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288 エスタール帝国の選択①(初めてのお使い)
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ここは竜の谷の端、峡谷の終わりに存在する竜人が治める街。旧ドラゴレン王国、竜の谷の入り口の街、その名をパドナックと呼ぶ。
元は力を重んじる者たちが、特に竜人が中心となり、竜に挑む挑戦者たちが集まり拠点としたのが始まりと言われている。無暗に弱者が挑むことを嫌った彼等は、谷の入り口に門を築き、そこを起点に度重なる増築を経て、今の形へとなった。
その為、谷に近い程古く、高く、強固なつくりをしており、谷の入り口を塞ぐ様に何重にも築かれた防壁が、弱者の侵入を拒む。強いものほど谷に近いエリアへと入ることが許されるのだ。
そんな、力こそ正義と言わんばかりの街の下層、出入り口付近に建てられた酒場に、その場に似つかわしくない者の声が響き渡る。
「だーーー! あの老害共め! 難癖ばかり付けやがって」
彼女の名は エレナ・セレナ・ゲヘナ。
深紅の鱗に金色の瞳をした竜人の女性であり、同族から見た場合、誰もが振り向く絶世の美女。だが、彼女に声を掛けようとする者はこの場にはいない。
言葉遣いや、その荒れた様子もそうだが、彼女が身に着けている物が、身に纏っている強者の雰囲気が、近づく事すら躊躇させていた。
「エレナ様、少々控えた方が……」
「ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ…ぶっはー! 知るか!」
同席する草人の制止も聞かず、運ばれてきたジョッキを引っ手繰ると、一気に煽り苛立ち混じりにテーブルに叩きつける。
その他にも獣人と魔人も同席しているが、そちらは慣れているのか諦めているのか。やけ酒に興じる竜人に、気を止めることも無い。
「そもそもだ、なぜ外務大臣である私が、直接赴かなければならないのだ!」
同様の外套を纏っていることからも、この四人は仲間であることが窺い知れるだろう。
彼女たちの正体は、エスタール帝国の外務省、それもトップである外務省大臣、エレナ・セレナ・ゲヘナとその一行である。
「まぁまぁ……ここには外務省も正確な領主も居ませんし、私達の中ではエレナ様くらいしか、あの方たちに勝てませんから」
「あいつらは同じ竜人と言えど、エレナ様の言葉しか聞きませんからね~」
「難癖付けて我が国に挑み、徹底的に叩かれたと言うのに、まだ懲りていないと見える」
「だからこそ、老害と言うのでしょうね」
「一般市民は、国としての実力差をしっかり理解していると言うのに」
「弱者に会う価値ないとか……お前ら負けて、エスタールに合併吸収されてるだろうが、国として負けてるだろうが、捕食されてるだろうが。敗者が勝者に逆らってんじゃねぇよ!」
「今も一部の奴らは、ここがドラゴレンだと思っている奴もいそうですよね」
「国とか、全く興味が無い方達ですからね~」
約20年前。
当時、未だドラゴレンという国であった頃、資源、物資の枯渇を理由に、隣国のエスタールに戦争を仕掛けた経緯がある。
当時の国王は、自国の強者を集め前線に送り出す事で、開戦当初は戦いを優位に進めていたが、すぐにその情勢は一変する。
所詮は個の力、相手の能力に合わせた装備、人材を的確に選択することによる各個撃破、守りの薄い戦場を的確に切り崩す事で、エスタール側がほぼ一方的に戦いを進めたのだ。
何より、首都であるパドナックに住まう強者が戦争に一切参加しなかったのも、敗北に大いに関わっていただろう。彼等が求めるのは己の力、求道者であり国や戦争などに興味が無かったのだ。戦争をしていた事すら知らない者も多い。
「これは、本気で外務省からここの攻略に人員を割いた方がいいか?」
「外務省がやる様な事じゃないですね」
「かと言って、ここに支部を置いても、真面に機能するかは怪しい所ですよね~」
「「「は~~~…」」」
