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本編

ただ見惚れていただけなのに

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兄犬も連れて森へやってきた。
ここは思い出の地だ。
そう。
ギル兄様と初めてお会いした神聖な場所である。
とは言っても、その場所から更に奥へ進んだ湖畔が目的地だ。
自分はまだ見た事はないのだが、とても綺麗な場所らしい。

「おみじゅ、あしょぶ?」

自分の運動神経で、果たして泳げるだろうか。
ギル兄様の前で溺れないかだけが心配だ。
なにせ、自分は前科持ちである。

あれはまだ、お屋敷に慣れていなかった頃の話だ。
ギル兄様と一緒に入っていたお風呂で自分は浴槽に沈んだ。
別にはしゃいでいた訳でもない。
ギル兄様が身体を洗ってくれた後、先に浴槽に入れてくれたのだ。
足元には踏み台も設置してくれていて、広い浴槽だったが問題なく入れていた。
ギル兄様が身体や髪を洗っている間、自分は大人しく待っているつもりだったのだが、あまりにも麗しいお姿を目に焼き付けようと瞬きも忘れて凝視していたのがいけなかった。
ギル兄様が自分を気にしてずっと話しかけてくれていたし、鏡越しに目も合っていたのだ。
ニコニコと笑っているギル兄様が尊すぎて、思わず手を振ってしまったのが失敗だったと今ならわかる。
それまでは浴槽の淵にしっかりと捕まっていたのに、急に手を離し思い切り振ったのだ。
ゆっくり振ったのではない。
両手を万歳して思い切りダイナミックに振った。
真剣にギル兄様を凝視しすぎた結果、一瞬で自分が何処で何をしていたのか忘れてしまったのだ。
そして、そのまま足を踏み外し踏み台から見事に後ろ向きで落下し、浴槽へ沈んでいった。
幸いにもギル兄様がすぐに救出して下さったので、溺れてはいない。
ただ、沈んだだけだ。

だが、ギル兄様はそれがトラウマにでもなってしまったのか、自分が水の近くに寄るとすぐに抱っこで回避するようになってしまった。
もちろん今でもギル兄様と一緒にお風呂に入っているが、浴槽へは一人では入れない。
ギル兄様が身体を洗っている間は、その横で泡が異常に出てくるオモチャで遊んで待っているのだ。
その泡が多分魔法なのだろうが、お湯と同じくらい温かいので全く寒くないし、その泡でギル兄様の背中を洗う事も出来るので至福の時間だ。

そんな自分が湖で溺れたりしたら、大変な事になってしまう予感がする。
しかも、過保護な熊と虎も一緒なのだ。
お庭の噴水にすら近付けなくなったら、移動が出来なくなってしまうので困った事になるだろう。

「今日はお水遊びはダメだよ。お家で泳ぐ練習をしてから遊ぼうね。…そうだな、足や手をつけるだけにしようか」

それはアレですか。
キャッキャ、ウフフと掛け合うアレをしても良いという事ですか?
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