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228 ドッカン

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 木を伐る音が絶える事のない表層の森に、今日も新たな朝が訪れる。

「だ~、畜生、腹減った!」
「支給品がしょぼいんだよ、くそ!」
「これもそれも、魔物が全く居ねぇからだ! 肉来い、肉!」

 今日もケルド共の無意味な悪態が、清廉な気配が漂う森の中を木霊する。
 彼等が望む魔物だが、迷宮に所属する魔物達が真横を並んで歩いていた事すらあったのだが、彼等がそれに気が付くことは最後までなかった。
 気が付くまでやっても良かったのだが、奴隷として扱われている獣人達に気が付かれた時点で、これ以上相手の感知能力を把握する必要が無くなった事もあり行われることはなかった。

 そして、とうとうその迷宮所属の魔物達も居なくなり、本当の意味で辺りに魔物の存在が居なくなった森に、足を踏み入れるモノが現れる。

「ピピピ……」
「あん?」

 何もないエリアとは不安定なモノ。その場にエサがあるならば、その場を確保しようと動くのは、生き物として当然の行動であり、多少の危険は仕方がない。安全の確証を得られずとも、動く者は少なからずいる。死ぬ事を厭わない者であれば尚の事。

「ピピピ、ピ~ピヨピヨ」

 今までに聞いた事のない音が、鳴き声が聞こえてくる。まるで誘う様なその音色に釣られ、反射的にその方向へと振り向くケルド共。

「金色の…魔物?」
 
 外周で警戒に当たっていたケルド共の視界に入るのは、森の中にして余りにも目立つ金色の……

「ピピピピ、ピ~ピピピヨ」

 ―――

(気配……人間が森の奥へ……この動きは、誘われたか?)

 木を伐り続ける獣人達は、形だけの警戒に当たっていた人間が、森の奥へと足を踏み入れるのを鋭敏に察知する。
 対して誘い込んだと思われる何者かは、一瞬気配を漏らしはしたがすぐに気配を抑え、今ではその存在を感知することができない。

 未知の存在に対し、悪寒が背筋を駆け上がる。住んでいる魔物もそうだが、ここを支配する主の存在を考えると、生きた心地がしない。こんな場所に居続けるなど、無謀以外の何ものでもない。

 気配だけで姿は見えないが、確実に存在する何か。明らかに組織立った行動を示すそれは、その者達を指揮し支配する主の存在を如実に語っていた。

 最初は気が付かなかった。こちらの反応を観測する様に少しずつ気配を滲ませて、漸く気が付いたその存在は、最近までこちらを警戒していたが……遠のいて行く気配を感じ取ってからは、感じることが無くなった。未だ見張られている様な感覚が抜けないが……もう近くにはいないだろう。

 そして、今まで自分達が生き残っていたのは、周りに潜みこちらを観測していた魔物達が居たからだ。こちらを窺うような気配が、ウジャウジャと溢れかえっているのを見れば、その考えに間違いは無いだろう。

 恐る恐るではあるが、確実に距離を詰めて来る気配。おそらくこの森に生息する魔物だろうが……先ほど誘われた人間を皮切りに、その気配は警戒から好奇心へ、そして食欲へとじりじり変化していくのを感じる。

 餌……獲物ですらない食料。人間共の能力を考えれば、その扱いも仕方が無いだろう。それでも群がる様に襲ってこない所を見るに、普通の魔物とは明らかに違う。

 そしてとうとう、森の奥へと誘われて空いた人間共の雑な警戒網を通り、ゆっくりと何かが近づき、命令に従い木を伐り続ける彼等の前に、ガサリと茂みを掻き分けその姿を現す。

 何処に居たのだと疑ってしまう程の巨体を揺らし、ゆっくり距離を詰めて来るのは、二足歩行の巨大な蜥蜴族の魔物。

 顎と頭部には、岩の様に重厚な冠状に突起した外殻を備え、まるで梟の様に首を左右に回転させ、空気を薙ぐ音を轟かせる……最早どちらが頭なのか顎なのか、どちらが上なのか下なのか判断が付かない。

 赤みを帯びた鱗は、森の中では明らかに目立つが、この魔物に隠れ潜む意思などなかった。
 来るなら来いと、但しタダでは済まないと、相手に警戒を促す為にあえて目立つ姿を晒す強者の姿。それは、潜む為の能力を他に回した結果の姿だ。

「ボアァ?」

 コテンと首をかしげ、すんすんと獣人達の匂いを嗅ぎだす魔物。そして危険は無いと判断したのか、大きな口を開け……木の根元に生えた、獣人達も見た事の無かった草を食べ始めた。

 人間共に使い潰されるよりはマシかと、諦めに近い覚悟をしていたにも拘らず、現れたのは存外に大人しい魔物。これならば、下手に刺激さえしなければ反撃も無いだろうと、大人しく木を伐り続ける獣人達。
 そして彼等の予想通り、周囲の草を食べ終わったその魔物は、彼等の横を素通りし奥へと移動する。

