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282 冒険者⑩(試験)
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迷宮に所属する魔物からの依頼を正式に受領し、要塞型の迷宮の性能テストの被検体として、門を潜る。
視界に映るものは、岩をくり貫いて造ったであろう、縦横無尽に伸びた大小様々な通路。
虫の巣穴を彷彿とさせ、無造作に掘った様に見せかけ、所々に影が意図的に造られておる。
不用意に進もうものなら、影に隠れた道や魔物、罠に気付くことなく通り過ぎ、背後から奇襲される仕組みかのう? 考えられとると感心すると同時に、細部に至るまで拘っているのが垣間見え恐ろしゅうなるのう……。
「ふむ? おぉ」
何事もなく進む道中で、壁や床を軽く殴ったり踏み付けたりしてみたが、少し凹んだだけで跳ね返されてしもうた。その凹みも目に見えて直ってゆくし、相当派手に暴れなければここが壊れる事は無さそうじゃのう。
そんな迷宮内を軽く進んだ感想なのじゃが…… まぁ~、酷いの一言じゃのう。
道には魔法的、魔術的、物理的トラップが不規則に配置され、規模も様々。嫌がらせ程度の物から、即死級のものまで……少しでも気を抜こうものなら無視できん損害を被る事になるじゃろうのう。
前後の道が隔壁で塞がれ、床が全て抜け、毒液塗れの剣山に突き落とされそうになった時は、そこまでやるかと本気で思ったわい。落ちんように空中を跳ねとったら、毒ガスが流し込まれるわ、天井が降りてきて剣山に押し付けようとして来るわ、その殺意の程が垣間見られたわい。
更に、隙あらば視界外から狙撃され、仕留めようにもその体高の低さを利用し、小さな穴にすぐ身を隠してしもうて碌に追いつけん。休憩しようにも、気配を消したアルトが感知範囲の端でちらちら動き回るわ、遠方や頭上の穴からから色々投げ込んで来るわ、他とは一線を掻くほどに気配のない個体が、感知を掻い潜って襲って来るわ……とにかくストレスが半端ないわい。
途中で気付いたが、周囲の魔力濃度もコロコロ変わっとる。適応できん者は、気付かぬ内に体調を害しておっただろうのう。心身魂共に休ませる気がさっぱりありゃせんわい。
こんな殺意マシマシの迷宮、見たこと無いわい。ワシでなければ、とっくに壊滅しとるわい。
だから、そう……一言良いかのう?
「お主等、いくら何でも本気過ぎるじゃろ!?」
「「「傷一つ負わない人に、言われたくないやい!!!」」」
そんなこんな、迷宮内を進むこと数時間。
一向に疲弊しないワシに対し焦れたのか、もうこの迷宮が終盤に掛かっているのか……絶対に殺すと言わんばかりの勢いで放たれる遠距離攻撃の嵐を、躱し、逸らし、打ち払い、防ぐ。
放たれている一撃は、Cランク程度の魔物が放つ程度の威力はあるのう。それを通路一杯に放ってくるだけでも相当の脅威じゃというに、種類が多すぎるわい。魔法の属性もさることながら、貫通に爆発、球状に針状とその効果も形状も様々。魔力防御を抜く為か、魔法で作られていない金属の礫か何かを使った物理攻撃も混じっとる。
そんな凶悪な攻撃が、前後に加え左右の穴からも放たれ、極めつけは上からは落石に偽装する形で、恐らく使い捨ての魔道具まで投下しとるんだから、質が悪いを通り越して、エグイの一言じゃわい。
こんなもん、Aランクの実力者集団でも、能力の偏りによってはニ~三人は覚悟する必要が出て来るぞ。更に反撃しようにも、全ての攻撃を凌いだ頃には穴の奥に引っ込んどるし……中層、つまりは半分程度の場所でこれは、酷過ぎないかのう?
その辺の文句は後で言うとして、今は目の前の獲物じゃのうぅ? いままで散々おちょくってくれよって、覚悟はできとるんじゃろうのう?
「待たんかおのれ等ぁ!」
「「「うわ来たぁ!?」」」
今までは、遠方からの狙撃が殆どじゃったから見逃しとったが、ここまで接近した状態であれば、流石に手加減した状態でも追いつけるわい!
正直なところ、少々疲れておるんじゃが、相手が原因じゃしのう? こんな状態ではチィっとばかし手元が狂ってしまいそうじゃが、そこはご愛敬じゃ!
