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242 穴人③
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山脈の中央付近に位置する、穴人共の住処。地中に造られた鍛冶場から離れたその一室で、今日も今日とて怒号が満ちる。
周囲の音にかき消されない様に、離れた場所に在ると言うのに、その声量はいつもと変わらない。今までの違いと言えば、その内容だろう。
「だが、【竜燐鉱】の性質を鑑みるに、焼き溶かす訳にも行かんぞ?」
「溶かすと、途端に強度が落ちる! 金属と鱗の性質を足して割った様な鉱石だわい!」
「焼き飛ばすと、不純物と一緒に重要な要素も焼けちまう……一枚一枚剥すか?」
「手間の割に、効率が悪い! それに間に挟まって居る不純物の除去はできても、結局のところ、中に混じった不純物の除去には繋がらんだろ!」
今議題に上がっているのは、目の前のテーブルに並べられた、鉱石達についてだ。
扱った事の無かった鉱石でも、今までの経験から、どう処理すればいいかすぐに判断が付いたが、生物の組織が金属化した鉱石だけは別だった。
今までも、生物金属を扱ったことが無い訳では無かったが、他の金属で代用できる物ばかりで、処理方法が確立されて居なかったのが悔やまれる。
そんな鉱石を持ち込んできたのは、北に住む連中と、そいつ等が紹介してきた奴らだ。
「頭領! 頭領!!」
「でけぇ声出すな! 聞こえとるわい!」
「頭領、客だ!」
「客だぁ!?」
「おっす、頭領! お久しぶり~」
「おう! ちょっと待ってろ!」
黒鉄を打ち合わせる様な音で、声を掛けられる。どうやら、俺等が奔走している原因を持ち込んだ奴らが来やがったらしい。
アルトと名乗ったそいつらを初めて目にした時、俺が抱いた印象は、熟練の職人によって作られた【鉄】の工具達。珍しい素材ではないが、決して欠かせない……そんな印象だったか。
実際、あいつ等は何でもできた。土木工事に運搬、果てには交渉まで長けてやがった。
他の連中は気にして無かったが、手振り身振りを踏まえて、所々<通訳>と<念話>を交えて話しかける事で、瞬く間に俺達に<翻訳>させやがったからな。うちの連中よりも、頭良いんじゃねぇか?
「仕事中悪いね~」
「構わん!」
議論に熱中している奴らを余所に部屋から出ると、声を掛けて来たアルト共に顔を合わせる。
確かこいつは、指揮官タイプだったか。他のアルトよりも一回り大きく、首や脚に多めに魔道具を飾ってやがる。
効果の分かる物から分からない物ものまで、最低でも全員、2~3個は装備してやがるからな、どんだけ潤沢な資源と生産体制を持ってるって話だ。
……但し、素材の作りがわりぃ。物がいい分、もったいねぇ。見る度に弄りたくなる!
中を見て作りを見てぇが、そんな事を要求すると、なにを対価に求められるか分かったもんじゃねぇ。ある意味、普通の魔物よりも厄介な奴らだ。
「何の用だ?」
「本格的に、僕らと契約しません?」
「契約だぁ?」
開口一番、こいつ等はいつも唐突に話を振りやがる。
話を簡単に纏めると、今までの取引はその場限りのもので、継続的な取引をしたい。その為に、こいつ等のボスに会って欲しいらしい。
……魅力的な提案ではある。
鉱石だけでなく、食料、燃料、薬品、酒……あんなものを見せられ知っちまったら、うちの馬鹿どもが我慢できるわけがねぇ。
代償として、俺達の住処を掻っ攫って行ったが、あいつ等の目的は通路を引くことであって、こちらに何かする訳でもないらしいから大した問題にはなってないのが、また拍車をかけてやがる。
焼き入れどころか、選鉱段階で、完全に主導権を取られちまった。それもこれも、北の連中が安易に受け入れちまったからだが……そこは俺のせいじゃぁねぇな。
つってもなぁ……外の連中との契約もあるし、イラ共に抵抗する為にも、外の連中に支援しない訳にも、蔑ろにする訳にもいかん。
思えば、頭領の座を継いでからこれまで、これ程まで頭を悩ませることも、心が躍ることもなかった気がするわい。
「……因みに、今回の話し合いに応じない場合、次の機会がいつになるかは不明だから」
「なぬ?」
「土地も、必要な分は貰ったし~? 取引する理由も無いんだよね~?」
「な」
「……食料」
「う」
「……鉱石」
「む」
「……酒」
「ぐふ」
こ、こいつ、俺等を脅すつもりか!? ここで、こいつ等の取引を打ち切られると、暴動になりかねんぞ!?
