ブチ切れ世界樹さんと、のんびり迷宮主さん

月猫

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303 闘争からの逃走②

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 世界樹側が避難場所と呼称するその場所は、アルベリオン王国から貰い受けた奪った領地につくられた地だ。嘗ては豊かな山林が生み出す山の幸で栄えていたが、無理な伐採を繰り返し、やせ細り、国とその地を治める領主から無価値と評されていた。

 それが今ではどうだろう……木と石で作られた、砦の如き巨大建造物。隅々まで舗装された広い通路。飢えも不自由もない豊かな物資。常に警備の目が光り、住民は自由に生活できながらもその治安は良好。
 人種も様々で、アルベリオンの国民である草人だけではなく、武装したアルサーンの獣人達が巡回し、商人の中にはバラン商会の丘人が金勘定に勤しみ、白い法衣を纏った人種不明の者が佇んでいる。
 アルベリオン国土と比較して圧倒的に狭いこの地であるが、アルベリオン国内から集まった国民全てを住まわせ生かす、奇跡の地と変貌を遂げていた。

 その奇跡を象徴するかの如く、山脈の頂に掛かった分厚い雲の隙間から時たま巨大な影が覗く。山脈を超え、更に遠方からですら確認できる、圧倒的な存在を認識した人々は、その雄大さに感動し、その巨大さに畏怖し、その狂気に恐怖し……膝を付く。

 それこそが世界樹。この地の支配者であり、世界の一部だ。

 何故これに手を出したのかと、今のアルベリオンを見限る者も多く、この機を逃すものかと野心に燃える者も居れば、イラ教の暴虐に晒された異教の者達に至っては、特に辺境の地に多い精霊信仰は、その姿に心奪われ改宗する者が現れる程である。

 そんな街中を、他とは異彩を放つ一団が。

 場所は街中の巨大建造物、詰まるところデパートの一角で、装飾品を前に姦しくしている三人の女性と一体の黒い獣、その中心に小さな女の子が一人いた。

「姫様、こちらは如何でしょう。姫様のお美しい御髪に見劣りしないかと」
「こちらは如何でしょう? 見て下さいましこの石を、色も大きさも、余所では見たことがありませんわ」
「それは流石に派手ではないかしら? 寧ろ姫様のお美しい御身を隠してしますわ」
「あ、じゃぁ姫ちゃん、これとかよくない? 絶対に似合うと思うのよ。お姉さんが買ってあげる!」

 三人はアルベリオン王国の姫、ローズマリー付きの侍女。
 黒い獣は、護衛として付いてきたキョクヤ。
 その中心で着せ替え人形の様に大人しく着飾られているのは、ローズマリー・クリア・サン・アルベリオンその人である。
 護衛としてエミリーも同伴しているが、そちらは役目を自覚し、周囲を視界に収める様に一歩下がり、警戒に当たっている。

 ……時間は少し遡る。

 余裕のできたローズマリー姫は、世界樹の中から<転移陣>を利用し、避難場所である街へ、滞在している侍女に会いに来ていた。場所は、ローズマリー姫の関係者に宛がわれた、集合住宅の一室。ローズマリー姫の回復した姿を目の当たりにした侍女たちは、涙ながらに祝福し迎え入れた。

 だが彼女らは、着の身着のままで逃走したこともあり手持ちに何もなく、通された部屋は備え付けの棚や机などがある程度の、質素なものだった。ローズマリー姫は気にする様子を見せなかったが、侍女の方は申し訳なさで一杯となっていた。

 だが、そこは王族付き従者。主に悟られる様な失態を犯す様な真似はせず、顔や態度には出さない……が、魔力の流れは如何ともし難い。それこそ、魔力の流れを見る事の出来る者からすれば、バレバレである。

「何にもないわね~」
「そうですわね。最低限の設備は揃っているのでしょうか? 不自由はありませんか?」
「え? あ、はい、問題は……」
「無いんだったら揃えればいいのよ。今からみんなで買い物に行きましょう」

