ブチ切れ世界樹さんと、のんびり迷宮主さん

月猫

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265 冒険者③(ハンターギルド)

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 森、木漏れ日が差し込む深い森。風に揺れた枝葉が波打つなか、地面に蔓延った無数の木の根を避ける様に、ウルグの群れが駆け抜け、コブリラがその柔軟な体を生かし、起伏の激しい地面を滑る様に這い追いかける。

 速度が落ち射程距離へと入った狼に向け、蛇が飛び掛かる。
 あわや丸のみかと思った瞬間、その攻撃を紙一重で躱し、代わりに四方八方から影が飛び掛かり、伸びきった蛇の体に牙を立てる。

 多勢に無勢。ステータスで優っていようとも、体の構造上、伸びきった体ではその性能を完全に発揮することもできない。
 経験を積ませる為だろうか……小さな個体子供まで参戦している姿を見られる事から、彼ら狼からしてみれば危険な狩りではない事が窺える。

「ガルァ!」

 そして、囮として蛇の攻撃を紙一重で避け押さえつけに参加しなかった狼が踵を返すと、身動きできない蛇へと距離を詰め、魔力の籠った腕を振るい、蛇の首を切り落とした。


―――


「うっわ、容赦ねぇ」
「うん……この子達、狩り上手」
「可能な限り損失を抑えつつ、仕留める。正に狩人ですわ」
「力押ししかしない魔物とは、到底思えない動きね」

【世界樹の迷宮】の外周である森の中、一時騒然とし、鳴りを潜めていた森の日常が戻ってきた頃。森に住む生き物の営みを、木の上から観察している一団が居た。

 森と人里を行ったり来たり……メモを取り、スケッチを撮り、サンプルを採り、森の生態系を観測する。そして、定期的に来る運び屋に依頼し、持ち帰った情報を信頼する者へと送る。

 これを繰り返す事、数日。【破壊者】率いる冒険者たちは、大まかにではあるが外周である森に住む生き物と、そのパワーバランスの把握を成していた。

 それでもまだ、調べられることは多くあるが、それは後続に託す残す事もできる。彼等は次なるエリアへ進む段階まで来ていた。


―――


 魔物の観察を終え、今日の探索から無事に帰還した5人の冒険者たち。腹を空かせた状態で帰還した彼等に、声を掛ける者が現れる。

「お~う、今日もご苦労さん! 探索は順調か~い?」
「げ、案内屋」
「おうおう、随分なご挨拶じゃん、ロットさんよ~。御勧めのお店紹介するの、辞めようかなぁ?」
「ぐぬぬ」
 
 日に日にその様相を変え、既に村や町と言えるレベルにまで整備された探索の最前線。そして、探索で心身ともに疲弊した状態で、新たに店を捜索する気になどならない。そこで役に立つのが、彼等に声を掛けて来た案内屋なのである。

「にひひ、毎度。こっちだぜ~」

 今では彼等は、立派なお得意様。案内屋に案内料を支払いつつ、他愛ない話で道中の時間を潰していく。

「そうそう念のため聞くけど、アンタ等の後をつけていた人間ケルドはどうなったんで?」
「あぁん? 全員魔物に食われていたけど?」
「あっはははは! あいつ等、馬鹿だからな~。やっぱそうなるか」

 ふと、案内屋が話のネタとしてケルドの話題を上げれば、ロットが面倒くさそうに答えを返す。

 獲物が見つからない、肉が食えない、金にならない、飯が買えない……金になる物を見つけられない、獲物が狩れない、獲物を求めて更に奥へ進み……魔物に食われる。大半のケルドは、その繰り返しである。
 羽振りの良い奴の後をつけてコバンザメも、結果は変わらない。成果を出しているのには、それだけの理由が有るのだ。能力のない者が付いて行っても、成果が上がる訳が無かった。

「あんなゴミケルドどうでも良いんだよ。こっちは腹減ってんの」
「もう少しだから、そら見えた。あそこだ」
「「「……ハンターギルド~?」」」 

 腹が空き過ぎて、苛立ち始めた冒険者組に対し、道の突き当りを指さす案内屋。そこには、ハンターギルドと書かれた看板を掲げた、周囲よりも立派な建物があった。

 一般的なハンターギルドは、食事処を併設している所が多い。特にここの飯は、余所よりも旨いと案内屋が説明するのに対し、露骨に難色を示す冒険者組。今までも道中、カッターナのハンターギルドに立ち寄りはしたが、ハッキリ言ってお粗末の一言だった為だ。

 だが案内屋が言うには、ここのハンターギルドは、カッターナの中でも最南端に位置する街の管轄下にあるギルドなのだと言う。
 カッターナに入国した位置の関係で、彼等が寄る事の無かった場所だが、噂程度であれば、彼等も耳にしていた。特に、その地の支配者の名はよく話題に出る。

 容姿も、性格も、人種すらも、何も分からない。地位や呼び方も領主だったり、主様だったり、王様だったり……最も耳にする機会が多いのだが、その姿が最も見えない存在。それが、南の地に突如現れた支配者……ダン・マスと言う人物だ。

「そのダン・マスって何者か知ってんの?」
「あぁ~、今は改革途中だから、立ち位置とか色々フワフワしてるとか聞いたな。その内、明確になるだろうから、すんごい方とでも思っておけば大丈夫じゃねえ? 会ったこと無いけど」
「よくもまぁ、突然現れたよく知らない奴を信用できるわね」
「ははは! そりゃおめぇ、ゴトー様の主様だぜ? あの方に会ったことが有る奴なら、知らなくても只者でない事は判るって。たまにここにも来るから、機会があれば会えるかもな」
「むぅ? ここにもゴトーが来るのか?」

