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238 森人①
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カッターナの南東。森に隣接する土地一帯を所有する女性が、所有する屋敷の一室で、いつもと同じように山積みになった資料に目を通していた。
その森人の名はエイブリー。ゴトーを経由し、【世界樹の迷宮】に第二拠点となる屋敷を提供した女性だ。
書類と格闘する彼女の日常は、この日をもって終わる事となる。
―――
「これもダメ、これもダメ、これも使えない。これも、これも……」
不穏な空気を感じ取ったのは、今から1~2カ月ほど前だったか。切っ掛けはスタンピードによる魔の森の消失と、食料枯渇。人間共はまったく気にしていなかったが、その影響はすぐに顕在化することとなった。
まぁ、蓄えも保険も予想も立てられない、魔物以下の知識しかない連中だ。この結果は容易に想像できた。お陰で今では、碌な物も情報も無い。
「予想外だったのは、外からの介入……か」
この機に乗じ、食用となる物を森から融通する用意を早急に取り進めたが、私達が手を出す前に全て掻っ攫われ、その目論見も水泡に帰した。
まるで狙いすましたかの様な、経済と流通への干渉。最早カッターナは、あいつ等の独占市場だ。その手腕は、人間共が宗教を理由に、内側から侵略してきた頃を思い出す。
他国からの侵略であればエスタール帝国も口出しできたかもしれないが、国内の内紛となれば、手出しし難いのだろう。
今回とてそれは同じ。イラ教にしても、商売しているだけの者達を、頭ごなしに押さえつける事は難しい。いや、相手は契約も条約も、利用価値を示せなければ容易に破る糞野郎共だ。相手取って居る連中の方が優秀と言うだけの事か。
そもそも今、イラ教は真面に機能していない。突然現れたドラゴンによって多大な被害を被り、その立て直しが未だ終わって居ないのだから仕方がない。
「だが、このままだと不味い」
人間共は、維持できない奴隷を少しでも資金に変えようと、高額で買い取りを行うバラン商会に流れた事で奴隷の価格が高騰し、新たに市場に出ることなく更に高騰。需要が供給を圧倒し、奴隷市場は破綻。元々あった人間の奴隷商は軒並み廃業となった。
奴隷は生き物。使い捨てる心算ならともかく、売る方は維持費が掛かる。
維持に欠かせない食費と、奴隷の売価との釣り合いが取れなくなれば、こうもなるか。
最早奴隷は高級品。誰も手出しできないレベルの、真面に売れない最高級品だ。
それもあってか、私に追加の奴隷を寄こせと送り付けられた命令書も、最近では全く来ることが無くなった。
それはつまり、私達の最大の財源確保先が喪失したことを意味している。このままでは私達の地位を維持できなくなる。
同胞を奴隷として差し出す事で財とし、この土地と権力を手に入れ、同胞達の居場所をもぎ取った。
下手に抵抗すれば、同胞を巻き込み潰される。当時の私には、私達にはその方法しか無かった。
……本当にそう? 他に方法は無かった? 同胞を切り捨てる以外の手立ては無かったの? もっと良い手、最善手があったのでは……何度思い返しても、思い出しても、私がやった事は変わらない。
内臓が捻じれ、うなじが焼ける。頭の奥でギリギリと音が鳴る。後悔は、ない。しようがない。してはいけない。これは、私が決めた事だから。だけどだけどだけーーー
「あらあらエイブリーったら、そんなに根を詰めて。ほら、顔を上げなさい」
耳元で囁かれた音色が頭の中に染み渡り、意識が引っ張られ前を向く……あぁ、そうね。今は無駄な事を考えている時間はないんだ。しかし如何する? 手持ちの手札も乏しい中、こいつ等にどう対抗する?
「ん~? あぁ、バラン商会ね」
バラン商会。
圧倒的なまでの物資と運搬能力。潤沢な資金と、それを回し続ける商才。それが、明確な意志の元に振るわれるのだ。これは最早、経済力と言う名の暴力を用いた侵略。もしこの現状を意図的に引き起こしたとしたら……私は戦慄を禁じ得ない。
このままでは、人間共々食い殺されて仕舞う。いや、違う。これはチャンスなんだ! 我々が生き残る、人として浮き上がる為の、恐らく最後の……ここであいつ等の、バラン商会共の流れに乗り損ねるわけにはいかない!
