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16. 悲しみと復讐について

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 その日、白梅は、小屋から山道を降りて、村へ買い物に来ていた。
 朔に、何か欲しいものがあるか聞いたところ、今日は珍しく、布を大量に欲しがったためだ。
 しかも、清潔なものがいいと言う。

 白梅は、なんとなく事情を察してやり、布の他にも、暖かそうなひざ掛けサイズの布団と、新しい衣や肌着なども買ってやった。

「これとこれもください」

 この道具屋は、白梅がこの村によく来るようになってから通っている店の一つで、慣れた様子で注文した。


***

 その日の朝は、白梅は、いつもより少し遅めに起きた。

 朔はすでに起きており、寝床に座っていたが、昨日までと違い、随分と顔色が悪く見えた。
 ただでさえ白い顔が、今日はさらに、血の気が引いたように青白かった。

「大丈夫? 具合が悪いの?」

 そう白梅が聞いたところ、朔は答えなかったが、自身の身体を抱え込むように置いていた手に、ぎゅ、と力を込めた。
 白梅はその様子を見て、急いで暖かい茶を淹れてやり、薬を作ってから、村へ出発したのだった。


***

「ただいま。買ってきたよ」

 白梅は小屋に戻ると、頼まれていた布を、朔に渡した。
 朔が布を受け取るのを見て、続けて話しかけた。

「他にも何かと必要かなと思って、色々買ってきたよ」

 白梅は、話しながら、鞄をごそごそと漁りはじめ、一つの小包を探り当てる。

「あげる。使ってね」

 そう言うと、小包の袋を開いて、品物を次々に取り出し、相手に渡そうとした。

 しかし、それらを見て、朔はわずかに眉をひそめただけで、なかなか受け取らなかった。
 そのため品物は、とりあえず枕元に置くことにした。

 白梅は、別にこの少女から感謝されたいとは、思っていなかった。
 しかし、こちらのお節介であるとはいえ、何の反応も貰えないと、それはそれで寂しいなと思いながら、小さく息をついた。

 ところが、驚いたことに、朔は白梅をしっかり見据えると、丁寧に頭を下げてきたのだ。

「恩に着る」

 白梅は、何かの見間違いかと思い、何度か瞬きしていた。
 朔は今まで、睨むか、視線を逸らしているかのどちらかだったので、初めて普通に、自分を見てもらえた気がした。

「き、気にしないで……!」

 しばらくの後、朔は頭を元の位置まで上げると、窓の方を向いて目を閉じて、動かなくなってしまった。
 白梅は、今のはきっと自分の見間違いなどではないと思い至り、満面の笑みで調理場に向かった。

 朔はその後、横になって休むか瞑想をして過ごし、回復に専念しているようだった。
 幸い、薬がよく効く身体のためか、午後にはずいぶん顔色がよくなっていた。


***

 その日の夕ご飯は、朔の体を気遣って、白梅が暖かい汁物を作り、ふたりで食べた。

 鳥肉や野菜を入れ、丁寧に鳥の出汁を取って作るその料理は、早少女村の郷土料理だ。
 体を温めて、元気が出る、白梅の自慢の料理だった。

 懐かしいその味に、食べ終わる頃には、白梅の目から、沢山の涙があふれていた。
 先に食べ終わった朔は、黙ったまま白梅を見つめている。

「私は、早少女村の人たちに育てられたの。この料理は、村でよく作られていた料理なんだ」

 それを聞くと、朔は、少し言いよどむように、口を開いた。

「早少女村は、今……」
「そう、皆いなくなった。噂では、黒龍が犯人なんだって……」

 そう白梅が言うと、その場には、重い空気が流れた。
 しばらく経って、朔が言った。

「その黒龍に復讐は?」

 さらっと聞いてきたその質問に、白梅は、少し驚いてしまった。
 復讐……白梅は考えてもみなかったが、同じ状況で、その選択肢を取る人がいるのかもしれない。

「復讐は……しないと思うよ」
「なぜ?」 

 朔は、さらに質問を重ねてきた。
 その様子に、珍しく興味を引いているんだな、と思いながら、白梅は答えた。

「勿論、許すことはできないよ。でも、私は今、生きているから……」

 朔が、怪訝そうに見てきたので、白梅は続けた。

「私にはもう何も残って無かったけれど、それでも助けて勇気付けてくれたひとがいたんだ。今は、そのひとに恩返しがしたいかな」

「もし、黒龍に出会ってしまったら?」

 白梅は、すぐには答えられなかった。
 もし、村の人たちに手をかけた存在を前にした時、自分は一体どうしたいのだろうか。

「本当に黒龍がやったのだとしたら、どうして同じ妖獣なのに、こんな酷いことをするのって不思議に思う。だから、まずはちゃんと理由を聞いてみたいかな……」
「私には、あなたの言っていることが理解できない」

 朔は真っ直ぐにこちらを見て、大真面目に言い放った。
 どこか苦しげなその様子に、朔が何かに悩んでいるように見受けられた。
 白梅は、先ほどから気になっていた質問を投げてみた。

「朔には、復讐したい相手がいるの?」
「いる」

 やはり、と白梅は思った。
 過去に、何か辛い出来事があったのだろう。
 こんなに綺麗で可憐な女の子が、復讐したいと言うなんて、とても悲しいことだと白梅は思った。
 朔は、続けてこう言った。

「でも、あなたの意見が聞けて、よかったと思う」

 朔はそう言って、椀を片付けはじめた。

「とても美味しかった」

 その言葉を聞いて、白梅は悲しみを飲み込むと、ふわりと微笑んだ。
 
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