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285 冒険者⑬(歓迎)

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 転移の光が収まると、喚声が沸き上がり、花びらが降り注ぐ。
 大きい者から小さい者まで、種族も存在感レベルもバラバラな魔物が集まり、諸手を上げ迷宮の攻略者を称える声を上げる。

 その中をモコモコの背に乗って進むワシの姿は、まるで凱旋じゃのう。正にそれなのじゃろうが、攻略された側がそれで良いのかのう?

 そして、着いた先で行われていたのは、飲めや騒げやの宴会場。すでに出来上がっておる奴が、勝手気ままに酒盛りしとる。

 何故か魔物以外にも亜人や獣人も大勢居る。一際騒がしい場所には穴人がアルト共と飲み比べしておるし、他種族交流も甚だしい混沌具合じゃ。

「ぬっし~は間に合わなかったか~、ま、しゃぁないね♪」
「もう来ちゃったか。やっぱ時間稼ぎにも限界があったな。料理如何すっかなぁ」
「ダラダラと、道中で時間潰す訳にもいかなかったしねぇ。休憩がてらここでお昼とって貰う方向で行こうか」

 道中、モフモフがモコモコから飛び降りると、前掛けをした蜥蜴とアルトの元へと合流し、ワシに対する対応を話しとる。

 アルトの方は要塞の所で転移魔術を使っとった奴じゃが、蜥蜴の方は何者じゃろうのう?
 会話の内容からして、ワシがさっさと要塞型の迷宮を攻略したのが原因かもしれんが、決まった予定では無く、その都度臨機応変に対応しとる感じじゃのう。主人が不在の様じゃが、その中でも動けるのは良い組織の証拠じゃな。

「……もういい? ……じゃ、寝る」

 そんな魔物どもの姿を横目に、奥の壇上に到着したモコモコから降りると、モコモコはお役御免と言いたげに早々にその場で寝だしよった。我が道を行く奴じゃわい。嫌いでは無いがな。

 さて、主と言うのは、あの黒髪の人型の事じゃろ。不在とは忙しない奴じゃわい。こちとら聞きたいことが山ほどあると言うに。

 だがしかしじゃ……何故亜人や獣人が居るのか、あの黒い靄の魔物は何なのか、この迷宮の経緯や目的は何なのか……その辺りの疑問は一旦脇に避けようではなか。今、最優先でしなければならない事が別にあるからのう!

「飲んどるかーーー、おのれ等―――!!!」
「「「うぉーーー!!!」」」

 壇上に上がり開口一番に煽ってやれば、会場がどっと沸き立つ。
 ワシに無断でワシを出しに騒ぐとはいい度胸じゃ、ワシも混ぜんかぁ!

「うぃっす、じいちゃん。さっきぶり~♪」
「おぉ! さっきぶりじゃな魔術士アルト。あの時はよく出し抜いてくれたのう?」
「はっはっは。まぁまぁ、仲良しの印に、うちが厳選した黒蟻印のブランド酒、プレゼントするからさ♪」
「メシもな。要望があれば新しく作るけど、食えないもんとかあるか?」

 転移アルトの名はクロカゲ、蜥蜴の方はゲッコウと名乗りよった二体は、手早くワシが座る席を整え、半透明な粘液の塊が、料理の乗った皿をドンドン運んでくる。見た頃も無い食材や料理がてんこ盛りじゃが、どれも旨そうじゃ!

 考えて見れば、ここ数日全く飯を食っとらんかったからのう。思い立ったら腹が減って来たわい。
 飲むぞ! 食うぞ! 食える時に食う、これ、冒険者の鉄則じゃ。

 料理が運び終わるまでの間に、ゲッコウが食いものの好みや食えんモノがないかを聞いてくるが、何でもこ奴、料理人じゃとか。狩猟と料理を両立する者も少なくないが、これはちょっとシャレにならんのではないかのう? ワシは食材になる趣味は無いぞ?

 しかし、ネームドが多すぎるわい。一つの群れにこれ程大量のネームドモンスターが徒党を組んどるとか、本来なら絶望もんなんじゃぞ?

「主が遅れてるから、暫くここで休んでてよ」
「そうか……む?」
「とーーーちゃく、ですわーーー!」

 白銀の光沢を纏った漆黒の幼竜が、遥か彼方から飛来し、途轍もない速度だったにも関わらず、反動も衝撃もなく、ワシの目の前で慣性も何も無しに急停止しよった。

「あぁん、お出迎え致したかったですのに、一歩遅かったですわぁ」
「お、ルナ。そっち終わったか?」
「えぇ、滞りなく回収し終わりましたわ。今は三体とも休憩中ですので、心配無用ですわ」

 無茶苦茶な動きに驚愕し、更にそれを実現しとるのが魔術のみである事に気付き、改めて驚愕する。
 何じゃ、この化け物中の化け物は? 他とは別方向にイカレとるぞ? 頭ン中どうなっとるんじゃ?