「せめて一体はとっ捕まえぇぇぇえ!?」
意気込み踏み出した足が、地面を掴むことなく沈み込む事で出鼻をくじかれる。
ワシの足を飲み込んだ地面は、いつの間にか泥沼へと切り替わっておった。
流石に迷宮の地面は弄れんと思っとったのじゃが……少なくとも一斉攻撃が放たれる前は、確実に地面じゃった。物理的にも魔力的にも確認したから間違いない。では、なぜ泥に?
「初めから、ここだけ普通の土じゃったな!?」
迷宮の地面では無く、普通の地面だったのを、先ほどの一斉攻撃で視界と感知を潰している間に泥に変えよったな? 目の前の獲物を晒す事で、更に注意力を奪う計算っぷりじゃ。焦燥し切った相手であれば、高確率で引っ掛かるぞ。その前に、先ほどの一斉攻撃で甚大な被害を被るじゃろうし、大概がここで終わるじゃろうのう……。
だが甘い、果実酒より甘々じゃ! 足場が悪くなった程度でワシが止まる訳が無かろう。泥に何か混ぜ込んでおるのか、妙に魔力の通りが悪く踏ん張り切れん上に粘ついて剥しにくいが、空中を蹴って進めばよいだけの事!
だが! それは相手側も既に分かっている事よ。奴らはそんな甘くはない。つまりは、更にこれ以上何かがある筈じゃ!
「グ!?」
何が来ても対処できるように身構えながら、泥に沈んでいない足を前に出した瞬間、全身に強烈な力が圧し掛かる。これは……重力か!?
「ぬぅぅぅう!」
ちぃとばかし本気を出し、泥から抜けだす。髭が汚れてしもうたでは無いか。ワシだから良いものを、普通なら泥に沈んで溺死しとるぞ!?
「む、おぉ?」
撤退していくアルト共の後ろ姿を追いかければ、一体のアルトが前に出よった。
ほかのアルト共とは異なり、全身、特に頭部と前足が分厚く発達したそ奴は、泥と地面の切れ目辺りで立ち止まると、頭部を前足で挟むように構え、杭の様に発達した脚を全て地面に突き刺し、その体を固定する。
更に前足ごと頭を振り上げ地面へと叩きつけ、極めつけに牙で地面に噛り付く。
出来上がったその姿は、漆黒に輝く鉄壁の大盾じゃ。
「キー!!」
「ヌッハハハ、その意気やよし! ぬりゃぁ!!」
不退転を体現したその姿に敬意を表し、今出せる力の全力で殴りかかれば、閉塞空間に衝撃音が響き渡る。
ワシの掌底を真正面から受けたアルトは、地面を抉りながらも踏ん張り続け、転げ落ちるかのように倒れ伏す……。
「ィ、ギィ」
「儂の一撃を耐えてみせるか!」
地面に突き刺した足や牙は耐え切れずに捥げ、衝撃を真面に受けた前足や頭部はひしゃげておる。その姿を見れば瀕死である事は一目同然。立つことすら儘ならない。だがしかし、他の者が受ければ確殺の一撃を、全てその身に受けてなお、生きておった。後方に居た仲間に一切の被害を及ぼさずにじゃ。それは、衝撃を逸らしたのではなく、抑え込んだ証拠。お陰でワシも、反動で足が止まってしもうたわい。
「むむ?」
止めて仕舞った足を、前へ踏み出す……前に、奥から一体のアルトが……アルトか? 妙に体長が長く、それに比例し足も大量に携えたアルトが高速で間合いを詰め、倒れ伏したアルトを背負い上げる。
「キキ!!」
「「「キー!」」」
「退くか! その思い切りやよし!」
負傷者を回収し、即座に踵を返す長いアルト。その背には、これまた大量のアルト共が陣取り、ワシに射線が通ると同時に、足止めに攻撃してきよる……その攻撃を適当に払い除けたのがまずかったのう。攻撃に混じって投擲された瓶を、雑に割ってしもうた。
途端に、割った瓶から白い煙が溢れ出し、視界を埋め尽くす。
「煙幕か? んな!?」
視界を潰された程度であれば、如何と言う事は無いのじゃが、それと同時に周囲の魔力を感じ取ることができなくなる。放たれる魔法攻撃も直前まで感知できず、どうしても追撃速度が遅くなる。厄介なもんをばら撒きよってからにぃ痛ぃてぇ!?