「それなら、仲間に入ればよかったのに。協力の打診だってあったんでしょ? それに乗って置けばよかったものを」
「侵略者共に平伏しろと言う気か!」
外から来た者など、信用できるものか。私は、私達は誰も信じない。
元々は、雑多な部族や種族の集まりだったカッターナだ。外から新たに入り込んだ人間共に、容易に食い漁られた。
これが国でなく、部族単位であれば違ったのだろうが……国としての在り方が未熟だった所を突かれたと言った所か。
だが、今は違う。当時曖昧だった地位も、権力も、財力も、今の私は持って居る。抗えるだけの力を、今の私は手に入れたんだ! 侵略者共などに、私の土地の土を踏ませなどしない!
「あら、私めは良いのかしら?」
「アンタは……アンタ、何時からそこに居たのよ」
いつの間にか出されていた茶に手を伸ばして、漸く他に人が居る事に気が付いた。いつの間に入ったのか、そいつは頬杖を尽きながら、ニコニコと私の顔を覗き込んでいた。
「くすくす、いい反応だわ~。その内心を押し殺して毅然と振舞う姿。私め、本当に貴方が大好きだわ」
見透かした様にニヤニヤと、本当にムカつくわコイツ! 秘書として優秀だから雇い入れたけど、勝手に何処か行くし、そのくせに何処で何をやっているか全く言わないし。コイツに会ってから、私の心の平穏は崩れっぱなしだ。
「はぁ……今度は何処に行っていたのよ、ゴトー。どうせ言わないんでしょうけど」
コイツに、ゴトーに出会ったのは何時だったか……女の私ですら目を奪われるこの女は、夜の街を無防備に一人で出歩いていたっけ。
「はい、これ」
「なに、これ」
「この屋敷の売買契約書よ」
「売買契約~?」
ゴトーの言葉に、眉間に皺が寄る。いつもいつもコイツは、こっちの反応を見たいが故か全部唐突なのよ。
しかし、何故今なの? 私達の土地が目当てで近づいたのであれば、もっと早い段階で行動できたはず。何が狙い?
「酷いですわね、こちらは親切心での申し出ですのに疑うだなんて。私は悲しいわ」
よよよ、とわざとらしく泣き真似をするゴトーの姿を見て、溜息と共に力が抜ける。
「はぁ、御託はいい。何故今なのだ。ここを取るなら、いつでもできただろう……それこそ、出会った時の私なら簡単に……」
「あぁ、そんなのどうでも良いのよ。憔悴しきった貴方に、価値なんてないもの。先行投資よ、先行投資。メンタルケアは、私の得意分野だもの、それ位するわ」
こ、此奴、どうでも良いとか言い放ちやがった。自分でもあの頃は、相当おかしかった自覚はあるけど、この言われ様は頭にくるわね。
「貴方に紹介したい方が居るのよ。余所に見られたくないから、結界やら魔力的な遮断、他にも色々理由は有るけど、支配領域内であればできる事が増えるでしょう? 安全と利便性を考えると、その方法が一番手っ取り早いと言うだけよ。別に取って食ったりしないから安心しなさい」
言っている事は判らなくも無い。自身が支配する領域で無いと効果を発しない魔道具や能力は、少なくない。
しかし、そこまでして会わせたい相手か。こいつの紹介となると、無下にもできんか。
今までの結果からして、利益につながるであろう事もそうだが、今までコイツには恩を掛け過ぎた。使っていない屋敷一つやった程度では割に合わない。
「そこまで安全を優先した上で会わせたい相手って、誰よ?」
「私のご主人様」
「え」
ゴトーの口から放たれた予想外の言葉に、持っていた筆を取りこぼしそうになる。ご主人様って何? あんた私の秘書でしょ? そんな話聞いてないのだが?
「貴方の雇い主は私よ?」
「雇われてはいるけど、仕えている人は別よ?」
「行く当てがないと言っていたのは嘘なの?」
「次に行く当てが無いってだけで、帰る当てが無いとは言ってないわよ?」
腹の底から沸き上がる怒りで、筆を持っている手がワナワナと震え出す。それに合わせるかのように、ゴトーの笑みが愉悦に浸る様に深くなる。
こ い つ ! 絶対わざとだ、わざと誤解する様に言ったな!?