「何者かのう?」
「私の名はルナ! 迷宮最強にて、偉大なる迷宮の主、ダンマスの娘ですわ!」

 ほほう、これは大物が出てきよったのう! 最強と豪語するに疑いの余地はないわい。

「申し訳ございませんわ。お父様は急要で遅れての参加となりますが、すぐに片付きます故、その間は私で我慢くださいまし。ささ! お座りになって、御酌致しますわ」
「わっはっは、こりゃぁ至れり尽くせりじゃ!」

 こんな別嬪に酌して貰えるとは、男冥利に尽きるわい!

「あらあら、私の様な小娘にまで粉を掛けるおつもりですの?」
「なぁに。小さかろうと大きかろうと、若かろうと老いとろうと、女子は女子。別嬪に酌された酒はどれも旨いもんじゃ! そんなギラギラした熱烈な視線を向けられれば尚の事よ」
「…………ウフ、ウフフフフフフフ。お上手ですわぁ、クァ」

 キラキラギラギラと獲物を狙う獣の視線を、優雅な所作の裏から無遠慮に放って来よる。こ~の戦闘狂め。こっち迄その気になって仕舞うではないか……まぁ、今はそんな気にまではならんがのう。

「なにせ、反対がこれじゃしのう」
「あらあら、妬けてしましますわ。この中では一番付き合いが長いと言うのに……あの夜の語らいは遊びだったのですわね、酷い人ですわ。ヨヨヨヨ……」
「無性別がよく言うわい。ワシは女子がいい!」
「メルル、それは残念」

 女の姿をしたゴトーを肘で小突けば、すぐさま獣の顔を覗かせる。その姿で擦り寄るんじゃないわい、暑苦しい!

「う~ん、このメニューなら、この酒どうよ爺さん」
「おぉ? こりゃぁ、分かっとるなクロカゲ!」
「にひひ、酒と摘みならウチに任せな♪」

 この場には品のある酒よりも、粗暴な量産品が良く似合う! 分かっとるじゃぁないかクロカゲ! 旨い酒、旨い飯、活気溢れる場に、気兼ねない距離と来れば、後は騒ぐだけじゃ!
 ぬはは、愉快愉快! 

 そうして、話して騒いで笑って、数分か、数時間か……会場が俄かに騒がしくなる。

「あ、主だ~~~!」
「遅いんじゃコノヤロー!」
「へぶらば!? えぇい、じゃれ付くな酔っぱらい共が!」
「「「わ~い」」」

 騒動の渦中に、あの時横やりを入れて来た黒い青年が、こちらに向かって歩いている姿があった。酔っぱらった魔物どもがじゃれて飛びついとるが、ぺいっと投げ捨て真っ直ぐこっちに向ってきよる。

「ドンドン穴人に感化され……お酒は飲んでも飲まれるんじゃありません!」
「ヌハハハ! 穴人共に付き合っとると、誰でも飲兵衛になるじゃよ。ぐびぐび」
「はぁ……ジャックさんもその口ですが?」
「ワシは、生まれた時から飲兵衛じゃ!」 

 後ろ髪を掻き小言を漏らしながら、あの時横槍を入れてきよった黒髪の青年……ダンジョンマスターがワシの隣に腰掛ける。

「改めまして、いらっしゃ~い。攻略おめでとうございます。ジャックさん」
「おう、来たぞダンジョンマスターよ。約束は忘れておらんじゃろうのう?」

 ワシの問いに対し、ダンジョンマスターはもちろんと答えると、空間に手を突っ込み、そこから紙束の山を引っ張り出す。大判振る舞いじゃな、持ち帰り可かのう?

「手土産に、まだ出していない秘蔵酒を持参したのですが、その状態では味が分かるとは思えませんし、これは次の機会と言う事で……」
「ふんっぬ! 待たせたのう、ワシの準備はできとるぞ!」

 酒瓶をチラつかせながら挑発して来るので、気合い一発、<酔い>の状態異常を吹き飛ばす。酒を飲みたいからでは無いぞ? 資料をしっかり見る為じゃからな?

