ブチ切れ世界樹さんと、のんびり迷宮主さん

月猫

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234 終わりと始まり

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 深い深い、地上の光など入り込まない、底すら見えない深い谷。そんな場所に動く人の姿があった。

「ようやく終わりが見えて来た。見ろ、ここからなら光が見える」

 斥候役を担うメメンサが、小さな体を屈め崖の横穴から顔を覗かせながら、後ろに居る仲間に向けて声を掛ける。

レイモンド、ブラウ、メメンサ、クッキー。ダンマスに蹴り落とされてから今まで、暗い谷を彷徨っていた彼ら四人は、【結晶渓谷】の上層迄這い上がって居た。

「上に横穴通路はあるか?」
「……無いな。やはり、ここがこの地下迷宮の上層なんだろう」

 クッキーが身を隠しながら、メメントの横から顔を出す。
 彼等が突き落とされた場所は、底が見えない程に深い谷に、幾つもの横穴と石造りの通路が迷路の様に入り組んだ場所だった。

 下層がどの様になって居るかは、ずっと上を目指していた彼等では判らないが、中層から上の構造は、大まかにではあるが把握していた。

 簡単に言って仕舞えば、ここは地下に広がる迷宮を谷がかち割った形状をしているのだ。対面の崖にも石造りの通路が見て取れることから、間違いは無いだろうと彼等は踏んでおり、その考えは当たって居た。

「と言う事は……この崖を登るのか?」
「探せば上に続く道があるかもしれないが……この広い谷を探すのを考えると」
「現実的じゃ、ないな」

 谷が地下施設よりも後からできたと考えるのであれば、どこかに出入り口が有ると考えるのが普通だ。だからこそ、谷に出るのは避け地下施設を進んできた彼等だったが、ここに来て、上に続く道がぱたりと無くなって仕舞ったのだ。

「後考えられるとしたら、反対側だが……」
「あそこを通る事になるが……身を晒すのは、やっぱ怖いな」

 上を覗くメメントの視線の先には、谷間を横断する様に円柱が伸びている。それは、直径数十メートルはある巨大な木の根。今までも幾本も確認できたその根の正体は、容易に想像できるだろう。

「木の根が見当たらないから、これ以上上に行くと反対側に行けないな」
「決めるならここか。如何するレイモンド……レイモンド?」

 幸いにして壁面は適度に隆起し、人が余裕をもって立つことができる足場はある。上に行く事は可能だろうと、クッキーが今後の移動方針を訪ねるも、返事が返って来る事はない。

 不審に思いクッキーが通路の奥へと振り向くと、そこにはガチガチと歯を打ち鳴らしながら頭を抱え縮こまるレイモンドの姿があった。

「おい、どうしたレイモンド!」
「分からねぇ、ただ、ここに居たくねぇ」
「どうした?」

 消え入りそうなレイモンドの声を聞いて、後ろを警戒していたブラウも振り返る。

「レイモンドがヤバイ。途轍もなく危険な何かが近くに居る!」

 見つかれば終わる様なレベルの魔物も、彼等はこの地下施設で何度も見ている。
そんな中彼等が生き残る事ができたのは、このレイモンドの危険感知能力によるものだ。

「皆、そこに居るのか? 助けてくれ、見えねぇんだ、何も見えねぇ……見たくねぇ、聞きたくねぇえ゛」

 絞り出すように、言葉を口にするレイモンドだが、真面な状態ではない事は一目瞭然だ。
 それは、五感すら閉じて仕舞う程の激しい拒絶。見たことも無いレイモンドの姿を見て、想像を絶する緊急事態である事を察知した三人は、動けないレイモンドを中心に陣を組み、瞬時に警戒態勢に入る。

「クッキー、結界は張れるか?」
「ダメだ、今魔力を動かすのは不味い。とにかく今は気配を消せ。メメント、近くに「静かに……何か聞こえる」」

 レイモンドの代わりにクッキーが指示を飛ばすが、その声はすぐに遮られる事になる。

 最初に気が付いたのは、メメントだった。

 谷に一番近い位置に居た事もあるが、斥候役を担うだけあり、他の者達に比べて感知系のスキルが充実していたことも有るだろう。

「……」

 メメントは全力で<隠密>を掛けながら這う様にゆっくり移動すると、通路から顔を覗かせ、谷の様子を伺う。
 
「……あれだ」

 音の出所を捉えたメメントは、その視線を、幾つかある木の根の一つへと固定する。

 通路から顔を出しメメントが示す方向を見れば、谷間を繋ぐ巨大な植物の根の上を、何かが群れを成して横断していた。

「な~の、な~の、な~の、な~の、な~の、な~の、な~のなの~♪」
「「「キーシ、キーシ、キーシシキーシ♪」」」
「「「ニャーニャーニャッニャニャニャ♪」」」
「「「ピーピーピー♪」」」
「「「シャー!」」」

 それは魔物達による大合唱。

 威嚇でも警戒でもない……鳴き声から意味を感じ取ることはできない。ただ一つ分かることは、至極楽しそうと言うことだろうか。

「……あれか?」
「あれだな」

 ここの魔物は普通の魔物と違い、気が付かれることを避ける傾向にある。その事からも、意味のない音を上げる事などないはずなのだが、気配を一切隠そうともせず、周囲を憚るとこも無く、散歩でもしているかの様に、その群れは悠々と移動していた。

