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214 蹂躙④(救助)
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「汚らわしい下等生物が、神聖なるこの場所に無断で足を踏み入れるとは、恥を知れ!」
エッジの怒号に静まり返った聖堂に、最奥の祭壇から声が飛ぶ。
白い法衣を纏った、ブクブクに肥え太っただらしない体型の老人が、唾を撒き散らしながら吠える。
「至高の存在である我等が神が生み出せし、選ばれし存在である我らに、何たる態度、何たる暴挙! 我々が与えし救いを、慈悲を蔑ろにし、蛮行を繰り返す。なんと野蛮で汚らわし存在か……おぉ神よ、無能で品性の欠片も無い下等生物である彼等に救いが在らんことを!」
正に今、亜人の腸を引きずり出し笑っていた男が、天を仰ぎ神に祈る。
その言葉と姿に、周囲はその通りだと頷き、中には尊いだの、有難がるモノまで居る始末。
言動が噛み合わない、感性が噛み合わない、常識が噛み合わない、意識が噛み合わない……今まで彼等は、同じ人族との全面戦争を覚悟していた、周りの者達を巻き込む覚悟をしていた。だがここに来て、その覚悟が揺らぎ塗り替わる。
あぁ、こいつ等は“人”じゃないのだ……と。
「同族と思うな。こいつ等は魔物……いや、化け物だ」
手摺に足を掛け、一階へと飛び降りるエッジの進路上に、男が立ちはだかる。
「さて、ここまで辿り着いた事は、褒めてやっても良い。どこから入り込んだかは知らんが、大方地面に頭を擦り付け、見つからない様にここまで来たのだろう」
「はっはっは! 下賤な輩に相応しい姿ですな!」
大袈裟に振る舞い、見下して来る男の物言いに、周囲から笑い声が沸き上がる。
「褒美に、発言する許可くらいは与えてやっても良いのではないかと思うのだが、いかがかな? 一生に一度もない機会だ、跪いて許しを請えば、偉大且つ崇高である我等―――」
周囲の音に掻き消えて仕舞いそうな、擦れ合う小さな音が僅かに漏れる。
「ッチ、まだ慣れねぇな」
そんなエッジの呟きと共に、進路に居た人間の首が落ちた。
「「「は?」」」
転がる首と、吹き上がる血。首のない肉塊を蹴り倒し、踏み付けながら、真っ直ぐ最奥の祭壇に向かって行くエッジの姿を見て、愉悦と侮蔑に塗れていた視線が、驚愕に見開かれ静まり返る。
「こ、この野蛮―――」
「我等をなんだ―――」
後に続いた者達によって、次々に首が斬り飛ばされ、抗議の声を物理的に消し飛ばされる。
「旦那が言った奴だけ前に出ろ。他の奴はこの糞共の駆除と、被害者の救助だ」
彼等がここに来たのは、抗議程度にしか思っていなかった。泣いて縋りつき、許しを請いに来たのだとしか思っていなかった。自分達を害するなど想像だにしていなかった。
ここに来て、彼等の常識が崩れ去る。現実に思考が追いつかない。だがしかし、事態は確実に刻一刻と進んで行く。
前にいる者が切り殺され、隣にいる者が叩き潰され……そこまで来て、漸く自分達の状況を理解したのか、先ほどまでの態度とは打って変わって、恥も外聞もなく慌てふためき、我先にと周りを押しのけ蹴り飛ばし、我先にと出口へと逃走を開始する。
出入り口は、二階正面だけではない。他にも各階層に扉は複数存在し、通路や部屋を経由することで外に出る経路は複数存在する。
だがしかし、その数は限られる。全ての者が扉に殺到すれば、複数存在しようとも当然の如く渋滞する。そうなれば、一般人レベルの力しか持たない彼等では、どうしようも無くなる。
そんな彼等の元へ、無言で押し迫る。
金を、地位を、女を……咄嗟に交渉を試みる者も居るが、彼等の言葉に価値も保証もありはしない。交渉など無意味だと、武器を振る事で返答する。
「司祭様!」
「司祭様! どうかこの悪逆無道の悪鬼共に、正義の鉄槌を!」
