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297  逃走からの闘争②

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 馬車が民衆の群れに阻まれ、馬車の速度が目に見えて遅くなる。器用に避けつつ進んではいますが、流石にその間に騎兵の群れが馬車との距離を詰めていく。

「不味いな、少し急げレックス、間に割って入るぞ」
「急に飛び込んでも大丈夫なの?」

 疑問を口にしながらも、速度を上げるレックスさんですが、その疑念は不要かもしれませんね。
 エミリーさん達の位置と速度、馬車の移動速度と周囲の避難民の数、そして減速する素振りを見せない近衛騎士の群れを考えるに、エミリーさんには悪いですが、多分間に合わないですね。

 その予想は的中し、減速する馬車とは打って変わって速度を変えず迫る近衛騎士の馬が、進路を遮る民衆を蹴り飛ばした。

「レックス!!」
「あいよ」

 飛び散る血飛沫、上がる悲鳴、潰れる肉と砕ける骨の音。決死の思いでこの場まで移動し、心身共に疲労困憊であろう彼等に対し行われる蛮行……介入するに十分な大義名分でしょう。

 レックスさんが突撃し、割って入る。衝撃と粉塵が原因か、それに合わせてエミリーさんの音声が乱れる。何か言っている様ですが、状況が不明瞭ですね。ただ、映像の方は別口空撮なので、そちらは無事に見ることができます。

「ふむ、舞い上がった粉塵と、飛び散った魔力によるノイズですか。長距離とはいえ改善の余地ありと、開発班には報告の必要がありますね」
「オタク共がまた喜びそうなネタが……あ、現地に医療班の手配を、後は日除けとか休憩所みたいな場所の設置とかした方が良さそうですね。無計画な伐採のせいで、あの辺りは日陰になりそうな木とか、何も無い荒野になっていますし」
「承知しました、手配いたします」

 今から行っても、相当数の死亡者が出るでしょうけど、やらないよりはマシでしょう。ついでに、現場を見て思いついた事もお願いしておく。

 音声がないので映像だけを眺めていると、エミリーさんの介入によって、相手側の動きが劇的に変わるのが見て取れる。

 前方の隊はレックスさんに阻まれ急停止、取り囲もうと左右に展開していた者達すら止まり唖然としている。対して後方の隊は、急停止した前方の隊を見事に避けつつ、多少大回りながらも左右に散り包囲を続行する。ケルドとは思えない対応力の早さを見るに、やはり後方の隊は本物っぽいですね……って?

「クロスさんクロスさん。俺の勘違いでなければなんですが、あの後方部隊、馬車に向っていなくないですか?」
「そうですね。両翼がレックスとエミリー様に向って包囲を狭めている様に見えます。攻撃する雰囲気でもありませんし、これでは前方の部隊を囲う形になるかと」
「あ、ふ~ん?」

 いやまぁ、国の上層部が真面に機能して無いでしょうし、反抗もできない状況でしょうけど、そういう手できますか?
 だがやるなら、被害者が出る前にやってもらいたかったですね。まぁ、こちらとしては然したる被害はないので、それはいいのですがね? あ、相手が動いている時よりも、止まった時の方が包囲や奇襲はやりやすいから、本当は馬車を止めてからやる心算だったのを、咄嗟に今行った感じ? だったら納得……かな?

「お父様、この状況はどういうことですの?」
「多分あの部隊も亡命者、つまりはあの追われていた馬車の仲間って事です」

 始めからか、それとも馬車の人物が逃げ出したのに合わせて行動に移したのか、そこは知りませんが、重要人物の逃亡に合わせ重要な戦力を逃がした感じでは無いかと思うのですよ。名目は追撃、だけどその実はその人物の護衛って感じで。だとするなら、アルベリオン上層部にもまだ、まともな人物が残っているかもしれませんね。

 粉塵が晴れる前に、前方を走っていた近衛騎士の恰好をしたケルドを包囲。武器を抜き放ち、一斉にその切っ先を中心へ向ける。あぁ、完全に敵対していますわ、こちらと衝突しないでなによりです。