「脅すだなんて、人聞きが悪いな~。僕らはただ、本当の事を言っているだけだよ?」
「さ、酒を盾にしておいて……卑怯だぞ!?」
「酒が一番重要なんだね~」
呆れた様に言っているが、俺らに取っては最早死活問題なんだよ! 早々に断る選択肢を潰しやがって……絶対、此奴のボスも相当性格悪いぞ!?
こっちの趣味趣向が、完全に読まれちまっている現状、強気に出る事もできねぇってのに……!
「えぇい、いつでも構わん! 呼べ! それとも俺らが会いに行くのか!?」
「あ、いつでも良いの? ちょっと待ってね……はいは~い、了解で~す。うんじゃ、今から主様来るから、よろしくね~」
「……まて、今、ここにか!?」
「うん、今、すぐね」
「急すぎねぇか!?」
いくら何でも、早過ぎるだろ!? その主ってやつが、すぐ近くまで来てたって事じゃねぇか! こっちの予定を聞いた意味がないだろ!?
―――
「おいアルト共。何しとるんじゃ!?」
「ちょっと会場準備」
「会場だぁ!?」
「ここに主様を呼ぶの。因みに、頭領にはさっき話が付いたから」
「お前らのボスか!? おう、呼べ呼べ! ついでに酒も頼む!」
「はいはい、本当水の代わりみたいに呑むよね~」
「主様来るし、蔵から良いモノ持ってくる~?」
「「「良い酒!!??」」」
「反応してんじゃねぇぞ、この飲兵衛共が!」
アルトにせっつかれるままに移動すれば、広場に幾つもの座布団が敷かれ、立派な会場ができていやがった。周りに居る飲兵衛共は、いい酒の一言で盛り上がって、まったく危機感を抱いていやがらねぇ。
「お、頭領! なんかこいつ等のボスが来るって聞いたぞ!?」
「らしいな!」
俺等の先祖が先祖だけに、俺等は病的なまでに余所者を嫌う傾向にある筈なんだが……それが酒一つで、ここまで受け入れるんだから、我ながら単純で情けねぇ……で、良い酒ってやつは、俺の分も有んのか?
「有るから、適当に座って待ってて~」
「取り敢えず、これでも飲み食いして待ってろ~」
「「「おーーー!!」」」
アルト共が運んで来た摘みと酒をみて、野太い喚声が上がる。
……そして、ものの数分で酔っぱらい共が闊歩する空間が出来上がった。
「おらおら! そんなチマチマ飲んでねぇで、もっと豪快に行けや!」
「僕らは、そんながぶがぶ下品に飲んだりしないの! もっと香りとか、風味を楽しみなよ、勿体ない!」
「下品だぁ!? お高く留まりやがって、軟弱もん共が!」
「軟弱~? 少なくとも、お前達よりは強い自覚がありますけど~?」
「なんだぁ、おう!?」
「「やんのか、こら!?」」
「喧嘩か!?」
「おう、やれやれーガハハハ!」
「下品だってよ! そんだら俺らは生まれつき下品だぃ!」
「「「ちげぇねぇ!!」」」」
舌を出して、チマチマと味わう様に飲むアルトと、馬鹿笑いを上げ、ガブガブ飲み干す馬鹿共。
罵倒と怒号と喧嘩と馬鹿笑い……酒と摘みが揃えば、そこはすぐにでも宴会場へと早変わり。いつも通りと言えばいつも通りだが、アルト共よ、俺らはいいが、お前らのボスはそれでいのか……?