「そんな怒らないで頂戴。綺麗な顔が台無しよ? 私はただ、優秀な貴方を紹介したいだけなのよ。事実私は、結構な時間を貴方に割いているのよ?」
「アンタの主って、何者よ」
「それは、貴方が直接会って判断なさい。それができないと言うのであれば、私は貴方の元から去るわ。エイブリー、私の可愛い親友。どうかわたしを幻滅させないで下さいね」
それは……その言い方は卑怯だ。
―――
カリカリと、書類にサインする耳障りな音が、静かな室内に流れる。
聞きなれた音。大っ嫌いな音。同胞を切り捨てる音……私はこの音が死ぬ程嫌いだ。
「本当に部屋だけで良いの?」
「えぇ、それだけで十分よ」
それは応接間の一室、この部屋の所有権を譲渡するだけの契約。この程度の譲渡であれば、警戒する程の事でもない。最悪何かがあれば、この部屋を外から壊せば良い。無い物は所有できない。所有物に対する不干渉等の内容が無いのは、相手側の配慮か。
ゴトーのサインが入った契約書に、私の名前を書き込んでいく。名前は偽名では無いのね。ちょっと安心した。
書き終えれば契約書が淡い光を放ち、効果を発揮する。これでこの部屋はゴトーの物となった。後はこの部屋に、ゴトーの主が来る予定を決めて、その準備をするだけか。
「はい、これで良いのよね」
「はい、問題ありません」
「!?」
隣に居るゴトーに向けて、サインした契約書を渡しながら問いかければ、向かいから聞きなれない声で答えられた。
「今晩は、そして初めましてエイブリーさん」
人が……黒髪黒目の青年が、向かいの席に座って居た。
微笑を湛えた締まりのない顔は覇気の欠片も無く、放たれる気配には、強者が持つ鋭さも深さも重さも無い。
何の苦労も苦しみも無く育った、世間知らずのどこぞのボンボン。それが、私が抱いた第一印象だった。
その森人の名はエイブリー。ゴトーを経由し、【世界樹の迷宮】に第二拠点となる屋敷を提供した女性だ。
書類と格闘する彼女の日常は、この日をもって終わる事となる。
―――
「これもダメ、これもダメ、これも使えない。これも、これも……」
不穏な空気を感じ取ったのは、今から1~2カ月ほど前だったか。切っ掛けはスタンピードによる魔の森の消失と、食料枯渇。人間共はまったく気にしていなかったが、その影響はすぐに顕在化することとなった。
まぁ、蓄えも保険も予想も立てられない、魔物以下の知識しかない連中だ。この結果は容易に想像できた。お陰で今では、碌な物も情報も無い。
「予想外だったのは、外からの介入……か」
この機に乗じ、食用となる物を森から融通する用意を早急に取り進めたが、私達が手を出す前に全て掻っ攫われ、その目論見も水泡に帰した。
まるで狙いすましたかの様な、経済と流通への干渉。最早カッターナは、あいつ等の独占市場だ。その手腕は、人間共が宗教を理由に、内側から侵略してきた頃を思い出す。
他国からの侵略であればエスタール帝国も口出しできたかもしれないが、国内の内紛となれば、手出しし難いのだろう。
今回とてそれは同じ。イラ教にしても、商売しているだけの者達を、頭ごなしに押さえつける事は難しい。いや、相手は契約も条約も、利用価値を示せなければ容易に破る糞野郎共だ。相手取って居る連中の方が優秀と言うだけの事か。
そもそも今、イラ教は真面に機能していない。突然現れたドラゴンによって多大な被害を被り、その立て直しが未だ終わって居ないのだから仕方がない。
「だが、このままだと不味い」
人間共は、維持できない奴隷を少しでも資金に変えようと、高額で買い取りを行うバラン商会に流れた事で奴隷の価格が高騰し、新たに市場に出ることなく更に高騰。需要が供給を圧倒し、奴隷市場は破綻。元々あった人間の奴隷商は軒並み廃業となった。
奴隷は生き物。使い捨てる心算ならともかく、売る方は維持費が掛かる。