「あら、金ピカの首が飛びましたわ」
「やったのは……エミリーさんじゃ無くて、包囲した方の誰かさんぽいですね」

 うんうん、ケルドかどうかわからなかったけど、こっちが手を出してないからどっちでも良しです。
 そして、なんだかんだ言って呆気なく終わりましたね。馬鹿が数名反抗し金ぴか同様に死んでいますが、全員拘束も済み無力化完了。こちらに被害はないですし、何名か死人が出ていますが、医療班も手配しましたしこちらに反感が向くことはないでしょう。

 お、一段落したからでしょうかね? 見張り以外が、被害に遭った国民の救出と、回復魔法による治療を始めましたね。近衛騎士だけあって、品行方正な優秀な人が揃っているのかもしれません。

「―――既に世界―――領域か?」
「いや、もう少―し先――」
「では、そこまで移動――ー願いしたー。――らに戦闘――思はない。必要とあれば武装解除も辞さない所存だ」
「あの方の事だ、その辺りは問題ないだろう。先ずはその者達を拘束する場所が必要だな。それに、諸君らの今後の手配もしなくては……むぅ、まだ繋がっていないのか? 聞こえていたら返事をくれ、お~い!」

 お? 粉塵が晴れるのに合わせて、ノイズ交じりですが音声が戻って来ましたね。こちらからの音声はまだ届きませんか……その内繋がるでしょうけど、早馬か何か寄こしましょうか。

「……仕方がない、取り敢えず村まで移動するか。列を整理する手間もある、ここは上から行くのが最良か。レックス、全員とは言わないが、何人か乗せて飛べるか?」
「当然。何のための僕なのさ。馬車ごと全員運べるよ」
「本当か!? 至急、診て貰いたい方がいるのだ! 烏滸がましい願いなのは重々承知している。だが頼む! 我々の事はいくらでも後回しにしてくれて構わない」
「待て待て、落ち着け。怪我人か、それとも病人か? ここの医療は他の追随を許さない。気前も良いし、余裕も……恐らくある。見せて損はないだろう」

 エミリーさんと近衛騎士の男性が会話しつつ馬車に近づく。話の流れからして、馬車の中に容体を診て貰いたい人がいるって事ですかね? う~ん、空撮では馬車の中までは見えませんね。

 何を置いても優先するとは、よっぽどの人物なのでしょうか?
 アルベリオンの人事関係にそれ程興味が無かったので、俺は大して知りはしないのですが、彼等近衛騎士が命令違反するレベルの人徳を持った重鎮……誰かいたっけ? あぁ、アルベルク公爵家……とか? あれ? だけどあそこの家は、まず動くことはないだろうって、エミリーさんもゴトーさんも言っていたので、後は誰でしょう?

 あれ、そう言えば、何で動かないんでしたっけ?

 あぁそうそう、あの家は国や王が道を誤るのを止め、正道に戻すのが役目。例え既に修復不可能な状態であろうとも、逃げる事はしないだろうとはエミリーさんの談だ。
 他にも、王家の血筋も色濃く受け継いでいる。そもそもが、建国の王の片割れがアルベルク家になったとかで、その実第二の王の血筋と呼ばれているんでしたっけ? そんなもんですから、国の裏情報や事情とかも抱えていたり、血が絶えない様にと他家に嫁いだ者も居るので、それらの護衛や警備にも大きく関わって……って、そもそもの話、アルベリオンの近衛の元締めって、アルベルク家じゃ無かったでしたっけ?

 資料の束をガサゴソ。目的の人物図鑑を引っ張り出し、ページを捲る。え~と、ア、ア、アル、アルベルク家、アルベルク家……あった。うわ当たりだ……って事は、今回の一件を引き起こしたのは、アルベルク家?

 そのアルベルク家が、恐らく戻ってこないであろう貴重な戦力を放出して、二度は使えないであろう手段を使って……文字通り命を懸けてこの地に逃がした? 

 馬車の扉が開かれ、エミリーさんが中の様子を覗く。
 俺が募らせた嫌な予想は、エミリーさんが放った言葉で現実のものとなった。

「姫様!?」

 ……ははは。面倒ごとどころか、爆弾が来やがった。
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