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232 地上げ①

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「失礼いたします」

 カッターナ国内に存在するとある貴族の館の一室に、滅多にいない訪問者が通される。
 彼等はバラン商会に所属する商人であり、ゼニーが信頼を置く部下の一人であり、隣には荷物持ち……に扮した護衛を二人連れていた。

「ふん! お前が紹介にあった商人か」
「はい。私、バラン商会のーーー」
「名前など良い、さっさと品を寄こせゴミ」

 そばに仕えていた男が、名乗ろうとした男の足元へと袋を放り投げる。硬質な音からしても中身は金である事が予想される。
 部屋に通された男は、温和な表情を変えずに袋を拾い上げ中身を改める。
 礼儀もなにもあったものでは無い見下した対応に、話をする気が無いのだなと、すぐさま商談に入る事にする。

「お買い上げ有難うございます。この金額ですと……色を付けまして、1週間分の食料が限界ですね」
「なんだと!? 貴様謀るか!」
「今は食料が高騰しておりますので、この金額ではこれが限界かと……ランクを下げれば、ご提供も可能ですが?」
「我に、下民が口にする物と同じものを食せと言う気か!?」
「……こちらを」

 怒り心頭の貴族に対し、商人が書類を提出する。それは、現在の市場に上がっている食料の価格一覧表。ここ数日の間に、急激に上がって居る事が一目でわかる作りになっていた。
 流石にケルドと言っても、貴族の地位に居る者。多少の経営能力は備えている。自身の保身と存続にかかわる内容に、一気に血の気が引く。

「これは……これはまことか? これほどまでに酷いと言うのか!?」
「森の消失。遠征先からの食料確保の遅延。隣国の……エスタールから支援援助の拒絶に、輸入の制限。イラ国からの支援はある様ですが、流石に一国全てを支えるのは困難。この価格上昇も致し方無いかと」
「ぐ、ぬぬ」

 食料の入手が困難になって居る事は、貴族側も前々から分かって居た。今回の商談も、お抱え商人との連絡が次々に取れなくなり、仕方がなく受けたものだ。

 だが、商人側が提出したデータは、貴族が把握している内容よりも酷く、かつ新しい内容だった。後で調べ直すとしても、現状を考えるにあながち間違いでは無いだろうと唸り声を上げる。

「……事情は分かった。だが、この価格では買わん」
「それは、難しい相談でございますね」
「ほう……良い度胸だ。この我に貢ぐ名誉を蹴るか」

 権力を傘に着せた完全な言い掛かりである。貴族側の発言を無下にしようものなら、不遜を理由にもぎ取る心算だ。幾らでも口裏合わせが可能なのだから、どんな横暴でも許される。そもそもその行為を咎めるモノなど、ここカッターナには存在しない。

 だが今回だけは勝手が違った。

「いえいえまさか。ですが、下手に金額を変更いたしますと、他の貴族様、ましてや王族様の方から何かしらの圧力が掛かる可能性があります。そうなると、貴方様の元への提供すら困難になり兼ねません。劣等種である我等では、他の御貴族様に逆らえるはずもなく……商品を格安で全て持って行かれては追加の仕入れもできず、すぐに在庫が切れて仕舞います」
「む」
「この価格もほぼ利益度外視! ご提示した金額も、この商品を仕入れる為に必要な金額なのです。今回の商談も、貴方様の覚えをいただきたいが故の特別価格に御座います。実質我々がやって居るのは、商品の確保と輸送だけ……どうか、ご容赦を」

 すらすらと返答を返し、頭を下げる商人。
 貴族としての権力を翳せばもぎ取れるはずだったのだが、他の同胞を理由に出されては、頭ごなしに押さえつける事も難しい。

 忌々しいモノを見る様な顔を隠しもせず商人を睨みつける貴族だが、そんなモノなどに怯みもせず、スススと距離を詰めると小声で話しかける。

「……ここだけの話、物々交換もお受けしております。そう、例えば……奴隷とか」
「なに、奴隷だと?」
「はぁい」

 少々のいやらしさが滲み出る声色で肯定する商人。その悪巧みをたくらんでいる様な仕草と雰囲気に、貴族も釣られ身を屈める。

「物々交換であれば、正確な金額を出すのは困難。最悪こちらの目利きが悪かったと理由を付け、他の御貴族方の追及をかわす事も可能かと」
「ほう?」
「更にこちらは現在、事業の拡大を行っておりまして……商品の仕入れと運搬の為にも人手が欲しいのです。奴隷商を通すのも面倒ですし、手数料も馬鹿になりません。どうです? 今限定の奴隷支払い」
「ふ~む……よかろう。持って行くがよい」
「有難うございまぁす」