「ヤバいのか?」
「分からん……読める・・・か、クッキー?」

 その姿を捉えたクッキーは懐から本を取り出し、パラパラとページを捲る。そうすると、白紙だったページに浮き上がる様に文字と絵が現れる。

アルトキャルトバドーゴブリラ……魔物の見本市だな」

 【魔物図鑑】と銘打たれたこの本は、個のステータスは見えないが、遭遇した魔物の能力や生態の解説が現れる魔道具だ。

 持ち主が直接遭遇しなければ載る事は無いが、それでも迷宮具としても破格の性能を誇る。
 何よりも、これは魔物に対し<鑑定>を掛けている訳ではないのか、対象に気付かれないと言う利点がある。冒険者からしたら喉から手が出る代物であり、これ一冊で一生遊んで暮らせるだけの額になることは、容易に想像できる逸品だ。

 他にも、剣、盾、薬、魔道具と、幾つもの戦利品を手に入れていた。彼等が装備している武具の殆どは、既に迷宮具に置き換わって居おり、彼等は歩く国宝と化していた。

「普通、これだけの種類の魔物が纏まって動く事は無い……まぁ、野生の魔物って事は無いだろう」
「迷宮の、あいつの配下の魔物か。なら平気か?」

 迷宮の魔物であれば、初めからこちらの存在は把握しているだろう。ならば意図的に襲って来る事は無いだろうし、襲って来るのであれば対処などしようがない。

 アレがレイモンドが感じた何かなのか、それとも他の何かなのか……どちらにしても、わざわざ接触することも無いだろうと、身を潜めやり過ごそうとする一同。

「「「ケルド発見―――!!」」」

 その鳴き声に遅れて、隠れていたレイモンドたちも、崖の反対側、根の付け根辺りでもぞもぞ動いている影を発見する。

「突撃―――なの!」
「「「ウェーイ!!」」」

 先頭を進む胴の長い魔物が急発進し、その頭に居た何かが慣性に従い、その場に取り残される。 その空中で宙返り。根に両足を着け、見事な着地を決める。

「なの!」
「「「お見事!」」」

 その姿に周囲の魔物達から、称賛の声が上がる。ほのぼのとした空間とは裏腹に、突撃した一部の魔物は、 ケルドと思わしき影を無慈悲に飲み込み轢き潰す。

「うへぇ、襲われたら終わるな」

 その光景をみて、ブラウが眉をひそめる。
 暗がりの中、遠方での出来事の為その力量は計り知れないが、先ほどの速度は無視できるものでは無かった。然もそれが群れ……ブラウの評価は正当なモノだろう。

 そんな魔物の群れに対して注目していたブラウの横で、メメントが目を細め、一点を凝視していた。魔物の群れの中心に、場違いなモノが存在している事に気が付いた為だ。

「……あれ、なんだ?」
「どれ……子供?」

 その問いに反応し、【魔物図鑑】の所有者であるクッキーも、その存在を認識して仕舞う……レイモンドが認識することすら拒絶した、その存在を。

「【世界樹の女神】と……【世界樹(半変異)】?」

 そして……認識した存在が図鑑に浮かび上がる。

―――

【世界樹の女神】
 世界樹が他の生物と接触する時に使用する依り代。
その姿は千差万別であり、接触する対象によって変わるとも言われているが、基本、依り代をつくる世界樹の意思次第。

【世界樹(半変異)】
 世界に数本しか存在しない大樹。
 世界の龍脈の一部を担い、周囲に魔力を留める役割を持つ。地中の魔力を組み上げ、周囲へと放出することで、世界に魔力を満たしている。

 四大陸の内ファーステス大陸に存在する一本であり、【変異】の途中で止まっており極めて不安定な存在となって居る。

―――

 【魔物図鑑】に現れた内容を、三人は共有する。個体の情報が出ないはずの【魔物図鑑】だが、対象である世界樹が世界に数本しかない故か、あるいは特殊な状態である為に他にない個として判断された故か、幾つか個体情報が現れている。

「この情報が正しければ、ここが別大陸って事は無さそうだな。ちょっと安心したぞ」
「つまり、あれが世界樹の意思って訳か。随分と幼いな」
「不安定ねぇ……この半変異ってなんだ?」

 そして、最後の一線を越えて仕舞う。

―――

変異先:@@@kふぁhfぱjふぁおjdふぁ
終わりを告げる大樹消え失せろ

命を殺し死ね世界を壊し壊れろ、全てを原初ゼロへと返す朽ち果てろ
 
そして、再生創造は始まる。

―――

 新たなページに半変異の詳細が、変異の予定先が記される。

「これか、レイモンドは、これを感じ!?」

 記される端から、書き殴ったかのような歪んだ文字がページを塗りつぶす。それは吐き気を催す悍ましさを孕み、世界を呪うかのような狂気を垂れ流す。

 それは、災厄では無く終焉。
 それは、終わりを告げる絶望の象徴。
 それは、世界を呪う呪詛そのもの。

「うぅ!?」

 身の毛もよだつ気配に、クッキーは本能的に本を手放す。
 地面に落ちた本のページは、淀み濁った怨嗟の言葉で真っ黒に塗りつぶされ、証拠を全て消し去る様に朽ち果てた。

 其処には何事も無かったかのように、綺麗な状態の図鑑だけが残される。

「「「……」」」

 終わりは未だ始まらない。だが、狂気は未だ収まらない。
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