「まぁた貴様か、アンコ!」
「ふぇ~ん、気付かれたぁ、逃げろ~」
攻撃を捌きながら前に進んでいると、全身に痛みが走る。何事かと思ったら、以前に何度も真正面から暗殺してきよった規格外が、また襲撃してきよったな。
アルトの中に数体紛れておる、ネームドの一体であるアンコ。名前付きは伊達では無く、その能力は脅威の一言じゃ。気配を感じ取れても認識できんとか、反則も良い所じゃわい。攻撃されて初めて気付くんじゃからのう。
ちょっと本気を出しておる状態だった故、碌に傷付かんかったが……今のタイミングは本気でビックリしたわい。
まぁ、良いわい。前回は取り逃がしたが、今回は逃がさんぞ? なにせ手が届く範囲に居るんじゃからのう!
背後に居るアンコが逃げる前に、振り向きざまに腕を伸ばす……その途端、背後に悪寒が走った。
「「痛ってぇ!?」」
悪寒に従い、咄嗟に首辺りを魔力で覆うと、予想以上の衝撃が首へと叩き付けられた。魔力で守っとらんかったら、首の肉が切られとったぞ!
「えぇい! 何度も何度も何度も何度も、容赦なく急所を狙いよって! 手心っちゅぅものは無いのか!?」
「俺の全力の一撃受けて平気なアンタに、言われたかねぇよ! 俺の爪の方が欠けるってどんな防御力だよ!?」
取り逃がしたアンコの代わりに、首を切り落とそうとしてきたデカいアルトの爪をとっ捕まえる……と同時に、ワシが掴んだ爪を自ら切り落とし、振り向く間に脱出しよった。逃げる事に対する選択に、迷いが無さすぎるわ!
「逃がさん!」
魔力の感知を阻害する白い煙を掻き分け、煙の奥へと逃げるアルトを追う。
煙を抜けた先には、デカいアルトの他にもう一体、何やら魔術を組んだアルトが待機しておった。
あの特徴的な術式は、空間……転移魔術か!?
「うんじゃぁねぇ~♪」
「あばよ!」
ワシが気付いた時は既に遅く、デカいアルトと共に、二体のアルトがその場から消え失せる。
無駄だと分かってはいるが、背後を含め周囲に視線を向けるも、そこにも誰も居りはしない。実際は居て気付いたとしても意識できんから、あの規格外を捕まえるのは恐らく無理じゃのう……。
「……フ、フハハハハハ! 逃げられたわい。本気で取りに行った獲物を取り逃がしたのは何年ぶりか、見事な引き際よ……天晴!」
結果だけを見れば、散々引っ掻き回された末に成果なし。完全にしてやられたのう。
……誰が入りたがるんじゃ? この迷宮。
ーーー
「はい、直接対峙した感想をどうぞ!」
「「「勝てるかぁあんなもん!!!」」」
視界に映るものは、岩をくり貫いて造ったであろう、縦横無尽に伸びた大小様々な通路。
虫の巣穴を彷彿とさせ、無造作に掘った様に見せかけ、所々に影が意図的に造られておる。
不用意に進もうものなら、影に隠れた道や魔物、罠に気付くことなく通り過ぎ、背後から奇襲される仕組みかのう? 考えられとると感心すると同時に、細部に至るまで拘っているのが垣間見え恐ろしゅうなるのう……。
「ふむ? おぉ」
何事もなく進む道中で、壁や床を軽く殴ったり踏み付けたりしてみたが、少し凹んだだけで跳ね返されてしもうた。その凹みも目に見えて直ってゆくし、相当派手に暴れなければここが壊れる事は無さそうじゃのう。
そんな迷宮内を軽く進んだ感想なのじゃが…… まぁ~、酷いの一言じゃのう。
道には魔法的、魔術的、物理的トラップが不規則に配置され、規模も様々。嫌がらせ程度の物から、即死級のものまで……少しでも気を抜こうものなら無視できん損害を被る事になるじゃろうのう。
前後の道が隔壁で塞がれ、床が全て抜け、毒液塗れの剣山に突き落とされそうになった時は、そこまでやるかと本気で思ったわい。落ちんように空中を跳ねとったら、毒ガスが流し込まれるわ、天井が降りてきて剣山に押し付けようとして来るわ、その殺意の程が垣間見られたわい。
更に、隙あらば視界外から狙撃され、仕留めようにもその体高の低さを利用し、小さな穴にすぐ身を隠してしもうて碌に追いつけん。休憩しようにも、気配を消したアルトが感知範囲の端でちらちら動き回るわ、遠方や頭上の穴からから色々投げ込んで来るわ、他とは一線を掻くほどに気配のない個体が、感知を掻い潜って襲って来るわ……とにかくストレスが半端ないわい。
途中で気付いたが、周囲の魔力濃度もコロコロ変わっとる。適応できん者は、気付かぬ内に体調を害しておっただろうのう。心身魂共に休ませる気がさっぱりありゃせんわい。
こんな殺意マシマシの迷宮、見たこと無いわい。ワシでなければ、とっくに壊滅しとるわい。
だから、そう……一言良いかのう?