 そんな侍女たちの様子魔力の流れを見て、キョクヤが提案する。

 始め、口を利く魔物の登場に慌てた侍女たちであるが、そんな扱いにも慣れたもの。キョクヤは気にする様子もなくローズマリー姫を尾で引っ張り上げ、慌てて付いてきた侍女たちと共に外に出る。
 建物の外へ出ると同時に、外で待機していたエミリーに、ローズマリー姫へのぞんざいな扱いを注意される一幕などを挟みつつ、買い歩き……現在に至る。

 会計を済ませ、ホクホク顔で店を後にする一同であるが、そんな中、不安げな様子のローズマリー姫が、キョクヤの顔に擦り寄り小声で話しかける。

「あの、キョクヤ様。沢山買われていますが、その、大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫、大丈夫。侍女あの人たちにも言ってあるけど、気にすること無いわよ。私、そこそこ貰ってるから、意外とお金持ちなのよ。世界樹の中とか周辺で生きてると使う機会もないし、使わせてよ」

 前世含めて、豪遊なんてできるとは思ってなかったものと締めくくるキョクヤ。その楽しそうな姿を見て取り敢えずローズマリー姫は納得し、視線をエミリーへと向ける。

「ウォーは、いつものドレスでは無いのですね」
「慣れるために常時装備していましたが、流石にあの派手な装備は人目に付きすぎます」
「真赤だもんねぇ」

 デパートから出ると、外で待っていたレックスが出迎える。

「なげぇ……」
「はいはい、ぷーたれないの」

 キョクヤが尾に持った荷物を、既に荷物で山積みのレックスの背に乗せる。その大半が日用品であるが、買い物に掛けた時間の大半が衣装や装飾品などに費やされているのは……まぁ、仕方がないことだろう。

 大型の魔物も余裕をもって通れるほどに広い通路を並んで歩む。

 先頭をエミリーが歩き、後に続く様にローズマリー姫が歩く。左右をレックスとキョクヤが挟む様に壁になり、背後に侍女……と、キョクヤの尾がカバーする。

 和気あいあいとしながらも、警戒態勢を緩めず帰路に就く。その表情は皆満足げだ。

「その、ドラゴンさん有難うございます。重くはありませんか?」
「うん、まぁ平気だ……その新しい髪飾り、似合ってるな」
「そ、そうですか? 有難うございます……えへへ」

 荷物持ちとして扱われるレックスであるが、ローズマリー姫の配慮に癒され、他とは違う純真さにほっこりするも、エミリーの鋭い視線がレックスに突き刺さる。

「おいレックス……なにローズマリー様に色目を使っている?」
「ただ褒めただけじゃん、何で怒ってんの?」
「前々から思っていたが、お前はそういう気質があるな? ん? 前にも道行く婦人を口説いてなかったか? 私の騎獣として、軟派は許されんぞ? んん?」
「いや、あの人は道に迷っていただけだし……」

 ギリギリおろおろ……一人が一体を小突き、他はまたやっていると、生温かい視線を向けていた。

「良い場所……なのでしょうね」
「? そうね」

 ローズマリー姫が漏らした言葉に、キョクヤが同意する。だがその言葉とは裏腹に、ローズマリー姫の顔には陰りがあった。

 停滞とは違い活気ある街の営み。アルベリオン国に広がる騒動とは無縁の日常。圧倒的な資材と技術を元に成り立っている、偽りの平和であることは分かっていても、享受する平穏は心を蝕む。

