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139 下級竜(レッサードラゴン)
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迷宮主の魂が攫われている頃、魔物ですら侵入することを躊躇う、はるか上空。大量の魔力が流れ、世界を循環する。そんな、世界の動脈ともいえる中を、雲のような姿の魔物が、本物の雲に紛れながら飛んでいた。
「すっげー! 高ぇ! 速ぇ!」
「余り外に出ないほうが宜しいですわよ? ここは、世界で最も魔力が濃い場所、気脈の中ですわ。魔力中毒になりますわよ」
「ダンジョンよりも濃いのか?」
「う~ん、家とそんなに変わらないんじゃなーい?」
「ですが、ここは家と違い流れが有ります。影響はこちらの方が強いでしょうね。最悪、魂を持って行かれますわよ?」
「うげ、引っ込む」
「賢明ですわ」
そう言いながら、フワフワの中に戻るリリー。中からでも、外の様子を見る事はできる様になっているので、わざわざ出る必要は無いのだ。
因みに、自力で飛んでいた鳥人は、とっくの前にフワフワの中に避難しており、他の者と共に、遊覧飛行を堪能していた。
(しっかし、こんな所にも、魔物って居るんだな!)
フワフワの中から話しかけて来るリリー。その言葉の通り、鳥族、魚族、精霊族に妖精族。辺り一面に、多種多様の魔物で溢れかえっていた。
フワフワの隠密能力が高いのか、逆に周りの魔物の警戒心が低いのか。雲と間違えて、フワフワの中に紛れ込み、慌てて逃げ出す魔物も多い。
(こんなに沢山の魔物を見るの、初めてだよ。地上よりも多いんじゃないか?)
「そうですわね、むしろ、こんな所だからだと思いますわよ?」
(なんでだ?)
「ここなら、外敵は殆ど居ないですわ、生存競争で言えば、下よりも遥かに緩いと思いますわよ?」
「魔力は、周りに溢れる程有るからねー。食事の心配も無さそーだ」
(成る程~、魔力が飯なのか。確かに、見た感じ強そうなのは居ないな)
体躯も小さいものが大半で、爪や牙、身を守る鱗も威圧感も無いものが殆ど。気脈という、特殊な環境に適応するために、その他の機能を削ぎ落した結果であった。
「そう言えばフワフワ様、帰りの流れも把握していらっしゃるんですか?」
「もっちー。この付近の流れは、殆ど把握してるよー」
「流石ですわ! でしたら、帰りの心配はいりませんわね。この調子でしたら、翌日には帰還できる事でしょう」
「だねー」
流れに身を任せるだけな為、そこまで体力を使わない事も有り、気楽な様子のルナとフワフワ。その代わり、彼等に同伴している他の二体の竜は、必死なのだが。
ジェットエンジンの如く、両翼から後方へブレスを放ち、空を飛ぶ噴竜。最高速度は他者の追従を許さないが、姿勢制御に難がある。
斬竜に至っては、翼は第二の腕と化しており、滑空はできても飛ぶことは苦手。
そのどちらも、魔力の濁流である気脈の中を飛ぶことができない。飛べる種が特殊、又は異常と言ったほうが正しい。
その為、斬竜は地上を駆け、噴竜は両者の中間あたりの空中を飛びながら後を追っていた。
(これって、いつまで続くんだ?)
(……知らん)
(持つかねぇ?)
(……知らん)
(俺ら、姉御の護衛だよな?)
(……獣人の護衛兼、威嚇要員)
(そっちか、んでよ、このまま行くと、何かあった時に体力残ってるかねぇ?)
(……知らん)
……前途多難である。
―――
迷宮を飛び立って数時間、獣人達が二手に分かれた地点は既に過ぎ、地平線の彼方に、小高い山脈が見え始めた頃、
「あれが、竜の谷でございますか? ポー・チュット様」
「うむ、距離的には間違いないだろう」
森も無く、遥か上空からの光景の為、見た目では判断できないが、方角や大雑把な位置が分かる、獣人が持つ超感覚ともいえる直感によって判断した結果である。
「では居るとしたら、この辺りになりそうですわね」
「下りる?」
「この高度では見逃す可能性も有りますし、そう致しましょうか」
「はいはーい、いっきまーす!」
急激にその高度を下げていくフワフワ。その姿は、遠くから見たならば、一筋の雲が滝の様に下へと延びているように映った事だろう。
その道すがら、噴竜の脇を通り抜ける。
「噴竜、下りますわよ。周囲の索敵と探索をなさい」
「それなんだけどよ、姉御。あそこに、何か見えねぇか?」
「ん~~~?」
竜族が目を凝らして、ようやく見える距離。そこには、地上で円陣を組みながら移動する何かと、それを取り囲む様に飛ぶ、大きめの何かが見て取れた。
「囲まれてる小さい方は、ハッキリ見えねぇけど、周りにいる奴、竜じゃねぇか?」
「そう言われれば、そう見えますわね。小さい方は~、何でございましょう?」
(……獣人?)
