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195 香りの暴力

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「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 新規店舗オープンセール!! こんな値段で買えるのは、今日限りだよーーー!」

 露店に店舗と、幾つもの店が立ち並ぶ商店街の一角、罵声や恫喝、機械的なやる気のない声が横行する中、すんなり耳へと入って来る威勢の良い声が響き渡る。
元々の店舗に付いて居た、ごてごてとした飾りを全て取っ払い、新規一転、たった一晩で改装したとは思えない程、質素ながらもテーマを前面に出した店構えをして居た。

そのテーマとは、ズバリ肉! 

周りに展開された店舗と比べ派手さはないが、その質素さが逆に周囲の視線を集めていた。

「商品はこちら! レッサードラゴンの肉! <王級料理術LV8>の料理人が手掛ける、高級品だよーーー!」

 呼び込みと同時に、ジュ! と店頭に備え付けられた鉄板で、タレに漬けられた肉の焼ける音が奏でられる。そして何よりも、凶器と言っていい程の暴力的なまでの香りが、周囲に立ち込める。今まで嗅いだことも無い、胃袋を鷲掴みにするような本能を揺さぶる香りに、周囲を歩いていた者たちの足が止まる。

「なんだ、この匂い」
「今、レッサードラゴンって言わなかったか!?」
「ばーか、そんなん嘘に決まってんだろ」
「おっと、そこのお客さん、そんな憶測で物を言っちゃぁ困るね! この肉は、正真正銘、レッサードラゴンの肉だよ!」
「はん! だったら、証拠を見せて見ろってんだ!」
「そうだそうだ!」

その言葉を待って居たと言わんばかりに、呼子の男の表情が、ニヤリと笑みを浮かべる。そして、懐から一枚の薄い楕円形の物体を取り出す。

「ほーら、こいつが剥ぎ取ったレッサードラゴンの鱗さ。どうだい、この輝き! 間違いなく本物だろう?」
「そんなもんが証拠になるか!」
「そもそも、それが本物の証拠が有んのかよ!」
「疑い深いお客さんだね~……じゃぁ、これならどうだい?」

 周りを見渡し、やじ馬が集まり出したのを確認した後、店頭の脇に備え付けられた、物資搬入用の大きな扉が開け放たれる。そこから、3mはあろう大きな台車に乗った、薄緑色の鱗を持った、腹が抉れ絶命している魔物の遺体が現れる。一目見てわかる証拠、レッサードラゴンの遺体である。

「うっそだろ!?」
「これ……マジもんだぞ!?」
「因みに! お隣の店舗では、後日こちらを<王級解体LV9>の職人が解体した素材が売り出される予定だよーーー!」

 マグロの解体ショーならぬ、レッサードラゴンの解体ショーが民衆の目の前で繰り広げられる。そして、剥ぎ取ったばかりの肉を下処理した後、目の前で焼かれ始める。

新たに立ち込める匂いに、ごくりと唾を飲み込む音が重なる。

「レッサードラゴンの串焼き! 今日は何と、一本1,000イラだよ! 買った買ったぁ!!」
「一本買った!!」
「俺が先だ!」
「お前こそ邪魔すんじゃねぇ!」
「はいはい、ちゃんと並んでくださいねー。並ばない方にはお売りしませんよーーー!」

 バンバンと、店舗の壁に張り出された契約書を叩きながら、声を張り上げる。

「ここは、ダン・マス様が所有する土地だ! ここに書かれているルールを守らない奴は、それ相応の罰則が掛かるよーーー!」

この地には、王国の法律などありはしない。言うなれば、活気のあるスラム街と言った形相をして居る。その為、その場のルールは、その土地の所有者に委ねられる。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

①暴行、殺人に該当する行為を行った者は、奴隷契約を結び、全財産を没収する。従わない場合、生死を問わず犯罪者として強制的に奴隷とする。

②脅迫、恫喝に該当する行為を行った者は、発見時に所持している財産を全て没収し、5割を被害者へ、5割を罰金として支払う。虚偽の報告を行った場合、下記の項目に従う。

③詐欺、窃盗に該当する行為を行った者は、被害者に対し全額賠償を行い、賠償金額の一割を罰金として払う。物品の場合、そのすべてを返却する。支払いが不可能な場合、奴隷契約を結び、その金額分の強制労働を課す。

④詐称、妨害に該当する行為を行った者は、10万イラの罰金を課し支払いが不可能な場合、奴隷契約を結び、その金額分の強制労働を課す。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

細かく決めた所で、学のない者達が理解することができる訳も無く、端的かつ簡素に纏められている。一言で纏めるならば、馬鹿な事をしたら罰金か奴隷……である。

この契約書、何に対し契約しているかと言うと、土地そのものに対してである。
土地に入った時点で契約を結ぶこととなる、範囲契約と言われるモノで、強制力は小さいが、契約に違反した者かを瞬時に特定する効果が有る。
 
そして、その脇には濃い青色をした水晶の柱が存在し、その表面から、同じ素材の球体が現れる。その水晶は地面へと落ちることなく、ふわりと浮かびながら、今正に声を荒げながら他の者を押しのけ、前へと押し進む者達の頭上でピタリと制止した。

「なんじゃこりゃ?」
「この水晶の色が赤く成ったら、アウトだ。契約違反者として取り押さえるから、そのつもりで居ろよ?」

腰に携えた短剣の柄をトントンと指先で叩きながら、護衛と思われる茶髪の男が警告する。動きやすさを重視した皮鎧と服は、新品なのか汚れ一つない。
その言葉に、一部の者は素直に引き下がるが、一部の者はそのまま押し進む。

「はん! お前程度の奴に、如何にかできる訳ねぇだろ。草人風情が良い気になるなよ。死にたく無けりゃどけ、劣等種が」

 護衛の恰好を見て、見栄だけだと判断したのか、人間の男が護衛の前へと躍り出る。その言葉をトリガーにしたかのように、頭上で輝く水晶が青から赤へと変わる。ルールその②に抵触した様だ。

「はぁ、折角の警告だってぇのに」
「ウぜぇんだよ! そんなに死にたいなら、思い通りにしてやるよ!」

 その言葉と主に、腰に下げた剣を引き抜く。そして、頭上で赤く輝く水晶が黒く染まる。

「アウトだ」

一瞬護衛の腕がブレたかと思えば、男の両腕が砕け、持って居た剣が地面へと落ちた。

「へ? は? はぁ!?」
「お~い、回収してくれ~」
「へいへ~い」

 裏から現れた、同じ装備を纏った男たちが、腕を砕かれ唖然としている男を取り押さえる。

「腕!? 俺の腕がぁ!?」
「うっせぇ、黙れ犯罪者が」

 拳を振り下ろし、男の意識を刈り取りながら、裏へと引きずられて行き、見えなくなる。

「はいはい! ちゃんと並べば、あんなことにはなりませんからね! 安心してお並び下さい!」
「うんんんんんんめぇ!!?? 何だこれ!!? おっさん、五本! イヤ、十本追加してくれ!!」
「あいよ! 十本追加だよ!」

 いままでの騒動を掻き消すように、どさくさに紛れ購入を果たした丘人が、歓喜の声を上げながら追加注文し、店頭の男が答える。
 その姿に、周りに居た者達も我を取り戻し、丘人の後ろへと続く。

「お、俺も一本くれ!」
「押すなって! 順番だ!」
「ここが最後尾ですよ―――!」
「並べ並べ」

 その希少性と味、何よりもその安さが噂を呼び、足を運ぶ客が絶えることなく、その列は、閉店となる夜遅くまで途切れることは無かった。
 そんな光景が、街のあちこちで多発した。
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