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227 露見

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 ダンマスが行動不能となって数日が経過した頃。
 カッターナの第二拠点。実質、人間としてのダン・マスの家の前に、ちょっとした規模の集団が、黒い獣に引き連れられてやって来ていた。

「ここが……旦那の家か。結構デカいな」
「因みに周辺の館も、すべて奴……ダン・マスの所有物だ。ワシが借金の形に人間共から買い取って、資金源として売ったから間違いないぞ」
「家じゃなくて、拠点ね。実家はこんなの比じゃないわよ」
「これでか!?」

 エッジの呟きに対しゼニーが補足を入れ、先導するキョクヤが訂正を加える。実際この館は、他と比べても相当な規模の大きさになるのだが、実家を世界樹と捉えれば何も間違った事は言っていない。

 周りに点在していた館も、犯罪者として捕まったか、借金の形に買い取ったか、ダン・マスの所有地に……ダンジョンの領域になっており、今や住民のいない空き家となっている。調べたところ、見た目だけ豪華な欠陥住宅が大半だったため、その内解体される予定だったりもする。空いた土地を何に使うかは未定だ。

「ほら、サッサと入るわよ~」
「そう言えば、ゼニーの旦那はここに入ったことあんのか?」
「いや、商品のやり取りは外にある地下倉庫への搬出口だけで、館内に入るのは初めてだな」

 それは実質、初めて人が招かれる事を意味していた。因みに勝手に侵入した奴らは除くので、ミールとキークは除外するものとする。

 彼等の中で、正に雲の上の人物と化していたダン・マスの住居に、初めて招待される栄誉に尻込みする彼等を余所に、館の扉がひとりでに開かれる。

「なぁ、扉、誰が開けてんだ?」
「自動ドアでしょ」

 何も疑問も抱くことなく悠々とその扉を潜るキョクヤに釣られ、他の者達も後を追う。本来、人型用に造られた館内は、扉に通路の幅にと魔物にとっては扱いにくい機能とサイズなのだが……その光景に度肝を抜かれる事となる。

 まるで、巨人族用に拵えられたかのように広大なエントランスと通路、何もない空間を埋める様に飾られた絵画や彫刻、室内を優しく照らす等間隔に設置された灯。足を踏み入れるのすら畏れ……いや、少しでも傷物にしようものなら人生の一つや二つ消し飛びそうな品々を前に、恐れおののいていた。
 ゲシゲシと足についた土汚れを絨毯で落とし、屋敷の奥へと進むキョクヤの姿を見なければ、絶対に入れなかっただろう。

「こんな広かったのか……」
「空間でも弄ってるんじゃない? 外見よりも広いし、なんか捻じれてるっぽいし? その道、外から見たらたぶん外よ」
「斜め上の回答が飛んで来たぞ!?」
「あ、勝手に入ると死ぬ部屋とか有るから、よそ見しない様にね」
「怖ぇよ!?」

 近付けばひとりでに開く扉、広々とした通路、無断で侵入しようものなら問答無用で起動する隠された魔道具。開発部と生産部お手製の魔道具が所狭しと設置された、正に魔改造が施された屋敷を進む一行。

「まったく、トラップ込みとか、まるで迷宮だぜ」
「はっはっは、いいとこ突くわ~」
「……ん?」
「危機管理能力は大事よ~。まだ忙しいんでしょ? 死にたくなかったら帰るのもありね、今ならまだ大丈夫なんじゃない?」
「ここ、旦那の屋敷だよな? ……迷宮じゃ無いよな?」
「……」
「なんか言えや!?」
「キュ~ン?」
「鳴き声で誤魔化すな! 余計に怖ぇって、あ、止め、尻尾振るな!」

 エッジが何気なく放った言葉が波紋を呼ぶが、モフモフと華麗にスルーするキョクヤ。|一部の者《モフリスト)から羨望と憎しみの視線を向けられていたのだが、モフモフを捌くのに必死で気が付いていない。