「お主等、いくら何でも本気過ぎるじゃろ!?」
「「「傷一つ負わない人に、言われたくないやい!!!」」」
そんなこんな、迷宮内を進むこと数時間。
一向に疲弊しないワシに対し焦れたのか、もうこの迷宮が終盤に掛かっているのか……絶対に殺すと言わんばかりの勢いで放たれる遠距離攻撃の嵐を、躱し、逸らし、打ち払い、防ぐ。
放たれている一撃は、Cランク程度の魔物が放つ程度の威力はあるのう。それを通路一杯に放ってくるだけでも相当の脅威じゃというに、種類が多すぎるわい。魔法の属性もさることながら、貫通に爆発、球状に針状とその効果も形状も様々。魔力防御を抜く為か、魔法で作られていない金属の礫か何かを使った物理攻撃も混じっとる。
そんな凶悪な攻撃が、前後に加え左右の穴からも放たれ、極めつけは上からは落石に偽装する形で、恐らく使い捨ての魔道具まで投下しとるんだから、質が悪いを通り越して、エグイの一言じゃわい。
こんなもん、Aランクの実力者集団でも、能力の偏りによってはニ~三人は覚悟する必要が出て来るぞ。更に反撃しようにも、全ての攻撃を凌いだ頃には穴の奥に引っ込んどるし……中層、つまりは半分程度の場所でこれは、酷過ぎないかのう?
その辺の文句は後で言うとして、今は目の前の獲物じゃのうぅ? いままで散々おちょくってくれよって、覚悟はできとるんじゃろうのう?
「待たんかおのれ等ぁ!」
「「「うわ来たぁ!?」」」
今までは、遠方からの狙撃が殆どじゃったから見逃しとったが、ここまで接近した状態であれば、流石に手加減した状態でも追いつけるわい!
正直なところ、少々疲れておるんじゃが、相手が原因じゃしのう? こんな状態ではチィっとばかし手元が狂ってしまいそうじゃが、そこはご愛敬じゃ!
「せめて一体はとっ捕まえぇぇぇえ!?」
意気込み踏み出した足が、地面を掴むことなく沈み込む事で出鼻をくじかれる。
ワシの足を飲み込んだ地面は、いつの間にか泥沼へと切り替わっておった。
流石に迷宮の地面は弄れんと思っとったのじゃが……少なくとも一斉攻撃が放たれる前は、確実に地面じゃった。物理的にも魔力的にも確認したから間違いない。では、なぜ泥に?
「初めから、ここだけ普通の土じゃったな!?」
迷宮の地面では無く、普通の地面だったのを、先ほどの一斉攻撃で視界と感知を潰している間に泥に変えよったな? 目の前の獲物を晒す事で、更に注意力を奪う計算っぷりじゃ。焦燥し切った相手であれば、高確率で引っ掛かるぞ。その前に、先ほどの一斉攻撃で甚大な被害を被るじゃろうし、大概がここで終わるじゃろうのう……。
だが甘い、果実酒より甘々じゃ! 足場が悪くなった程度でワシが止まる訳が無かろう。泥に何か混ぜ込んでおるのか、妙に魔力の通りが悪く踏ん張り切れん上に粘ついて剥しにくいが、空中を蹴って進めばよいだけの事!
だが! それは相手側も既に分かっている事よ。奴らはそんな甘くはない。つまりは、更にこれ以上何かがある筈じゃ!
「グ!?」
何が来ても対処できるように身構えながら、泥に沈んでいない足を前に出した瞬間、全身に強烈な力が圧し掛かる。これは……重力か!?
「ぬぅぅぅう!」
ちぃとばかし本気を出し、泥から抜けだす。髭が汚れてしもうたでは無いか。ワシだから良いものを、普通なら泥に沈んで溺死しとるぞ!?