「……可能性は高いですわね。だとしたら、急いだほうが宜しいですわね、私が先行して牽制致しますわ。後から追いかけていらっしゃい」
噴竜の前に躍り出たルナは、自身を中心に、四方に魔術を展開する。
「『噴流・加速』!」
「あぁ!? 俺のアイデンティティが!」
魔術式から後方に向け、生成された空気が噴出し、それを推進力として加速する。先ほどから、噴竜がブレスで行っていた加速方法を、魔術で再現したものだ。
速度を調節するならば、調節が効く魔法で再現するべきだが、今回両者の間に突っ込むだけの為、結果が一定である魔術を選んでいた。
その速度は、噴竜の最高時速を軽く超える。出力ならば噴竜のブレスによる加速の方が高いが、ルナと噴竜とでは質量が違った。半分魔力で出来ていると言っても、その体重は見た目通りである。どちらが速いかは、一目同然である。
更に前方には、円錐状に展開された障壁により空気抵抗を削減。まさに、直進する事だけを突き詰めた、特攻形態である。
「御止めなさーーーい」
「「「ホギャ~~~~~!!??」」」
両陣営に届くように、<念話>と<風魔法>で拡張した制止の声と共に、両者の間を高速で駆け抜けるルナ。魔法と魔術を使い、周囲への影響を可能な限り抑えていると言っても、限界がある。
ルナが通り過ぎた周辺に居た竜族は、その余波を受け吹き飛ばされ、錐もみ回転しながら落ちて行った。
混乱する一同を尻目に、横断したルナは加速の為の魔術を解除し、優雅に旋回しながら、全ての者に見える様に、両者の上空に陣取った。
「この場は、私が預からせていただきますわ」
魔術で空気を固め、空中に足場を作り、上空から周囲を一望する。周りに視界を遮るものは無い為、全てを見通すことができた。
予想通り、地上に居た集団は獣人達であり、周りを取り囲むように飛んでいたのも竜族であった。
先ずは、今回の遠征の目的である獣人達の様子を確認する。怪我を負った者が見られるが、死者は見た限りいない。襲撃直後だったのか、戦力が均衡していたのか、はたまた捕食されてしまっているのか、その点は帰還中に聞けばよいので、今は気にする必要はない。これ以上被害を出さなければいいのだ。
そして、周りの竜族を見る。彼等が住む谷までは、未だにそこそこ距離が有る為か、飛行が得意な種が中心であり、地上にはその姿を確認できない。いや、つい先ほど増えたが。
(う~ん、これなら、撤収はなしで良さそうですわね)
相手の方が強い場合、すぐにでも撤収するつもりでいたルナだが、その考えは早々に無くなった。獣人達の実力は既に知っている為、その獣人を狩れていない時点で、相手の実力はたかが知れていると判断した為だ。
(しかし、気品の欠片も在りませんわね)
「「「ギャウギャウ!!」」」
同じ竜族ならば親近感も湧くかと思えば、その様な事は無かった様で、ルナも相手の竜族も、同族の情など欠片ほども生まれていなかった。
幾ら同じ竜族と言っても、元が違い過ぎた。人がゴリラや猿に、仲間意識を持たないのと同じようなものだ。長い時間を共に過ごしたならば違うかもしれないが、初対面ではまさに他人である。
ギャウギャウと鳴き声を上げる竜の鳴き声には、言語が含まれておらず、怒りや苛立ちの感情ばかり。その姿に、知性の欠片も見られない上に、警戒もしていない。完全に格下としてしか見ていない。
幾ら周囲への影響を抑えるために、自身の力を抑えていると言っても、先ほどの動きを見て、見た目通りの存在では無い事に気付けないのかと、呆れていた。