維持に欠かせない食費と、奴隷の売価との釣り合いが取れなくなれば、こうもなるか。
最早奴隷は高級品。誰も手出しできないレベルの、真面に売れない最高級品だ。
それもあってか、私に追加の奴隷を寄こせと送り付けられた命令書も、最近では全く来ることが無くなった。
それはつまり、私達の最大の財源確保先が喪失したことを意味している。このままでは私達の地位を維持できなくなる。
同胞を奴隷として差し出す事で財とし、この土地と権力を手に入れ、同胞達の居場所をもぎ取った。
下手に抵抗すれば、同胞を巻き込み潰される。当時の私には、私達にはその方法しか無かった。
……本当にそう? 他に方法は無かった? 同胞を切り捨てる以外の手立ては無かったの? もっと良い手、最善手があったのでは……何度思い返しても、思い出しても、私がやった事は変わらない。
内臓が捻じれ、うなじが焼ける。頭の奥でギリギリと音が鳴る。後悔は、ない。しようがない。してはいけない。これは、私が決めた事だから。だけどだけどだけーーー
「あらあらエイブリーったら、そんなに根を詰めて。ほら、顔を上げなさい」
耳元で囁かれた音色が頭の中に染み渡り、意識が引っ張られ前を向く……あぁ、そうね。今は無駄な事を考えている時間はないんだ。しかし如何する? 手持ちの手札も乏しい中、こいつ等にどう対抗する?
「ん~? あぁ、バラン商会ね」
バラン商会。
圧倒的なまでの物資と運搬能力。潤沢な資金と、それを回し続ける商才。それが、明確な意志の元に振るわれるのだ。これは最早、経済力と言う名の暴力を用いた侵略。もしこの現状を意図的に引き起こしたとしたら……私は戦慄を禁じ得ない。
このままでは、人間共々食い殺されて仕舞う。いや、違う。これはチャンスなんだ! 我々が生き残る、人として浮き上がる為の、恐らく最後の……ここであいつ等の、バラン商会共の流れに乗り損ねるわけにはいかない!
「それなら、仲間に入ればよかったのに。協力の打診だってあったんでしょ? それに乗って置けばよかったものを」
「侵略者共に平伏しろと言う気か!」
外から来た者など、信用できるものか。私は、私達は誰も信じない。
元々は、雑多な部族や種族の集まりだったカッターナだ。外から新たに入り込んだ人間共に、容易に食い漁られた。
これが国でなく、部族単位であれば違ったのだろうが……国としての在り方が未熟だった所を突かれたと言った所か。
だが、今は違う。当時曖昧だった地位も、権力も、財力も、今の私は持って居る。抗えるだけの力を、今の私は手に入れたんだ! 侵略者共などに、私の土地の土を踏ませなどしない!
「あら、私めは良いのかしら?」
「アンタは……アンタ、何時からそこに居たのよ」
いつの間にか出されていた茶に手を伸ばして、漸く他に人が居る事に気が付いた。いつの間に入ったのか、そいつは頬杖を尽きながら、ニコニコと私の顔を覗き込んでいた。
「くすくす、いい反応だわ~。その内心を押し殺して毅然と振舞う姿。私め、本当に貴方が大好きだわ」
見透かした様にニヤニヤと、本当にムカつくわコイツ! 秘書として優秀だから雇い入れたけど、勝手に何処か行くし、そのくせに何処で何をやっているか全く言わないし。コイツに会ってから、私の心の平穏は崩れっぱなしだ。
「はぁ……今度は何処に行っていたのよ、ゴトー。どうせ言わないんでしょうけど」
コイツに、ゴトーに出会ったのは何時だったか……女の私ですら目を奪われるこの女は、夜の街を無防備に一人で出歩いていたっけ。
「はい、これ」
「なに、これ」
「この屋敷の売買契約書よ」
「売買契約~?」
ゴトーの言葉に、眉間に皺が寄る。いつもいつもコイツは、こっちの反応を見たいが故か全部唐突なのよ。
しかし、何故今なの? 私達の土地が目当てで近づいたのであれば、もっと早い段階で行動できたはず。何が狙い?
