。
しかし、助けた子どもを、男が抱える姿を見ていると、その胸の内に、喜びが沸々と込みあげてきていた。
「ところで、おふたりは今夜泊まる場所はありますか? うちは民宿をしているので、部屋をお貸ししますよ」
男がそう言うと、朔夜はわずかに目を細めた。
白梅は、今夜の寝床がないことに気がつき、二つ返事でお願いをした。
「本当? 部屋を借りれると有難いな。寝る場所だけがあればいいのだけれど」
「それでしたら、部屋を二つ用意しますよ。お代も結構です」
しかし、白梅は、一つ気がかりなことがあった。
「でも、私は白猫だから、この村では歓迎されてないみたい。迷惑にならないかな?」
「明日もこの村に長く滞在される予定ですか?」
「ううん、朝すぐに出ていくよ」
「であれば、早朝の誰もいない時間に、この村を出ていかれれば問題はないと思います。勿論、俺は誰にも言いません」
それを聞くと、ふたりは、子どもを抱えた男に案内されて、民宿に泊まった。
次の日の早朝、民宿を出発しようとしたところ、部屋の前に、おにぎりが二つ用意されていた。
そのおにぎりを有り難く頂戴して、ふたりは宿を後にした。
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