「む、おぉ?」
撤退していくアルト共の後ろ姿を追いかければ、一体のアルトが前に出よった。
ほかのアルト共とは異なり、全身、特に頭部と前足が分厚く発達したそ奴は、泥と地面の切れ目辺りで立ち止まると、頭部を前足で挟むように構え、杭の様に発達した脚を全て地面に突き刺し、その体を固定する。
更に前足ごと頭を振り上げ地面へと叩きつけ、極めつけに牙で地面に噛り付く。
出来上がったその姿は、漆黒に輝く鉄壁の大盾じゃ。
「キー!!」
「ヌッハハハ、その意気やよし! ぬりゃぁ!!」
不退転を体現したその姿に敬意を表し、今出せる力の全力で殴りかかれば、閉塞空間に衝撃音が響き渡る。
ワシの掌底を真正面から受けたアルトは、地面を抉りながらも踏ん張り続け、転げ落ちるかのように倒れ伏す……。
「ィ、ギィ」
「儂の一撃を耐えてみせるか!」
地面に突き刺した足や牙は耐え切れずに捥げ、衝撃を真面に受けた前足や頭部はひしゃげておる。その姿を見れば瀕死である事は一目同然。立つことすら儘ならない。だがしかし、他の者が受ければ確殺の一撃を、全てその身に受けてなお、生きておった。後方に居た仲間に一切の被害を及ぼさずにじゃ。それは、衝撃を逸らしたのではなく、抑え込んだ証拠。お陰でワシも、反動で足が止まってしもうたわい。
「むむ?」
止めて仕舞った足を、前へ踏み出す……前に、奥から一体のアルトが……アルトか? 妙に体長が長く、それに比例し足も大量に携えたアルトが高速で間合いを詰め、倒れ伏したアルトを背負い上げる。
「キキ!!」
「「「キー!」」」
「退くか! その思い切りやよし!」
負傷者を回収し、即座に踵を返す長いアルト。その背には、これまた大量のアルト共が陣取り、ワシに射線が通ると同時に、足止めに攻撃してきよる……その攻撃を適当に払い除けたのがまずかったのう。攻撃に混じって投擲された瓶を、雑に割ってしもうた。
途端に、割った瓶から白い煙が溢れ出し、視界を埋め尽くす。
「煙幕か? んな!?」
視界を潰された程度であれば、如何と言う事は無いのじゃが、それと同時に周囲の魔力を感じ取ることができなくなる。放たれる魔法攻撃も直前まで感知できず、どうしても追撃速度が遅くなる。厄介なもんをばら撒きよってからにぃ痛ぃてぇ!?
「まぁた貴様か、アンコ!」
「ふぇ~ん、気付かれたぁ、逃げろ~」
攻撃を捌きながら前に進んでいると、全身に痛みが走る。何事かと思ったら、以前に何度も真正面から暗殺してきよった規格外が、また襲撃してきよったな。
アルトの中に数体紛れておる、ネームドの一体であるアンコ。名前付きは伊達では無く、その能力は脅威の一言じゃ。気配を感じ取れても認識できんとか、反則も良い所じゃわい。攻撃されて初めて気付くんじゃからのう。
ちょっと本気を出しておる状態だった故、碌に傷付かんかったが……今のタイミングは本気でビックリしたわい。
まぁ、良いわい。前回は取り逃がしたが、今回は逃がさんぞ? なにせ手が届く範囲に居るんじゃからのう!
背後に居るアンコが逃げる前に、振り向きざまに腕を伸ばす……その途端、背後に悪寒が走った。
「「痛ってぇ!?」」
悪寒に従い、咄嗟に首辺りを魔力で覆うと、予想以上の衝撃が首へと叩き付けられた。魔力で守っとらんかったら、首の肉が切られとったぞ!
「えぇい! 何度も何度も何度も何度も、容赦なく急所を狙いよって! 手心っちゅぅものは無いのか!?」
「俺の全力の一撃受けて平気なアンタに、言われたかねぇよ! 俺の爪の方が欠けるってどんな防御力だよ!?」
取り逃がしたアンコの代わりに、首を切り落とそうとしてきたデカいアルトの爪をとっ捕まえる……と同時に、ワシが掴んだ爪を自ら切り落とし、振り向く間に脱出しよった。逃げる事に対する選択に、迷いが無さすぎるわ!
「逃がさん!」
魔力の感知を阻害する白い煙を掻き分け、煙の奥へと逃げるアルトを追う。
煙を抜けた先には、デカいアルトの他にもう一体、何やら魔術を組んだアルトが待機しておった。
あの特徴的な術式は、空間……転移魔術か!?
「うんじゃぁねぇ~♪」
「あばよ!」
ワシが気付いた時は既に遅く、デカいアルトと共に、二体のアルトがその場から消え失せる。
無駄だと分かってはいるが、背後を含め周囲に視線を向けるも、そこにも誰も居りはしない。実際は居て気付いたとしても意識できんから、あの規格外を捕まえるのは恐らく無理じゃのう……。
「……フ、フハハハハハ! 逃げられたわい。本気で取りに行った獲物を取り逃がしたのは何年ぶりか、見事な引き際よ……天晴!」
結果だけを見れば、散々引っ掻き回された末に成果なし。完全にしてやられたのう。
……誰が入りたがるんじゃ? この迷宮。
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