「しかしなんじゃ、主人が遅れて来よって、お前さん随分忙しそうじゃのう?」
「そう見えますか? ずずず」
「そりゃのう! 初めて会った時のあれが本体じゃろう? その体、何体同時に動かしとるんじゃ? 四、五体ではきかんじゃろ?」

 片手で資料を受け取り、もう片方の手で盃を突き出せば、ダンジョンマスターは、ゴトーが淹れた茶を優雅にしばきながら、ワシの盃に酒を乱雑に注ぐ……動作の端々に、ぎこちなさが見え隠れしとるわい。

 チラリと、脇で控えとるゴトーを見遣るも、動く様子は無いのう。極力気配を消し、されど消し過ぎない。気にならない程度を弁えた完璧な気配操作じゃ。ここでは従者に徹するようじゃのう。

 ならば、こ奴に集中すれば良かろう……そう、その時は思っとったんじゃ。

「あぁ、そうそう、もう一人同伴者が居るんです。エマさん~、モフモフモコモコに突っ込んでないで、こっち来て食べましょう?」

 ……あれの姿を視認するまでは。

「メシなの! 肉あるなの!?」
「はいはい、ありますよ~。あるから落ち着きなさい肉食幼女。ジャックさんの顔が引きつっています」

 モコモコの毛の中から顔を出した、幼女の姿をしたそれは、ダンジョンマスターの呼びかけに従いワシ等と同じ席に着く。

 ……命の危険を感じるのは何時ぶりかのう?

「では、改めまして自己紹介を……ご存じだと思いますが、俺はここの迷宮主をしております、名をダンマスと申します。人の世界では、ダン・マス・ラビリアを名乗っておりますので、以後お見知りおきを。こちらは、この迷宮、【世界樹の迷宮】の中核である世界樹こと、エマ・マス・ラビリアさんです」
「エマ、なの! よろしくなの、人!」
「…………うむ、よろしく頼む。わしは草人のジャック。冒険者をやっとる」

 目の前に居るのは、青年の外見をした、この馬鹿げた迷宮の支配者である魑魅魍魎の主。温容な仮面とは裏腹に、ワシを見る視線からは空虚が覗き、ワシではその内心を窺い知る事は叶わん。
 その隣には、食いものを頬張り幸せそうに咀嚼する、幼女の外見をした何か。その至福の表情とは裏腹に、周囲に狂気をばら撒き塗り潰す。これまた何者か内心を窺い知る事のできん、正真正銘の化け物じゃ。

 迷宮主は想定内として、ダン・マス・ラビリアとは、現在のカッターナを実質支配しておる、正体不明の人物の名ではないか。
 唐突にカッターナに現れ、圧倒的な資材と財力に物言わせ、カッターナを、延いてはその中に巣くっとったイラ教を蹴散らした人物……そんな渦中の人物が、まさか人ですらないとはのう。そりゃぁ、痕跡すら掴めんはずじゃわい。

 そしてこの幼女は、目の前で聳え立っとるあの世界樹と? 動けぬ魔物が、魔法で何かしらの動ける依り代をつくる事が有るが、同じ原理かのう? その世界樹から、絶望を凝縮したかのような狂気が漏れ出しとるのじゃが、これは、相当、ヤバいのでは、ないか?
 世界樹がワシに対し、さして興味がない所を見るに、こ奴め、この状態をワシに理解させるために、わざわざ世界樹を同席させよったな?

 モフモフが言っていた、全員があの黒い靄になると言う原因は、この世界樹で間違いなさそうじゃのう。
 迷宮に所属する者、つまりは世界樹と繋がりがあるものは、この狂気が伝染し、変異する……強力な魔物が進化する際、配下の魔物も共に進化、又は変異する事は往々にしてあるからのう。同じ現象じゃろう。

「まぁ、あの黒い靄についてって事ですが~、まぁ、もっと根本的なところから話した方が、分かり易いでしょうね。大体、その資料に書いていますので、順を追って説明しますね」

 肉の丸焼きを頬張りながら資料を見やり、酒に手を伸ばそうとした時……表紙に書かれた題名を前に、思わず動きが止まってしもうた。


『世界の誕生と成長の記録』
『最下級神<邪神>の侵略と、それに対する中級神<世界の管理者>の対応と現状』
『最下級神<邪神>の寄生と浸食に対する、世界の反応』
『邪魔者の蔓延と、種類・分布・浸食割合予想報告書』
『自律浸食型戦略魔導生物<邪魔物ケルド>の、生態調査報告書』
『世界樹の変異先<終わりの始まり>の性能と、変異による影響予想報告書』
『世界樹の変異による、世界初期化までの猶予期間予想報告書』
『世界の初期化<世界崩壊シナリオ>と、それに対する迷宮の対応』

『参考資料……世界の損傷・浸食・衰弱の推移表』
『参考資料……世界の衰弱による、原生生物、魔物の弱体推移表』
『参考資料……排除対象、及び危険・障害予想対象一覧表』
『参考資料……世界樹の変異の原因、及び停止の為の排除対象一覧表』


「もぐもぐ、ゴックン……すぅ~~~……ふぅ~~~…………」

 ……物騒な内容がてんこ盛り過ぎやせんかのう?
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