 今のアルベリオンが滅び復興となったとしても、ここでの生活は尾を引くことになるだろう事を、朧気ながらもローズマリー姫は感じていた。

 世界樹からもたらされる富を享受し、世界樹の脅威を目の当たりにし、世界樹の畏怖に膝を付く。それは敵愾心の欠如を招く。

 この避難場所は勿論、無関係な者を隔離する場所だろう。だがそれと同時に、潜在的な敵を消す為の洗脳施設に思えて仕方がないのだ。

「姫ちゃん、何かあった?」
「いえ、何も……あら?」

 決して表には出ていないが、ローズマリー姫の内に渦巻く不安魔力の流れを目敏く察したキョクヤが声を掛けるが、その問いに応える前に街に異変が起こる。

「騒がしいですね、何事でしょうか?」
「悲鳴、でしょうか?」

 遅れて異変に気付いた侍女が、不安げに身を寄せる。

 小競り合い程度であればここでも起きるが、争いごととなれば別である。度が過ぎれば警備の者がすぐさま現れ、鎮圧。事によっては半殺しの上、追放され二度と入れなくなるのだ。後の事を考えると、それは実質死刑と変わらない。
 あくまでここは避難場所。騒ぎを起こす者は優先的に排除される。地位も役職も、ここにはない。勘違いした貴族がやらかし、仲間共々ゴミの様に追い出される姿を国民が目の当たりにしてからというもの、大きな騒動は起こっていないのだ。

 故に、今の状況は緊急事態。何事かと困惑する周囲の者達を置き去りに、一同は足早にその場を後にする。

「何が起こっているのでしょう?」
「ちょっと待ってて、今上に聞いてる……正体不明の何ものかが、突然襲撃してきた、だってさ」
「ここの警備を抜けてか? 一体何者だ?」

 キョクヤが耳に付けた通信の魔道具を利用し、問い合わせた情報を口にすれば、真っ先にエミリーが困惑顔を浮かべる。何せここには、世界樹陣営以外の戦力の全てが集まっているのだ。

 アルサーンの獣人兵や、エミリーと共に世界樹に運ばれた、元アルベリオンの兵も常駐しており、最近ではそこに元アルベリオンの近衛騎士も加わっている。その殆どが、元の場所ではエリートの集団。並みの戦力では話にならない。

 ……にも拘らず、大通りを目的地に向けて進む彼女らを追いかける様に喧騒が大きくなる。

「嫌な感じね。これって既に間所を突破して、中央の大通りを突っ切って来てるって事でしょ? 避難民に紛れてここに入り込んだこともそうだけど、常時警戒態勢に近いここで騒ぎを起こし続けられるとか、相手はなにをやらかしてるのよ」
「目的も気になるところだ……まさか狙いは?」

 この場で特別な存在として、エミリーは真っ先にローズマリー姫を思い浮かべる。姫の姿は別段隠していなかった事もあり、外に出ているこのタイミングを狙っての行動だとしたら、あながち間違いでも無いだろうと考えたからだ。余りにもタイミングが良すぎる。

 他のモノも同じ結論に達したのか、ローズマリー姫に視線が集まる。

「なぁに、大丈夫でしょ。ここの連中は優秀なんだから。もちろん私も強いから、姫ちゃんに危害なんて加えさせないわ。ね、エミリー?」
「当然です」

 集まる視線に気づき身を竦ませるローズマリー姫を安心させようと、キョクヤが努めて明るく振る舞い、エミリーが間髪入れずに肯定する。
 事実彼女らは、急いではいたが焦ってはいなかった。ここを如何にかできるだけの戦力があるのであれば、とうの昔に使っているだろうし、常駐の戦力で対処できなければ、未だ表に出していない戦力を投入すればよいだけの事。

 何よりも……ここは世界樹の、迷宮の支配領域なのだ。滅多な事で攻略などされはしないとの、確信に近い自信があった。移動に手間取る程度の時点で、それ程心配する事態ではない。

 むしろ、襲撃者が不憫ですらある。あの迷宮主ダンマスの支配領域に土足で踏み込み、あまつさえ騒ぎを起こす平穏をぶち壊すなど、想像するだけで身の毛がよだつ所業である。

「ここは、流石にまだ大丈夫そうね」

 その後は特に問題が起こることなく、<転移陣>が設置された塔へ到着する。利用者も殆ど居ない為、周囲に人の気配はまばらだ。

「さ、ローズマリー様。塔の中へ」
「……皆は?」

 侍女をその場に置き一人だけ前へと促されたローズマリー姫は、振り返りエミリーへ尋ねる。
 だがその問いに、エミリーは首を横に振る事で答えた。

「許可なきものは、世界樹の中へは入れません。ローズマリー様が無事に転移した姿を確認したならば、私達が彼女たちの護衛に付きますので安心してください。転移さえして仕舞えば、姫様に危険が加わる事は万に一つもあり得ません。ですからローズマリー様、一足先に……」
「駄目です」
「ローズマリー様?」
「皆を置いてはいけません。ここが安全ではなくなったのなら、尚の事です」