「良いんじゃないですか? じゃれているだけでしょうし、仲が良くて微笑ましいではないですか」
「ふん! ……!?」
酌をされつつ話し掛けられた言葉に対し、適当に鼻で答え、ハタとその存在を認識する。
途端に先ほどまでのほろ酔いは消し飛び、代わりに喉元に刃を突き付けられた様な危機感と怖気が、全身を駆け巡る。
怒気でも殺意でもない……ただただ、突然現れたその得体のしれない存在感を認識し、全身が警鐘を鳴らす。
動かない体の代わりに横目で隣を見れば、片膝をつきながら酒瓶を持った青年が、微笑ましそうに、アルト達のやり取りを眺めていやがった。
周囲の音にかき消されない様に、離れた場所に在ると言うのに、その声量はいつもと変わらない。今までの違いと言えば、その内容だろう。
「だが、【竜燐鉱】の性質を鑑みるに、焼き溶かす訳にも行かんぞ?」
「溶かすと、途端に強度が落ちる! 金属と鱗の性質を足して割った様な鉱石だわい!」
「焼き飛ばすと、不純物と一緒に重要な要素も焼けちまう……一枚一枚剥すか?」
「手間の割に、効率が悪い! それに間に挟まって居る不純物の除去はできても、結局のところ、中に混じった不純物の除去には繋がらんだろ!」
今議題に上がっているのは、目の前のテーブルに並べられた、鉱石達についてだ。
扱った事の無かった鉱石でも、今までの経験から、どう処理すればいいかすぐに判断が付いたが、生物の組織が金属化した鉱石だけは別だった。
今までも、生物金属を扱ったことが無い訳では無かったが、他の金属で代用できる物ばかりで、処理方法が確立されて居なかったのが悔やまれる。
そんな鉱石を持ち込んできたのは、北に住む連中と、そいつ等が紹介してきた奴らだ。
「頭領! 頭領!!」
「でけぇ声出すな! 聞こえとるわい!」
「頭領、客だ!」
「客だぁ!?」
「おっす、頭領! お久しぶり~」
「おう! ちょっと待ってろ!」
黒鉄を打ち合わせる様な音で、声を掛けられる。どうやら、俺等が奔走している原因を持ち込んだ奴らが来やがったらしい。
アルトと名乗ったそいつらを初めて目にした時、俺が抱いた印象は、熟練の職人によって作られた【鉄】の工具達。珍しい素材ではないが、決して欠かせない……そんな印象だったか。
実際、あいつ等は何でもできた。土木工事に運搬、果てには交渉まで長けてやがった。
他の連中は気にして無かったが、手振り身振りを踏まえて、所々<通訳>と<念話>を交えて話しかける事で、瞬く間に俺達に<翻訳>させやがったからな。うちの連中よりも、頭良いんじゃねぇか?
「仕事中悪いね~」
「構わん!」
議論に熱中している奴らを余所に部屋から出ると、声を掛けて来たアルト共に顔を合わせる。
確かこいつは、指揮官タイプだったか。他のアルトよりも一回り大きく、首や脚に多めに魔道具を飾ってやがる。
効果の分かる物から分からない物ものまで、最低でも全員、2~3個は装備してやがるからな、どんだけ潤沢な資源と生産体制を持ってるって話だ。
……但し、素材の作りがわりぃ。物がいい分、もったいねぇ。見る度に弄りたくなる!
中を見て作りを見てぇが、そんな事を要求すると、なにを対価に求められるか分かったもんじゃねぇ。ある意味、普通の魔物よりも厄介な奴らだ。
「何の用だ?」
「本格的に、僕らと契約しません?」
「契約だぁ?」
開口一番、こいつ等はいつも唐突に話を振りやがる。
話を簡単に纏めると、今までの取引はその場限りのもので、継続的な取引をしたい。その為に、こいつ等のボスに会って欲しいらしい。
……魅力的な提案ではある。
鉱石だけでなく、食料、燃料、薬品、酒……あんなものを見せられ知っちまったら、うちの馬鹿どもが我慢できるわけがねぇ。
代償として、俺達の住処を掻っ攫って行ったが、あいつ等の目的は通路を引くことであって、こちらに何かする訳でもないらしいから大した問題にはなってないのが、また拍車をかけてやがる。
焼き入れどころか、選鉱段階で、完全に主導権を取られちまった。それもこれも、北の連中が安易に受け入れちまったからだが……そこは俺のせいじゃぁねぇな。
つってもなぁ……外の連中との契約もあるし、イラ共に抵抗する為にも、外の連中に支援しない訳にも、蔑ろにする訳にもいかん。
思えば、頭領の座を継いでからこれまで、これ程まで頭を悩ませることも、心が躍ることもなかった気がするわい。
「……因みに、今回の話し合いに応じない場合、次の機会がいつになるかは不明だから」
「なぬ?」
「土地も、必要な分は貰ったし~? 取引する理由も無いんだよね~?」
「な」
「……食料」
「う」
「……鉱石」
「む」
「……酒」
「ぐふ」
こ、こいつ、俺等を脅すつもりか!? ここで、こいつ等の取引を打ち切られると、暴動になりかねんぞ!?