 懐疑的なマリアに対し、案内屋はけらけら笑いながら返答すれば、成り行きを見守っていた【破壊者クラッシャー】が反応する。

「爺さんは、ゴトー様の知り合いなのか?」
「うむ、ちょいとあってのう。うまい酒を紹介してもらったわい……因みに、そこでこれ・・は使えるかのう?」

 懐から、その時に貰った硬貨を取り出して見せるのであった。


―――


 様々な薬や小道具などが露店形式で売られ、食事処からはすきっ腹には辛い香りが漂う。

 人は少ないが活気はある、簡易的な建造物が立ち並ぶ中で、基礎からしっかり建てられた建物があった。
 そこはハンターギルド。辺境からの恵みを集め、人々の生活の基盤を支える、荒くれ者達が集う場所であり、この場の中心地である。

ドアに設置された来客を知らせるベルが鳴り、室内に居る人の視線が、案内屋に引きつられた5人組に集まる。

「ここが新設のハンターギルドねぇ」
「素材受付、依頼受付、依頼掲示板。二階には個室と資料室と……」
「人は少ないけど、隣は酒場……結構強い?」
「真っ当だわ……カッターナとは思えない程に真っ当だわ」

 ロットは無遠慮に室内を観察し、ララは案内板を見ながら全体図を頭の中へと入れて行く。その傍らでロビンが周囲へ眼を光らせ、マリアは今までのカッターナからは想像できない仕上がりに、唖然と立ち尽くしていた。

 そんな中、まばらな席から覗く視線を無視し、カウンターへと真っ直ぐ向かう、筋骨隆々の老人の姿があった。

「やっとるかのう?」
「いらっしゃいませ。カッターナ・ハンターギルド、辺境支店へようこそ。どのようなご用件でしょうか?」

 窓口からはみ出した体躯を屈め、カウンターを覗き込む老人。
 対する受付嬢は、窓口を遮る巨体を前にしても、物怖じすること無くにこやかに対応して見せた。

「登録じゃ。ワシと、こいつ等じゃな」
「ハンター登録でございますね、有難うございます! 身分や能力を証明できるものをお持ちでしょうか?」
「ここで、これは通用するかのう?」

 老人が懐から取り出したのは、朱色の光沢を放つ黄金のネームプレート。裏面には冒険者ギルドの紋章と、表には名前が刻印されている。

「え……え~っと、これは冒険者の……この種類は確か……え? S、ランクの?」

 それは、冒険者で在る事を証明するプレート。それも【真金オリハルコン】で作られた特別製。
一般人がお目に掛かる事など殆どなく、カッターナに至っては存在すらしない、Sランク冒険者の証である。

 当然の事、カッターナの国民が見た事などない。受付嬢も、口頭と資料で知るのみだ。

「……因みに、これも有るんじゃがのう?」

 困った様に眉を下げ記憶を掘り起こし、どうにかその正体に当りを付ける受付嬢に対し、追い打ちがかかる。

 すすすとカウンターを滑らす様に追加で提示されたのは、特殊な模様が彫り込まれた硬貨だ。

「あ、ぁ~……少々お待ちください……支店長、支店長~!」

 驚きと共に納得の声を漏らすと、自身のキャパを超えたのか、涙目で奥へと引っ込む受付嬢。

 対する【破壊者】はその後ろ姿をみて、悪戯が成功した子供のように笑顔を浮かべていた。

「じじいって、偶にふざけるよな」
「な~に、それだけでは無いぞ。ここではこれハンターランクよりもこっちゴトーの紹介の方が、知名度があることが分かったじゃろ」

 あぁ、と納得の声を上げる弟子の4人達だが、その為に犠牲になった者が居る事に変わりは無い。
 そして、数分。その被害者受付嬢が奥から連れて来たのは、鼻眼鏡をかけ、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた、初老の丘人だった。

「支店長、支店長! どうなんですか? 本物なんですか!?」
「えぇい、焦るなみっともない! あぁ、何だ、俺はこの支店の責任者をやらせてもらっているもんだ、臨時だから気を使わなくて構わんよ……拝見させていただく」

 一言断りを入れた支店長は、鼻眼鏡をはずし、懐から取り出したルーペで、朱色の光沢を放つ金色のプレートを凝視する。

「ん~~~……本物だな。長く生きたが、初めて見たわ」
「ほ、本当ですか、支店長~?」
「彫りが刻まれた真金オリハルコンのプレート、それだけで十分じゃが、冒険者ギルドのマークまで刻印されている。ちょっとでも実力のある者なら、そんな自殺行為はせんわ」

 あわあわと情けない声を上げながら、支店長と思しき丘人に縋りつく受付嬢に、先ほどまでの凛々しさは欠片もない。
 対して支店長は、ルーペを懐に仕舞うと、眉間を揉みほぐしながら適当に受け流し、眼光鋭く硬貨の持ち主に視線を向ける。

「……お前さん、【破壊者】だな、噂は聞いているよ。ここじゃなんだ、奥の個室までご同行願えないか?」
「ここでは駄目なのかのう?」
「勘弁してくれ……ゴトー様の紹介付きだぞ。他と同等の扱いなどしては、周りに示しがつかん」
「ふぅむ、仕方がないのう」

 この手の扱いに慣れている【破壊者】は、支店長の提案に素直に答え、奥の部屋へと消えていく。

「し、失礼いたしました。改めまして、カッターナ・ハンターギルド、辺境支店へようこそ」

 涙目になりながら支店長に助けを求めていた受付嬢は、何事も無かったかかの様に、残った者達の接客を再開した。
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