 その先は、伐り倒した木が運ばれている場所であり、人間共が陣を張っている場所だ。

 獣人達は思う。彼等であれば、相手の実力など考えずに攻撃を加えるだろうと。

―――

 開けた場所に出た蜥蜴族の魔物は、周囲を軽く警戒し敵が居ない事を確認すると、切り株が乱立する広場へと足を踏み出す。

 魔物の前には、乱立する山積みにされた丸太と、その周りにグダグダと警戒に成っていない見張りを行っている人間ケルド共が居た。

 丸太の山もあって、たまたま視界に入っていなかった事と、魔物の歩みが自然体で大きな音を立てなかった事が重なり、人間ケルド共が魔物の存在に気が付く様子がない。

 気配を隠していない魔物からすれば、気が付かないなど想像外の事……相手も敵意が無いと判断し、そのまま丸太の山へと歩みを進め、ガジガジと噛み砕き食べ始めた。

「んぁ?」
「なんだこいつ!?」

 丸太を噛み砕く音で漸く気が付いた人間ケルド共が、各々武器を持ち駆けつける。

「ようやっと来やがったか!」
「見た事ねぇ……新種だ! 高く売れるぞ!」
「ボアァ!?」

 何のためらいもなく剣を突き立てる人間ケルド共と、先ほどまで無害な相手だと判断していた群れケルドからの突如としての攻撃に、驚きの声を上げる魔物。
 大して魔力の通っていない唯の金属の剣を突き付けられても、致命傷には成り得ないが、楊枝でチクチクと突っつかれれば痛いものは痛いし、煩わしいことに変わりは無い。

「ボアァーーー!」

 苛立ち気に威嚇の声を上げる魔物だが、威嚇を威嚇と捉える能力がない人間ケルド共が引くことは無い。

「ぶっははは! なんだこいつ、遅っせぇ!」
「当たるわけねぇじゃん、こんなすっとろい攻撃をよぅ?」
「碌な攻撃手段がない雑魚だ! とにかく斬れ、押せ押せ!」

 払い除ける様にゆっくり振るわれる頭部や尾を避けながら、大して効いてもいない攻撃をチクチクと加え続ける人間ケルド共。

 戦う気のない魔物側としては、何故攻撃されているのか、どうしてこの程度の奴らが自分に絡んで来るのか、意味のない攻撃を繰り返すのか……訳が分からず困惑していた。

 一つ分かっている事は、こちらの警告威嚇を無視し続けている事だ。

「ボアァーーー!」

そしてとうとう、魔物側の堪忍袋の緒が切れた。

 両の足を地面へと叩きつけ、ガッチリと掴み体を固定すると、海老反りになりそうな程に頭部を高々に持ち上げ、頭部の外殻が下を向くように首を回す。

 首の奥からガチャリと、何かがはめ込まれ固定される音が微かに漏れると、地面へと向けて、頭部の鈍器を振り下ろした。

 余りにも大振りな攻撃。容易に想像できる軌道。一般人でも避けられて仕舞いそうなその攻撃を前に、悠々と距離を取るケルド共。

「あっはははは! どこに振ってんだぁ?」
「バレバレで糞

 誰も居ない地面へとそのまま頭部が叩き付けられ……世界を閃光が覆った。

 一拍置いて爆音と衝撃が駆け巡り、爆煙と粉塵が周囲を舞う。それに紛れて土砂と礫が撒き散らされ、周囲のあらゆるものを吹き飛ばす。

「ボアァ……」

 視界が晴れると、地面に打ち付けた外殻から黒煙を上げ、悠然とその場に立つ魔物と、ひっくり返ったかの様に、冠状の外殻と同じ半円状に抉れた大地が露になる。

 圧倒的な破壊力。そして、その一撃を間近で炸裂させて平然としている耐久力。とてもではないが、準備も無く人間ケルドが勝てる相手では無い。

「ひぃ」
「に、逃げろ! 早く!」
「助けてくれ、あ、足が……」

 息がある人間ケルド共は、その大半が真面に動けない程の重傷を負い、痛みに呻き、助けを求める声を上げ逃げ惑う。

「ボアアアアァァァーーー!!」

 先ほどの一撃で発散するどころか、寧ろ闘争心に火が付いたのか……そんな彼等を完全に敵と判断した魔物は、叫び声を上げながら頭部を振り回し、逃げる人間ケルド共を蹴散らしだす。