「脅すだなんて、人聞きが悪いな~。僕らはただ、本当の事を言っているだけだよ?」
「さ、酒を盾にしておいて……卑怯だぞ!?」
「酒が一番重要なんだね~」
呆れた様に言っているが、俺らに取っては最早死活問題なんだよ! 早々に断る選択肢を潰しやがって……絶対、此奴のボスも相当性格悪いぞ!?
こっちの趣味趣向が、完全に読まれちまっている現状、強気に出る事もできねぇってのに……!
「えぇい、いつでも構わん! 呼べ! それとも俺らが会いに行くのか!?」
「あ、いつでも良いの? ちょっと待ってね……はいは~い、了解で~す。うんじゃ、今から主様来るから、よろしくね~」
「……まて、今、ここにか!?」
「うん、今、すぐね」
「急すぎねぇか!?」
いくら何でも、早過ぎるだろ!? その主ってやつが、すぐ近くまで来てたって事じゃねぇか! こっちの予定を聞いた意味がないだろ!?
―――
「おいアルト共。何しとるんじゃ!?」
「ちょっと会場準備」
「会場だぁ!?」
「ここに主様を呼ぶの。因みに、頭領にはさっき話が付いたから」
「お前らのボスか!? おう、呼べ呼べ! ついでに酒も頼む!」
「はいはい、本当水の代わりみたいに呑むよね~」
「主様来るし、蔵から良いモノ持ってくる~?」
「「「良い酒!!??」」」
「反応してんじゃねぇぞ、この飲兵衛共が!」
アルトにせっつかれるままに移動すれば、広場に幾つもの座布団が敷かれ、立派な会場ができていやがった。周りに居る飲兵衛共は、いい酒の一言で盛り上がって、まったく危機感を抱いていやがらねぇ。
「お、頭領! なんかこいつ等のボスが来るって聞いたぞ!?」
「らしいな!」
俺等の先祖が先祖だけに、俺等は病的なまでに余所者を嫌う傾向にある筈なんだが……それが酒一つで、ここまで受け入れるんだから、我ながら単純で情けねぇ……で、良い酒ってやつは、俺の分も有んのか?
「有るから、適当に座って待ってて~」
「取り敢えず、これでも飲み食いして待ってろ~」
「「「おーーー!!」」」
アルト共が運んで来た摘みと酒をみて、野太い喚声が上がる。
……そして、ものの数分で酔っぱらい共が闊歩する空間が出来上がった。
「おらおら! そんなチマチマ飲んでねぇで、もっと豪快に行けや!」
「僕らは、そんながぶがぶ下品に飲んだりしないの! もっと香りとか、風味を楽しみなよ、勿体ない!」
「下品だぁ!? お高く留まりやがって、軟弱もん共が!」
「軟弱~? 少なくとも、お前達よりは強い自覚がありますけど~?」
「なんだぁ、おう!?」
「「やんのか、こら!?」」
「喧嘩か!?」
「おう、やれやれーガハハハ!」
「下品だってよ! そんだら俺らは生まれつき下品だぃ!」
「「「ちげぇねぇ!!」」」」
舌を出して、チマチマと味わう様に飲むアルトと、馬鹿笑いを上げ、ガブガブ飲み干す馬鹿共。
罵倒と怒号と喧嘩と馬鹿笑い……酒と摘みが揃えば、そこはすぐにでも宴会場へと早変わり。いつも通りと言えばいつも通りだが、アルト共よ、俺らはいいが、お前らのボスはそれでいのか……?
「良いんじゃないですか? じゃれているだけでしょうし、仲が良くて微笑ましいではないですか」
「ふん! ……!?」
酌をされつつ話し掛けられた言葉に対し、適当に鼻で答え、ハタとその存在を認識する。
途端に先ほどまでのほろ酔いは消し飛び、代わりに喉元に刃を突き付けられた様な危機感と怖気が、全身を駆け巡る。
怒気でも殺意でもない……ただただ、突然現れたその得体のしれない存在感を認識し、全身が警鐘を鳴らす。
動かない体の代わりに横目で隣を見れば、片膝をつきながら酒瓶を持った青年が、微笑ましそうに、アルト達のやり取りを眺めていやがった。
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