先ほどまでの荒れた様子とは一変し、心底疲れたような溜息を零す一同。
武力絶対主義の彼等からしたら、交渉を専門とする外務省は相性が悪いのだ。既に自国扱いではあるが、この街はドラゴレン王国当時から治外法権扱いを受けており、パッドナック独自の文化がそのまま残っている。エスタール帝国になった今も、その在り方を変えていない為、国内にある外国と言った所だろう。
「お、居た居た。君達ちょっといいかい?」
「んぁ?」
そんな彼女たちに、声を掛ける者が居た。
周りの者達は驚愕と共に、声のする入口へと視線を向ける。
この場に居た者たちは、彼女たちの素性を把握している。何せ、当人たちが周囲を憚ることなく口にしていたのだから、当然の事だ。
しかし、今入って来た者は違う。
圧倒的な強者、しかも国の上層部の者に声を掛ける勇者に自然と注目は集まる。
「「「…………」」」
シンプルなドラゴレンの民族衣装に身を包んだ、白銀の竜人。その美しさは芸術の域に達し、男性女性、種族問わず全ての者の視線を釘付けにする。
「こんにちは、相席良いかい?」
「ッ」
声を掛けられたエレナ一同は、声を詰まらせる。
美しさでは無い、強さでもない、圧倒的な上位者としての気配が彼等の動きを縛る。
「ど……どうぞ」
「ありがとう」
否定の言葉は出なかった。それが当然の様に、肯定することが決まっているかのように、否定することが有り得ないかの様に、白銀の竜人の言葉に反応してしまう。
「……わ、私達に、な、何の用だ?」
「なに、君達……特に君がこの街の中で、最も強いと感じたから声を掛けたのさ」
エレナに視線を向けながら、問いに答える白銀の竜人。
「……うん。君達、ここの住人じゃないね? 匂いが違う。出身はエスタールかい?」
「そ、そうです。私達はエスタールの外務省の者です」
「おぉ、私は実に運が良い! 実はエスタールへ、便りをお願いしたいのだよ」
そうして懐から、二つの箱を取り出す。
「一つが私から、もう一つは私の友人からの便りになる。なるべく早く届けてくれないかい?」
「えっと、その、いや、私達にも任務が……その様な事を請け負うわけには」
「どうしてもダメかい? ふむ……外務省と言ったね、つまりここのトップに用が有る訳だ。何か手古摺る様な事でも有るのかい?」
「あ、その……」
話す以外に選択肢が無い。しかし、部外者に軽々と話す様な事でもない。矛盾した選択肢を前に言い淀む一同だが、外務大臣であるエレナが口を開く。
「……竜の谷から産出される、鉱石の流通量についてよ」
「エレナ様!?」
「なんだ、そんな事か」
「そんな事ですって!?」
アッサリと内容の一つを話す上司に、驚愕の声を上げながら立ち上がり、その流れで、散々苦労したことを流された為、思わず突っ込みを入れてしまう草人。
はたと、恐る恐る白銀の竜人の方を見るも、当人は特に気にしていない様子に、安堵の息を漏らしながら席に着く。
「何とかなると言うの?」
「鉱石を取ろうとしたものは、問答無用で食い殺すとでも言っておけば、大丈夫だろうさ。取れなければ交渉も何もないだろう? そもそも谷は私達の住処。勝手に入ってきて文句など言える義理など無いはずだ」
「私達の住処?」
「貴方……まさか竜族、なの?」
「おや、気が付いていなかったのかい。そこの君は気が付いていた様だが、私の拙い<擬人化>も捨てたものでは無いね」
では頼んだよと言い残し、白銀の竜人はその場を後にした。
嵐が過ぎ去ったかのように、静まり返る酒場。その静寂を破るかの様に、我に返った外務省の草人が声を上げる。
「……って、何処に渡すのよ!?」
「あ、名前も聞いてない」
その日の夜。
城壁の門番をぶちのめし、改めて最上層まで足を運んだ外務省一行は、冷や汗ダラダラで迎え入れた竜人の老人たちに目を丸くする。
そして、彼等が提示した条件や書類に碌に目も通さず、サインしていく様を唖然としながら見る事しかできなかった。何故なら、彼等に白銀の竜人の事を尋ねても、碌な返答が帰って来なかったからだ。中には発狂する者まで居る始末である。
(((白銀の竜人って、マジでヤバい奴だったの?)))