 断固として譲らない視線に、エミリーはたじろぎ、キョクヤはこりゃ無理だと早々に諦め天を仰ぐ。

「ここの者達は優秀なのでしょう。ならば私がここにいても、私の安全は変わらぬはずです」
「揚げ足を!」
「皆の安全を確保できないのであれば、私はここを動きません。彼女らは、私が今後を生きていくために必要な者達です。妥協はできません。共に行くか共に残るか、二つに一つです」
「なりません! 姫のお命が最優先で……」
「もぅエミリー、諦めなさいよぉ。これ、頑として譲る気ないわよ~?」

 尚も押し問答を続ける二人であるが、その姿を見かねたキョクヤが間に割って入る。

「はいはい。取り敢えず、塔の中に入りましょう? <転移陣>さえ使わなければ、施設内に入る位許容してくれるわ……入り口を絞った方が、守り易いし」
「~~~……はぁ、上へ許可申請を出します。それでもだめなら、如何かご容赦くださいませ。もしもの時は、抱えてでもお連れします」
「……分かりました。無理をさせます」

 キョクヤの援護が決め手となり、エミリーが折れる形で話がまとまる。塔の中へと入ろうと全員動き出し、エミリーは世界樹への入場許可の申請を出す為に、ピアス型の通信の魔道具へと手を伸ばす……その時である。

「!? エミリー牽制範囲攻撃!!」
「ッ!?」

 キョクヤが尾で姫と侍女たちを包みながら防御態勢をとり、エミリーが周囲に紅色の花弁を撒き散らす。エミリーを中心に、半球状に花弁型の刃が展開され、触れるもの全てを切り刻む。

 キョクヤは自前の毛皮に魔力を通し強化。悠々と花弁の刃をはじき返す。ガリガリと削り取ろうとする音が周囲に響くが、それとは別に金属が擦れる音が鳴り火花が散った。

「フ~っと……あらら、意外と早く来たわね」
「見えんな、姿を消す能力か?」

 キョクヤは力を抜く様に息を吐く。顔は花弁に押し退けられ吹き飛ばされた、何者かが居ると思われる先に向けられているが、そこには何も居ない。

「エミリー、貴女は居場所が分かる?」
「うっすらと息遣いと衣擦れの音が聞こえる程度で、気配は感じ取れん。キョクヤは見えるのか?」
「まぁねぇ、この手の相手にやる常套手段って奴があるのよ」
「後で教えろ。やりにくくてかなわん」

 大雑把な位置しか分からないエミリーは、ゆっくりと移動しているであろう相手に合わせ、視線を動かす。対してキョクヤは、特に探る素振りを見せず、代わりに耳の通信の魔道具からの通信内容に、意識を傾けていた。

「あぁ、悪い知らせが来たわ」
「なんだ?」
「<転移陣>の行く先の設定には、タイムラグがある……って事で、外敵を排除するまで、使用を禁止されたわ」
「おのれが……」

 見えない相手に対する苛立ちと状況の悪化が重なり、エミリーの苛立ちを助長させる。

「なぁに簡単よ、外敵が居て転移できないなら……」
「外敵を排除すればよい、か。シンプルで実に良い」
「攻守は如何する?」
「私は未だ、防御に不安が残る。手元が狂うと傷つけてしまいかねん」
「なら、エミリーが攻めね。防御と妨害は任せなさい」

 端的に話を付け、エミリーが前に、キョクヤが転移塔の近くまで下がる。

 そして、花弁を集め深紅の剣を作り出したエミリーは、虚空へと斬りかかった。
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