 その度に、冠状の外殻から液体が撒き散らされ、辺り一面を染め上げるが、人間ケルド共にそんな事を気にする余裕はない。

「ボアァ~……」

 一頻り暴れ回ると、魔物は二度三度首を左右に回した後、その場で動かなくなる。

 助かった……生き残った人間ケルド共は安堵し、胸を撫で下ろす。足はそれ程速くないのかと、逃げる事を止め、その場で相手の動きを警戒する者まで居る始末。

 その舐め切った行動が、命運を分けた。

「ん? 何だこの匂い?」

 魔物の様子を伺っていた人間ケルドが、周囲に漂う異臭に気が付く。それは今の今まで魔物が撒き散らしていた液体が気化した匂いであり、その匂いを感じ取れる範囲に彼等が居る事を表していた。

― カン! ―

 突如魔物が、力強く歯を打ち鳴らした。

 その甲高い音に、安堵していた人間ケルド共がびくりと顔を上げ魔物の方を向く。
 彼等が見たのは、魔物の口元で飛び散る火花と……

「嘘だろおい」

 まるで津波の様に押し寄せ、瞬く間に地面を、森を、人間ケルド共を飲み込んでいく爆炎だった。

「ギャーーー!?」

 逃げる途中で液体を被った人間ケルドは、一瞬の内に火達磨と化す。地面に転がりのたうち回るも、その火が消える事は無い。

 火の海と化した伐採跡地に、焼け死にゆく人間ケルド共の叫び声が奏でられる。

 爆炎の範囲外まで逃げおおせていた人間ケルド共は、その熱量を前にして何もできず、ただその光景を見る事しかできなかった。

―――

 ……やがて叫び声が止み、燃え盛る炎も静まった頃。
黒と灰に染まった大地と、燻ぶる熱と黒煙……そして、この光景を作り出した魔物だけが残っていた。

「……ボァ」

 何かをすることも無く、ただじっとその場で佇んでいた魔物が、前触れもなく動き出す。

 焼けた地面に頭部の外殻を突っ込んで、まるでスコップの様に掘り返すと、地面から程よく焼けた木の根が現れる。

 ふんすと得意げに一息鼻を鳴らすと、掘り出した木の根に噛り付き、美味しそうに咀嚼するのだった。

「ボアァ……♪」

―――

名称:火薬庫ハンマーハンマー
氏名:
分類:現体
種族:蜥蜴族
LV:1~50
HP:2300 ~12000 
SP:2300 ~12000 
MP: 750 ~ 9500 
筋力:1000 ~ 2500  D+
耐久:1100 ~ 5500  B+
体力:1100 ~ 5500  B+
俊敏:1000 ~ 3500  C+
器用: 500 ~ 3000  C+
思考: 500 ~ 3000  C+
魔力: 500 ~ 4646  B+
適応率:25(Max100)
変異率:25(Max100)
スキル
・肉体:<火耐性><衝撃耐性><角><鱗><尾><頑丈>
・技術:<槌術><製薬術><摘取術><踏ん張り>
    <気配感知><存在感知><動体感知><危険感知>
・技能:<身体強化><全力攻撃><地均し><自己回復><外殻精製>
称号: <主><破壊王>

 体高約3m、体長約5m程度の、二足歩行する蜥蜴族の魔物。

 魔草や倒木を主食とする草食で、性格は温厚。

 頭部の左右には冠状に発達した巨大な外殻を持ち、頭部の保護と攻撃の両方の役割を果たす。
 その頭部を支える首は、柔軟かつ強靭。左右に360度捩じる事ができ、どの角度でも角を振る事が可能。
 普段は強靭な首の筋肉で衝撃を吸収し、頭部の重量に任せて振り回すが、首と胴体を繋ぎ固定することができる骨と関節を持ち、全体重を乗せて振り抜くこともできる。その一撃は、魔力を纏わなくとも十分な破壊力を生む。

 そしてこの魔物の最大の特徴は、食料として取り込んだ草木を元に、薬物を精製することだろう。
 生成する薬品は様々だが、主に、可燃性の薬品を精製し、口や角に開いた排出孔から体外に排出し着火。叩き付ける事で爆発を生み、撒き散らして延焼させることができる。

 魔力を元に薬物を製造する、<薬物精製>というスキルも存在するが、捕食した魔草を元に薬品を精製することで、消費する魔力とスキル容量消費を抑えている。
 また、毒等の状態異常に対しても、体内の袋に治癒用の薬品を溜める事ができる為、各種耐性を取得する必要が薄く、その分のスキル容量を他に当てることができる。
 ステータスに耐性が無いからと毒を使用しようものなら、無駄に終わる可能性が高い。

 中には可燃物以外にも、毒等を作り出す【変異】個体も存在する。

 敵対さえしなければ攻撃して来る事はまず無いので、勝てないと判断したならば、慌てることなく大人しく離れる事を推奨する。時と場合によっては、爆炎に巻き込まれる可能性も有るので、近くに居ない方が無難である。


 今回登場した個体は、【世界樹の迷宮】表層の森の一角を縄張りとする<主>。
因みに<料理>スキル持ち。得意料理は木の根の蒸し焼き。
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