(詮索しなくてよかった)
今更ながら、自分たちが対峙していた存在の大きさを再確認する者たちと、直感に従い深く詮索しなかった事に安堵するエレナであった。
元は力を重んじる者たちが、特に竜人が中心となり、竜に挑む挑戦者たちが集まり拠点としたのが始まりと言われている。無暗に弱者が挑むことを嫌った彼等は、谷の入り口に門を築き、そこを起点に度重なる増築を経て、今の形へとなった。
その為、谷に近い程古く、高く、強固なつくりをしており、谷の入り口を塞ぐ様に何重にも築かれた防壁が、弱者の侵入を拒む。強いものほど谷に近いエリアへと入ることが許されるのだ。
そんな、力こそ正義と言わんばかりの街の下層、出入り口付近に建てられた酒場に、その場に似つかわしくない者の声が響き渡る。
「だーーー! あの老害共め! 難癖ばかり付けやがって」
彼女の名は エレナ・セレナ・ゲヘナ。
深紅の鱗に金色の瞳をした竜人の女性であり、同族から見た場合、誰もが振り向く絶世の美女。だが、彼女に声を掛けようとする者はこの場にはいない。
言葉遣いや、その荒れた様子もそうだが、彼女が身に着けている物が、身に纏っている強者の雰囲気が、近づく事すら躊躇させていた。
「エレナ様、少々控えた方が……」
「ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ…ぶっはー! 知るか!」
同席する草人の制止も聞かず、運ばれてきたジョッキを引っ手繰ると、一気に煽り苛立ち混じりにテーブルに叩きつける。
その他にも獣人と魔人も同席しているが、そちらは慣れているのか諦めているのか。やけ酒に興じる竜人に、気を止めることも無い。
「そもそもだ、なぜ外務大臣である私が、直接赴かなければならないのだ!」
同様の外套を纏っていることからも、この四人は仲間であることが窺い知れるだろう。
彼女たちの正体は、エスタール帝国の外務省、それもトップである外務省大臣、エレナ・セレナ・ゲヘナとその一行である。
「まぁまぁ……ここには外務省も正確な領主も居ませんし、私達の中ではエレナ様くらいしか、あの方たちに勝てませんから」
「あいつらは同じ竜人と言えど、エレナ様の言葉しか聞きませんからね~」
「難癖付けて我が国に挑み、徹底的に叩かれたと言うのに、まだ懲りていないと見える」
「だからこそ、老害と言うのでしょうね」
「一般市民は、国としての実力差をしっかり理解していると言うのに」
「弱者に会う価値ないとか……お前ら負けて、エスタールに合併吸収されてるだろうが、国として負けてるだろうが、捕食されてるだろうが。敗者が勝者に逆らってんじゃねぇよ!」
「今も一部の奴らは、ここがドラゴレンだと思っている奴もいそうですよね」
「国とか、全く興味が無い方達ですからね~」
約20年前。
当時、未だドラゴレンという国であった頃、資源、物資の枯渇を理由に、隣国のエスタールに戦争を仕掛けた経緯がある。
当時の国王は、自国の強者を集め前線に送り出す事で、開戦当初は戦いを優位に進めていたが、すぐにその情勢は一変する。
所詮は個の力、相手の能力に合わせた装備、人材を的確に選択することによる各個撃破、守りの薄い戦場を的確に切り崩す事で、エスタール側がほぼ一方的に戦いを進めたのだ。
何より、首都であるパドナックに住まう強者が戦争に一切参加しなかったのも、敗北に大いに関わっていただろう。彼等が求めるのは己の力、求道者であり国や戦争などに興味が無かったのだ。戦争をしていた事すら知らない者も多い。
「これは、本気で外務省からここの攻略に人員を割いた方がいいか?」
「外務省がやる様な事じゃないですね」
「かと言って、ここに支部を置いても、真面に機能するかは怪しい所ですよね~」
「「「は~~~…」」」
先ほどまでの荒れた様子とは一変し、心底疲れたような溜息を零す一同。
武力絶対主義の彼等からしたら、交渉を専門とする外務省は相性が悪いのだ。既に自国扱いではあるが、この街はドラゴレン王国当時から治外法権扱いを受けており、パッドナック独自の文化がそのまま残っている。エスタール帝国になった今も、その在り方を変えていない為、国内にある外国と言った所だろう。