ルナはその見た目から、初見の相手によく襲撃される。特に生まれて間もない、経験の浅い相手が多い。
だがそんな相手であっても、言語を持たない者であっても、見下すようなことはしない。父が【創造】した事も有るが、野生には野生の美しさが、命がけで生きる為に無駄を削ぎ落した、機能美が有るからだ。
そんな彼らは、初見で気が付かずとも、少しでも見た目以上の実力を見せれば、ほぼ例外なく警戒する。油断や驕りを持って挑んでくる魔物など、殆ど居ないと言っていい。
それに対して、竜族を見た時の印象は、危険に晒されることも無く育った、言うなれば躾の成っていないペット。
エレン達の例もあり、ダンジョン外の竜に対し少なからず期待していたルナは、落胆の色を隠せないでいた。
その反面、獣人達の方は明らかに警戒していた。
一目見ただけでは、明らかに弱い幼体の竜。自分たちでも容易に仕留められるだろう相手。その相手は、つい先ほど彼等が知覚できる範囲外から、有り得ない速度でこの場に現れたのだ。それだけで、見た目通りの実力でない事は明白だった。
実力の<隠蔽>に、先ほどの高速移動。更に、<念話>と<風魔法>であろう声の拡散の同時使用。更に更に、足元には魔術の足場。分からない部分を考えても、幾つ展開しているか、分かったものでは無い。
「先ずは、この戦闘行為を止めて頂きますわ。竜は即刻この場を離れ―――」
― ドゴン! -
竜族からブレスが放たれ、モクモクと黒煙が上がる。
自分たちよりも高みから、見下したような態度で命令されれば、強者であることを信じて疑わない彼等にとって、不快な事この上ない。それが、自分よりも小さく、存在感がない相手ならば尚更の事である。
ざまぁみろと、自分たちに逆らうからこうなるのだと、愉悦の鳴き声を上げる竜族達。そして終わった事の様に、次々に意識が獣人達の方に向くなか、<念話>と共に声が響き渡る。
「(……即刻、此処から退避しなさい。可能な限りの要望にはお答えいたしますわ。食料が欲しいのであれば、すぐに提供する用意もございます。なので、獣人方への攻撃を御止め下さいまし)」
黒煙が晴れ、その姿が露になる。
煤けた後も無く最初と全く同じ、まるで、攻撃など当たって居なかったかのように、攻撃そのものがなかったかのように、無傷な姿がそこにあった。
「すっげー! 高ぇ! 速ぇ!」
「余り外に出ないほうが宜しいですわよ? ここは、世界で最も魔力が濃い場所、気脈の中ですわ。魔力中毒になりますわよ」
「ダンジョンよりも濃いのか?」
「う~ん、家とそんなに変わらないんじゃなーい?」
「ですが、ここは家と違い流れが有ります。影響はこちらの方が強いでしょうね。最悪、魂を持って行かれますわよ?」
「うげ、引っ込む」
「賢明ですわ」
そう言いながら、フワフワの中に戻るリリー。中からでも、外の様子を見る事はできる様になっているので、わざわざ出る必要は無いのだ。
因みに、自力で飛んでいた鳥人は、とっくの前にフワフワの中に避難しており、他の者と共に、遊覧飛行を堪能していた。
(しっかし、こんな所にも、魔物って居るんだな!)
フワフワの中から話しかけて来るリリー。その言葉の通り、鳥族、魚族、精霊族に妖精族。辺り一面に、多種多様の魔物で溢れかえっていた。
フワフワの隠密能力が高いのか、逆に周りの魔物の警戒心が低いのか。雲と間違えて、フワフワの中に紛れ込み、慌てて逃げ出す魔物も多い。
(こんなに沢山の魔物を見るの、初めてだよ。地上よりも多いんじゃないか?)
「そうですわね、むしろ、こんな所だからだと思いますわよ?」
(なんでだ?)