「酷いですわね、こちらは親切心での申し出ですのに疑うだなんて。私は悲しいわ」
よよよ、とわざとらしく泣き真似をするゴトーの姿を見て、溜息と共に力が抜ける。
「はぁ、御託はいい。何故今なのだ。ここを取るなら、いつでもできただろう……それこそ、出会った時の私なら簡単に……」
「あぁ、そんなのどうでも良いのよ。憔悴しきった貴方に、価値なんてないもの。先行投資よ、先行投資。メンタルケアは、私の得意分野だもの、それ位するわ」
こ、此奴、どうでも良いとか言い放ちやがった。自分でもあの頃は、相当おかしかった自覚はあるけど、この言われ様は頭にくるわね。
「貴方に紹介したい方が居るのよ。余所に見られたくないから、結界やら魔力的な遮断、他にも色々理由は有るけど、支配領域内であればできる事が増えるでしょう? 安全と利便性を考えると、その方法が一番手っ取り早いと言うだけよ。別に取って食ったりしないから安心しなさい」
言っている事は判らなくも無い。自身が支配する領域で無いと効果を発しない魔道具や能力は、少なくない。
しかし、そこまでして会わせたい相手か。こいつの紹介となると、無下にもできんか。
今までの結果からして、利益につながるであろう事もそうだが、今までコイツには恩を掛け過ぎた。使っていない屋敷一つやった程度では割に合わない。
「そこまで安全を優先した上で会わせたい相手って、誰よ?」
「私のご主人様」
「え」
ゴトーの口から放たれた予想外の言葉に、持っていた筆を取りこぼしそうになる。ご主人様って何? あんた私の秘書でしょ? そんな話聞いてないのだが?
「貴方の雇い主は私よ?」
「雇われてはいるけど、仕えている人は別よ?」
「行く当てがないと言っていたのは嘘なの?」
「次に行く当てが無いってだけで、帰る当てが無いとは言ってないわよ?」
腹の底から沸き上がる怒りで、筆を持っている手がワナワナと震え出す。それに合わせるかのように、ゴトーの笑みが愉悦に浸る様に深くなる。
こ い つ ! 絶対わざとだ、わざと誤解する様に言ったな!?
「そんな怒らないで頂戴。綺麗な顔が台無しよ? 私はただ、優秀な貴方を紹介したいだけなのよ。事実私は、結構な時間を貴方に割いているのよ?」
「アンタの主って、何者よ」
「それは、貴方が直接会って判断なさい。それができないと言うのであれば、私は貴方の元から去るわ。エイブリー、私の可愛い親友。どうかわたしを幻滅させないで下さいね」
それは……その言い方は卑怯だ。
―――
カリカリと、書類にサインする耳障りな音が、静かな室内に流れる。
聞きなれた音。大っ嫌いな音。同胞を切り捨てる音……私はこの音が死ぬ程嫌いだ。
「本当に部屋だけで良いの?」
「えぇ、それだけで十分よ」
それは応接間の一室、この部屋の所有権を譲渡するだけの契約。この程度の譲渡であれば、警戒する程の事でもない。最悪何かがあれば、この部屋を外から壊せば良い。無い物は所有できない。所有物に対する不干渉等の内容が無いのは、相手側の配慮か。
ゴトーのサインが入った契約書に、私の名前を書き込んでいく。名前は偽名では無いのね。ちょっと安心した。
書き終えれば契約書が淡い光を放ち、効果を発揮する。これでこの部屋はゴトーの物となった。後はこの部屋に、ゴトーの主が来る予定を決めて、その準備をするだけか。
「はい、これで良いのよね」
「はい、問題ありません」
「!?」
隣に居るゴトーに向けて、サインした契約書を渡しながら問いかければ、向かいから聞きなれない声で答えられた。
「今晩は、そして初めましてエイブリーさん」
人が……黒髪黒目の青年が、向かいの席に座って居た。
微笑を湛えた締まりのない顔は覇気の欠片も無く、放たれる気配には、強者が持つ鋭さも深さも重さも無い。
何の苦労も苦しみも無く育った、世間知らずのどこぞのボンボン。それが、私が抱いた第一印象だった。
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