 使えないごく潰しの処分と、食料の確保を同時に行えるまたと無いチャンスに、断る理由は無いだろうと、その提案を飲む貴族。

 奴隷の相場と比較しながら、あれやこれやと条件を詰めていく。悪巧みという共通の意識を持ったことで、商談がまとまる頃には、貴族は商人を唯のゴミから使いものになるモノと認識を改めていた。

 その選択が、転落人生の始まりだった。

―――

 最初の商談から数週間が経過した現在、食品だけでなく、様々な商品のやり取りする様になっていた商人と貴族は、傍から見れば良好な関係を構築していた。
 そんな商人に、貴族側から緊急の呼び出しがかかった。

「貴様、これはどう言う事だ!?」

 呼び出しに参上した商人に、貴族のケルドが開口一番声を荒げる。急いで来た事を現す様に乱れた息を整え、商人は宥めながら何事かと詳細を訪ねる。

「貴様から仕入れた1週間分の食料が、何故2日で無くなるのだ!?」
「なんですと!? では、皆様お食事はとられているのですか? 体調に問題は?」

 信じられないとばかりの商人のリアクションに、貴族側が逆に面食らう。貴族側が食事を取れているのかまで心配をされては、考えを改めざるを得ない。

「……取り敢えず、確認してくれ」

 食料の搬入は、日持ちの関係上定期的に行われ、つい数日前に搬入したばかりであった。だが食料を保管していた倉庫には何も残っておらず、積み上げられた食料の影すら見当たらない。

「貴様が、商品の搬入を忘れたのではないのか?」
「……契約内容に従い納品した商品に間違いはありませんし、簡易契約書を使い、納品物の確認と署名も、そちらの執事様に頂いております」

 商人がカバンから契約書を取り出すと、納品書代わりの契約書を見せる。

「こちらです、署名に間違いはありませんか?」
「……はい、確かに私が立ち合い確認しました。署名も私のもので間違いありません」
「そうなりますと……流石に納品後の紛失まで責任は負いかねます」
「ぐっぬ」

 心底心を痛めているかのようなそのしぐさに、商人側の不手際を指摘することができなくなる。執事が適当に誤魔化すことができれば良かったのだが、簡易とは言え契約書を出されては、それも難しい。

「契約内容の商品リストにも誤りはありません……比較するに、そちらの原本との違いもありません。書類不備ではない……となると、我々の管轄外での出来事……?」

 本気で原因を模索するその姿に、本当に商人側の原因では無いのかと思い直す貴族。ここ数週間のやり取りで、貴族は使える劣等種として、専属の商人としての信頼を置いていた。

「では、何故だ。何故無くなる!?」
「食料がある事に気が付いた何者かによる窃盗? 内部による手引き? もしくは内部の者による横領?」
「なんだと!?」
「あ、いえ、あくまで可能性の一つ……ですが、昨日今日の出来事となると……」

 ばつが悪そうに言葉を濁す商人だが、その言葉は、最早貴族の耳に入っていなかった。冷静さを失っているケルドの中では、商人が口にした内容が事実と認識されて仕舞っていた。

「おい! ここを管理している奴は誰だ!?」
「毎朝の確認は私が。運搬等につきましては劣等種共です」
「なんだと!? 雇ってやっている恩を仇で返しよって! 今すぐあの劣等種共を連れてこい! 殺してやる!」
「殺すのでしたら……奴隷にしては如何でしょうか?」

 ススス……と距離を詰め、声を潜めつつ話しかける商人。こういう時、商人は得になる提案を幾つもして来た。その慣れ親しんだ態度に、貴族は多少の冷静さを取り戻しつつ答えを返す。

「そいつ等は全員奴隷だ! 使えるからと手元に置いてやっていたモノを!」
「ならば尚の事……どうです? 処分と実益を兼ねて、我々バラン商会をご利用になりませんか?」
「ぬう?」
「流石に傷物にされては治療に無駄な費用が掛かりますので、そのままの状態での引き取りとなりますが……所詮使い物にならないどころか、悪さをする劣等種。殺すぐらいなら、金と食料に変えてはいかがですか?」

 確かに、殺した所で憂さが晴れるだけで利益は何もない。商人の言葉に貴族の荒れた息が落ち着く。その姿を確認し、畳みかける様に提案する。

「残り5日分の食料も無料で補填いたします。紛失した食料の在りかを突き止めたいですし、尋問もこちらで行いましょう……いかがです?」

 補填まで提案されては、貴族側にその提案を断るほどの理由は無かった。
 こうして、屋敷内からケルド以外の人族が居なくなった。
 

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