「ここなら、外敵は殆ど居ないですわ、生存競争で言えば、下よりも遥かに緩いと思いますわよ?」
「魔力は、周りに溢れる程有るからねー。食事の心配も無さそーだ」
(成る程~、魔力が飯なのか。確かに、見た感じ強そうなのは居ないな)
体躯も小さいものが大半で、爪や牙、身を守る鱗も威圧感も無いものが殆ど。気脈という、特殊な環境に適応するために、その他の機能を削ぎ落した結果であった。
「そう言えばフワフワ様、帰りの流れも把握していらっしゃるんですか?」
「もっちー。この付近の流れは、殆ど把握してるよー」
「流石ですわ! でしたら、帰りの心配はいりませんわね。この調子でしたら、翌日には帰還できる事でしょう」
「だねー」
流れに身を任せるだけな為、そこまで体力を使わない事も有り、気楽な様子のルナとフワフワ。その代わり、彼等に同伴している他の二体の竜は、必死なのだが。
ジェットエンジンの如く、両翼から後方へブレスを放ち、空を飛ぶ噴竜。最高速度は他者の追従を許さないが、姿勢制御に難がある。
斬竜に至っては、翼は第二の腕と化しており、滑空はできても飛ぶことは苦手。
そのどちらも、魔力の濁流である気脈の中を飛ぶことができない。飛べる種が特殊、又は異常と言ったほうが正しい。
その為、斬竜は地上を駆け、噴竜は両者の中間あたりの空中を飛びながら後を追っていた。
(これって、いつまで続くんだ?)
(……知らん)
(持つかねぇ?)
(……知らん)
(俺ら、姉御の護衛だよな?)
(……獣人の護衛兼、威嚇要員)
(そっちか、んでよ、このまま行くと、何かあった時に体力残ってるかねぇ?)
(……知らん)
……前途多難である。
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「あれが、竜の谷でございますか? ポー・チュット様」
「うむ、距離的には間違いないだろう」
森も無く、遥か上空からの光景の為、見た目では判断できないが、方角や大雑把な位置が分かる、獣人が持つ超感覚ともいえる直感によって判断した結果である。
「では居るとしたら、この辺りになりそうですわね」
「下りる?」
「この高度では見逃す可能性も有りますし、そう致しましょうか」
「はいはーい、いっきまーす!」
急激にその高度を下げていくフワフワ。その姿は、遠くから見たならば、一筋の雲が滝の様に下へと延びているように映った事だろう。
その道すがら、噴竜の脇を通り抜ける。
「噴竜、下りますわよ。周囲の索敵と探索をなさい」
「それなんだけどよ、姉御。あそこに、何か見えねぇか?」
「ん~~~?」
竜族が目を凝らして、ようやく見える距離。そこには、地上で円陣を組みながら移動する何かと、それを取り囲む様に飛ぶ、大きめの何かが見て取れた。
「囲まれてる小さい方は、ハッキリ見えねぇけど、周りにいる奴、竜じゃねぇか?」
「そう言われれば、そう見えますわね。小さい方は~、何でございましょう?」
(……獣人?)
「……可能性は高いですわね。だとしたら、急いだほうが宜しいですわね、私が先行して牽制致しますわ。後から追いかけていらっしゃい」
噴竜の前に躍り出たルナは、自身を中心に、四方に魔術を展開する。
「『噴流・加速』!」
「あぁ!? 俺のアイデンティティが!」
魔術式から後方に向け、生成された空気が噴出し、それを推進力として加速する。先ほどから、噴竜がブレスで行っていた加速方法を、魔術で再現したものだ。
速度を調節するならば、調節が効く魔法で再現するべきだが、今回両者の間に突っ込むだけの為、結果が一定である魔術を選んでいた。
その速度は、噴竜の最高時速を軽く超える。出力ならば噴竜のブレスによる加速の方が高いが、ルナと噴竜とでは質量が違った。半分魔力で出来ていると言っても、その体重は見た目通りである。どちらが速いかは、一目同然である。
更に前方には、円錐状に展開された障壁により空気抵抗を削減。まさに、直進する事だけを突き詰めた、特攻形態である。
「御止めなさーーーい」
「「「ホギャ~~~~~!!??」」」
両陣営に届くように、<念話>と<風魔法>で拡張した制止の声と共に、両者の間を高速で駆け抜けるルナ。魔法と魔術を使い、周囲への影響を可能な限り抑えていると言っても、限界がある。
ルナが通り過ぎた周辺に居た竜族は、その余波を受け吹き飛ばされ、錐もみ回転しながら落ちて行った。
混乱する一同を尻目に、横断したルナは加速の為の魔術を解除し、優雅に旋回しながら、全ての者に見える様に、両者の上空に陣取った。