司祭と呼ばれた法衣を纏った男は、その言葉に答えることはせず、一定の距離から睨みを利かせるエッジと睨み合っていた。
エッジと司祭との間にも、動けない亜人は多く居る。要救助対象で在る彼等がいる事から、威圧するだけに留めていたエッジだが、次々に外へと運び出される救助者を横目に、不信感を募らせていた。
(なんで攻撃して来ねぇ)
お世辞にも鍛えているとは言えない体つきだが、放つ気配が他の人間とは隔絶していた。エッジの見立てが間違いでなければ、戦えるかは別として、能力は相手の方が高い。
襲撃側からすれば、周囲に真面に動けない者達が多く居る現状が、最も危険な場面である。逆に司祭と呼ばれた男からすれば、ここで適当にでも攻撃を放てば、動けない者達を助けに入らなければならない、正に絶好のチャンスである。
故に、いつでも反応できるように身構えていたのだが、相手はその素振りすら見せないのだ。警戒せざるを得ない。
「エッジ、ここ以外は終わったらしい」
「てぇことは、残ってるのは……あいつの後ろに在る通路の奥だけか…ん?」
だが、その疑問はすぐ解消される。
祭壇の端に存在する奥へと続く通路から、ずるずると足を引きずる様な音と共に迫って来る、強烈な気配を感じ取ったからだ。
「ッチ、援軍待ちかよ」
「フン。貴様らの様な下等生物に、我が直接手を下す価値も無い。同胞の尊い命が失われたことは誠に遺憾であるが、その代償は貴様らと、貴様らの身内に償って貰おう」
草と土……薬の匂いと、鼻につく僅かな腐臭が流れ込む。
通常の人族が通るには十分な通路を、まるで洞穴を這って進む様に現れたそれは、緩慢な動きで立ち上がる。
擦り切れたボロを纏った、3メートルはあろう筋肉隆々の巨体は、否応なしに周囲を威圧し、縫い付けられた鉄仮面がその表情を覆い隠す。
恰好だけは小綺麗な人間側からすれば、明らかに浮いている。お世辞にも仲間とは言えないだろう。
「巨人族」
この国には巨人族は極端に少ない。極稀にエスタール帝国から流れて来る程度であり、彼等も出会うのは初めてである。
だが、その戦闘能力の高さは聞き及んでいる。
亜人族の中でも、魔物が闊歩する辺境に好んで住む者は多い。代表的な種族と言えば、エルフやジャイアントになるだろう。
魔力濃度が高い辺境に住む彼等は、体内の魔力の扱いが他種族に比べ圧倒的な才能を見せる。
肉体外に魔力を放出する、魔法のスペシャリストがエルフで在るならば、体内で魔力を消費する、肉弾戦のスペシャリストが巨人族である。
「申し訳ありません。真面に動いたのは一体だけです」
「ふん、やはりゴミはゴミ。下等生物では碌に使い物にならんか」
巨人に続いて現れた白い法衣を纏った男共が、司祭の前へと跪きつつ報告する。分かっていた事だが、その発言からこの巨人も被害者であることが確定する。
「あの糞野郎は俺がやる。救助を急がせろ」
「やれ、失敗作。最後ぐらい、至高の存在である我等の役に立って見せよ」
その声に応える様に、近くに居た動けない亜人に向かって巨体が迫る。だがそれよりも早く、前線に立っていたエッジが間に入り、腰だめに構え、鞘に納めた状態の剣へと手を伸ばす。
「ふーーー……<抜刀術>」
抜刀時に振り回されない様に無駄な力を抜き、鞘へと込められた魔力を消費し、一気に抜刀する。
「『衝』!」
剣と拳が衝突し、刃物と鈍器が衝突したとは思えない重い音が響く。相手の拳には掠り傷すらなく、剣の方も目立った損傷は見られない。
(刃立てなくて正解だ。ぜってぇ押し負けてた)
魔力の質を、切る事では無く吹き飛ばす事に特化させた攻撃は、相手にダメージを負わせることは無かったが、逆に言えば相手の一撃を完全に相殺したとも言える。
だが、二手目が続かない。
<抜刀術>はその性質上、一度納刀しないと効果を正常に発揮できない為、片腕と全身で漸く釣り合う均衡は、容易に崩壊する。