 キョクヤの自然体が緊張をほぐしたのか、穏やかな雰囲気の中、ひと際大きな扉の前に辿り着く。
 途端に、先ほどまでの雰囲気が霧散する。

「おい……おい!」
「きゅ?」

 前足を掛け、扉を掛けようとしたキョクヤに対し、切羽詰まった声で制止が掛かる。

「この先に、何か……何が居るんだ!?」

 魔力は感じない。だがしかし、確実にそこにある。触れるどころか、近づくことすら憚られる異様な存在感が、扉の奥からが漂っていたのだ。

 だが、既に一押しされた扉は重さを感じさせる事無く、スムーズに開け放たれる。そこには机と椅子が均等に並べられ、最奥にステージが設置された会議室の様な部屋が広がっていた。

 そして、それは居た。

「あれ、ルナじゃ~ん」
「あらキョクヤ、ご機嫌麗しゅう」

 ルナと呼ばれた小さな……幼竜と見間違えるほどに小さな、淡い白銀の輝きを放つ竜。愛らしさすらある外見とは裏腹に、放たれる存在感は異常極まりない。

 床が抜けてしまいそうなほどに|堆《うずたか)く積まれた金塊。底の見えない深く暗い湖。溢れ出しそうな煮えたぎるマグマ……抱く印象は人それぞれだが、至る結論は皆同じである。

 化け物。

「何でアンタがここにいるのよ?」
「今回はかなり重要な会合との事ですので、責任者兼代表者として、|私《わたくし)が立候補したのですわ。説明は他の方がしますがね」
「それだけの事で、アンタが立候補するとは思えないんだけど?」
「……人が住む地域を体験しておきたかったのもありますわね。疑似的な枯渇地帯は経験していましたが……人は良くこんな所で活動できますわね」

 はぁ……と、ため息交じりに遠い目をするルナ。

 薄い魔力濃度の中は、大量の魔力を抱えた魔物にとってまさに地獄。魔力を維持するスキルを持たない魔物であれば、外から魔力を補給できず息切れし、さらに酷ければ体内の魔力が流出し干乾びる。
変温動物が極寒の地に放り出されるようなものだ。恒温動物の様に体温を調節できなければ、座して死ぬ事となる。

「魔力視と言い、魂持ちと言い……恨めしい限りですわね、このチートめ」
「恨めしい!? あんたに言われたくないわよ、この化け物! てか、アンタの中の|それ《・・)、どうなってんのよ。私なんか、魔石の中? 空っぽなのに」
「お褒めに与りまして」
「褒めて……るけど、そうじゃなーい!!」

 外からの圧力が弱くなると、密封された袋の中の空気は膨張し、|袋《肉体)の外に逃げようと膨れ上がる。最悪破裂し使い物にならなくなるだろう。

 圧縮した気体を保存する場合|ボンベ《スキル)など、膨張に耐えられる容器を使うのだが……この|竜《ルナ)は、そのスキルを使っていない。
 イヤ、使っているのかもしれないが、それ以上の魔力を持っているのか、スキルの強度が追いついていないのだ。ではなぜ、魔力濃度の薄いこの場に居られるかと言うと、外に逃げようとする魔力に均等に力を加え、|人力《スキル無し)で押し留めているのだ。

 膨れた風船を、割れない様に素手で圧縮する様な所業……普通は|袋《体)の方が先に破ける。彼等が感じる存在感は、スキルを使っていないが故の不安定さからくる危うさによるものだ。

(どうしたの? 座ったら~)
「うおっと、プルか。お前さんも来てたのか」

 そんな化け物と、ワイワイキャッキャといちゃつくキョクヤに呆気に取られていたエッジ達に、足元からプルプルと<念話>が飛ばされる。

 イラ教襲撃の後のごたごたでフォローを入れたのが大きかったのか……プルとエッジはその後も会話する機会が増え、今では気さくに会話できる間柄になって居た。

「あ~、あのルナってとんでもない竜族が、その~、な?」
(あ~なるほどね~……ルナ~!)
「は~い! 何でございましょう、プル様」
(皆がルナの事、怖いだって~)
「えぇ? 魔力は漏れていないはずですが……」
(気配が漏れてるせいじゃない?)
「あぁ、成る程。仕方が無いですわね、<隠密>を掛ければ宜しいかしら」