「この場は、私が預からせていただきますわ」
魔術で空気を固め、空中に足場を作り、上空から周囲を一望する。周りに視界を遮るものは無い為、全てを見通すことができた。
予想通り、地上に居た集団は獣人達であり、周りを取り囲むように飛んでいたのも竜族であった。
先ずは、今回の遠征の目的である獣人達の様子を確認する。怪我を負った者が見られるが、死者は見た限りいない。襲撃直後だったのか、戦力が均衡していたのか、はたまた捕食されてしまっているのか、その点は帰還中に聞けばよいので、今は気にする必要はない。これ以上被害を出さなければいいのだ。
そして、周りの竜族を見る。彼等が住む谷までは、未だにそこそこ距離が有る為か、飛行が得意な種が中心であり、地上にはその姿を確認できない。いや、つい先ほど増えたが。
(う~ん、これなら、撤収はなしで良さそうですわね)
相手の方が強い場合、すぐにでも撤収するつもりでいたルナだが、その考えは早々に無くなった。獣人達の実力は既に知っている為、その獣人を狩れていない時点で、相手の実力はたかが知れていると判断した為だ。
(しかし、気品の欠片も在りませんわね)
「「「ギャウギャウ!!」」」
同じ竜族ならば親近感も湧くかと思えば、その様な事は無かった様で、ルナも相手の竜族も、同族の情など欠片ほども生まれていなかった。
幾ら同じ竜族と言っても、元が違い過ぎた。人がゴリラや猿に、仲間意識を持たないのと同じようなものだ。長い時間を共に過ごしたならば違うかもしれないが、初対面ではまさに他人である。
ギャウギャウと鳴き声を上げる竜の鳴き声には、言語が含まれておらず、怒りや苛立ちの感情ばかり。その姿に、知性の欠片も見られない上に、警戒もしていない。完全に格下としてしか見ていない。
幾ら周囲への影響を抑えるために、自身の力を抑えていると言っても、先ほどの動きを見て、見た目通りの存在では無い事に気付けないのかと、呆れていた。
ルナはその見た目から、初見の相手によく襲撃される。特に生まれて間もない、経験の浅い相手が多い。
だがそんな相手であっても、言語を持たない者であっても、見下すようなことはしない。父が【創造】した事も有るが、野生には野生の美しさが、命がけで生きる為に無駄を削ぎ落した、機能美が有るからだ。
そんな彼らは、初見で気が付かずとも、少しでも見た目以上の実力を見せれば、ほぼ例外なく警戒する。油断や驕りを持って挑んでくる魔物など、殆ど居ないと言っていい。
それに対して、竜族を見た時の印象は、危険に晒されることも無く育った、言うなれば躾の成っていないペット。
エレン達の例もあり、ダンジョン外の竜に対し少なからず期待していたルナは、落胆の色を隠せないでいた。
その反面、獣人達の方は明らかに警戒していた。
一目見ただけでは、明らかに弱い幼体の竜。自分たちでも容易に仕留められるだろう相手。その相手は、つい先ほど彼等が知覚できる範囲外から、有り得ない速度でこの場に現れたのだ。それだけで、見た目通りの実力でない事は明白だった。
実力の<隠蔽>に、先ほどの高速移動。更に、<念話>と<風魔法>であろう声の拡散の同時使用。更に更に、足元には魔術の足場。分からない部分を考えても、幾つ展開しているか、分かったものでは無い。
「先ずは、この戦闘行為を止めて頂きますわ。竜は即刻この場を離れ―――」
― ドゴン! -
竜族からブレスが放たれ、モクモクと黒煙が上がる。
自分たちよりも高みから、見下したような態度で命令されれば、強者であることを信じて疑わない彼等にとって、不快な事この上ない。それが、自分よりも小さく、存在感がない相手ならば尚更の事である。
ざまぁみろと、自分たちに逆らうからこうなるのだと、愉悦の鳴き声を上げる竜族達。そして終わった事の様に、次々に意識が獣人達の方に向くなか、<念話>と共に声が響き渡る。
「(……即刻、此処から退避しなさい。可能な限りの要望にはお答えいたしますわ。食料が欲しいのであれば、すぐに提供する用意もございます。なので、獣人方への攻撃を御止め下さいまし)」
黒煙が晴れ、その姿が露になる。
煤けた後も無く最初と全く同じ、まるで、攻撃など当たって居なかったかのように、攻撃そのものがなかったかのように、無傷な姿がそこにあった。
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