「エッジ!?」
「うっぐ、さっさと運び出!?」
巨人が振り上げたもう一方の拳が、エッジへと迫る。その一撃は初激と変わらぬ速度と重さを伴い、躱す暇もなく突き刺ささる。
救助に専念している者達が、真横に吹き飛ぶエッジの姿を反射的に視線で追うも、一切の減速なく壁に衝突し、粉塵の奥へと消えて行った。
エッジの怒号に静まり返った聖堂に、最奥の祭壇から声が飛ぶ。
白い法衣を纏った、ブクブクに肥え太っただらしない体型の老人が、唾を撒き散らしながら吠える。
「至高の存在である我等が神が生み出せし、選ばれし存在である我らに、何たる態度、何たる暴挙! 我々が与えし救いを、慈悲を蔑ろにし、蛮行を繰り返す。なんと野蛮で汚らわし存在か……おぉ神よ、無能で品性の欠片も無い下等生物である彼等に救いが在らんことを!」
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あぁ、こいつ等は“人”じゃないのだ……と。
「同族と思うな。こいつ等は魔物……いや、化け物だ」
手摺に足を掛け、一階へと飛び降りるエッジの進路上に、男が立ちはだかる。
「さて、ここまで辿り着いた事は、褒めてやっても良い。どこから入り込んだかは知らんが、大方地面に頭を擦り付け、見つからない様にここまで来たのだろう」
「はっはっは! 下賤な輩に相応しい姿ですな!」
大袈裟に振る舞い、見下して来る男の物言いに、周囲から笑い声が沸き上がる。
「褒美に、発言する許可くらいは与えてやっても良いのではないかと思うのだが、いかがかな? 一生に一度もない機会だ、跪いて許しを請えば、偉大且つ崇高である我等―――」
周囲の音に掻き消えて仕舞いそうな、擦れ合う小さな音が僅かに漏れる。
「ッチ、まだ慣れねぇな」
そんなエッジの呟きと共に、進路に居た人間の首が落ちた。
「「「は?」」」
転がる首と、吹き上がる血。首のない肉塊を蹴り倒し、踏み付けながら、真っ直ぐ最奥の祭壇に向かって行くエッジの姿を見て、愉悦と侮蔑に塗れていた視線が、驚愕に見開かれ静まり返る。
「こ、この野蛮―――」
「我等をなんだ―――」
後に続いた者達によって、次々に首が斬り飛ばされ、抗議の声を物理的に消し飛ばされる。
「旦那が言った奴だけ前に出ろ。他の奴はこの糞共の駆除と、被害者の救助だ」
彼等がここに来たのは、抗議程度にしか思っていなかった。泣いて縋りつき、許しを請いに来たのだとしか思っていなかった。自分達を害するなど想像だにしていなかった。
ここに来て、彼等の常識が崩れ去る。現実に思考が追いつかない。だがしかし、事態は確実に刻一刻と進んで行く。
前にいる者が切り殺され、隣にいる者が叩き潰され……そこまで来て、漸く自分達の状況を理解したのか、先ほどまでの態度とは打って変わって、恥も外聞もなく慌てふためき、我先にと周りを押しのけ蹴り飛ばし、我先にと出口へと逃走を開始する。
出入り口は、二階正面だけではない。他にも各階層に扉は複数存在し、通路や部屋を経由することで外に出る経路は複数存在する。
だがしかし、その数は限られる。全ての者が扉に殺到すれば、複数存在しようとも当然の如く渋滞する。そうなれば、一般人レベルの力しか持たない彼等では、どうしようも無くなる。
そんな彼等の元へ、無言で押し迫る。
金を、地位を、女を……咄嗟に交渉を試みる者も居るが、彼等の言葉に価値も保証もありはしない。交渉など無意味だと、武器を振る事で返答する。
「司祭様!」
「司祭様! どうかこの悪逆無道の悪鬼共に、正義の鉄槌を!」
司祭と呼ばれた法衣を纏った男は、その言葉に答えることはせず、一定の距離から睨みを利かせるエッジと睨み合っていた。
エッジと司祭との間にも、動けない亜人は多く居る。要救助対象で在る彼等がいる事から、威圧するだけに留めていたエッジだが、次々に外へと運び出される救助者を横目に、不信感を募らせていた。