「お、居た居た。君達ちょっといいかい?」
「んぁ?」
そんな彼女たちに、声を掛ける者が居た。
周りの者達は驚愕と共に、声のする入口へと視線を向ける。
この場に居た者たちは、彼女たちの素性を把握している。何せ、当人たちが周囲を憚ることなく口にしていたのだから、当然の事だ。
しかし、今入って来た者は違う。
圧倒的な強者、しかも国の上層部の者に声を掛ける勇者に自然と注目は集まる。
「「「…………」」」
シンプルなドラゴレンの民族衣装に身を包んだ、白銀の竜人。その美しさは芸術の域に達し、男性女性、種族問わず全ての者の視線を釘付けにする。
「こんにちは、相席良いかい?」
「ッ」
声を掛けられたエレナ一同は、声を詰まらせる。
美しさでは無い、強さでもない、圧倒的な上位者としての気配が彼等の動きを縛る。
「ど……どうぞ」
「ありがとう」
否定の言葉は出なかった。それが当然の様に、肯定することが決まっているかのように、否定することが有り得ないかの様に、白銀の竜人の言葉に反応してしまう。
「……わ、私達に、な、何の用だ?」
「なに、君達……特に君がこの街の中で、最も強いと感じたから声を掛けたのさ」
エレナに視線を向けながら、問いに答える白銀の竜人。
「……うん。君達、ここの住人じゃないね? 匂いが違う。出身はエスタールかい?」
「そ、そうです。私達はエスタールの外務省の者です」
「おぉ、私は実に運が良い! 実はエスタールへ、便りをお願いしたいのだよ」
そうして懐から、二つの箱を取り出す。
「一つが私から、もう一つは私の友人からの便りになる。なるべく早く届けてくれないかい?」
「えっと、その、いや、私達にも任務が……その様な事を請け負うわけには」
「どうしてもダメかい? ふむ……外務省と言ったね、つまりここのトップに用が有る訳だ。何か手古摺る様な事でも有るのかい?」
「あ、その……」
話す以外に選択肢が無い。しかし、部外者に軽々と話す様な事でもない。矛盾した選択肢を前に言い淀む一同だが、外務大臣であるエレナが口を開く。
「……竜の谷から産出される、鉱石の流通量についてよ」
「エレナ様!?」
「なんだ、そんな事か」
「そんな事ですって!?」
アッサリと内容の一つを話す上司に、驚愕の声を上げながら立ち上がり、その流れで、散々苦労したことを流された為、思わず突っ込みを入れてしまう草人。
はたと、恐る恐る白銀の竜人の方を見るも、当人は特に気にしていない様子に、安堵の息を漏らしながら席に着く。
「何とかなると言うの?」
「鉱石を取ろうとしたものは、問答無用で食い殺すとでも言っておけば、大丈夫だろうさ。取れなければ交渉も何もないだろう? そもそも谷は私達の住処。勝手に入ってきて文句など言える義理など無いはずだ」
「私達の住処?」
「貴方……まさか竜族、なの?」
「おや、気が付いていなかったのかい。そこの君は気が付いていた様だが、私の拙い<擬人化>も捨てたものでは無いね」
では頼んだよと言い残し、白銀の竜人はその場を後にした。
嵐が過ぎ去ったかのように、静まり返る酒場。その静寂を破るかの様に、我に返った外務省の草人が声を上げる。
「……って、何処に渡すのよ!?」
「あ、名前も聞いてない」
その日の夜。
城壁の門番をぶちのめし、改めて最上層まで足を運んだ外務省一行は、冷や汗ダラダラで迎え入れた竜人の老人たちに目を丸くする。
そして、彼等が提示した条件や書類に碌に目も通さず、サインしていく様を唖然としながら見る事しかできなかった。何故なら、彼等に白銀の竜人の事を尋ねても、碌な返答が帰って来なかったからだ。中には発狂する者まで居る始末である。
(((白銀の竜人って、マジでヤバい奴だったの?)))
(詮索しなくてよかった)
今更ながら、自分たちが対峙していた存在の大きさを再確認する者たちと、直感に従い深く詮索しなかった事に安堵するエレナであった。
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