 キョクヤとのじゃれ合いを中断し、声を掛けたプルの元へとはせ参じたルナは、気配を遮断する類のスキルを使用したのか、地の色である漆黒が露になる。見た目通りの存在感にまで落ち着くその様に息を飲む一同だが、それ以上の事に気が付く者も居た。

 お互いの態度、呼び捨てと、敬称……嫌な予感がひしひしと沸き上がる。

「プルよう」
(な~に~?)
「プルは旦那の子供なんだよな?」
(そうだよ~、ルナもそうだよ~)
「え? この……方は魔物だよな? プルはその魔道具使ってるけど、旦那と同じ人族だろ?」
(魔道具? プルはプルだよ?)
「ん?」
(ん?)
「(んん?)」

 プルンプルンと体を揺らし、自身の姿を主張するプル。ここに来て、漸くお互いの認識のズレに気が付くエッジとプル。

「って事はお前、魔物!? おま、それ魔道具じゃ無くて本体かよ!?」
(当たり前じゃん! 何勘違いしてるの、失礼しちゃう!)
「お前、全く生き物の気配がしねぇんだよ!? 気配出せ気配!」
「お前達、もうじき予定の時間だぞ」

 やんのやんのと騒がしくなる会場に、ゼニーの言葉が突き刺さる。我介さずと言わんばかりに、一人だけ席に座っていた。

「ちょ、ゼニーの旦那は、そこの竜とかコレプルとかは平気なのかよ」
(コレ扱い!?)
「ワシはターニャ以外の事を、全てダン・マスに捧げると誓った。今更目の前に何が現れようと、どうとも思わん。相手が奴の身内で在るなら尚の事だ」
「だー、この狂信者が!」

 何とでも言えと、全く意に介さず渡されていた資料に目を通す。字が読めない者が居る事を考慮し図や挿絵を多く取り入れた資料は、視覚的にも分かりやすいものだ。

「はいは~い、空いてる席に座ってね~」
「資料はこちらで~す」
「獣人語はこっち、森人語と草人語はこっちね~」
「受け取る際は、参加者の確認と機密保持の為に【契約書】にサインをお願いしま~す」
「お、おう」

 余りの出来事に視野が狭くなっていたのだろう……受付に居た魔物達にせっつかれる様に声を掛けられ、正気を取り戻す一行。
 考えて見れば、相手はあのダン・マスなのだ、いちいち驚いていては心臓が持たないと、平常心を取り戻した彼等は漸く席に着く。生活の中に魔物が居る事が普通となっている彼等は、ルナが規格外だっただけで、今更魔物が近くに現れた程度では動揺しないまでに慣ら調教されていた。

 そして、予定していた時間となり、一体の魔物が壇上へと上がる。

「あ~、コホン! それではこれより、カッターナの各代表者様とエスタール帝国の密偵様を交えた、事情説明会を開催致しま~す」
「「「ぶ!?」」」
「主様は寝込んで来れなくなったので、研究部代表責任者プル様と管理部代表責任者ルナ様、解析課代表として私、名無しの|頭脳蜘蛛《ブレイント)でお送りさせていただきま~す!」
「「「ふぁ!?」」」

 開催挨拶で一部の者が動揺し、進行役紹介の補足で放たれた爆弾発言に混沌と化す会場……もう滅茶苦茶である。

「おい待て待て待て!? 密偵ってなんだ!? いやそんな事よりも、旦那が寝込んだってなんだ!? この前会った時は、溶けてたけど元気だったぞ!?」
「「「溶けてた!?」」」
「比喩表現だ! 実際には溶けてねぇよ馬鹿共が!」
「はいは~い、質問は最後に受け付けま~す。手元の資料をご覧くださ~い。こちらが把握している人間……ケルドについての情報になりま~す」

 そんな彼等の混乱を歯牙にもかけず、説明を再開する頭脳蜘蛛《ブレイント)。

「……なんだこりゃ?」
「自律浸食型戦略魔導生物……邪魔物、ケルド?」

 そしてようやく、ケルドと言う存在が世間に露見する。
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