(なんで攻撃して来ねぇ)
お世辞にも鍛えているとは言えない体つきだが、放つ気配が他の人間とは隔絶していた。エッジの見立てが間違いでなければ、戦えるかは別として、能力は相手の方が高い。
襲撃側からすれば、周囲に真面に動けない者達が多く居る現状が、最も危険な場面である。逆に司祭と呼ばれた男からすれば、ここで適当にでも攻撃を放てば、動けない者達を助けに入らなければならない、正に絶好のチャンスである。
故に、いつでも反応できるように身構えていたのだが、相手はその素振りすら見せないのだ。警戒せざるを得ない。
「エッジ、ここ以外は終わったらしい」
「てぇことは、残ってるのは……あいつの後ろに在る通路の奥だけか…ん?」
だが、その疑問はすぐ解消される。
祭壇の端に存在する奥へと続く通路から、ずるずると足を引きずる様な音と共に迫って来る、強烈な気配を感じ取ったからだ。
「ッチ、援軍待ちかよ」
「フン。貴様らの様な下等生物に、我が直接手を下す価値も無い。同胞の尊い命が失われたことは誠に遺憾であるが、その代償は貴様らと、貴様らの身内に償って貰おう」
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恰好だけは小綺麗な人間側からすれば、明らかに浮いている。お世辞にも仲間とは言えないだろう。
「巨人族」
この国には巨人族は極端に少ない。極稀にエスタール帝国から流れて来る程度であり、彼等も出会うのは初めてである。
だが、その戦闘能力の高さは聞き及んでいる。
亜人族の中でも、魔物が闊歩する辺境に好んで住む者は多い。代表的な種族と言えば、エルフやジャイアントになるだろう。
魔力濃度が高い辺境に住む彼等は、体内の魔力の扱いが他種族に比べ圧倒的な才能を見せる。
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「申し訳ありません。真面に動いたのは一体だけです」
「ふん、やはりゴミはゴミ。下等生物では碌に使い物にならんか」
巨人に続いて現れた白い法衣を纏った男共が、司祭の前へと跪きつつ報告する。分かっていた事だが、その発言からこの巨人も被害者であることが確定する。
「あの糞野郎は俺がやる。救助を急がせろ」
「やれ、失敗作。最後ぐらい、至高の存在である我等の役に立って見せよ」
その声に応える様に、近くに居た動けない亜人に向かって巨体が迫る。だがそれよりも早く、前線に立っていたエッジが間に入り、腰だめに構え、鞘に納めた状態の剣へと手を伸ばす。
「ふーーー……<抜刀術>」
抜刀時に振り回されない様に無駄な力を抜き、鞘へと込められた魔力を消費し、一気に抜刀する。
「『衝』!」
剣と拳が衝突し、刃物と鈍器が衝突したとは思えない重い音が響く。相手の拳には掠り傷すらなく、剣の方も目立った損傷は見られない。
(刃立てなくて正解だ。ぜってぇ押し負けてた)
魔力の質を、切る事では無く吹き飛ばす事に特化させた攻撃は、相手にダメージを負わせることは無かったが、逆に言えば相手の一撃を完全に相殺したとも言える。
だが、二手目が続かない。
<抜刀術>はその性質上、一度納刀しないと効果を正常に発揮できない為、片腕と全身で漸く釣り合う均衡は、容易に崩壊する。
「エッジ!?」
「うっぐ、さっさと運び出!?」
巨人が振り上げたもう一方の拳が、エッジへと迫る。その一撃は初激と変わらぬ速度と重さを伴い、躱す暇もなく突き刺ささる。
救助に専念している者達が、真横に吹き飛ぶエッジの姿を反射的に視線で追うも、一切の減速なく壁に衝突し、粉塵の奥へと消えて行った。
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